その6 お人好しの剣士
サンダリットから隣町のトステルへは、高原の土が剥き出しの細道が続くだけで馬が通れない。ただ行先固定の転移魔法陣があるので、賢者さまが利用料を払ってくれて、隣町へ瞬時に移動できた。
トステルではダークエルフを見かけたか聞き込みをしたけど、誰もが見てないと返事してきて、欲しい情報は得られなかった。
「ライラは転移魔法はないけど、飛空魔法があるからね。おそらく馬車は利用してないだろう」
ジェイドはライラと勇者の修行をしていたから、彼女の能力を詳しく知ってるみたいだった。でもわたしはライラが空を飛べることすら知らなかった。
「そんなのわたし、まったく知らなかった。なんで言ってくれなかったんだろう。だったらライラは、いつも魔法の使えないわたしに合わせてくれてたのよね?」
一緒にお出かけする時は歩いてたし、彼女が空を飛んでるところなんて一度も見たことがない。
「ライラはリーンのことが大好きだったんだ。だから自分の力を見せつけたくない、ありのままのわたしを見てほしいって言ってた。あ、これ、僕が言ったの内緒にしててね」
わたしは思わず笑ってしまった。ジェイドはライラと乳兄妹。彼は本当の妹みたいに彼女のことを大事にしてて、優しいお兄さんっぷりを感じた。そしてライラがわたしとの付き合いに多少悩んでいた面もあったことも知った。
トステルでは何も情報が得られず、わたしはジェイドと一緒に馬車でトラヴィスタ城下町へ向かうことにした。
馬車に揺られて城下町に到着した時には、すっかり日が暮れていた。
わたしたちは広い城下町で聞き込みをするのに、宿で部屋を別々に取った。村の仲間とはいえ、さすがに男のジェイドと一緒の部屋には泊まれないし。
部屋を取るときにジェイドが受付で、紫の肌の女の子を見なかったかと尋ねたら、そういえば昨日来たけど魔族だと思って追い返したと聞いた。
──ライラはトラヴィスタに来たんだ!
ジェイドが早速、通信用魔導具で賢者さまに連絡を取ると、急いで港で聞き込みをしてほしいと言われた。
ここは大陸随一の大きな港がある。もしかすると船に乗った後かもしれない。
わたしたちは慌ててトラヴィスタ港へと向かった。
「今日の船は全て出港したよ、深夜便は無いから明日頼むよ」
そりゃそうだろう、もうすっかり日が暮れて夕食時。でもライラの手がかりを求めて、わたしたちは受付で聞き込みを続けた。
「ああ、今朝来たよ、魔族みたいな少女。そんなの客として乗せられないから、丁重にお断りしたんだ」
ここでもライラはダークエルフというだけで拒否されたらしい。でもとにかく船には乗ってない。他の大陸には行ってないのがわかってひと安心だった。
宿と港で聞いた話から、ライラは誰かに拐われたりしたのではなく、一人で行動してるらしいと予想した。犯罪に巻き込まれてなければいいけど、とりあえず誘拐ではなさそうだった。
「ライラはどうしてひとりで、村を出て行ったんだろう」
一旦聞き込みをやめて入ったレストランで食事をしつつ、わたしはジェイドに疑問を投げかけた。
「分からない。でも、ライラが何かに悩んでいたみたいなのは確かだ。ただ以前気になって本人に聞いてみたんだけど、何も答えてはくれなくて」
ジェイドは頭をうなだれた。
そう、ライラの様子が何となくおかしいのは半年前からわかってた。今にも消えてしまいそうな表情を見せたり、はっきり返事しなかったり。喋りかけてもいつも何か考えていて上の空だったし。
わたしたちは夜遅くなったので、明日出直すことにした。
夜が明けた。早朝の朝市は各地から人が集まるから聞き込みにちょうど良いと、早速、城下町のバザールで行動開始。
ジェイドの仕事は大丈夫なのかと訊いたら、今日は非番だから衛兵の制服も着なくていいよと答えた。でも動きやすい服で腰には帯剣してて、見た目は旅の剣士みたいだった。
わたしの仕事は昨日賢者さまに連絡を取ったときに、もうしばらく大丈夫だと間接的にジョルジュ先生の返事をもらっていた。
「もしかすると、ライラもここの屋台で食べ物を調達しに来るかもしれない。人をよく見て探してみよう」
ジェイドはもしも彼女がどこかで野宿したなら、きっとお腹は空いてるはずだと言う。確かにライラは見かけによらず大食いで、どこにあんな量が入るんだろうと思うくらいだった。しかも食べても全然太らない。ちょっと羨ましい。
彼はさすがの乳兄妹で、その直感は正しかった。
バザールで突然、悲鳴と怒号が飛び交った。五人の賊が女性の人質を取ってバザールの品を全て寄越せと脅し始めた。
ジェイドは声をひそめて人質を助けに行くと告げた。ただ賊が五人もいて、慎重に行動しないと逆に人質を殺されかねないと、その場から動けずにいた。
様子をうかがっていると、人混みの中からフードを深く被った白いマントの剣士が現れた。体格からおそらく女性だろうと思われた。無駄のない動きで賊たちに詰め寄っていく。細身の長剣を手に静かに佇む。
「人質の命はもらうぞ!」
女性を拘束していた男がナイフを突き立てようとした。
ところが——男は急に震え出して、手にしたナイフを自ら落としてしまった。
よく見るとフードを被った剣士と向かい合ってて、視線が合っているようだった。白マントの剣士が立ち尽くした男を蹴り上げる。ジェイドがその隙に捉われていた女性を助け出した。フードの剣士はそれを見て軽々と賊を薙ぎ払っていく。
周りから一斉にトラヴィスタの衛兵たちが賊に飛びかかった。賊は順に拘束されていった。
「見つけたよ、ライラ!」
ジェイドが叫んだ。
そう、フードの中の剣士はわたしの大切な友人だった!
彼女は無言で宙に飛び上がり、空を飛んでどこかに行ってしまった。
「待って、ライラ!」
ジェイドも慌てて空に飛び上がる。
わたしは呆気に取られてすぐには動けなかったけど、空を飛んだ彼女を追って駆けだした。でもあんな速さではわたしの足では追いつけなくて、ジェイドも追いかけたものの見失ったとバザールに戻ってきた。
「ライラ、ひとりだったね……」
わたしはフードとマントでほとんど姿が見えなかった、剣士の彼女の様子を思い浮かべた。
「きっとバザールで食事をしようと身を潜めて来たものの、賊が起こした騒動を見かねて助けに出たんだろう」
「あんなすごい剣術ができたんだ……」
わたしはライラが真剣に戦う姿を見たのは初めてだったし、おそらく魔眼の力を使ったことや、空を飛ぶのを見たのも初めてだった。無事を喜ぶよりも、彼女の力を目の当たりにした衝撃の方が大きかった。
「剣術で戦う時は隠遁の術で気配を消しきれないだろうし、賢者さまが察知してくれたかもしれない」
ジェイドに促されて近くのカフェに入り、朝食を摂りながら賢者さまに密かに連絡を入れた。
やはり賢者さまはライラの気配を掴んだらしく、まだそんなに遠くには行ってないことがわかった。
「ここから北にそこそこの規模の町がある、ライラはそっちへ行ったかもしれないから、馬で追いかけるよ」
「え! わたし、一人で馬は乗れない……下手くそで」
この時ほど学び舎での馬術を真剣にやらなかったのを後悔したことはなかった。そんなわたしを見て、ジェイドが苦笑いしつつ応えた。
「いいよ、僕が乗せてあげる」
わたしたちはカフェを出て貸し馬屋で大型の馬を一頭借りた。ジェイドに乗せてもらい、二人乗りで隣町モルテハンへと向かった。
颯爽と馬を駆るジェイドの背中が逞しく思えた。同級生のぶっきらぼうな弟ブライトと比べると、王子様的な儚さのある男の子って感じだったのに、いつの間にか剣士らしい筋肉のついた体つきになってる。肩幅も広くて格好良いなと思った。
ひととき馬で走ると、モルテハンの町に到着した。城下町トラヴィスタほどの規模はないけど、勇者村サンダリットの隣のトステルよりは大きな町だった。
乗ってきた馬は貸し馬屋で預かってもらい、わたしたちは早速、聞き込みを始めた。
「紫の肌の少女? ああ、見かけたけど、衛兵に追いかけられて逃げてったぞ」
「魔族が町に侵入したと大騒ぎだったんだ」
どうやらライラはこの町で食料を調達しようとしたものの、ダークエルフだというので魔族と間違われて捕まりそうになり、どこかへ逃げたらしい。
「この辺りから向こうへ進むと険しい山岳地帯だ。夏の終わりとはいえ、山中での野宿は厳しいと思う。だからライラはきっと近くに潜んでるはずだ」
ジェイドは騒ぎが大きくなる前にライラを見つけて連れ戻さないといけないと、小さな食堂に入ってから賢者さまに再び連絡を取った。すると賢者さまは今日中にこちらへ来てくれることになった。
「サンダリットからここまで相当な距離があるよね? どうするのかな」
「賢者さまの転移魔法なら来られるよ」
「そうなんだ」
わたしはサンダリットに住んでるとはいえ修行者ではないから、賢者さまの力というのはよく知らなかった。だからさすがの長老さまだと感心した。
食堂から町に再び出ると、さっきよりも衛兵の制服を着た人が増えていた。ジェイドが彼らに臨時雇いの衛兵である身分証を見せながら、聞き込みをしてくれた。
「間が悪い。中型の魔物、ドルムベアが何体か出たらしくて、討伐のためにトラヴィスタの衛兵が集まってるそうだ。もしもライラがここで見つかったら……」
——この状況では、衛兵に捕らわれてしまう。
そしてやっぱり予想通りのことが起こってしまった。
「ドルムベアと戦う魔族がいる! 皆さんは避難を!」
町中が急に騒がしくなり、人々は逃げ惑った。
——ああ、どうしてライラはこんなにもお人好しなんだろう。
さっきも人質の女性を賊から救うために身を潜めてたのに出てきたし、今度はドルムベアを討伐するために出てきてしまった。
でも隣にいるジェイドと同様に、ライラも勇者の候補者としての教育と訓練を受けている。それで見逃すことができなかったのだろう。
わたしとジェイドは魔物が現れたという方へと急いた。
町の境界に現れたドルムベアは何と三体。
既に二体が地面に転がっていて、残る一体の毛むくじゃらの獣が腕を高く持ち上げていた。
対するはフードを被りマントをはためかせる少女ひとり。
長剣を構えて隙をうかがっている。
でもあちこちに獣に引っ掻かれた傷があって、白いマントに少し血が滲んでいるようだった。
「いけない! ライラの魔力がもう僅かしかない!」
慌ててジェイドが抜剣して飛び出した。
わたしは二人が魔物と戦う様子を見ていることしかできなかった。
ドルムベアは人間よりひとまわり背が高くて横幅も大きくてどっしりと二本足で熱り立ち、三つ目がギョロリとライラを凝視する。
ライラも魔物を見据えて何度も斬りかかるが太い魔物の腕に阻まれて、とうとう彼女の持つ剣が折れてしまった。
ジェイドも魔物に対峙し、ドルムベアを斬りつけたが、魔物は頑丈で刃は少ししか入らなかった。
ライラが何か光の魔法を身体に纏ったと思ったら、光が消えて彼女はその場で崩れるように座り込んだ。
そこへドルムベアの腕が振り下ろされる!




