その5 行方不明
勇者村サンダリットに来てから四年が経ち、わたしは十六歳になった。
あと半年で学び舎を卒業する。これからどうやって生きていこうかと、ぼんやりと考える日々が過ぎた。
わたしは小遣い稼ぎしないかと誘われたのもあって、去年から大恩あるジョルジュ先生の治療院で雑用のアルバイトを始めた。
稼いだお金で楽譜を買い、歌のレパートリーを増やした。やっぱり歌は仕事にできなくても続けていきたいから。本当は音楽学院に進学したかったけど、高額な学費は身寄りのないわたしには用意できない。
同級生のうち、修行宿のモニカの息子ブライトは宿を継ぐ準備のために調理師の修行に出るつもりだと聞いた。寮の同室の友人サーラは裁縫職人に弟子入りしてそこで働き、デザインの教室にも通うそうだ。
二歳年上のブライトの兄ジェイドは学び舎を卒業したあと、友人であるトラヴィスタの王子様のコネで国の臨時雇われの衛兵として働いている。時々要人の護衛も引き受けてるそう。国の騎士を目指さないのか聞いたけど、ジェイドは勇者の候補者の一人だからそれはないと言ってた。
そして同い年の勇者村住まいの友人、ライラは──。
将来どうするつもりなのか聞きたくて、賢者の家を訪ねた。
「あれ、賢者さまがいない」
長老の場所には誰も座っていない。いつも広げられている古めかしい書物もきちんと片付けられていた。
「うん、爺さまは数日留守よ。遠くに出かけられてるの。詳しい場所は知らないけど。用があったの?」
「ううん、何もないよ。遠くにかぁ……賢者さまって案外魔界と繋がりあったりしてね。だって怪しげな薬品とか道具とか、いかにもって物がこの家には普通に転がってるもん」
わたしは半分冗談のつもりで言ったけど、ライラはそうとは受け取らなかったみたい。
「多分、そうかもしれない。わたしが小さい時には魔族のおじさんもここに来ていたような気がするよ。変わった見た目の人もたまに来るし」
「うわぁ、冗談がそうじゃなくなったっ」
ライラの返事に少し怖くなったけど、気持ちを切り替えて、いつものようにわたしは歌を披露した。彼女もいつも通り褒めてくれた。
部屋にあった椅子に腰掛けて、私は本題を切り出した。
「ねえ、ライラは画家になるの?」
四年前に出会って仲良くなってから一度聞いたことがあった。
彼女の夢、恥ずかしそうに教えてくれたな。絵描きさんになりたいって。
「絵を描くのは大好きだから、そうできたらいいけど」
彼女は目を伏せて俯き、はっきり答えなかった。
「ライラの絵なら十分売れると思うけどなぁ」
彼女の絵の腕前は村中の誰もが認めていた。魔眼の力があるからだろうか、描くものは繊細で心の底を突かれた感覚を受ける。その表現力は並みならぬ才能を感じさせられた。
「ダークエルフが描いたと知られたら誰も買わないわ。むしろ絵を燃やされてしまうかもしれない」
ライラはわたしの斜め向かいにあったベッドに腰掛けた。
「そんな差別なんてクソ喰らえよっ! って、わたしひとりだけ叫んでも……誰も聞いてくれないか」
「ありがとう、リーン」
そう言って微笑むライラの顔は、消えてしまいそうな儚さだった。
ライラはライラできっと悩んでるんだろうなと、自分が悩んでるからって相談に来たのは間違ってたのかなと思いながらも、わたしは悩みを打ち明けた。
「わたしはね、歌はその、趣味でずっと続けられたらいいと思ってるの。音楽学院に行くお金はないし。でも特に仕事にしたいことがなくて。いつまでも治療院でアルバイトって訳にもいかないし」
ライラは私の言うことに首をかしげた。
「リーンなら学院に行かなくても、歌のコンテストとか出れば? それとか、ほら、街頭で歌ってお金貰ってる人もいるでしょ」
彼女の言うことも一理ある。でもそれはわたしには難しいことは分かっていた。
「歌唱コンテストに出る資格は無いよ。わたしは平民だからコンテスト主催者の貴族のコネなんて無いし。街角に立ったらこんなヒョロヒョロの女子、すぐ暴漢に襲われそうで危険が大きいかな」
わたしは勇者の集う村サンダリットと隣町トステルの学び舎を往復する生活をしてるけど、ライラやジェイドみたいな武術や魔法の訓練は受けていない。あくまで大魔王の厄災の被害者として保護されたという立場だから。
「旅芸人になるなら、今からでもサンダリットでの基礎訓練を受けてみるのもいいかも? 多少武芸の嗜みがあれば違うかも」
ライラは大真面目にいろいろ考えてくれたみたい。でもわたしには到底難しい、斜め下のアドバイスだった。
「え! この私が武芸! 学び舎の運動科目の成績が中の下の私には無謀なっ。そもそもわたし、身体は丈夫なほうだけど、剣術とか格闘とか、する気ないしっ」
「うん、無理にすることはないよ」
ライラは立ち上がるとスケッチブックを出したけど、少し描きかけて、また片付けてしまった。
「あ、わたし、邪魔なら帰るよ?」
ライラが絵を描くのに集中できないかと思った。
「帰らないで、リーン。もう少し、ここにいてほしい」
ライラはいつもはそんな寂しいこと言わないから気になった。
「ライラ、何かあった?」
「ううん」
そう言ってわたしの方を向くと、ボソボソと小さい声で呟いた。
「わたし、絵はこれからも描くけど、魔法と剣術も好きだから続けようとは思ってるの。仕事もね、最近は精霊の森で爺さまに頼まれた素材を採取してるんだけど、余ったものを売ると結構いいお金になるから、それで身を立てようかと思ってる。ひとりでできるし、元手も要らないし、好きな時にできるから」
なるほど、ライラなりに考えてるんだと知った。かなり建設的で賢いなと思った。それならダークエルフ差別があってもそれなりに暮らしてはいけるだろう。
でもこのときのわたしは、ライラがもっと別のことで深刻に悩んでることに気づけなかった。
わたしはライラに相談に乗ってくれたお礼を言って、賢者の家を後にした。
◇ ◇ ◇
半年が過ぎて、わたしはついに学び舎を卒業した。
結局、アルバイトから正式に治療院の助手をすることになった。
どうしてそうしたのかというと、ジョルジュ先生の提案で週に一度、入院患者さんの前で歌を披露することになったから。歌が続けられる、しかも歌うことがお小遣いにもなる。こんな素敵な条件、飛びつくしかない。
モニカおばさんの宿を引き払い、サンダリット治療院の二階の一室を借りて、住み込みで働くことになった。急患があるときにすぐ動けるからと、先生の好意もあってそうさせてもらうことにした。
治癒師の助手として仕事をすることになり、先生から少しずつ簡単な看護ケアを学ぶことになった。
看護学は難しいと思ってたけど、わたしが思うより向いていたみたいで、割とスムーズに仕事できるようになった。器具の消毒や洗浄、患者さんの髪を洗ったり、食事の介助、身体を動かすお手伝い。そして簡単な薬剤の調合も学んだ。特に薬学については才能があるとジョルジュ先生に言われて、それは水の精霊がついてるからだと聞いた。
「リーン、君は治癒師になる気はないか?」
先生から何度も問われた。でもわたしにはそんな大層な仕事、無理だと思った。人の命を預かる重大な仕事だもの。歌を続けながら片手間にやれることではないから、何度も断った。
わたしはジョルジュ先生に依頼のあった薬品を届けるため、夕方にお使いで賢者さまの家を訪ねた。
「こんにちは、ご注文の薬品を届けに参りました」
わたしはいつも通り、ライラにも会っていこうと思ってた。でも彼女は珍しく留守のようで、賢者さまがわたしのところに来て、薬品の包みを受け取った。
「アイリーン、ライラヴィラがどこに行ったか、そなたは知らぬか?」
「いえ、知りません。どこかお出かけしてるだけでは?」
ライラだってもう十六歳なんだし、いちいち行き先を保護者に言うこともないと思ってた。それが普通だろう。
「そうか。いや、勝手に出かけることは禁じておったのじゃが。どうしたものか」
「賢者さま、ライラも学び舎を卒業する年なんですから、普通は勝手に出かけると思います。わたしはそうしてるし……」
賢者さまはしばらく黙り込んだ。でも少しして、わたしの方を見た。
「ライラヴィラから連絡があれば、知らせてくれ」
そう言って奥の部屋に閉じこもってしまった。
わたしは用事も済んだし、ライラもいないし、そのまま挨拶だけして家を出た。
これが大事になるなんて、この時は何も思わなかった。
わたしはジョルジュ先生にお使いをしてきた報告だけして、仕事をさっさと終えて自分の部屋に戻った。
ライラが勝手に出かける──それだけで賢者さまの目がつり上がって青ざめるなんて、どれだけ過保護なんだって思った。ライラに同情しちゃうな。どう考えても賢者さまが頑固過ぎでしょ。
モヤモヤした気持ちがなかなか収まらず、眠れない夜が過ぎた。
翌朝、賢者さまが治療院に訪ねてきた。また薬品の依頼かなと思ってジョルジュ先生と話しているのを見た。
わたしはいつもの開院の準備をしていたけど、突然先生が訊いた。
「アイリーン、ライラヴィラからは何か聞いてないか?」
「え? わたし、なにも聞いてません。もしかしてライラ、まだ帰ってないんですか?」
先生の目が閉じた。
まさか、ひと晩中、帰らなかったの? あの真面目なライラが?
「ライラには彼氏はいないですよね?」
わたしは恋愛絡みかもと予想した。もしかしてライラの部屋に掛けられていた絵の少年と再会したとか。それくらいの事がないと、勝手に外泊はしないだろうと思ったから。
「あの子と付き合いがあるのは修練仲間を除くと、宿屋の息子の二人と、アイリーンだけだよ。わたしの知る範囲だが」
ジョルジュ先生は村人を一手に守る治癒師だから、村人のことは人間関係も含めて大体把握しているようだった。
「ブライトはダヌトゥムナの宿で下働きしてるから、ライラのことは知らないだろう。ジェイドに聞いてみるか、あの子ならトラヴィスタの城下町にいるはずだ」
先生は少し開院時間を遅らせるからと言って、転移魔法で消えてしまった。わたしは診療所の入り口に準備中の札と、朝の診療は臨時休診しますと張り紙をした。
そうしているうちに先生が治療院に戻ってきて、宿屋の息子ジェイドも一緒に連れてきた。彼は国の衛兵の制服を着たままで、帯剣もしている。
「ライラがいなくなったって?」
ジェイドに訊かれて、わたしは頷いた。
「誘拐された線も考えなければなりませんね」
ジョルジュ先生は腕を組んで足をトントンと鳴らした。こういう時は先生は思いっきり考え事をしている。
「稀なダークエルフじゃ、好奇の目に晒すために拐ったということもありうる。あの子は『光の申し子』ゆえ、まだ表に出してはならん。一刻も早く連れ戻さねば」
わたしは賢者さまの言葉に嫌な気持ちが湧いた。
表に出してはいけないって何?
ライラのこと、なんでそんなに隠さなきゃいけないの?
「探索魔法は通じないですか」
先生はライラを探すための知恵を絞ってた。
「わしはひと晩かけて探索術を試みたが、引っ掛からんのじゃ。よほどの術者が拐ったのか、あるいは、ライラヴィラ自身で隠遁の術を施しているか」
「え?」
勇者村の長老である賢者さまにも見つけられないって、いったい何が起こってるんだろう。
「ライラは属性魔法学の天才だからね。リーンは知らなかったかもしれないけど、並の魔導師ではもう誰も彼女には敵わないんだよ」
ジェイドが疑問の声を出したわたしに教えてくれた。
絶大な光魔力と魔法を編む卓越した技術の両方を兼ね備えてる、そんなふうに感じたことはなかった。絵が上手でちょっと天然で鈍臭いところのある、綺麗な女の子くらいにしか思ってなかったから。
「アイリーンは水の精霊とのつながりが強力で、それでライラヴィラの魔眼や魔力に当てられなかったんだ。勇者の修練をしてない一般の村人は、ライラヴィラには近づきもしなかっただろう?」
ジョルジュ先生に言われて、ライラがただダークエルフ差別で避けられてただけではなかったのだと初めて知った。魔眼は知ってたけど、付き合う上で特に彼女の力を意識したことはなかった。
「あの、わたし、ライラを探しに行きます!」
彼女のこと、知らないことばかりだった。
『光の申し子』と呼ばれている意味、ライラの力もよく分かってなかった。
わたしはライラのことを友達なのに何も理解してなかった。
「リーンひとりじゃ危ないよ、僕もついていきます」
ジェイドが賢者さまたちに言った。
「すまぬの、わしが動ければよいのじゃが。探索術ではライラヴィラはこの大陸を出てないことだけは分かった。船に乗られて別大陸まで移動されると、探し出すのは困難になる。一刻も早く見つけてくれ」
わたしとジェイドは賢者さまから連絡用の特別な魔導具を借りて、ライラを捜索することになった。




