17ー5 とぼける勇者
ライラヴィラは占いで稼いだ金で肉を挟んだパンやジュースを買い、人界人と一緒に泊まっている宿に戻った。
幻獣ロイは黒猫の姿で護衛として部屋に控えていたが、長時間人界で実体化していたせいで闇の力が切れたと、主であるライラヴィラの影に入り、姿を消した。
エルザとオリビアがお腹を空かして待っていたので、買ってきたものをすぐに差し出した。
「上手くいったの?」
オリビアは早速、受け取った紙袋からパンを取り出して頬張る。
「結果良しだったけど、まあ色々と」
ライラヴィラは三人で出歩いていた時に声をかけてきた男が勇者だったことや、衛兵から匿ってもらったことを明かした。
「あのオッサン、勇者だったのか。どうりで動きに隙がなかったし、余裕の態度だったんだな」
「私も名前を聞いても、すぐには思い出せなくて。すっかり忘れてた」
ライラヴィラの話に二人は首を傾けた。エルザが怪訝な顔で口を開く。
「ライラって魔族なのに、勇者のことを知ってるのか? 人界に慣れてそうだし、あんたって一体?」
「私は魔族とエルフの混血で、元は人界で育ったからね。魔界で暮らすようになったのはまだ半年にもならないし、魔族になったのも最近のこと。それまではツノは生えてなかったし、ツメも黒くはなかった」
「へええ、じゃあ本来はダークエルフなのか」
「そうよ」
ライラヴィラは返事をしたところで炎魔力を感じ取り、窓の外を見た。
外から窓を通り抜けて、炎鳥が入ってきた。ライラヴィラの肩に乗ると、くちばしに咥えていた紙を落とす。魔王レグルスからの連絡だった。
「向こうのみんなは予定を早めて、今夜遅くここに着くそうよ」
ライラは宿の場所を記したメモを鳥に託して、外に飛ばした。
「みんなと合流したら、明日にでもサンダリットへ向かおうと思う。そこで今後の話をしましょう」
ライラヴィラは勇者と約束をしていることを彼女たちに伝え、今夜はひとりで出かけると告げた。主の影に入って休んだままの幻獣ロイは、ふたりの護衛を了承する意思を声だけで表した。
夜が更けた。窓の外を眺めると人通りがすっかり減っていて、商店や工房の明かりが順に消えていく。
ライラヴィラはエルザとオリビアを幻獣ロイと共に宿に残し、ひとりで外に出た。まもなく目の前に勇者シリウスが転移魔法で現れる。
「来たか。こっちだ」
ライラヴィラは素材が入った魔導リュックを手にして、勇者についていった。
しばらく夜の街路を歩くと、あちこちで灯りが漏れる職人街に着いた。どうやら職人たちは夜が更け切ったこの時間でも、まだ仕事中のようだ。その一角にある工房へと彼は案内した。
「おーい、素材屋を連れてきたぞぉ」
シリウスは中に入ると通る声を奥へ発した。
ライラヴィラも彼について入り、奥から出てきた人物を見て驚いた。よく知った顔がそこにいた。
「マナリカ?」
「ライラじゃん! うわぁ久しぶり」
勇者村サンダリットの小人族、鍛冶師のマナリカがいた。ライラヴィラは思わず駆け寄り、彼女と抱き合った。
「そうか二人は知り合いか」
シリウスはライラヴィラがサンダリット育ちであるのを思い出したようだ。
「ここはあたしの師匠の工房でね。久しぶりに修業のために帰ってたんだ。まさかライラに会えるなんてなっ」
「それでこの間の還元の祝祭のとき、いなかったのね。あなたに相談があったの」
ライラヴィラはやっとマナリカに深淵の紋章入りの武器について相談できると期待した。
「それより先に用事な。取引だ」
シリウスがライラヴィラに荷物を出すよう促した。
マナリカが再び奥へ行き、親方を呼んできた。彼女について巨人族の大男が現れた。小柄なマナリカと並ぶと師弟でデコボコが激しい。
「シリウスか、見つかったのか」
「ああ、魔界の素材屋を連れてきた。他の職人には口外すんなよ」
ライラヴィラは親方の前でリネンの敷物を広げ、持ってきた鉱石や鉱水、薬草や木の実などを並べた。
「これは素晴らしいな。まさか魔界から直接持ってきたのか?」
親方はルーペで並べられた素材を丁寧に確認した。瓶のふたを開けて匂いを確認したり、重さを量った。
「そうです、私が魔界で入手しました」
ライラヴィラは暇があれば、魔界でも素材を少しずつ集めていた。それで数も種類も豊富に揃っている。ただこれが全てではない。賊の人界人たちと約束した金目の物は別に取ってある。
「これだけあれば、あれの修理も可能だろう。全部買わせてくれ」
親方がそう言うと、金貨を二十枚も差し出した。
ライラヴィラは礼を言って金貨を受け取った。これだけあれば人界での行動が楽になる。ライラヴィラはホッとひと安心した。
「お互い良かったな」
シリウスは目を細めて頷いた。
親方がいそいそと購入した素材を持って奥へ行き、入れ替わるようにマナリカが緑茶と団子を持ってきた。
「用事が済んだみたいだし、ゆっくりしな」
ライラヴィラとシリウスは彼女に促されて椅子に座った。
「そうだ、あたしに相談って?」
マナリカが話を切り出した。
「そのことだけど……」
ライラヴィラは横にシリウスがいるのが気になった。横目で彼を見る。
どう考えても、勇者の前で大魔王の紋章の話は良くないだろう。
「もうライラが何を言っても、俺は関知しないぞっと。はーい聞こえませーん、何も見てませーんっ」
シリウスは何かを察したのか、とぼけて顔を背ける。
彼の様子を見て、ライラヴィラは思わず笑いがこみ上げた。
「へへっ」
シリウスもそれに答えて笑った。
ライラは意を決して、腰に下げていた剣を鞘から抜いて、マナリカによく見えるように横たわらせて持った。
「これの調整を頼みたいの」
魔剣を見たマナリカとシリウスは目を見開いた。
「まさかこれはっ、伝説の魔剣『レーヴァテイン』じゃないのか? あんたが持ってたのかっ!」
ライラはシリウスに言われて逆に驚いた。
「父さまの形見なんだけど、これってそんなに有名だったの?」
「あんた、そんなことも知らずに、この魔剣を振り回してたのかよっ」
「銘があるのは聞いてたけど、そこまでとは思ってなかった……」
「こいつは世界にひとつしかないって言われてる業物だぜっ」
シリウスは顔に手を当てて溜息をついた。そしてブツブツと、俺だったら絶対に人に見せない金庫に厳重保管だと、ひとしきり呟いた。
ライラヴィラは彼に構わず魔剣を手にして、魔力を流して見せた。
剣身に深淵の紋章と古代文字が浮かび上がる。
「ライラ……俺は今、とんでもない秘密を見てしまったぞ」
「何も見えない聞こえない、じゃないの?」
「闇の深淵の紋章なんてものは、この世には存在しませーん」
ライラヴィラはとぼける彼が、やはりこの紋章を知っていたのだと確認した。それはそうだろう、大魔王を討伐せし者、勇者。大魔王と対峙すればその紋章は嫌でも目にすることになる。
「ああ、ぞくぞくするぜ。こんな興奮したのは久しぶりだ。目の前の綺麗なお姉さんが大魔王なんてな、いや俺は何も見なかった」
シリウスは手で目を覆うフリをした。
「まあ、深い事情ってのがあるんだろ。しかしさあ、賢者の爺さんが『光の申し子』だって育ててた子が、まさか大魔王かよ……」
「私もまさか深淵に選ばれるなんて、思わなかったわ。でも私の実の父は魔王だったし、今ではすっかり魔界暮らしに慣れちゃった」
「あんた魔王の娘だったのか。それまた珍奇なことで」
シリウスは苦笑いすると、台の上に置かれていた団子を「これまたうまい」と楽し気に食べ始めた。
ライラヴィラは驚いて何も言えないマナリカの方へ向いた。
「一応魔界で調整してもらったのだけど、どうしても違和感が少しあるの。マナリカならきっと出来るんじゃないかなって。そうそう、これも見てもらおうかな」
ライラヴィラは手にしていた魔剣を一度収め、帽子と手袋を外し、二人に魔族の姿を見せた。銀髪から覗く小さな黒いツノと、黒いツメを。
「マナリカは多分サンダリットで聞いてると思うけど、今の私は魔族。ずっと打ち明けられなかった。この紋章が何かは、ジェイドたちから聞いたのよね?」
マナリカはうなずいた。そしてようやく口を開いた。
「ライラひとりがこんな重荷を背負っちゃってさ。最初知ったときは思わず泣いたよ。でもこうしてあんたに会ったら元気そうだし、あたしに大切な武器を託してくれるのは嬉しい」
彼女はそう言ったものの、表情は暗く見えた。
「ただあたし、今スランプ気味でさ。ちゃんとやれる自信ないな。それで師匠のところで修業やり直そうと思って、ダヌトゥムナに帰ってきたのさ」
「そうだったの。でも是非これは、マナリカに頼みたい」
ライラは魔剣を鞘に収めて、そのまま彼女に差し出した。
「俺、もうひとつ、すごいのを見たような、見てないような」
シリウスが魔剣をマナリカに渡したライラヴィラの手元を凝視した。
「あんた、それは『真紅の絆』の指輪だよな? あ、いや、相手がどうのは聞こえないぞっと」
勇者はライラヴィラに遠慮してるようで、それでも率直に訊いてきた。
マナリカも金に輝くトパーズの指輪を見つめた。
ライラヴィラはふたりに指輪がよく見えるよう、左手の甲を向けて差し出した。それを彼女たちは顔を近づけて、じいっと見定めた。
「ものすごい精巧な、狂いのない細工に魔力の調和。これを作った職人はただものじゃないね」
マナリカは目を輝かせた。彼女は錬金術の心得もあり、興味を持ったようだ。
「ええ、これの製作者マウニは元は装飾魔法具が専門だって言ってたから、こういうのは多分右に出る者はいない職人だと思う」
シリウスはしばらく指輪を見つめていたが、ソファに座り直して腕を組んでじっと考え込んだ。
しばらく間を置いて彼は口を開いた。眼差しは鋭くなり、出る声は重かった。
「あのさ、夢物語と思って聞いてくれ。あんた当代の大魔王だろ? そして絆の指輪を身につけている。ということは、悪鬼アモンに堕ちない大魔王になれる可能性がある」
ライラヴィラはそれが何か、よく分かっていた。
「シリウスは『悪鬼アモン』、『真紅の絆』や『リリス』のことまで、知っていたの」
「そっちも知ってそうだな」
シリウスは笑ったが、表情がまた変わってライラヴィラを真っ直ぐ見た。
「ということは、まさか」
その時、外から扉を叩く音が聞こえた。
マナリカが席を外して何やら話し声が聞こえると、戻ってきた。
彼女の後ろにはライラヴィラの知らない白いエルフの女と、魔界からこちらに一緒に来るはずだったジーモンとハンス。そして黒髪に金の瞳の魔王レグルスが揃って入ってきた。
「お客さん、多分みんな知り合いか?」
マナリカが確認してきた。
「なんだ、シリウス、いたの」
エルフの女が呆れたように声をかけてきた。
「待たせたな、ライラ。指輪の反応でここだと分かった」
レグルスが左手の指輪をちらりとライラヴィラに見せた。微かにふたりの指輪の間を紅い光線が行き交って消えた。
「アンジェラかよ、なんであんたがここに」
シリウスは口を曲げてぼやいた。それを聞いてアンジェラも鼻で笑う。
ライラヴィラはまずは人界人たちが仲間と再会したいだろうと思い、ジーモンとハンスにエルザとオリビアがいる宿の場所を教えた。彼らはすぐ工房を出て夜の街並みを急いで走り、宿へ向かった。
残った皆でこれまでの互いの話を打ち明けた。
「なんだって、勇者だと?」
魔王のふたりが驚いたことに、シリウスとアンジェラは二十数年前に人界に現れた大魔王ディオトリーを共に退けた勇者であったことだった。
逆に勇者たちは、ライラヴィラが当代の大魔王でレグルスが魔王であること、前大魔王ザインフォートの討伐に関わったこと、そしてふたりが真紅の絆であることに驚いた。彼らが最も衝撃を受けたのは——。
「ライラは闇の深淵の守護者、リリスだってことかよ!」
それが彼らの中のライラヴィラに対する認識を大きく書き換えた。




