ルジーの新婚時代
普段から黒い雲が、さらにその色を深め、紫色の光を空に走る。
「悪魔界にも雷があるのですね」
窓際から外を眺めつつ、素直に思ったことを口にする。
「怖いか?」
「いいえ、美しいと思います」
私の肩を抱き寄せた旦那様の手に、自分の手を重ね、彼の胸にもたれながら答える。
「昔は怖がっていたのに?」
「ふふっ。本当に旦那様は私のことを、なんでもご存知ね」
そう、雷を怖がっていた頃があった。
幼い頃は本当の自分を見つけていなくて、自分もそうだと思い、恐怖から人間と寄り添ったものだわ。二人で脅え、布団の下に隠れ……。愚かにも神に雷をなくしてもらうよう、教会でお願いをしたこともある。
「恥ずかしいわ、神なんかに頼っていた頃まで知られているなんて」
「誰にも恥ずかしい過去はある」
「まあ、旦那様にも?」
稲妻の光を浴びながら、旦那様はただ微笑むだけ。
卑怯な方。私の全てを知っているのに、ご自分はさらけ出さないのだから。私だって旦那様の全てを知りたいのに。
二人で窓辺に立ち、旦那様の温もりを感じていると、一人の女性を思い出す。
人間界に未練はない。
だって、唯一会いたいと思える人は、とっくの昔に亡くなったているだから。
妹ばかり愛する両親、使用人たち。雷を怖がっていた頃、一人ぼっちで雷に立ち向かえない私は、ある場所へ逃げていた。
「どうしたの、ルジー」
「……おばあ様」
「分かったわ、雷が怖いのね」
「ごめんなさい、おばあ様。お体の調子が悪いのに、来ちゃって……。だけど……。きゃっ」
大きな音に驚き、その場で耳を塞ぎうずくまった私に、祖母は優しく自分のベッドに誘ってくれた。
二人でベッドに並び、尋ねる。
「おばあ様は雷、怖くないの?」
「私? 私も雷は苦手だけれど、貴女が一緒にいてくれるし、なにより貴女を守りたいから。雷に負けていられないわ」
大きな手で幼い体をなでてくれる祖母の手は、優しく温かかった。
人肌を求めていた幼い私は、そんな祖母の手が、なにより他の人間と違って、きちんと私も見てくれていた証しでもあった。そう、祖母だけが存在を認めてくれていた。まだ旦那様の気配を認知できていなかった私には、彼女こそ、私を見てくれる唯一の存在だった。
そんな大好きな祖母は、私が産まれる前に罹った病気により、ベッドで過ごす時間が多かった。
それなのに……。
「リューナ、リューナっ、リューナ!」
「ああ、リューナ! しっかりするんだ!」
「リューナ、お医者さんよ! さあ、薬を飲んでちょうだい!」
大人は私だけではない。祖母まで蔑ろにした。呼び寄せた医師は、リューナばかり診る。リューナの命を優先させた。
祖母の命があそこで終わったのは、きっとあの人間たちにも責任があるはず。
もっとしっかり治療を受けていたら、祖母は長生きできたはず。そうすれば私の結婚式にも呼べ、私が旦那様のもとで、どれだけ幸福になれたのか、教えることができたのに。
「考えごとか?」
「……少し、昔を思い出しただけです、旦那様」
「祖母のことか?」
「……ええ。私、旦那様を愛しております。けれど、祖母だけが家族と呼べますから。まだ雷を怖がる子どもの頃、よく慰めてもらっていました」
「そうか。もっと早くお前に私を認知させ、あの女もその心に残さぬべきだったな」
肩から手を離すと、その両手で私の頬を持ち、顔を持ち上げる。旦那様と視線が絡む。
「旦那様。もしかして、おばあ様に嫉妬されていらっしゃる?」
「ああ。私以外の者に、関心を示すな」
「まあ。もし別の世界へ行き、旦那様とおばあ様、どちらとしか再会できないと言われたら、即答で旦那様と言いますのに?」
本当にこの方は、私を独り占めされたいのね。そのことに、心が喜びで満たされる。
「それでもだ。お前の心から、あの女を追い出す」
旦那様の手がおり、首筋に唇が当てられる。旦那様と過ごせれば、例えどんな天気、場所だろうと構わない。
身を重ねている間、私には旦那様しか見えず、旦那様の願った通り、祖母は心から消えていた。
お読み下さりありがとうございます。
短編「悪魔の花嫁」を書いた時には、すでに祖母は亡くなっている、これは決めていました。
ただ、どのような人物で、いつ亡くなったのかは決めていませんでした。
コミカライズ化にあたり、幼い頃は祖母は生きていたと決まり、花李先生のネームを読みあさり浮かび、短いけれど書いてみました。
原作とコミカライズは設定が異なっている点もありますが、逆にマンガで描かれたことを原作に入れることが、今後も出てくると思います。
マンガを読まなくても分かるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。