17ー6 人質救出
外から大きな足音が聞こえてきて、玄関の扉が大きく開かれる。ライラヴィラが人界の女性二人と泊まっている宿に向かったはずのジーモンとハンスが、息を切らして工房に駆け込んだ。
「大変だ! オリビアとエルザが拉致された!」
その場に緊張が走った。工房にいる者全員が彼らを見る。
ハンスは両手で紙を広げた。部屋にメッセージが残されていたと言う。
ライラヴィラはそれを受け取り、書かれた文章をを読み上げた。
〈女二人は預かった。返して欲しくば教会まで、ダークエルフ一人で迎えに来られよ〉
「きっと私のせい。占いで稼ごうとしたから」
ライラヴィラは血の気が引いた。まさかここまでして光の教団は闇エルフを害しようとするのか。今までも怪我をしたり危険なことはあったが、他人が巻き込まれることはなかった。
幻獣ロイが黒ヒョウの姿でライラヴィラの影から現れた。
「ライラヴィラ、申し訳ない。怪しい気配を感じてすぐ飛び出たものの、間に合わなかった」
「ロイが間に合わないというのは、相手は相当な準備をして拉致したってことね」
ライラヴィラは考え込んだ。もしかすると辻占いをする前から、衛兵や街の民を通じて目をつけられていたのかもしれない。普通に食事をしただけのレストランでも、周囲から視線が向けられていた。
「おまえひとりで背負うなよ」
レグルスがライラヴィラを伏し目がちに見つめ、肩をそっと撫でた。手の温もりが彼の優しさを伝えてくる。ひとりではない、彼を頼ってもいいのだとライラヴィラは許された気がして、頷いた。
「さぁて、迎えに行きますかね。女性に乱暴を働く奴には、ちょっとばかりお仕置きが必要だねぇ」
シリウスは腕を組んで天井を見上げた。深い息を吐いて、何かを見据えるかのように勇者は佇んだ。チラリとレグルスの方へ視線をやる。
「サンユノアの奴ら、勇者三人と大魔王で痛い目を見てもらうか」
「俺は勇者じゃねえっ! 魔王だっ」
レグルスは眉を上げて反論した。
「ああ、俺だって、自分のことを勇者だと誇ったことはない。むしろ汚名だ」
シリウスは目を閉じた。また大きな溜息をついて魔王に顔を向けた。
「俺は、恋人を守れなかった情けない男さ」
彼は自分の肩をトントンとたたくと、工房の奥にいる親方たちの方へ事情を話しに行った。
ライラヴィラたちはエルザとオリビアを助けるための作戦を立てた。
相手の要求通りライラヴィラひとりで出向くように見せかけて、レグルス、シリウス、アンジェラも隠密に同行することになった。ジーモンとハンスはライラヴィラたちが泊まっていた宿で待機することに。
闇夜がさらに深まる。街の人通りはすっかり無くなっていたが、職人街の工房の明かりが更に消えるのを待った。
「どうせ向こうは大勢けしかけてくるだろう。あんただけで行くのは無謀だ」
シリウスは当然といった感じで、工房の広間で人質救出の準備を始めた。
彼は持っていた魔導カバンのスーツケースを開けると、自分の装備品一式を取り出した。頭を守る魔道具のサークレット、金属製の胸当て、ブーツのようなグリーブと手元を保護するガントレットである。そして立派な盾を壁際に立て掛けた。
「サンユノアの動きがおかしいのは随分前からよ。私も勇者としてダヌトゥムナの国王陛下から呼び出されたんだけど、無視してたら、何人も私を拉致しようって輩が現れて」
アンジェラも執拗に狙われていたと打ち明けた。彼女も腰に下げていた魔導ポーチから愛用の弓と細い矢筒を取り出した。矢筒は魔導具で、無数に矢が生み出される仕組みである。矢筒を肩から背負い、厚手の手袋を着けた。
「勇者が国に呼び出されるのは、もしかして『光の欠片』を埋め込むやつを探してるということか」
レグルスが女勇者の話を聞いて、心当たりがあると発言する。ライラヴィラもジェイドとディルクに国家の命で欠片を埋められてしまったのを思い返した。
「またあれを使う気なの? あんな苦しい、人を人で無くするものを。そこまでして教団は何がしたいの」
「その辺の話は後だ。落ち着いたら賢者の爺さんを問い詰めた方が早いぜ。今は二人を助けるのが先だ」
シリウスは腰のベルトに付けられた小さな魔導ポーチに様々な道具を入れた。
ライラヴィラはツノを隠すバンダナをしっかり巻いて手袋をし、短剣を二本、愛用のリュックから取り出した。
「その短剣、深淵の紋章が入ってるのね」
アンジェラはライラヴィラが手にしている短剣を興味深そうに眺めた。
「そうなの。すぐに自分の魔力で武器を壊してしまうから、紋章の力を借りないと持たなくて。これが見える人には私の正体がバレてしまうけど、仕方ないわ」
「いいんじゃない。それが見える人って滅多にいないでしょ。相当な魔力の持ち主か、凄腕の鍛冶師や錬金術師くらいじゃないの。そもそも深淵の紋章だって分かる人物は限られるだろうし」
ライラヴィラは女勇者に頷くと、腰に二本の短剣を装着した。レグルスもターバンを巻き直したり、道具をいくつか準備して懐に入れた。
「私が先に行くから、あとはお願い」
ライラヴィラは先にひとりで工房を出た。
残りの三人は教団に気付かれないように、アンジェラの隠蔽魔法で闇夜に紛れて、密かにライラヴィラを守るように付いていった。
サンユノアの教会の前にライラヴィラは立った。
深夜で辺りは人影はなく、明かりも僅かしか見えないが、微かにあちこちの職人工房から音は聞こえてくる。
魔眼で扉の向こうを見ると、大勢の僧兵らしき影を捉えた。
「さて、どう迎えてくれるかな」
ライラヴィラは二本の短剣を両手に抜いて襲撃に備え、扉を風魔法で開けた。
建屋に足を踏み入れると、明かりで照らされた内部から、一斉に僧兵がダークエルフの方へ向かってきた。
その数およそ二十。手には槍やメイスを持ち、血走る眼で襲ってくる。
——覇者の魔眼に従え!
ライラヴィラは真紅の魔眼の力を解放し、僧兵全員を束縛した。
彼らは顔を歪めて硬直し、こちらを睨みながらも全く声も出せず、動けない。僧兵は魔眼から放たれた『支配者の威圧』を浴びたことで、恐怖で立っていられなくなり、その場に座り込んで気を失った。
ライラヴィラは彼らの間をぬって、奥へと歩いて進んだ。周囲に魔法の罠が仕掛けられているのを見破り、手にしている短剣を振ってそれらを解除していく。
建屋の奥、教会の祭壇には三人の男が待ち構えていた。
中央にフードを深く被ってローブを着た大柄の者、左右には鎧を着た騎士のような巨人族。騎士は長剣を構えてこちらをうかがっている。
——まさか国の騎士団にまで教団の魔手が及んでいるのか?
ライラヴィラは慎重に進み、様子を探った。
「連れの二人を迎えに来た」
少し高くなった祭壇の中央に立つローブの男に告げた。
ライラヴィラはエルザとオリビアが見当たらないので問いかけた。
「彼女たちはどこ?」
そう言いつつ、どうせ明かさないだろうと魔眼で探す。
静まり返った祭壇の裏にロープで縛られて、何かの土台に固定されている二人を見つけた。気を失っている。付近には魔力を感じるため、おそらく何らかの仕掛けがあると察した。
「忌まわしきダークエルフよ。返して欲しくば騎士二人を同時に倒すんだな」
ローブの男は余裕の笑みを見せた。
「同時に倒せなければ、女二人の命はないと思え」
男の宣言で奥の壁が崩れ、拘束されているエルザとオリビアが現れた。二人は何か特殊な鎖で繋がれていて『命の纏められ』の魔法術式がかかっているのを魔眼で見破る。
なるほど、いやらしい魔法を仕込んでる。でも解除方法を教えるなんて、よほど自信があるのだろう。
「あの闇の使徒を始末しろ!」
男の命令で騎士二人が襲いかかってくる。
ライラヴィラは短剣を二剣の構えで持ち、氷晶の魔力で長剣のように剣身を伸ばすと、斬りかかってきた騎士たちの剣を勢いよく捌いた。
同時に、順に、上へ下へと、素早く打ち合う。
二人が左右から攻めてきて、ライラヴィラは風魔力で高く飛び上がる。
降り立った青銀髪の女剣士と騎士たちの剣が交差する音が響き渡った。
——二人同時に倒す、その手は何か。
ライラヴィラは少し下がり、魔眼で騎士を見つめた。
あの忌々しい『光の欠片』がどちらにも埋められている。
そこへ同時に打ち込む必要があるということか。
また騎士が二人とも同時に剣を振りかざす。
ライラヴィラは自分を鼓動に乗せて、足どりを彼らに合わせ、息を合わせ、剣を振るう腕のタイミングを合わせ、魔眼の視線を合わせて。
同時に二人の『光の欠片』を二本の氷晶の剣で貫く!
騎士二人がうめき声を上げてその場に倒れた。欠片のみを狙い、極力、傷を広げないように細く真っすぐ刺した。これならば命を奪うことはないだろう。
ライラヴィラは右手に持った氷晶の剣をローブの男に向けた。
「さあ、解放しなさい!」
しかし男は顎を上げてライラヴィラの方へ視線を落とし、嘲笑した。
「ダークエルフの言うことなど、聞けないねえ」
その瞬間、天井から細い光が差し込み、倒れた騎士たちを照射する。
「何?」
ライラヴィラの声をかき消すように眩い白光が教会内を照らす。それと同時に祭壇の後方から人影が飛び出し、エルザとオリビアへと駆け寄って拘束を解くのをライラヴィラは確認した。隠蔽魔法で潜んでいたレグルスとシリウスが二人を救出したのだ。
騎士二人はアンジェラがとっさに防御魔法を張り、気を失ったものの彼らの命は何とか守られた。そして彼女は手にした弓で光の矢を幾本も放って、ローブの男を威嚇した。
「やはり仲間が……まさか、勇者を連れていたのかっ」
ローブの男はこちらを悪鬼の形相で睨んだ。
エルザとオリビアは魔法での拘束から解かれたことですぐに気がつき、ライラヴィラたちの背後へと下がった。
「助けてくれて、ありがとうっ」
「いきなり大勢で拘束されて、身動きが取れなかった」
光線が建屋の上から落ちたことで天井が一部抜け落ち、あちこちが破壊されている様子に、彼女たちは驚きつつも声を絞り出した。
「二人とも動けそうね、よかった。迷惑をかけてごめんなさい」
ライラヴィラはエルザとオリビアに謝った。サンユノア教団がダークエルフを狙っていたことで、一緒にいた彼女たちを危険な目に遭わせてしまった。
「かくなる上はっ、天主様! どうかお助けをっ、我を捧げまするっ!」
ローブの男が急に両手を高く上げて光を放った。
ライラヴィラは魔界で何度も感じた、その脅威の気配を思い出した。
「来る! 伏せて!」
遥か彼方の上空から、魔界を幾度も襲った太い光の刃が二本落ちてきた!
一本はローブの男を貫き、もう一本はライラヴィラたちの真上に迫る!
「常闇の力よ!」
ライラヴィラは短剣を床に投げ、胸元の深淵の鍵を開けた。
深淵の紋章が瞬時に広がる。両腕で押し上げるように常闇の盾を作って、頭上へ持ち上げた。濃密な闇の霧が広がって光の刃を受け止める。青黒い稲妻をまとった巨大な暗黒色の壁が、光の刃を分解して吸収していく。
「闇に帰れ! 忌々しき破壊の光よ!」
ライラヴィラは魔力を更に高めていき、胸元の深淵の紋章が虹色の光を放った。
崩れる教会の建屋から身を守る、光魔力のヴェールが辺りを覆う。
光の刃を吸収した常闇の壁も徐々に薄くなって消滅していく。
やがて光と闇とが全て消え去り、ライラヴィラは深淵の鍵を閉じた。
教会の建屋は大きく壊れて、災壇の前にいたローブの男は絶命していた。
「あの男は、助けられなかった……」
ライラヴィラはローブの男の亡骸から目を逸らした。たとえ教団の人間とはいえ、命はなによりも大切だ。無念に頭をうなだれた。
「あんた、魔界の大魔王のくせに、お人好しが過ぎるぜ、全く」
シリウスは周りの安全を確認しつつ、崩れた災壇の前へ進む。男の死体を見下ろすと腰の魔導ポーチから布を引っ張り出して、男に掛けた。
「前から、こういう奴だからな」
レグルスはライラヴィラに寄り、彼女の頭を撫でた。その感触は彼の気持ちを伝え、寄り添ってくれていると感じられた。もっと強くあらねばと、ライラヴィラは涙を堪えた。
「騎士たちの命はギリギリ繋ぎ止められたわよ、この人たちは欠片の実験台にされたクチかしら? 教団のやり口は残酷ね」
先に倒れた二人の騎士に治癒魔法を施していたアンジェラが、ライラヴィラの様子を見て口を開いた。
「大魔王の力はさすがだったわ。あんたがいなければ、全員あの世へ行ってた」
救出されたエルザとオリビアは大魔王の常闇の力を目の当たりにして、恐怖のあまり座り込み、全く動けなくなっていた。青ざめて震え、目を見開いたままである。
ライラヴィラは彼女たちの受けた心理的衝撃を和らげるため、動けない二人に睡眠魔法をかけた。エルザの体をアンジェラが、オリビアはライラヴィラが支えた。すっかり眠ったのを確認して、二人を床にそっと横たわらせる。
「この二人には、少し忘れてもらった方がいいかな……」
ライラヴィラは『覇者の魔眼』が持つ、記憶操作の力を人に対して初めて使った。魔眼がふたりの記憶を透視し、それを無いものとして透明化する魔力で消し去る。彼女たちが見た、教会内で起こった出来事をすっかり忘れさせた。
「こんなこと、したくないんだけどね。人の意思や記憶を弄るなんて、人の尊厳を踏みにじる行為よ」
ライラヴィラの呟きを耳にしたレグルスが彼女の背を軽くたたいた。
「忘れた方が良いこともある。気にするな」
「そうね……」
彼女たち二人はレグルスとシリウスが抱きかかえて、ライラヴィラの大型転移魔法でマナリカの親方の鍛冶工房へと戻った。
命を救えた騎士二人は勇者アンジェラが衛兵隊に引き渡して、その場の状況も上手く言いくるめたと、ライラヴィラたちは後から聞いた。




