17ー3 怪しい男と女
——ライラヴィラたちは夕刻にダヌトゥムナ城下町へと入った。
巨人族タキラの国らしく、背の高い大柄な者たちが賑やかに行き交っていたが、人間族や他の種族もそこそこいた。
町に着く途中でレグルスの元から帰ってきた幻獣ロイの伝言を聞き、彼らも無事であることをエルザとオリビアに伝えた。彼女たちは仲間の無事を聞いて喜んだ。
「城下町だから人の行き来が多いね」
ライラヴィラはダヌトゥムナは初来訪だったので、エルザとオリビアに手頃な宿を知らないか尋ねた。
「私たちはここは何度も来てる。宿ならあそこがいい。食事なら魚より肉だな。とにかく肉っ」
大柄のエルザが手を腰に当て、自信ありげに答える。その姿が子どもっぽくて可愛いやら、大人の女性がする仕草ではないだろうと滑稽に感じて、ライラヴィラは思わず笑みを漏らした。
人間族の城下町トラヴィスタは港があり魚介類が豊富だったが、ここは高原地帯で牧畜が盛んだと更に詳しくふたりから聞いた。
彼女たちの助言でライラヴィラは中流クラスの宿を取り、ひとまず落ち着いた。
オリビアが小鳥がさえずるような澄んだ声で美味しいレストランが近くにあると言うので、彼女に案内を頼んで再び町に出た。どうやら少女のような身体に似合わずオリビアは食に拘りがあるようだった。
「ライラは剣士なの?」
オリビアに聞かれた。ライラヴィラは父の形見である鞘に収めた魔剣を腰に下げたままだった。そこへ彼女の視線が注がれていた。
「まあそんなところ」
レストランは客が多く賑やかで、あまり込み入った話はしないほうが良さそうだと思い、ライラヴィラは軽く同意するだけに留めた。
「あたしは武器は持たない。格闘術で戦う。オリビアはこう見えて治癒魔法が使える」
エルザが焼肉を大きく口を開けて頬張った。オリビアも焼肉をナイフで切り分けたかと思うと、猛スピードで口を開閉している。ライラヴィラもふたりがおいしそうに食べる様子に、少しずつ肉を口にしていた。ダヌトゥムナ産の肉特有であろうか、やや癖のある匂いがするが香草がそれを逆に引き立てており味は良い。
「それで魔界の空気も大丈夫だったのね」
ライラヴィラは彼らが人界人が苦手な深淵の毒素に侵されてなかった理由を知った。賊稼業は危険と隣り合わせだ。治癒師がいるのも当然かもしれない。
「あたしらは生活のためにお偉い貴族や教会専門の盗賊をやってたんだけど、普通の暮らしに戻りたくなって。そこで仲間達と相談して、莫大な金になると目星をつけた欠片を盗み出したものの、サンユノア教団に追われて魔界へ逃げたってワケ」
オリビアが自分たちの事情を説明した。それで彼女たちに血の気配はなかったのかとライラヴィラは納得した。荒くれ者の中にあっても、人を傷つけまいという信条は譲らなかったのだろう。
「人界で暮らすのが大変だって話をあちこちで聞くけど、それは去年の秋くらいから?」
ライラヴィラは大魔王やアモンの名は伏せ、ぼかして尋ねた。
エルザが素直に答えた。
「そうさ。大魔王ザインフォートが討伐されたのに、逆にどんどん状況は悪くなってる」
サンユノア教団、魔界で戦ったクロセルの影響はどこまで人界の各国に及んでいるのだろうかとライラは考えた。予想していたよりも根深そうだ。
「悪いけど、そろそろ宿に戻りたいの。あまり目立ちたくない」
ライラヴィラはかなり前から周囲の視線を感じていた。魔族特有の小さなツノと黒いツメは隠しているが、淡紫の肌と真紅の瞳は隠しようがない。どうしても自分の外見は人目を集めてしまう。
三人は急いで食事を済ませてレストランを出た。足早に人波の間をぬって歩き、宿泊している宿へ入ろうとすると、声をかけられた。
「珍しいな、ダークエルフか」
人間の中年くらいの男が腕を組んで立っていた。
中肉中背で緩く立っているように見えるが、その姿勢はバランスが取れていて、隙がない。腰には長剣を下げている。
「ライトエルフなら何人か知ってるが、ダークエルフに会ったのは初めてだ」
男は目を細めてライラヴィラを見た。物色されているように感じて言い返した。
「人をなんだと思ってるの。気持ち悪い」
ライラヴィラは眼力は発せずとも男を睨みつけてから宿に入った。
◇ ◇ ◇
翌朝、レグルスたち男三人は森の中の宿を出た。
目的地はライラたちの待つダヌトゥムナ城下町だ。
レグルスは無精ヒゲの厳ついジーモン、ステッキのように細長いハンスと共に飛空魔法で空に上がった。
ここから直線距離で飛んでもまだ二日はかかる。
早く彼女と合流したいと先を急ごうとした。
——後ろから誰かが来る?
その気配は昨日会った、肌が白く耳が尖った金髪女と同じだった。
「まだ俺に絡む気か!」
レグルスは振り返るとその女が空を飛び、つけてきていた。
「忘れ物よ、うふっ」
彼女は手に持った『光の欠片』を光にかざして見せた。人界の太陽を受けて結晶が煌めく。
「何っ? いつの間に!」
レグルスは目を見開いた。
自分から気配を感じさせずにあっさり欠片を盗み取るとは、この女はただ者ではない。油断していた。
「これを持っているということは、あんたはサンユノアに与する魔族なのかなぁ?」
「俺はそんなもの関係ない! それは賢者のジジイに持っていくために運んでいただけだ、返せ!」
レグルスが両手を前に出すと炎の柱が手の内から立ち上がった。大きく燃え上がった炎柱を握ると大剣デュランダルが現れる。
「ふーん、魔族が賢者にねぇ。私はアンジェラ。あんた名前はなんていうの?」
彼女は欠片を手でいじりながら、楽し気に横目でこちらをうかがっている。
「俺はレグルス。それは返してもらう!」
炎の大剣をアンジェラに振り下ろす。
すると彼女は光魔力をまとい、左手を前に突き出して防御結界の盾を白く輝かせ、レグルスの大剣を受け止めた。
「なんだと!」
レグルスは結界に弾かれ、空中で姿勢を取り直した。
彼がジーモンとハンスに目配せを送ると、ふたりは身を守るために下がった。
アンジェラは人界人には目をくれず、レグルスを真っ直ぐ見据えた。
「レグルス? その名は少し前にどこかで聞いたわねぇ。名誉の称号の授与式があったトラヴィスタ城に姿を見せなかった、大魔王を討伐した新たな『勇者』の名と同じねぇ……しかし、まさか魔族?」
彼はその言葉に封じ込めていた辛い記憶が起こされてしまった。
親友ザインフォートをこの手にかけたことを。
「俺は『勇者』なんかじゃない!」
レグルスは再びアンジェラに向かった。
大剣に力を込め、彼女を囲む光の結界に振り下ろし、打ち砕いた。
「わかったわよぉ、返すわよっ」
アンジェラは欠片を彼に向かって投げた。
それをレグルスは慌てて受け止める。
「当たらずとも遠からずね。面白いことになってきたわ」
「胸クソ悪い奴」
レグルスはアンジェラを睨みつけた。
「賢者フォルゲルにそれを届けるなら、あんたの連れも含めて転移魔法で送ってあげるわよぉ?」
アンジェラは妖しげに微笑みかけた。
「断る」
レグルスはただ一言だけ告げて、ハンスとジーモンに合流し、再びダヌトゥムナへ向けて飛んだ。
——あの女は『光の欠片』を知っていた。サンユノア教団のものであることも。なおかつ賢者フォルゲルを知っていて、転移魔法が出来るということは勇者村に訪問したことがある。
そう考えつつレグルスはライラたちとの合流を急いだ。
彼女がしつこく自分たちの後をつけてきているのは分かったが、無視して飛び続けた。
「ねーえー? あんたたち! こっちの方角ってダヌトゥムナよね。行くならぁ、私も用があるからっ、一緒に行かなーい?」
「つるむ気はないっ」
アンジェラが大声で呼びかけてくるが、レグルスは振り向いて返事すると、そのまま森林の向こうへと飛び続けた。
「だって、そっちの二人。そろそろ魔力が限界そうよん。下に落ちても知ぃらないっと!」
彼女に言われて、ジーモンとハンスの様子を見た。確かに少し速度と高度が落ちてきている。飛空魔法で長距離を移動するのに、彼らは魔力が足りなかったようだ。
「私ならー、補助魔法で超早く! 城下町まで送ってあげられるわよ、どぉ? ご一緒しなーい?」
レグルスは怪しいと思いつつも、人界の二人が限界近いこともあり、彼女の提案に乗るのも手かと考えを変えた。
「何も礼はできんぞ? ただ一緒に行くだけなら勝手にしろ」
「そうこなくっちゃ!」
アンジェラがその場の全員に加速の補助魔法を乗せた。
みるみるうちに森を抜けて眼下に高原が広がった。向こうに街が見えてくる。
「大したもんだな」
「うふふっ」
レグルスに褒められてアンジェラはご機嫌な様子だった。




