紋様の意味を知る双子
屋敷の庭にある池。その近くにある、手頃な石に腰かけ本を読むことが好きだった。
生えている背の高い木々と水場が近く、涼しくて気持ち良い。そんな環境で、一人の世界に入りこめ時間を過ごすことは、なんと幸せだろう。
だがそんな時間を壊す者が近づいてきた。
「お姉様、またこんな場所で読書? しかも石の上に腰かけるなんて、はしたない」
そう馬鹿にしたように声をかけてきたのは、双子の妹、リューナ。
本から顔を上げれば、リューナの背後で使用人たちが働き、ティータイムの設置に勤しんでいる。今日は天気がよいので、外でお茶を楽しむということか。きっとリューナがそれを望んだのだろう。
この家は、リューナの言うことが絶対だ。その理由は分からないが、とにかく妹を中心に動いている。視線はリューナにばかり向けられ、私は孤独を感じることが多い。
両親もそう。リューナを優先し、私には我慢しろと言う。同じ双子なのに、どうしてこうも差をつけられるのだろう。それが悲しく、愛を求めても、求めるだけの愛を返してくれないことが、とても……。
「……だったら、貴女が池の周りに椅子でも用意してくれるよう、お母様たちにお願いしてくれないかしら」
しおりを本に挟みながら、答える。
「私は別に、池の周りで過ごすことはないし。でも私が頼めば、そうね。誰かが椅子を持ってきてくれるはずよ。だけど頼む理由がないから、断るわ。そうだ、見て。ああやって私がお願いすれば、なんでも叶えてくれる」
後ろを見ながら、得意気に言われる、何度も聞いた台詞。
「……そう、良かったわね」
「かわいそうよね、お姉様は。だってお姉様がお願いしても、なにか叶えてもらったこと、ある?」
本を持つ手に力がこもる。
両親が私の願いを叶えてくれた記憶なんて、ない。だって、すぐにリューナが邪魔するのだから。私と違う意見を言い、そちらを優先されるのだから。誰のせいだと……!
睨めば、勝ち誇った目を向けられる。
「仕方ありませんよ、リューナお嬢様。お嬢様はルジーお嬢様と違って、特別なのですから」
笑う所を見たことがない侍女、ベスが近づいてくる。きっともうすぐ用意が整うので、リューナを呼びに来たのだろう。
いつも無表情のベス。だから少し口角を上げてそう言う彼女に、違和感を覚えた。
今も後ろでは、お菓子が運ばれ、花の活けられた花瓶をテーブルに置き、働いている侍女たち。その人たちを背景に笑うベスは、他の侍女となにか違うと感じた。リューナはそれに気がつかず、得意気にしている。
「……特別とは、どういう意味なの?」
よくぞ聞いてくれました。私の問いにより、さらに口角を上げ目を細めるベス。
「ご存知ありませんか? リューナお嬢様は、私達領民のために、その命を捧げてくれる大事な御方という話を」
「……え?」
風が吹き、葉がざっと揺れる。
思いもよらない答えに、一瞬、思考が止まる。
リューナは慌てたように、ベスを見上げる。その目には、不安が宿っている。
「妙だと思ったことはありませんか? その手の紋様。なぜ産まれた時から、そんな紋様が自分にはあるのか」
ベスが指した先には、リューナの手。そこには産まれた時から、確かに紋様が刻まれている。そしてそれを時々目にして、家族は辛そうにしている。
「その紋様は、悪魔に選ばれた紋様。お二人が産まれる前、この家が管理されている領が天災に襲われました。その復興資金を工面するため領主様は、悪魔の書を使い、金銀財宝を願ったのです。そして悪魔はその代償とし、花嫁を望んだ。その紋様は、悪魔の花嫁に選ばれた者の証しなのです」
私も驚いてリューナの手を見つめる。己の手を見つめているリューナの顔は、真っ青だ。
リューナとの仲が良好とは言えないが、これはあまりだと声をあげる。
「ベス、そんな冗談は止めてちょうだい。いたずらにリューナを不安にさせないで」
「いいえ、ルジーお嬢様、これは事実なのです。十六才になるまでに迎えに来る、そう悪魔は言ったそうです。だからリューナお嬢様が、いつ悪魔に連れ去られても悔いのないよう、誰もがリューナお嬢様を特別にされているのです。ルジーお嬢様も、なぜご自分とリューナお嬢様の扱いに差があるのか、疑問に思われたことはありませんか?」
「それは……」
答えに窮する。そう言われると、そのベスの話は真実に思えてきた。そしてそれは、リューナも同じだった。
「あ、悪魔に、連れ、去られる……? 私が……? 十六才に、なるまで、に……?」
引きつった笑みを浮かべるリューナに向け、ベスは笑みを浮かべたまま静かに頷いた。
「いやあああああああ! いや! いや! いやああああああああ!」
直後リューナは絶叫し、その場でしゃがみこむと池に手を突っ込むと、強い力で紋様をこすりはじめた。
「なんで? どうして? なんで消えないの? 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ、嫌だ! なんなの、これ! 嫌だぁ!」
その叫び声にお母様を先頭に、庭にいた者たちが駆けつけてくる。それに気がつくと、ベスの顔が一瞬にして、いつもの無表情のものに変化した。その変貌が、幼い私には恐ろしかった。
「ベス、これは一体……! なにがあったの?」
「ベスが……。手の紋様は、悪魔の花嫁に選ばれた印だって言って……」
本を置き、震えながら立ち上がりながら告げると、お母様が叫ばれた。
「なぜそんな勝手なことを! 私達に断りなく告げるなんて!」
この瞬間、ベスの話は事実なのだと知った。そんなお母様の声が届いているのか、いないのか、リューナはただ、ごしごし、ごしごし。紋様を消すよう、手をこすっている。
「いつまでも奥様たちが事実を告げられないからです。おかわいそうではありませんか。このような大切なことを、いつまでも隠されているのは」
「だからといって、雇い主に断りなく……!」
「リューナ、止めて。手に傷が……」
お母様はベスに詰め寄っているので、仕方なく爪をたてて紋様を消そうと頑張っているリューナを止めようと近づけば、ものすごい形相で睨まれ、濡れた手で突き飛ばされた。そしてそのまま、浅いながらも水しぶきを上げ、池に落ちてしまった。
ぐっしょりと全身を濡らし、お尻と手をつき、呆然とする。
「双子なのに……! なんであんたには、紋様がないのよ! 卑怯者!」
さらには近くにあった石を拾うと、投げてくる。
「止めて、リューナ! 当たっちゃう!」
慌てて私は立ち上がると、濡れて重たいドレスのまま、逃げるために池の中を動き回る。
「止めなさい、リューナ!」
ようやく私たちに気がついたお母様がリューナを抱きしめ止めさせるが、まだリューナはその手に石を握っている。荒く息を吐き続け、やっと手から石が落ちると、両目に涙をためた。
「……なんで、なんでぇ……。お母様、嘘よね? 嘘よね? 私が悪魔の花嫁になるなんて、嘘よね? 悪魔に連れ去られるなんて、嘘よね? ねえ、嘘だと言ってよ! ねえ、お母様ぁ!」
お母様は今一度、リューナを強く抱きしめると、残酷な事実を告げる。
「……本当なの……。今まで黙っていてごめんなさい。貴女が傷つくと思って、黙っていたけれど、その紋様は、悪魔が花嫁に選んだという証しなの……」
「う、嘘……。いや、いや、嫌! いやああああああああ!」
お母様の腕の中で暴れるリューナを、お母様が泣きながらあやすよう声をかけ続ける。
「エルシェ奥様、事実を知ればこうなると分かっていたではありませんか」
そんな二人に向かって、ベスがいつものように無表情で告げる。
「黙っていることが優しさなのでしょうか。リューナお嬢様も真実を知り、それを受け入れ、向き合う必要がありませんか? 今この瞬間、なにも知らず悪魔に連れ去られたら、リューナお嬢様はどう思われるでしょう」
「それは……」
泣くリューナを抱いたまま、お母様も涙を流しながら顔を伏せる。
「奥様、とりあえず室内に戻りましょう。リューナお嬢様を落ちつかせるためにも」
「え、ええ、そうね」
泣くリューナを抱え、お母様が侍女たちと館に戻っていく。
池の中で濡れたまま立つ私は、その背中を見つめ、なんて声を出せばいいのか分からなかった。
お母様、私はいいの? リューナに突き飛ばされ、当たらなかったとはいえ石を投げられたのよ? 今も一人で濡れたまま池の中に立っているのよ? ねえ、なんで私を置いて行くの? リューナが特別なのは分かったわ。だけど、なんで? どうして存在すら無視をするの?
「……おかわいそうに、ルジーお嬢様。リューナお嬢様が特別なばかりに、存在を忘れられ……。私は亡くなった娘がなによりも大切でしたが、娘を無下にする母親もいらっしゃるのですねえ」
最後まで残ったベスもそれだけ言うと、助けてくれることなく館に戻っていく。
「……うっ、ひっく」
泣きながら池を歩き、置いてきた本を拾い館に戻ろうとする。いつまでも池の中にいても、きっと助けは来ないから。自分で行動しなければ。
「……え?」
いつの間にか本の上に、一輪の黒い薔薇が置かれていた。
「黒い、薔薇……?」
見たこともないその花を手に取る。嗅いだことのない怪しくも、魅惑的な香りが漂ってくる。その香りに、少しだけ心が落ちつかされた。
不思議な魅力を持つ花。一体誰が……。
そう思うと、驚いたことに薔薇は私の左手の薬指に吸いこまれた。
「……これは……っ」
そしてこの時から、私の左手薬指に、時おり紋様が浮かぶようになった。
お読み下さりありがとうございます。
双子が紋様の意味を知るのは、コミカライズに合わせるか悩みましたが、いろいろ設定に差があるため、原作版として今回の内容で書くことに決めました。
少しコミカライズの描写を意識しつつ、完成となりましたが、書くとコミカライズと異なり、原作は最初からあまり仲が良くない感じになってしまいました。
色々設定に差がありますが、コミカライズも原作も、よろしくお願いいたします。
(令和4年8月24日(水))