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長女は祖父母と会う

「本当に受け取らないの? 使わないの? 後悔しない?」


 念を押すように、しつこく尋ねる。


「私たちは使わない! 帰ってくれ!」


 祖父は床に座った祖母を隠すように抱き、同じ言葉を叫ぶ。


「もったいないなあ。悪魔の書を手に入れるなんて機会、そうそうないよ? 二人だって、もう若くないし。子どもに会いたくないの?」

「それは……」


 言いよどむ様子に、にっこりと笑顔を見せる。


「ほら、望みがあるじゃない。だったら、これ。打って付けだと思わない?」


 片手に持った悪魔の書を見せびらかせ、机の上に腰を下ろす。


「ルジーとリューナに似た顔で……。なんて邪悪な子なの……」


 やっと祖母が口を開いたと思ったら。さらに笑顔を深め、礼を述べる。


「悪魔の血を流す私にとって、最高の褒め言葉だわ。ありがとう。ねえ、考えてみて、おばあ様。悪魔界で暮らす私にとって、人間の血が少しでも流れているという事実は、ひどく屈辱なの。純真の悪魔から馬鹿にされ、見下される」


 学校で同級生たちにからかわれたことを、思い出す。

 いくらお父様が高位の悪魔でも、人間との間の子である私は、半端者扱い。特に私は同級生に比べ、魔法の上達が遅いから尚更。きっと人間の血が流れているからに違いない。


「だから邪悪な子というのは、褒め言葉になるの。あのお母様だから人間でも許せるけれど、他の人間が母親だったら、とっくに殺していたかもしれない」

「母親を殺すだなんて、なんてことを……」


 ぞっとしたように祖父は言う。祖母は恐る恐ると、問うてくる。


「……ひょっとして、辛い思いをしているの?」

「他の兄弟もそうだと思うわ。半端者が純真な悪魔から嫌がらせされることは、珍しくないもの」


 それについて、兄弟で話したことはない。ただ年令順に、受ける嫌がらせは減っていると思う。


「だけど今はお母様のおかげで、年々辛くなることは減った」

「なぜ?」

「お母様が人間なのに、悪魔より悪魔らしいから」


 なにか思い当たるらしい。動揺する二人の目が、それを物語っている。


「お母様、美しいでしょう? 見た目がいいから、狙う悪魔が多くって。それでお父様、お母様に護身術を教え、対悪魔用の武器も持ち歩かせているの。それを使ってお母様は襲われたりした時、相手を撃退するの」


 フログ叔父さんも、それで体を傷つけられた。


「相手が謝罪しようが、お願いしようが、気が済むまで剣を突き刺す。目を潰す。体を溶かす。お母様はね、とにかく残忍な方なの。それで悪魔界では人間でありながら悪魔と言われ、その子どもである私たちは馬鹿にされることが減った。本当、お母様のおかげだわ。あれほど残忍な人間は、そうはいない。顔を蹴り、殴ることも当たり前」

「もう、止めてちょうだい!」


 急に祖母が大声を出すと、大粒の涙を落とした。え? 今の話のどこに、祖母の心を揺らす話があった?


「ひょっとしてお母様、人間界にいたころから暴力的だったの?」


 机から下り駆け寄ると床にしゃがみこみ、祖母の目を興奮しながら覗き、尋ねる。


「聞きたいな、お母様の武勇伝。ねえ、いつから? お母様はいつから、あんなに暴力的な方だったの? 産まれた時から?」

「暴力的なんて、そんなことはない。あの子は優しい子だ」

「嘘ね」


 祖父の言葉をはねつける。あのお母様が優しい? 嘘を言わないでよ。


「嘘ではないわ……。貴女の母親は幼いころ、妹ととても仲が良くて……」

「ふうん。ならどうして今は、お互い会おうとしないの? 会わせようともしない。お母様、リューナ叔母様が悪魔界にいることさえ、知らされていないのよ。殺されるのは嫌だって言って、叔父様が叔母様を家に閉じこめているし」


 二人の目が大きく開かれる。


「リューナは今、悪魔の世界にいるのか……?」

「そうよ。叔母様はお父様を呼び出した契約により、悪魔界に来て夫になった悪魔に監禁されているの。叔母様は人間界へ帰りたがっているけれど、お母様は違う。お母様に、一度だけ聞いたことがあるの。人間界に帰りたくないのかって。そんな気、起きたこともないって!」


 声をたてて笑ってやる。


「会いたい人は生きていない、だから人間界に行く理由がないって! かわいそうだよねえ。二人は娘に会いたくても、その娘は親を拒絶している! どうやったら、そんなことになるの? ねえ、ねえ、教えてよ」

「貴女は……。以前来たルジーの娘とは、全然違うのね……」

「あいつと一緒にしないで!」


 かっとなり、祖母の頬を打つ。


 すぐ下の妹は、存在そのものが人間に近くて嫌いだ。兄弟の中で、家族の中でただ一人、存在が浮き出ている。

 純真ではないから、完璧にしたいのに! それなのにあの妹が邪魔をして、私の理想とする家族像が壊されている! ああ、憎らしい。どうしてあのお母様から、あんな奴が産まれたの? あいつはお母様の、少ない人間らしさや善の部分を、全て上積みして受け継いでいる。


「仲が悪いの? なにか誤解があるのではなくて?」

「誤解じゃない! あいつは我が家に不要なだけ! 似合わないのよ!」


 二人の顔が強張る。

 よく分からないけれど、なにか似たようなことが、この家でも起きたのかもしれない。直感でそんな考えが浮かび、口に出た。


「ひょっとしてお母様、不要だと思われていた……? 不要に扱われていたの?」

「違う! そんなことは……!」


 むきになって否定することが、ますます怪しい。


「へえ、そうなの。お父様が言っていたのは、そういう意味だったのね。お母様が自分好みの女になるよう、画策していたって。それにあんたたち、知らずに一役買っていたのね」


 図星だったらしい。反論してこない。二人して青ざめた顔で俯き、なんて笑える姿なの。


「今日はいい話が聞けたし、大人しく帰ってあげる。じゃあまたね、おじい様、おばあ様」


 ここに通えば、お母様とお父様の馴れ初めとか、色々知ることができそう。


 人間界で過ごした日々について、お母様が語ることはない。悪魔界こそ、自分の世界だと言う。そう言い切る人間を、私は他に知らない。

 そんな素敵なお母様について知れるなんて、素晴らしいわ。次に来る時も楽しみね。


 私は上機嫌で悪魔界へ帰った。

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