17ー2 旅立ちは分かたれて
人界の賊たちとソレイルヴァ城で会ってから七日が過ぎた。
ライラはレグルスの炎鳥からその後の情報をもらった。賊たちの怪我は順調に回復し、まもなく完治しそうだと。
彼らを人界へ送るのに付き添うため、ライラヴィラは仕事を前倒しで終わらせたり、彼らが取引の条件として示した『金になる物』をそれなりの数量用意するため、珍しい鉱石や薬草などを採取するのに魔界中を巡った。
「あいつらとの取引は上手くいった。おまえのおかげだな」
ソレイルヴァ王宮の離宮『楽園』で、レグルスはライラヴィラに取引で得た『光の欠片』を見せた。当主である彼と相方である彼女以外誰も入ることが出来ないこの場所は、秘密の打ち合わせに最適の場所だ。
ライラヴィラは欠片を手にして、天井の吹き抜けから注ぐ光に透かせてみたり、軽く握ってその力を感じ取ってみた。
「これが欠片なのね……壊れてない実物を見たのは初めてだけど、凄まじい光魔力を感じる」
「これは師匠に全て預けようとしたんだが、人界の頑固ジジイの所へひとつは持って行けと言われてな。どうせ賊の連中を送っていくからついでに寄るが、どうにもあのジジイは好かん」
賢者フォルゲルのことを明白に嫌う顔を見せるレグルスだが、師匠である魔女ゲルナータの言葉には逆らえないようだ。ライラヴィラはそんな彼を見て苦笑した。
「爺さまはきっとこの欠片の成分や編まれている錬金術を分析してくれると思う。これは人の知識だけで作られたものではないって、彼方の天の力によるものだって言ってた。私には全く解析できないわ」
「気に食わんが、ジジイに頼らざるを得んか」
レグルスは光の欠片を大事にしまうと、ライラヴィラの背後から彼女を抱きしめた。エルフ特有の長く尖った耳を撫でると、そっと唇を寄せて耳介を咥える。彼の手は彼女の腰を掴んで離さない。
「ちょっ……レグっ、私、明日は魔王たちとの定例会議なんだけどっ」
「俺も出席するから問題ない。明日の朝にスペランザに一緒に戻ればいいだろ」
「それにっ、まだ月が昇っている時間だけどっ」
「太陽じゃないから、いいだろ」
「魔界に太陽は無いじゃないっ、そんな言い訳……」
ライラヴィラに深い口づけをしたレグルスは彼女を抱きかかえると、そのまま吹き抜けのある温泉の湯場へと歩いていった。
◇ ◇ ◇
賊たちの怪我が完治し、ライラヴィラとレグルスは彼らを連れて人界へと出発することになった。
ライラヴィラは帽子と手袋でツノとツメを隠し、レグルスとの待ち合わせ場所のミラリスゲートに着いた。彼もターバンと手袋でツノとツメを隠していた。
スペランザ城のミラリスゲートが大賢者ハニンカムの住う山岳地帯に直通であることはレグルスには知らせてあった。しかし人界の者に無闇に知られるのは今は時期が悪いと話し合い、人界へは賊たちが魔界を訪れたソレイルヴァ領内のゲートを使うことになった。
「おまえたちは気づいてると思うが、俺はこの国の魔王でレグルス。こっちは先日会ったから覚えてるだろうが、俺の相棒みたいなものでライラだ」
「よろしくね」
レグルスからの紹介のあと、ライラヴィラは賊の四人とそれぞれ握手を交わした。彼が自分を魔王だと紹介しないのは、色々配慮してくれたのだとライラヴィラは察した。
彼らは無精ヒゲの逞しい男がジーモン、細身で長身の男がハンス、短髪の大柄の女はエルザ、髪を二つにくくっている小柄な女はオリビア、と名乗った。全員、人間族だ。
「まさかおまえ、魔界トップの魔王かよ」
ジーモンがレグルスへ警戒心を顕わにした視線を向けた。
それを感じ取ったレグルスは彼の言葉を訂正した。
「魔王は魔界各国を治める君主で、魔界には国の数だけいるぞ。トップは魔界の統治者たる大魔王だ。当代の大魔王は『闇の深淵の守護者リリス』と言う」
彼は人界人に包み隠さず、魔界の真実を伝えようとしていた。きっと彼なりに人界人との争いは避けたいのだろうとライラヴィラは感じ取った。そしてがその大魔王リリスがここにいることも伏せている。
「なんだ、もう新しい大魔王がいるのか? 半年前に勇者に倒されたばかりだというのに」
ハンスからは溜息が漏れた。
——そうなの、あなたたちのすぐ傍にいるけど。
ライラヴィラは自分がその大魔王だとバレないように言動には気をつけなければと心の中で唱えた。やはり人界人にとって大魔王は仇敵のままだ。
レグルスはそのまま話を続けた。
「大魔王リリスはこれまでの大魔王とは違う。アモンという悪鬼となって人界を襲ったりはしない。魔界を支え、人界にとっても支えとなる、全ての闇を統べる存在、それが闇の深淵の守護者だ」
彼の話に人界の賊たちは驚きの声をあげた。
「そんなの、本当かどうかわかんない! 魔王の話なんて、どこまで信用していいやら!」
オリビアが彼を睨み、反論した。
レグルスは当然といった余裕の表情を見せた。
「時間が経てば嫌でも分かる。さあ出発するぞ」
彼はここで話を切り上げた。ライラヴィラはそのタイミングで全員が転移できる魔法陣を地表に広げ、あっという間にソレイルヴァ郊外へと移動した。
六人は揃ってミラリスゲートの前に立った。岩戸のように立ち上るそれは半透明で淡い様々な色の光を纏わせている、世界を繋ぐ門だ。
ライラヴィラは魔眼で覗いたゲートの向こうの風景が、やたら頻繁に変わるのに気づいた。
「ねえレグ、今日のゲートは景色が目まぐるしく変わるわ。嫌な予感がするの。六人同じ場所には行けないかもしれない」
「しかし行くしかないだろう。こいつら四人の闇耐性の問題もある。いつまで治癒魔法で持たせられるか分からん」
レグルスの言う通り、人界人は魔界の空気で身体を壊すことがある。賊たちの帰郷は急いだほうが良さそうだと、ライラヴィラも不安定なゲートを抜けることを了承した。
「よし、走れ!」
レグルスの号令で六人は一斉にゲートへ入った。
◇ ◇ ◇
ライラヴィラはミラリスゲートを抜け、人界に到着した。
周囲は平坦な高原が広がり、向こうには街が微かに見えている。
彼女が振り返るとエルザとオリビアはいたが、レグルスとジーモン、ハンスの姿は無かった。
「やっぱりバラバラになっちゃったか……」
ライラヴィラから溜息が漏れる。人界人たちは不安な声を出した。
「まさか迷子に?」
「どうするのよっ」
「今から探すから、少し待ってて」
ライラヴィラは彼女たちに平然と応えた。この場を何とかできるという自負はあった。彼女たちを安心させたい。
自らの魔眼の力を思いっきり上げて、周囲を見渡す。左手の絆の指輪から感じられる魔力を辿り、絆の恋人レグルスのいる場所を特定した。
「見つけた。三人一緒にいるわ」
微かに感じる魔力反応と魔眼で見える人影から彼らを確認した。
「よかった!」
「あんた、すごい力を持ってるのね」
彼女たちから喜びの声が上がる。その様子から少しは信頼してもらえたらしいと胸を撫でおろした。
ライラヴィラは地図を広げ、魔導コンパスを当てて現在位置を確認し、彼女たちにそれを見せた。
「うーん、ここは巨人族のダヌトゥムナ領か。意外と城下町は近そう。まずはそこでレグルスたちと合流しましょう」
ライラヴィラは足元に伸びる自分の影に視線を向けて、幻獣ロイを呼んだ。
「何用か」
小さな黒猫の姿でライラヴィラの影から現れたロイに彼女たちは驚いた。
「影から獣を出すなんて、あんた何者っ」
エルザが目を大きく見開いた。
「猫ちゃんじゃないのっ」
オリビアは逆にペットを見るような甘い目だ。
ライラヴィラは苦笑しつつもロイに命じた。
「レグルスに連絡を入れて。こちらは女三人揃ってて無事。私たちはダヌトゥムナ城下町へ向かい、そこで待つと」
「承知」
ライラヴィラから魔力を当てられ方角や距離の位置情報を受け取ると、ロイは影へと消えた。
「ここからダヌトゥムナ城下町へ向かうけど、あなたたちは飛空魔法はある?」
ライラヴィラが問うと、二人は首を横に振り、無いと答えた。
「無いなら徒歩だけど、このままでは距離があって大変だから、歩行速度を上げる補助魔法をかけるわ」
ライラヴィラは風魔力を呼び起こし、進む方に背中を押してくれる魔法を自分を含め全員にかけた。
エルザとオリビアはその場を歩き回ってみた。普通の一歩が五歩くらいのステップに変わった。
「こんな魔法があるなんて!」
「早く着けそう!」
ふたりは未知の魔法の感触を楽しんでいるようだった。
「これなら夕暮れまでにダヌトゥムナに着ける。そこで宿を取りましょう」
女三人は地図を見ながら、飛ぶように軽快に歩きだした。
◇ ◇ ◇
レグルスはミラリスゲートを抜けた。周りを見渡すと広がる緑の森林。
傍にはジーモンとハンスがいたが、ライラヴィラたちの姿は無い。
「ライラの言うとおり、やはり逸れたか」
三人で地図を確認しながらしばらく話をしていると、ライラヴィラの眷属、幻獣ロイが黒猫の姿で現れた。
「ライラヴィラからの伝言だ」
レグルスは彼女たちの居場所と待ち合わせ場所を聞いた。
「わかった。こちらはダヌトゥムナ領の国境あたりだ。到着には数日かかると伝えてくれ」
「承知」
ロイは音なく影へと消えた。
「なんだ、その不気味な生き物は」
無精ヒゲの男ジーモンがレグルスの影を凝視した。
「ライラを守る眷属で幻獣だ。向こうは女三人揃ってて、ダヌトゥムナ城下町へ行くそうだ。俺たちもそこへ向かう」
「無事か、それはよかった」
ハンスは怯えるような眼を緩めて微笑むと、荷物を背負った。
「途中の小集落で一泊するか。おまえたちは飛空魔法はあるか?」
レグルスが尋ねると二人は有ると答えた。
「じゃあ、ついてこい」
「まさか魔王の指示を受けることになるとはな」
ジーモンは苦笑いしながらハンスと共にレグルスの後ろを辿って、森の上空を飛んだ。
緑の濃淡の絨毯が広がる景色が続き、時々、大型の渡り鳥が横切るのにも遭遇した。春の人界は鳥がさえずり大地の歓喜を歌うようだった。
やがて森の中に小さな集落を見つけた。男三人はそこへ降り立ち、一軒の宿を見つけたのでここで休むことにした。
「森の奥深くに集落とは、まるで隠れ家だな」
レグルスは宿泊の受付を済ませたあと、周りを警戒して眺めた。耳が長くて尖った女が店のテラスで座っている。ライラヴィラと似ているなと気になった。ただ肌の色は白くて金髪で目立ち、彼女よりはかなり年上のように感じた。
視線を賊の二人の方へ戻し、レグルスは宿の部屋に入ろうとした。
「こんな田舎で何してるの? 魔族のお兄さん」
レグルスは思わぬ言葉に、高い声の方へ振り向いた。
「こんなに魔力を蓄えてる魔族は久しぶりに見たわ」
耳の尖った、その女だった。
背は女としては高めで、膝上の少し丈の短いローブとロングブーツを履いた姿ですらりと立ち、癖のあるプラチナブロンドの髪を肩で揃えていた。白い肌に濃いマゼンタの口紅とネイルは彼女の妖艶さを際立たせた。
彼女は腕を組み、ゆらりとレグルスの前に立った。
「魔族? 関係ないな」
レグルスは彼女を無視して、宿の中へ入ろうとした。
「魔族なのに光魔力を感じる。お兄さん何か持ってるね」
レグルスは自分の持つ『光の欠片』のことだと気づいた。
「余計な詮索をすると、ただじゃおかないぞ」
彼女を無視して宿の奥へ進み、部屋へ入った。
今はライラヴィラたちとの合流を優先するため、レグルスは気になったものの、これ以上は関わらずに女を避けることにした。




