ストーカーはやめましょう。
朝の七時、おれ達は公園に来ていた。
仁に危険が及ばないよう周りを見渡していると、仁は不思議そうに首を傾げた。
「悠真。さっきからなにキョロキョロしてるんだ」
「ストーカー男が居ないか見張ってるの!」
そう。昨日美紀から聞いた怪しい男は、おれの予想では仁と最近仲良くなった人だと睨んでいる。仁には公園へ行く途中昨日の事を話したが、馬鹿にしたように鼻で笑い信じてくれなかった。
「さっきも言ったけど仲本さんが俺のストーカーなわけないだろ。それに俺にストーカーするメリットもない」
「そんなのわかんないじゃん! おれだったらするもん!」
「......堂々と怖いこというな。 ほらボール投げろ」
素振りだけだとおれが暇するだろうと思ったのか、バットと一緒にグローブとボールを持ってきてくれた。おれ達はキャッチボールをしながら会話を続ける。
「キャッチボールなんて久しぶりだね〜! 中学ニ年の時以来だよね」
「ああ、お前が急に野球からバスケ部に移動したからな。ーー俺の相談もなしに」
「あはは! ごめんね〜」
おれは元々中学の時、仁と一緒に野球部に入部していた。あることがキッカケで辞めてしまったけど。
「なんでだ? 俺まだ辞めた理由知らない。聞いてもはぐらかされたからな」
「ん〜? ーーてか、八時過ぎてるのに来ないね」
手を止め公園の真ん中に立つ時計台を見つめる。すると、またはぐらかされた仁は睨むがおれは知らんぷりをした。
「今日は日曜日だからじゃないか? 仕事も休みなんだろ」
「え!? それ先に言ってよ〜!」
「もう知ってるかと思ったんだよ」
今日は会えないかと落胆しながらキャッチボールを再開する。仕事が休みなら一日中ストーカーできる気もするが周りを見渡してもそのような男はいない。仁の言う通り、その男はストーカーじゃないのかもしれないと思い始める。
八時二十分を過ぎた頃、徐々に親子連れや沢山の子供達が集まってきた。人も多くなってきたしここまでかと公園から出て家まで歩いていく。
すると、家まで数メートル先で仁の足が止まった。
「ーー仲本さんだ」
「あの人が仲本さん? ーー想像と違う」
仲本さんという男はおれ達の家の前で腕時計を時折見ながら立っていた。おれはもっと、暗くて不気味な男を想像していたが想像とは違う正反対の爽やかな人だった。
立ち止まっているとおれたちに気づいた男は一瞬びっくりした顔するが、すぐ笑顔に戻り手を振る。仁は駆け足で男の方へ向かっていく。
「仲本さん。今日は私服なんですね」
「今日は休みだからね! 今から出掛けるんだ」
爽やかな笑顔で、爽やかな声で、爽やかな雰囲気でおれはその爽やかさに毒を抜かれた。
「そうなんですね。ーーあ、隣にいるのは幼馴染の悠真です」
「木下悠真です! 仁から話は聞いてます!」
「仲本剛です。そうなんだ! よろしくね」
さ、さわやか〜! 仁が良い人って言ってたこと今なら分かる気がする! 毒を抜かれたことでストーカーの件はおれの頭からすっかり消え去っていた。
「あの、俺たちここに住んでるんですけど仲本さんはどうしてここにいるんですか?」
仁の質問にすっかり忘れてた件を思い出す。
そうだ、なんでここに仲本さんがいるんだ!やっぱりストーカーじゃないか!と疑いの目を向けると仲本さんはキョトンとした顔で答えた。
「ここ、俺も住んでるんだよ! まぁ最近引っ越してきたから知らないかな?」
引っ越してきた!?まさか仁を追いかけて!?疑ってしまえば、普通のことでも裏があるように聞こえてしまいおれは問いただしていく。
「引っ越してきたってなんでですか? まさか仁のこと追いかけてとかですか? 最近仁と公園で会うそうですね、わざとっすか」
「ーーえ!? ちょ、ちょっと!」
「おい、悠真! やめろ」
仲本さんは困った顔で後ずさる。仁の止める声も無視して構わず聞いた。
「なんで、逃げるんですか! やっぱやましいことがあるんですか? 正直に言ってください」
「ま、待ってよ! なんのことかさっぱり……」
後ずさる仲本さんを追い込み、逃げないようにと手を取ろうとした時だった。
「やめてくれる?」
イケメンの男が仲本さんを後ろに隠しおれの目の前に立つ。すると、仲本さんはこの男であろう名前を呼んだ。
「ーーともき!」
「剛さん大丈夫ですか? だれですか、このガキ」
智樹という男はライオンでも逃げ出してしまいそうな顔でおれを睨む。でもおれは、この男を無視し仲本さんに話しかけた。
「仲本さん! 仁のこと好きなんですか?」
急に好きと聞かれた仲本の戸惑う顔を見て、仁は我慢の限界がきて悠真を叱った。
「悠真! ちゃんと仲本さんの話を聞け! 多分お前の勘違いだぞ」
「仁......仲本さんすみません。昨日マンションの下で怪しい男が居たって聞いたので、おれは最近仲良くなった仲本さんを疑ってるんです」
仁に叱られたおれは、シュンっとなりながら落ち着いて話す。
「おい。剛さんをストーカー扱いするな」
「智樹! そうだったんだね。でも本当に俺じゃないよ! でも仁くんのことは引っ越した時から知ってた。仕事の帰り道にたまに公園で素振りしてるのを見てたから」
必死な顔をしてる仲本さんを見て、おれも流石に嘘をついていないことが分かった。
「ーー仁のこと知ってたんですね。でも同じマンションに住んでるって分かってるのになんで知らないフリしてバット拾ったんですか?」
「それは……別に深い意味はなくて! ただ見てるたびに素振りしてるから気になって 一度喋ってみたかったんだ」
『ごめん嘘ついて』バツが悪そうに謝る仲本さんに、おれも悪いことしたなと反省すると、智樹という男が思い出したように口を開いた。
「剛さん、もしかして仲良くなったって嬉しそうに話してた人って、このガキの隣にいる人ですか?」
「うん! 仁くんのことだよ」
智樹という男はその言葉に仁を見て、バツが悪そうな顔をして謝ってきた。
「このマンションの下から見てたの、たぶん俺だ」
「「「え!?」」」
智樹以外の3人は、口を揃えて驚く。
「剛さんが、嬉しそうに話すからどんな男か内緒で見に行ったんだよ。多分それが怪しかったんだと思う」
照れたように笑ってるのが、若干イラつくけど犯人がわかってホッとした。
でも、剛さんはワナワナ震えて怒りを爆発する。
「ーー智樹! 仁くんと悠真くんに謝りなさい!」
「いいんですよ仲本さん。悠真が悪かったんです。悠真、仲本さんに謝れ」
仁には逆らえないおれと、同じであろう智樹さんもお互い謝り合った。
「ごめんな」
「おれもすみませんでした」
ストーカーの件が解決した仁と仲本さんは、連絡先を交換してもっと仲良くなった。
話を聞くと2人は最近恋人同士になったらしい。
今日デートする事を思い出した仲本さん達と、別れを告げおれ達はそのまま見送る。
「あの2人恋人同士だったんだね!」
「ああ。びっくりした」
「仁はどう思う? 男同士の恋愛って」
おれは仁が好きだ。否定的だったらどうしよう。告白もできないまま終わりそうだな。
「いいんじゃないか。幸せなら」
否定的じゃなくてよかった。
少しおれの好意を見せてみようかな。
「ねぇ、仁。おれがなんで急にバスケ部に入った
か知りたい?」
「教えてくれるのか?」
「うん。仁は覚えてないだろうけど、二人で友達の応援をしにバスケの試合見に行った時に、仁がバスケってかっこいいな。俺は出来ないから出来るやつ見るとカッコいいって思う。って言ったんだよね。それでおれ、仁にかっこいいって思ってほしくてバスケ部に入部したんだよ」
心臓がバクバクする。この話を言ったら仁がおれの気持ちに気づきそうで、ずっと言えなかった。仁にとってはしょうもないことでと思うけど、中学生のおれにとっては、好きな人にかっこいいって思われるために必死だったんだ。
「俺にかっこいいって思われたくて野球やめたのか?」
仁がおれの方を見て確認してきた。
でもおれは目が合わせられない。
「そうだよ。しょうもないでしょ〜! だから言わなかったんだ〜」
「たしかに......しょうもないな」
ほら、やっぱり。仁を幻滅させたくなかった。
おれは泣くのを堪えようと下を向くと仁は言葉を続けた。
「でも、バスケしてる悠真は1番カッコいい。バスケ部に入って正解だったな」
仁は微笑んで、下を向くおれを覗き込むと、泣いてるおれに目を見開く。
やばい、堪えてた涙がどんどん溢れてきた。
「悠真、涙が……」
涙と一緒に長年の想いもどんどん溢れてくる。
「ーーおれ……おれ」
ダメだ。いうな。言っちゃダメだ。
「ゆう……ま?」
むりだ。止まらない。爆発しちゃう。
「おれーー仁が好きだ……大好きだ」
言ってしまった。