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村を発つベス

 慰霊碑。

 それを見つめながらベスは、これは一体なんの意味があり設置され、ここにある物なのかと考える。

 死者を弔うため? 災害を忘れないため? 遺された人々に気持ちの整理をつけさせるため?


「……こんなものなんかで……」


 すっかり若葉も芽を出し、山々が青く輝いているというのに、ベスの心はあの日から晴れないでいた。今も心は凍てつく冬の寒さでふぶいている。

 復興のため働かなくては。分かっているのに、ふとした瞬間亡くした家族を思い出し、動きが止まる。そして気がつけば、ここに来る。そして慰霊碑を見つめ、自問自答を繰り返す。


「ベス、またここに来ているのか」


 村長の声に反応し、ベスはゆっくりと振り向く。


「毎日毎日……。花を手向けるでもない。なにをしに、ここへ来ている?」


 杖をつきながら近づいてきた村長はベスの隣に立つと、ゆっくりとした口調を崩すことなく尋ねてきた。


「……ここに、娘と夫が眠っていないことは、分かっているわ」

「そういう意味ではないよ」

「じゃあ、どういう意味?」


 慰霊碑の前に立っていると、こうやって誰かが近寄ってきて、なにかを言ってくる。そのことに対しベスは、鬱憤(うっぷん)を溜めていた。

 今日は村長の番らしい。

 幼い頃から自分を知っており、その目は、子ども時代の自分を見ているようだ。そんな彼の声はベスの痛んだ心に響き、強い痛みと怒り、悲しみといった負の感情を呼んだ。


「私の娘と夫はあの日、雪崩に巻きこまれて……っ。雪が解けて、やっと見つけられた! その長い間っ、二人はっ、冷たい雪の下に閉じこめられ……! ……っ」


 感情が高ぶったせいだろうか、一気に涙が溢れてきた。両手で拳を作り顔に当て、俯いたまま膝を折る。

 泣くつもりはなかった。泣かれる姿を誰かに見られることも、今のベスにとっては恥辱(ちじょく)に等しかった。だから一刻も早く、村長に立ち去ってほしかった。だが、そんな彼女の願いは届かない。

 いつだってそうだと思う。

 あの時から、いつだって自分の願いは届かない。叶わない。


「……なんで、双子なのよ……っ」


 悔しくて涙で濡れた右手を振り上げ、汚れようと構わず地面を叩き、草をむしるように掴むと払いのける。世の全てが憎く思え、雑草さえ例外ではなかった。


「……その双子の一人を、領主様たちは失われる。我々領民を救われるため、領主様は悪魔と……」

「頼んでいないわ!」


 ベスは濡れた顔を上げ、村長を強く睨む。その迫力に村長は、たじろんだ。


「領主が勝手にやったことじゃない! 悪魔に願うのなら、死んだ人を生き返らせてくれと頼めば良かったのよ! それが、なに? 金銀財宝で薬と食料を買った? 結局は自分の妻を助けたかっただけじゃない! それに双子よ? 片方は残るわ! たった一人の娘を失った私とは、比べものにならない! 私は被害者なのよ! もっと早く、領主が避難を呼びかけていたら……。もっと早く、皆を城へ連れて行ってくれていたら……。娘と夫は、絶対に死ななかった!」


 村長はただ黙って聞いていた。

 やはり今のベスには、なにを言っても伝わらない。いつまでも心があの日に囚われている。どうにか解放してやりたいと思うが、それが難しいことも人生の経験から分かっていた。

 己が無力のせいもあるが、それほどまでにベスの家族を失った苦しみは深い。特に娘を失った悲しみのせいで、世を憎んでいる。

 あの冬、家族を亡くした村民は、ベスだけではない。多くの者が悲しみを背負うことになったが、それでも前を向き、村の復興に尽力している。それは抱いた悲しみを忘れたく、がむしゃらに動いているだけなのかもしれない。ベスに言わせると、心理的な逃避だと言うが……。


「私はどうして悪魔の書を見つけられないの? あれさえあれば……! あの書さえ見つかれば……! 二人を……!」

「馬鹿なことを言うな!」


 だが、さすがにそれを聞き流すことは村長にはできなかった。


「家族を失う辛さを、誰よりも知っているお前が! 悪魔を呼び出したことにより、その辛さを味わうことになる人がいると知りながら! なんということを!」

「それは願い方が悪いのよ。皆が幸せになれるよう、お願いすれば……!」

「その代償は、誰が払う! 代償は魂を取られるという伝説だったが、悪魔は領主様の血縁である娘を求めてきた。死者を生き返らせることは、神への冒涜でもある! そのような願い、仮に悪魔の書を見つけたとしても、望むものではない!」

「……神……?」


 涙の痕だけ残した状態で、ベスは充血させた目を大きく開かせると、急に立ち上がった。


「神ですって? この世のどこに神がいるの⁉ こんなに大勢殺して! 大勢苦しめて! 祈ったって、ちっとも救ってくれないじゃない! そうよ、本当に神がいるのなら、領主の孫娘を助けてくれるに違いないわ! 善人な領主様を、きっと助けてくれるわ!」


 そう言って笑う目には、狂気が宿っていた。

 ここまで酷いとは……。村長は説得を諦め、ベスを一人残し帰った。その後ろ姿は小さく、とぼとぼとしたものだったが、ベスはなんとも思わなかった。


 以降、ベスは誰からも放っておかれることが増えた。村長が諦めたのだ。それが無意識に広がり、浸透した。

 村の者と以前のように交流することは減り、ベスは孤立を深めた。


「違う違う、これじゃない! これも違う!」


 旅の商人が来ると品を漁り、本を見つけては『違う』と言い、地面に投げ捨てる。


「止めろ、ベス!」


 村長が止めても無視をするので、怒った商人が殴るのも一度の話ではなかった。


 そんな中、領主の妻であるリゼからの通達が村長のもとに届いた。

 あの災害で身寄りをなくした者を若干名、王都の屋敷で引き取ると。

 その知らせを読み、ベスを王都へ行かそうと決めた。その目で悪魔によって苦しめられている姿を見れば、ベスに変化が起きるかもしれないと考えたからだ。

 実際は言い訳をつけ、今では扱いに困る、村のはみだし者を追い出したかったのかもしれない。それほどベスは、誰にも手がつけられないほど、心が病んでいた。亡くなった娘と同じくらいの年頃の娘を嫌な目つきで見つめ、それに脅える母娘が増えていた。


 意外なことにベスは、王都行きの話をすんなり受け入れた。あんな領主のいる館には行きたくないと、反発されると考えていた村長は驚いた。

 もしかしたら一人の時間を過ごし向き合うことで、なにか変ったのかもしれない。そう思うことにしたが、馬車に乗りこむベスの姿を見て、村長は胸がざわついた。


 ひょっとすると、自分はとんでもない過ちを犯したのではないか。産まれた時から知っているベスを、このような形で村から出していいのか。もっと根気よく、向かい合うべきではなかったのか。見捨てるべきではないのではないか。

 だが村長は、口を閉じる道を選んだ。

 たとえ自分だけでもとベスを守っても、年齢的に先に死ぬのは自分。その後、誰がベスの相手をする? 誰も引き受けてくれないだろう。それほど今のベスと村人の間には、溝ができてしまっている。

 王都は人が多い。そこで新たな出会いをし、この村で発生した悲劇を抱えつつも、新たな幸せを掴めるかもしれない。


「……ベスに、神のご加護がありますように」


 走っていく馬車に向け、村長は神に祈った。






お読み下さり、ありがとうございます。


コミカライズ化にあたり、花李先生が考えて生み出して下さったベスが気に入り、どうしても書いてみたくなった話です。

原作版でも、ベスという女性は、コミカライズでの外見を想像しながら楽しんで頂けたらと思います。


コミカライズ書籍1巻発売記念で、投稿を行いました。

そちらにコミカライズ版、原作版、両方に通じる超超ショートストーリーの書下ろしが掲載されていますので、どうぞよろしくお願い致します。


~令和4年12月26日~

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