悪魔の製菓店
いらっしゃいませ。
ここは悪魔の製菓店。だけどご覧の通り、少しは人間向きの品も扱っています。
そうです。意外と悪魔社会で暮らす人間って、多いんです。冷遇されている人間もいれば、そうでない人間もいますが。
フログさんは知っていますか? そう、人間世界で呼ばれている、カエルという生き物を巨大化したような見た目をした、あの彼。あの人の奥さんは人間だけど、理由があって、家に閉じこめられています。
だけどフログさん、奥さんを大切にされていましてね。たまに奥さんにと、人間用のお菓子を購入してくれます。
そういえば、あの家の子は、悪魔より人間寄りの味覚をしている子が多いですね。
だけど、そう。あの有名な、人間なのに、そんじょそこらの、悪魔より悪魔らしい人間が奥さんの夫婦。あの家の子は、人間寄りの見た目をしていながら、大半が悪魔寄りの味覚をしていますね。
しかも真ん中の子は、見た目だけじゃない。大きな声で言えませんが、感覚も人間寄りではないかと。なんか、そういう目をしているんですよ。だけどうちで商品を買う時は、悪魔用の菓子ばかり買うから、混血児はよく分かりません。
人間と結婚する悪魔はたまにいるけれど、あの夫婦ほど、お似合いの夫婦は知りませんね。
ちなみに旦那さんは昔から、うちの店をよく利用してくれており、あの日も……。
◇◇◇◇◇
「近く人間の娘と結婚をする。そこで、結婚式用のケーキを作ってほしい」
そう、人間が食べられる食材でケーキを作るよう注文されまして。
人間用のウエディングケーキは作ったことがなかったので、知り合いの家にいる人間に尋ねたら、真っ白いケーキだと言われ……。正気かと疑いました。でもそう答える人間ばかりで、私も腹を括り取り組みました。
それでも試作品を作っている間、純白なケーキのせいで何度も吐き気に襲われ、気が狂うと思いました。だけど私も職人ですからね、頑張りました。
「こちらが人間用に作ったケーキです」
それなのに試作品を見せた瞬間、旦那に無表情で叩かれまして。それはもう、遠慮なく。私、吹っ飛びましたね。
「妻の好きな色は、黒だ」
最初に言ってくれとは思いましたけれど、黒なら容易い。得意分野だと張り切りまして。
「分かりました。それなら早速、炭や灰を使ってデコレーションしましょう」
そう言ったら、また無表情で叩かれ、吹っ飛ばされ……。
「妻は裕福な家の出だ。裕福な人間は、炭や灰を食わない。他の食材にしろ」
「はあ、なるほど」
確かに裕福な家の人間は、焦げのない料理しか食べないという噂を聞いたことがありましたから。慣れていない人間からは苦い、食べられない、そうやって不評だという話も有名です。
「では、人間世界の食材で黒と言えば……。イカスミですね!」
人間用の食材辞典を開いて叫べば、三度、無表情で叩かれ吹っ飛ばされました。
ケーキの材料には不向きとは、辞典に書いていなかったもので。真っ黒ではないけれど、チョコレート、これしかないと言えば一応納得してくれました。
無表情で叩き、吹っ飛ばされ、壁に激突した自分を見る、あの時の旦那の目。いやあ、思い出すだけで、ぞくぞくして堪りません。もう一発、叩いてほしかったですね。チョコレートなんて正解、当てなければ良かった。
◇◇◇◇◇
式では奥さん、ケーキを見て喜んでくれました。
というか、結婚式であんなに堂々としている人間、初めて見ました。
本当、普通の結婚式でした。大抵の人間は泣き叫び、嫌がるというのに……。旦那の見た目が、人間に近いからかもしれませんね。フログさんのような見た目だったら、違っていたかもしれません。
……いや、どうでしょう。あの奥様なら、受け入れるかもしれない。
結婚後、ご夫婦揃って、初めて来店された日も覚えています。
「これが悪魔用のケーキ?」
悪魔用のケーキに奥さん、興味を抱かれまして。味見をしたいと言われましたが、断りました。
「人間には食べられない食材を使っているので、無理ですよ。食べたら人間の舌なんて、簡単に溶けてしまう菓子もあります。奥さんは人間用のしか買わないよう、注意して下さい。悪魔用は、ここにほら、マークがありますから」
「旦那様は、どのような味のケーキがお好きなのかしら」
「人間で言うと、甘酸っぱいという感じか? ただその酸味が、人間には有毒だが」
「それは……。私が手で触れるのも、危険なのかしら?」
妙な質問だなと思いましたが、触るくらいなら問題ないと言えば、菓子作りを教えてくれと頼みこまれ、驚きました。
「奥さん、裕福な家の出だと聞いていますよ? 料理なんてしたことがないでしょうに」
「問題ないわ。すでに家でもシェフから、旦那様が好む料理を教わっているし。旦那様には、私だけが作ったものを食べてもらいたいから」
羨ましい話です。人の店で惚気るなとも、思いましたけれど。
意外と奥さん、教えている時は大人しかったですよ。自分の性別が男だと伝えていたのもあると思いますけれど。もし女だったら、フォークかなんかで、一度は刺されていたと思いますね。あの奥さんは、そういう人間ですから。
とにかく自分の旦那に近寄る女が許せないし、近寄られれば不安になる。それが暴力という手段に繋がる。しかも旦那が、対悪魔用の護身道具を持たせているから、散々な目に合った女悪魔は多いです。
知らずに道を聞いただけで、顔をぐちゃぐちゃにされた女悪魔もいます。あれはもう、どちらが悪魔だか分からない光景でしたね。
ほら、見てごらんなさい。今も旦那の好物である大トカゲを引きずりながら、ご機嫌に歩いている。
きっと今日はあの食材を使って、なにか料理を作るのでしょうよ。
人間と悪魔は寿命が違いすぎる。けれどあの夫婦は、あれはあれで幸せ者ですからね。本当、お似合いの二人ですよ。
自分も人間と結婚するなら、あんな悪魔社会に馴染める女を見つけたいものですね。
さて、お客さんはなにを買われます? 血の味のするキャンディー? 灰の混じったキャンディー? それとも人間の舌なら溶ける、酸っぱいキャンディー? いろいろ揃っていますよ?