涙目と上目遣いはセットです。
次の日の朝、仁は六時すぎに目が覚めた。
今日は土曜日で、十時から悠真の家で勉強をする予定が入っている。つい朝練の癖で起きてしまった仁は、ジャージに着替えて素振りの練習をしようと公園へ向かった。
素振りをしていると遠くから驚いた声が聞こえてきた。
「あれ? 昨日の……」
その言葉に手を止めて聞こえた方へと見ると、昨日のスーツを着た男が今日もスーツを着て立っていた。昨日は暗くてよく見えなかったが、その男性は爽やかなイケメンで多分二十代後半か。右目の下には泣きぼくろがあった。
「あっ、どうもっす」
俺は帽子をとりお辞儀すると、その男性はニコッと笑った。
「朝から素振りなんて若いね! いつもこの公園通るけど、朝の君は初めてみたな」
「いつもは学校で練習してます」
「そっかそっか。そういえば君の名前聞いてなかったね。俺は仲本剛」
「北村仁です」
『よろしくね』と仲本さんは爽やかな笑顔をみせた。仲本さんはおもむろに腕時計を見て、自動販売機へと向かった。すると、炭酸飲料を手に持ち俺のところへと戻ってきた。
「じゃ、俺仕事だから行くね。ーーこれあげるよ」
手に持っていた炭酸飲料を俺に差し出した。
「いいんですか?」
喉が渇いてた俺は素直に受け取る。
「暑い中飲まないで素振りなんて大変だからね。これ飲んで頑張って! じゃあね」
「ありがとうございます」
スマートな仲本さんの行動に感動して、俺も将来年下に対してスマートにジュースを奢れるような大人になろうと決意した。
いつの間にか九時を回っていることを知った俺は急いで家へと戻りお風呂に入る。勉強道具を準備していたら約束の時間になり悠真の家へと入っていく。
「入るぞー悠真」
一声かけ悠真の部屋へと入ると、ベットで気持ちよさそうに悠真が寝ていた。
「久しぶりに寝顔みたな」
幼さが残る寝顔は可愛くて微笑んだ。悠真の顔に前髪がかかっていてどけようと手を飛ばすと、悠真の目がパチッと開き俺の顔を見た瞬間飛び起きる。俺は行き場のなくなった手を降ろした。
「ビ……ビックリした〜! 今何時?」
「十時五分だ」
「ごめん! 寝坊したー!」
時間を聞いた悠真は急いで準備をする。その間に俺は、部屋の真ん中にある机へと座り数学の教科書を広げる。すぐに悠真は準備を終わらせて、仁と向かい合わせになるように座った。
「隣、座れば? 隣の方が教えやすくないか?」
普段の悠真なら俺の隣に座るくせに今日は何故か距離がある。逆に距離があると俺自身も落ち着かない。
「でも……」
モジモジしている悠真に首を傾げると、悠真は小さくため息をつき俺の隣に移動する。
「天然だなー」
「何がだ」
「なんでもないよ! ーーあれ?」
悠真は俺にグッと近づき匂いを嗅いだ。お風呂は入ったが、汗の匂いは取れてなかったのかと内心焦る。
「どうした?」
「シャンプーの匂いする」
なんだそんなことかと安心し、距離が近い悠真を軽く退かした。
「朝素振りしてたんだ。それで汗かいた」
「昨日も公園で素振りしてたのにストイックだね」
公園という単語に昨日と今日の出来事を思い出し仲本さんのことを悠真に伝えた。いい人だねって笑顔で言ってくれるかと思いきや、正反対なことを悠真は言ってきた。
「その男の人大丈夫なの!? 怪しくない?」
「俺も最初は怪しいと思ってたけど……」
「でしょ〜!? 怪しいよ!」
「でもジュースくれた。いい人だ」
「ちょっと! ジュースで警戒心解かないでよ」
『心配だな〜大丈夫かな〜』とぶつぶつ言っている悠真にイラっとする。
「じゃあ、明日の朝お前も来い」
悠真も仲本さんと喋れば分かってくれるだろうと朝の素振りに誘うと、悠真もその方が良いのか頷いた。
「怪しかったらあの公園で素振り禁止だよ」
「……わかった」
「な〜に〜 今の間は〜!」
悠真は俺の脇腹をくすぐりいじめる。
「ハッ……ハハハッも……もうむり……」
くすぐったすぎて涙目になった俺は力が抜け、優真を巻き込んで後ろに倒れた。
結果押し倒される形になったが今はどうでもいい。
「も、もう……やめてくれ……」
下から悠真を見上げお願いする。すると、さっきまで笑っていた悠真は固まり俺の上からどこうとしない。不思議に思いながらも悠真にまたお願いをする。
「ーー悠真。ちゃんと分かったから退いてくれ」
悠真はやっと意識を取り戻したのかすごい勢いで体を戻し前屈みになりながら座った。さっきまでご機嫌だった悠真が大人しい。
「ど、どうした。お腹痛いのか?」
悠真へと手を伸ばしかけるとそれを拒否するように体を避けた。
「きょ今日は……勉強中止で」
「やっぱお腹痛いのか? 何か手伝うか?」
離れた距離を縮め俯いた悠真の顔を覗くと、悠真は勢いよく顔を開げ取り乱した。
「て、手伝う!? い、いや……お、おれとしては願ったり叶ったりなんだけど」
ごにょごにょ言っている悠真がいつもの悠真じゃないと感じ、より心配になった俺は立ち上がってドアに手を掛ける。
「どうした? お腹温めるものとってくるか?」
「大丈夫! 寝ていれば治るから! また明日にしよう」
悠真は大きく横に首を振ったが、フーフーとゆっくり息を吐いて辛そうだった。心配ではあるが、悠真が言うなら従っておこう。
「お大事にな。ゆっくり休めよ」
「う、うん! また明日、朝に迎えにくるね」
俺は悠真のことを心配しながらも家に戻った。