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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第十八話 模造の勇者と女王の鎌
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18ー3 闇の女王の鎌

 ライラヴィラたちはマナリカの師匠の工房に再び身を寄せた。

 親方はシリウスには大恩があるからと、何も聞かずに全員をかくまってくれた。

 アンジェラがシリウスに治癒魔法を施し、彼は元々の身体の鍛えられかたもあって、すぐに動けるようになった。


欠片(かけら)を入れられた人を、誰一人助けられなかった」


 ライラヴィラは工房の応接間でソファーに座り、(つぶや)く。

 光の刃と重力球がぶつかった衝撃で、光の欠片(かけら)を施されていた騎士の三人は吹き飛ばされてしまった。もう生きていないかもしれない。

 何の罪もないダヌトゥムナ城の兵たちにも、覇者(はしゃ)の魔眼で拘束をしたうえ、怪我(けが)をさせただろう。

 ライラヴィラは両手を震えながら握りしめた。

 レグルスが彼女の座っていた長椅子の隣に座り、足を組んだ。彼女の呟きを耳にしたのか、応えるように彼も呟いた。


「不本意な結果に終わったが、今回は欠片入りの騎士が三人にクロセルの野郎がいたからな。また対策を考えよう」


 レグルスはライラヴィラの震える拳の上に手を置いた。彼にそっと手を握られて、彼女は(こら)えきれなくなり、涙が落ちた。


「騎士たちの心臓に埋められてた欠片、あれを引っ張り出すために必要な魔力を乗せる、魔法媒体になる杖は壊れてしまった」


 ライラヴィラはなんとか涙を止めた瞳を伏せた。濃密で巨大な魔力を扱う術式に、剣では媒体としては不向きで、どうしても杖が必要だった。


「直せないのか?」

「無理だって。ここの親方が見てくれたの。核となる宝珠が粉々になったから。父の形見だったけど仕方ないわ」

「そうか。またおまえに合う杖を探せばいい」

「うん……」


 きっとレグルスも無力感があるはずなのに、いつも自分のことを先に考えてくれる。彼女は自らの弱さと未熟さを痛感した。

 ライラヴィラは城での戦いを振り返ってみて、欠片を『引っ張り出す』のを思いついたのは良かったが、更に上手くやれる方法がないかと思案する。


「おいおい、なに落ち込んでるんだ。まだ負けと決まっちゃいないぜ」


 シリウスとアンジェラが揃ってふたりの前に姿を見せた。


「あちらさんの戦力が予想外にデカイだけ。だからこちらも戦力を上げないとなぁ。ということはだな、親方」


 シリウスがそう言うと、後ろにいた鍛冶工房の親方と弟子のマナリカがニヤリと笑った。


「仕上がったぜ。女王の鎌がよ。あとは深淵の紋章だけだ」


 親方の言葉に続けて、マナリカが魔剣を手にしてライラヴィラに差し出した。


「あんたの剣! 調整ものすごぉく頑張っちゃった!」


 ライラヴィラは魔王戴冠のときに亡き父から贈られた、魔剣レーヴァテインを彼女から受け取った。

 (さや)から抜き構えてみると、前にあった違和感が完全に抜けて、一体感を感じた。自分の意思と魔力を受け止めて調和する(きら)めきが剣身に走る。


「すごいわ! マナリカ、ありがとう!」

「お礼を言いたいのはこっちよ。ちょっと悩んでたけど、コイツに向き合ってたらそんな悩みは吹っ飛んじゃった。本気のホンキで剣に向かい合わせてもらえて、ひとつ抜けた感触が得られたから」


 マナリカはあんたのおかげだと、ライラヴィラに何度も礼を言った。大魔王は受け取った愛用の魔剣を魔法で収納して、親方へ紅い視線を向けた。


「深淵の紋章、刻み直しましょう」


 ライラヴィラが隣に座っていたレグルスと一緒に立ち上がると、その場の全員が大鎌が据えてある奥の作業場へと移動した。



 

 作業台の上には立派な大鎌(サイズ)が横たわっていた。

 元々刻まれていた古代魔界文字も復元され、欠けや減りも修復され、美しく磨かれて漆黒の輝きを見せた。


「始めるね」


 ライラは胸元の深淵の鍵を開いた。

 両手を現れた虹色の紋章にかざすと、複雑な紋様を描いて回転を始めた。そこから光が放たれて、目の前の鎌に模様が浮かび上がる。

 マナリカと親方が小さなハンマーを持って構える。


「よしっ、今だっ」


 二人が息を合わせて紋様を打ち込んでいく。

 リズミカルで複雑な音が工房内で踊る。

 最後の一打ちが終わると、刻まれた紋章全体が輝いて消えた。


「できた……」


 親方とマナリカは鎌を眺めた。


「闇の女王の鎌、アダマス=フォンセ」


 ひと目で強力な闇魔力をまとった業物(わざもの)であることがわかる。

 持ち手の細かい装飾、刃の部分に刻まれた紋章と古代文字。美しい刃の湾曲と漆黒の深み。現す品格はまさしく闇の女王の誇り。


「ディオの奴がこれを振るう時は、魔界の民を守る時だった」


 シリウスが完成した大鎌を見つめ、呟いた。


「つまんねえオッサンの昔話でも聞いてくれるか」

 

 

 

 ——俺は昔、トラヴィスタの騎士団にいた。

 たまたま任務でゲートに踏み込んで魔界へ入ったときに、彼女と出会った。

 それがディオトリー。

 俺はまさか魔族の女に会うとは思ってなかった。

 衝撃だったな。そう、一目惚れってやつ。

 泉のほとりに立つ、青みがかった肌に紫の髪の女。

 漆黒の長いローブを(まと)った(はかな)げな彼女は、月の精霊かと思った。


 俺は人目を盗んで、何度も魔界へ足を運んだ。

 いつも何かに悩んでいるようで悲しい顔をする彼女を、どうにかして笑わせようと、人界の面白い話を土産(みやげ)に持っていった。

 彼女は山麓の別荘のような建物で(わず)かな従者と暮らしていたから、まさか当代の大魔王だなんて思ってもみなかった。

 いつのまにか、あいつも……俺を想ってくれるようになっていた。


 やがて俺たちに精霊の意思による『真紅(しんく)の絆』の紅き光が現れた。

 ディオから告白されて、俺たちは誓いの谷で儀式をした。

 俺は魔界で彼女と共に生きることを選び、騎士団は退役し、人界から去った。

 しばらくは二人でひっそりと、彼女の暮らす魔界の屋敷でささやかながら幸せな暮らしを送った。


 ところがだ。

 ディオが俺の子どもを身籠(みごも)ってから、おかしなことが起こるようになった。

 空から光の刃が彼女を狙うようになった。

 彼女は魔界と自身とおなかの子の身を守るため、何度も深淵(しんえん)の鍵を開いて、常闇(とこやみ)の力を使った。


 そんな中、深淵の守護者リリスの存在を知った。

 俺たちはリリスを目覚めさせることを目指した。

 彼女を悪鬼アモンにしないために。

 しかし間に合わなかった。

 おなかの子が深淵の終焉(しゅうえん)に向かう力に耐えられず、亡くなってしまった。


 彼女はショックのあまり、常闇の力を使って天主への復讐を始めた。

 ついに深淵の鍵が限界になり、彼女は悪鬼アモンと化した。

 俺は彼女をなんとかして止めようと、守ろうとした。


 俺たちの絆が再び赤く輝いた。

 彼女は一瞬だけアモンから元に戻った。

 そのときに彼女からこの鎌を託された。


「この悲しみを終わらせてほしい」


 つまり、俺にこの鎌で自分を殺せと依頼してきた。

 俺は、できなかった。いちばん守りたい相手を手にかけるなど無理だ。

 そして、ディオは……。

 俺の目前で最後の正気を振り絞り。

 自ら命を絶った——。

 

 

 

「真実は人界にとって都合が悪かった。大魔王と結ばれた人間の存在は、これまでの魔界との戦いの連綿たる歴史を揺るがし、人界が魔界の大魔王にしてきたことを否定することになるからな。

 だから真実は隠され、俺は大魔王を退けた『勇者』とされた。悪鬼アモンとなったディオを止めようとした俺に協力してくれてた、友人のアンジェラも一緒にな」


 ライラヴィラは勇者の真実に言葉が出なかった。

 レグルスも顔を背けた。


「なぜ身重のディオが、天主アーソグリーダから狙われたのか。俺は当時は分からなかったんだが、今ならわかる」


 シリウスがライラヴィラの方を向いた。


「人界と魔界、二つの世界の『真紅の絆』の間に生まれる子どもは、光と闇の双方の精霊に守られし者。強き意思と魔力、生命力を宿すからだと。天主アーソグリーダはそれを恐れたのだろう。

 俺とディオと同じく、人界と魔界の『絆』であった、魔王ランダステンと光の聖女リーヴィーが結婚したこと。その魔王が一代で立国した魔導城郭都市スペランザが光の刃に襲われて滅んだという噂を、魔界で耳にした。まさか『絆の子』である、あんたが逃げおおせてたとは。つい最近まで知らなかった」


 シリウスはライラを見つめた。


「そのあんたが、深淵の守護者リリスに()るなんてな」


 シリウスは大魔王の紋章が刻まれ、完全に修復の終わったディオトリーの大鎌を手に取った。両手で抱き上げるように持ち、ライラヴィラの方へ向いた。


「これは、あんたが使ってくれ」


 シリウスは当代の大魔王へと、大鎌を差し出した。


「どのみち深淵の紋章の入ったものは大魔王にしか扱えない。それにあんたはリリスだ。リリスはディオの目指したもの。きっとディオも、これをあんたに使ってほしいと望むだろう。この鎌は常闇の力はもちろん、リリスの虹の光彩アイリスフィアも、全て受け止めることが可能だ」


 ライラヴィラは大鎌を両手でしっかり受け取った。秘めた力と重みを感じる。

 それを立てて構え、自らの魔力を流してみた。

 深淵の紋章と古代文字が浮かび上がり、青紫色の光を帯びた。ライラヴィラから立ち上るオーラと大鎌アダマス=フォンセが共鳴する。

 その場にいた皆がライラヴィラと、彼女が構えた大鎌を見つめた。


「ライラヴィラ——古代語で『闇の女王』と呼ばれる、まさしくこれはあんたが受け継ぐべきものだったんだな」


 話し終えると口を真っ直ぐ閉じたシリウスに(うなず)いて、ライラヴィラは大鎌を両手で天に向かって掲げた。


「二代目のリリスとして、大切に使わせていただきます。シリウス、そしてディオトリー」


 当代の大魔王は、元の大魔王へと、鎮魂の祈りを(ささ)げた。

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