18ー1 聖女と大勇者
翌日、ジーモンとハンスが宿を引き払って鍛冶工房へとやってきた。
エルザとオリビアは怪我はないものの心身の消耗が激しく、工房奥の客間で休んでいた。そこへ彼ら二人を案内して、しばらく四人で待機してもらった。
ライラヴィラは彼女たちの記憶が消えているのを確認すると、魔界で出会った人界人たちからは距離を置いた。
「覇者の魔眼も万能ではないから」
ライラヴィラはレグルスやシリウスたちに説明する。
「覇者、つまり王者の力は、無意識に支配される恐怖を人に植え付ける副作用があるから。私はもう彼女たちとは本当の意味での対等ではいられない。私は常に人から恐れられ、避けられる」
「そうか、魔眼の力は代償があるとザインの奴が常々言ってたが、ライラのはそういうことか」
「レグの姉さまから教えてもらったことで、最近気がついたの。私が人界の人から避けられる理由はダークエルフというのもあったけど、むしろ覇者の魔眼の副作用だって」
ライラヴィラはこればかりは諦めるしかないのだと分かってきた。
ただみんながそうではない。
目の前の彼のように、心の芯が強くてこの魔眼が平気な人もいる。
「悪いけど彼らの対応はシリウスたちにお願いしてもいいかな。私とレグは魔族だし、あなたたちの方が当たりが良いと思う」
「それは構わないが、そもそも何であんたらは四人を連れてるんだ?」
シリウスに訊かれて、ライラヴィラは彼ら四人と出会った経緯を説明した。
アンジェラもようやく納得がいったようだった。
「揃いも揃ってお節介だったのね、フフフッ」
「しかし『光の欠片』を盗み出したとは、とんでもない連中だなっ。まあこれで賢者の爺さんの研究が進むだろう」
話をしていると工房の親方とマナリカが奥から出てきた。
「そこの姉ちゃんから入手できた素材でかなり形になった。シリウス、一度見てみるか?」
親方の呼びかけにシリウスが応えた。
「ああ、是非とも。あんたらも見るか。きっと驚くぜ」
ライラヴィラとレグルスはシリウスと共に工房の奥へと足を踏み入れた、そこは職人が大勢で作業できる広さがあった。
親方に案内されて進んだ先に火がくべられた大きな作業台があり、そこに寝かされていたのは漆黒の『大鎌』だった。
その鎌は今まで感じたことのない深い闇魔力を秘めていて、所々に不思議な紋様があった。滑らかに湾曲した刃、蔦が絡んだような繊細な模様のついた柄。美術品のような気品があった。
ライラヴィラは気になって魔眼で注意深く見つめた。大鎌の峰には何か小さな文字が刻まれている。
〈ひとつのために、全てのために、そして愛のために〉
古代魔界文字で刻まれたそれは、所々欠けてはいるが読めた。
ライラヴィラが声を出して読み上げると、親方が驚いて彼女の方へ向いた。
「姉ちゃん、これ読めるのか!」
シリウスも目を見開いた。
「そんなことが書いてあったのかっ。俺は半分くらいしか解読できなくてな。これは助かる」
ライラヴィラはマナリカから紙と鉛筆を借り、書かれている文字を書き写して親方に渡した。大鎌の峰と彼女が書いた文字を見比べて親方は何度も頷いた。
「修復がはかどる。ありがとなぁ」
レグルスが何かに気がつき、ライラヴィラに訊いた。
「文字の場所は分かったが、あそこにも何か紋様があるぞ」
彼が指した刃元をよく見た。
「これって、かつての大魔王が持っていたの? 深淵の紋章がある」
かなり欠けているが間違いないと、ライラヴィラは皆に伝えた。
「なぜこれが、ここにあるの?」
「これは三代前の大魔王、ディオトリーが手にしていた鎌だ」
シリウスの口からその由来が語られた。
「俺があいつから預かったまま、どうしようもなくてな。ここの親方に託したってワケ」
ライラヴィラはシリウスの言い方が気になった。
シリウスは大魔王ディオトリーを退けて勇者になった人物だ。
それなのになぜ大魔王の鎌を『預かった』のだろう。
それにシリウスが鎌を泣きそうな目で見つめるのは——。
「この鎌には伝説があると、あいつから聞いた。数千年前の太古の、深淵の守護者リリスが手にしていた『アダマス=フォンセ』じゃないかと」
そんなとんでもない業物がこうして残っていたとは、ライラヴィラもレグルスも目を見張った。
つまり太古の、最初のリリスがこれを手にしていたのだ。勇者村の翁が言っていたのは、リリスは長きにわたり人界と友好的に交流し、魔界を平和に治めていたと。それならば鎌に刻まれた言葉も矛盾が無い。
「深淵の紋章はライラ、あんたの力を貸して欲しい。あれを刻めるのは当代の大魔王だけだ」
その言葉に親方が目をむいた。
「そっ、そっ、その姉ちゃんが、大魔王だってえ!」
「親方、内密にな……」
シリウスが驚きすぎて硬直した親方にそっと耳打ちした。さらに勇者から何か伝えられたのかして、親方は落ち着きを取り戻した。
「魔界文字の紋様が分かったから、次はここを修復していく。またしばらく離れててくれ」
親方とマナリカに鎌を任せて、ライラヴィラたちは工房奥の作業場を出た。
アンジェラが元盗賊の四人と客間で話をしてくれたようで、ライラヴィラたちに提案があった。
「彼らにはサンダリットで働いてもらうより、もうここからは自由にどこかへ行ってもらう方がいいかもね。お互いのためにね」
「そうね、やっぱり特殊だものね、サンダリットは」
ライラヴィラはそれがいいと同意する。
レグルスも納得した。
そう決まればと、彼らに約束していた魔界の貴重な宝石の原石をライラヴィラは袋に詰めたまま、彼らのリーダー格であるジーモンに手渡した。彼は袋を開けて覗き込み確認した。
「すげぇな、これだけあれば当分四人で食える」
「入手ルートは内緒でお願いね」
ライラヴィラは魔族から貰ったとは言わないでほしいと約束させた。
四人は揃って旅立ちの挨拶に来た。
「世話になった。これからは小さい集落で農業でもやろうかって話をしてる。もう会うことはないかもしれないが、またな」
ジーモンが代表して告げ、彼らは工房を去った。
ライラヴィラとレグルス、そしてシリウスとアンジェラの四人は勇者村サンダリットを転移魔法で訪れた。目的は当然、賢者の家だ。
「おお、久しい顔がある」
賢者フォルゲルが扉を開けると喜びの声を出した。二十年近くサンダリットで暮らしていたライラヴィラが、シリウスとアンジェラを見たことも無かったのは、ふたりとも村に寄ることが殆どなかったのだろうと察した。どういう事情で勇者の二人が『勇者村』を避けていたのか、気になる。
「爺さん、今日は積もり積もった話がある」
シリウスがいつもとは違う真面目な顔を見せた。
四人は賢者に促されて家に入り、それぞれ目についた椅子に座った。
「まずはこれを。師匠からひとつ持っていって欲しいと頼まれた」
レグルスは布に包まれた『光の欠片』を懐から出して賢者に渡した。
「現物が手に入ったのか、ありがたい」
フォルゲルは慎重に受け取り、ガラスの瓶に入れて蓋をした。
「爺さま、クロセルとサンユノア教団が何をしようとしてるのか教えてください。このままでは何も対策ができません」
ライラヴィラは翁を真っ直ぐ見た。
「長くなるぞ」
そう言ってフォルゲルは話を始めた。
光の欠片は『光の原点の鍵』の紛い物である。
光の原点の鍵とは『光の原点の大勇者』たる者が身に宿すもの。
ライラヴィラが身に宿す『闇の深淵の鍵』の対となるものだ。
つまり、闇の大魔王の対となる存在。
原点の鍵がどうやって生まれるのかは、よく分かっていない。
ただ『闇の深淵』と『光の原点』の関係から、ライラヴィラはきっとそれに関わりがあると思われる。
教団が目指すのは、この『光の大勇者』を自分たちの手で生み出して光の原点を掌握し、人界を全て手にして、闇の深淵ごと魔界を滅ぼすことだろう。
そもそも原点と深淵の力が循環し、バランスが取られることで二つの世界が存続しているが、何故かサンユノアはそれを壊そうとしている。
教団の裏で手を引いてるのが、光の刃を落としてくる遥か彼方、天界マデーレアに存在するヒトならざるもの。
その名を、天主アーソグリーダという。
「魔界を滅ぼす……」
ライラヴィラの口から独り言が漏れた。
予想していたとはいえ、それをはっきり告げられたことに耳を覆いたくなった。
「そもそも光の原点はどこにあるんだ。闇の深淵は魔界の民なら近くまで行けるが、光の原点はザインも辿り着けなかった」
レグルスが賢者に疑問を投げかけた。
「ふむ。これは言える範囲があるが」
そう告げて賢者は説明を続けた。
人界を支える『光の原点』は近くて遠い存在。
選ばれし者と、導かれし時が揃わないと姿すら見えない。
溢れる始まりの力に誰もが呑まれ、拡散暴走して世界の破壊の力ともなりうるため、終わりの力の深淵のようには行けない。
本来は『原点の聖女』が原点への道を管理していたが、亡くなってしまった。
「爺さんは『原点の賢者』で、光の原点を見守る役目があるらしいが、その聖女ってのは初めて聞くなぁ」
シリウスが怪訝な顔をする。しかしアンジェラは何か思い出すかのように、腕を組んで考え込んだ。
「亡くなってしまったから言うが、それはライラヴィラ、そなたの母リーヴィーのことじゃ」
「ええ!」
ライラヴィラは母親が類い稀なる光魔力の持ち主であることは侍従長ベルントから聞いていたが、まさかそんな役割を持っていたとは思いもよらなかった。
「ライラってエルフ族の間では『光の聖女』と呼ばれた、あのライトエルフのリーヴィーの娘だったのね。それでお母さんから莫大な光魔力を受け継いでるのかなぁ。あんたに初めて会った時に闇と光の調和を感じて、内心驚いたもん……」
アンジェラは納得したと、視線をライラヴィラに投げた。
「フォル爺と私はライトエルフだけど、それでライラは元々はダークエルフなのか。あんたの父親が魔族だって言ってたし」
「うん、父さまは魔眼を持つ、魔界の魔王だったの」
ライラヴィラが答えた。今は深淵の鍵の影響で魔族になったことも付け加えた。
賢者フォルゲルは再び話を続けた。
光の鍵を得るための原点への道は、常に必要とはされないもの。
光の原点の鍵、それを宿す『光の大勇者』とは、世界存続の危機が訪れたときに現れる存在とされる。しかし伝説として、その存在の可能性を示唆する古文書があるだけである。
闇の大魔王のように、原点の鍵の持ち主が定期的に現れることは無い。
これ以上は天主がどこで見ているか分からないから、今は語ることが出来ない。
「そこから先こそが、知りたいところだが」
レグルスはいら立ちを隠さなかった。
「すまぬの。それほど天主アーソグリーダというのは恐ろしい存在なのじゃ」
賢者が溜息をついた。
「時が来れば更なる助言はできよう。そなたたちには精霊の導きがきっとある。なにより『真紅の絆』がある。焦るでない」
ライラヴィラたちは賢者の家を後にした。




