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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第十七話 先の勇者との遭遇
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17ー4 辻占い

 翌朝、ライラヴィラたちは街中を歩き回っていた。

 レグルスたちが到着するのを城下町で待ち続けるには、人界の現金が心もとなかった。そこで魔界から持ってきた素材を一部売りさばこうと、街中に点在する工房や商店を回っていたのだ。


「今はなかなか売れなくてね」


 ダヌトゥムナは職人が多く、使われそうな素材を持って回ったのだが買いたいと言う工房はなかった。不況だという話はこれまでも耳にしたが、それだけでは無さそうだった。


「よお」


 昨夜、宿の前で会った男がライラヴィラに再び声をかけてきた。

 エルザとオリビアとの女三人でいたため、ナンパの類いかと思ってライラヴィラは返事をせず歩き続けた。


「おいおい、無視かよ。ダークエルフのお姉さん」


 男が堂々とついてくるのでライラは振り返った。


「しつこいわね」

「お姉さんみたいな人がダヌトゥムナをうろつくのは危険だと思うよ? 教会が色々面倒だからなぁ」


 ライラヴィラは気になって足を止めた。教会が面倒だというのは、この街はサンユノアの影響が強いのだろうか。それならばダークエルフを避ける人が多いのもわかる。


「私はどこでも好奇の目で見られるし、もう慣れてる」

「ああ、自覚はあんのね」


 男はよれたマントを巻いて古そうなブーツを履き、肩ほどの茶色の髪をこめかみから手でかき上げた。無精ヒゲを生やして、ややみすぼらしい印象を受ける。ただ中年の割に身のこなしがよく、腰には長剣を携えていた。ライラヴィラが見る限りだが凄腕の剣士のようだった。


「護衛を雇う気はない。他を当たれ」


 ライラヴィラは男を追い払おうと声を強めて、腰に下げた剣に手を添えた。


「そりゃ、お姉さんみたいな人に護衛は要らんでしょ。相当な手練(てだ)れよな。そんな恐ろしげな剣を下げてるなんて」


 男はライラヴィラの剣をじっと眺めた。


「その剣、奇妙で怪しい紋様が入っているように見えるからなぁ」


 ライラヴィラは目を見開いた。

 まさか剣に施されている、魔界の大魔王しか持たない『深淵の紋章』が見えているのだろうか。しかも今は抜剣しておらず(さや)に納めたままだ。

 その上この意味を知っているというのか? 魔剣に魔力は流していないのに。


「これは父の形見。これに見合う腕はまだまだ無くて」


 ライラは視線を逸らし、適当に誤魔化すことにした。人界で不用意に自分の正体が暴かれるのは避けたい。


「へえ、あんたの父親は相当な豪傑ということか」


 男は口の端を上げた。


「ここの連中は、教会とその手先となってる国の衛兵どもには逆らえない。ダークエルフのお姉さんが素材を売るのは無理だと思うぜ」

「なるほどね」


 やはりサンユノア教団の影響が強く出ているのかと、溜息(ためいき)が漏れた。


「ご忠告には礼を言っておく。ただ、もう私に関わらないで」

「俺はお姉さんみたいな人、なかなか見ないから、是非ともお友達になって欲しいけどなぁ?」


 男はまだしつこく話しかけてくる。

 何がそんなに自分が気になるのだろう。ダークエルフというだけで……魔族のツノとツメは今は隠している。


「俺はシリウスっていう、自由を愛するオジサンさ。また会おうぜ」


 男はライラヴィラに名乗ったあと、その場を立ち去った。

 シリウス……男の名前が頭の隅に引っかかった。

 どこかで聞いたことがあるような、しかし思い出せない。


「あの剣士、ただ者ではないな」


 ずっと黙っていたエルザが口を開いた。


「そうね。相当な|手練れよ」


 ライラヴィラは腕を組んで空を見上げた。


「どうするの」


 オリビアは体を少し縮こまり、不安な顔を見せた。


「あんまりやりたくないけど、アレで少し稼ぐか」


 ライラヴィラはエルザとオリビアを泊まっている宿にまで連れて戻り、幻獣ロイに二人の護衛を頼んで一人で再び街中に出た。




 ライラヴィラは適当な場所がないかと街中を歩き回った。木陰にベンチが置かれているのを見つけ、そこに陣取った。

 愛用の魔導リュックの中を探って、チップを入れてもらうための小箱と、占い用のカードセットを出した。膝の上に布をかけてカードを乗せ、自分の脇に小箱を置いた。背中まである薄いヴェールを頭に覆って、即席の辻占いの開業である。


 ライラヴィラは魔眼の力を利用して、少女時代から小遣いが欲しくなると、こうしてインチキ占いをやって稼いでいた。客を魔眼で見て、求める答えをカードに示すだけである。客から見ればただのカード占いにしか見えないが、魔眼によるズルである。


 辻占い稼業を賢者フォルゲルに見つかるたびに強く叱られ、修行の追加を課せられたものだ。しかしカードや小道具を取り上げられたりはしなかったので、(おきな)も本当のところは見逃してくれていたのだろうと今では分かる。


 早速、占って欲しいという客が一人現れた。

 失くし物を探して欲しいという。

 こういう事はライラヴィラの魔眼の得意なところだ。

 カードを繰りつつ魔眼で客を見て、それに合うカードを引き出して示し、答える。客は任意の額のチップを小箱に入れて立ち去った。


 また一人、客が現れた。今度は商売の相談だった。

 ライラヴィラは魔眼で客の才能や魔力などを見極めてカードを示し、答えた。

 そうして魔眼インチキ(カード占い)をしているうちに客が増えてきた。数人に取り囲まれる。


「やたら当たると聞いてきてな」


 どうやら先の客が誰かに言ったらしく、口コミが広がったようだ。

 あまり客が増えると目立つ。それなりに稼げたので、ライラヴィラはそろそろ辻占いを引き払うつもりが、客足が途絶えない。

 案の定、国の衛兵らしき人物が二人、勇み足で彼女のところへ近づいてきた。

 客たちは衛兵に気づいて一斉に逃げ散った。

 ライラヴィラは急いでカードと現金をしまって立ち上がったが——。


「おい、怪しげな占いをしていると通報があったが、おまえか」


 間に合わなかった。二人の衛兵に挟まれてしまった。


「民を(あざむ)く占いは禁止だぞ。ただ、稼いだ金を出せば見逃さんでもないがなぁ」


 衛兵もどうやら口では禁止と言いつつ、何かにつけて金を無心したいだけのようだった。国を守る公職でありながらプライドもへったくれも無いらしい。


「しかもおまえ、ダークエルフか? 教会まで出向いてもらおうか」


 ライラヴィラの腕を(つか)もうとした、その衛兵の腕を止める者が現れた。


「よっ、お仕事ご苦労さまなことで」


 衛兵の背後には、あの男が立っていた。

 その声に衛兵たちが振り向いた。


「あなたは、まさかシリウス様? 国王陛下がお呼びになったのでしょうか」


 衛兵たちは男を見てすぐに(かしこ)まる。


「呼ばれたけど俺は行かない。クサイ匂いがプンプンしてるからと、王様にはそう言っとけ」


 ライラはどういうことだろうと、彼らの話をよく聞いた。


「しかし大魔王討伐が半年前に()されたというのに、もう新たな大魔王が現れたとの話で……」

「ああ? 何言ってるんだ。そんなポンポンと大魔王がすぐに現れる事はない。どうせ教団のばら撒いた噂話だろ。このお姉さんの身柄は俺が預かるから、あっちいっとけ!」


 シリウスは手を払うようにして、衛兵たちを遠ざけた。衛兵たちはブツブツと文句を言いつつも背を向けて立ち去った。

 ライラヴィラは彼の名と衛兵の様子から、ようやくこの男が何者なのかを思い出した。


 

 そう、目の前の男は『勇者』だ。間違いない。


 

「助かったわ。お礼は言っておく」


 ライラヴィラはそのまま彼の前から立ち去ろうとした。


「あんた、賢者の(じい)さんところの子だろう?」


 シリウスはニヤリと笑った。ライラヴィラは足を止めて振り向く。


「知ってたの」


 ライラヴィラは彼が自分に声をかけた理由が分かった。


「ああ。ライトエルフも珍しいが、ダークエルフはもっと珍しいからな。俺はサンダリットの賢者フォルゲルのところに、ダークエルフの女の子がいるという話しか知らない。ずいぶん前に聞いただけだが」

「それは昔の話よ。今は爺さまの家を出たから」

「そういや名前、なんで言うんだ」


 シリウスに聞かれて答えた。(おきな)の知り合いなら教えても大丈夫だろう。


「ライラヴィラよ、ライラでいい」

「へぇ、ちょっと変わった名前だな。というか魔界風だ」


 確かに亡き父から付けられた名前の由来は魔界の古代語だ。


「……闇の女王か」


 シリウスがはっきりとその由来を言った。


「さすが、勇者サマね」


 ライラヴィラは彼を(にら)んだ。魔眼を通すと、目の前の中年男が(すさ)まじい光魔力を秘めていることが分かる。もっと早くに気が付くべきだった。


「そんな怖い目で見るなよ。あんた、ただでさえ魔眼だろう? 俺は別にあんたに何かする気はない。爺さんに怒られちまう」


 シリウスは(ほほ)()いて苦笑いした。


「それはそうと、あんたさえ良ければ、あんたが売りさばこうとしていた物を買ってくれる奴を紹介してやる。こんな危ない橋を、か弱い女子に渡らせるのは黙っちゃいられない」

「か弱いなんて思ってないくせに、ふふっ」


 ライラヴィラはシリウスのとぼけぶりに笑った。そしてふざけた態度の裏で、自分が何をしようとしていたのか、彼にしっかり見張られていたことも知った。


「やっと信用してもらえたかな。では今夜、あんたが泊まってる宿の前まで迎えに行くからな」


 そう言って転移魔法でシリウスはその場から消えた。

 宿から何まで全て把握されていたのかと、ライラヴィラは勇者のストーカーぶりに苦笑いするしかなかった。

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