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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
過去編 いつでも味方 side アイリーン
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その4 秘密の力

 モニカおばさんの宿で三日間過ごし、準備ができたからと隣町のトステルにある学び舎の寮に入ることになった。

 学び舎では最初のうちはジェイドの弟ブライトがついていてくれた。落ち着いた兄さんとは違って、コロコロ笑うし怒るし騒がしい少年だったけど、ものすごくお節介で心強かった。


 そのうちわたしは学び舎でたくさんの友達ができた。ジェイドと同い年の友人だという、トラヴィスタ王国の本物の王子様とも知り合った。何でも彼は王族なのに勇者村サンダリットに近いこの学び舎を学習の場としてあえて選んだと聞いた。

 毎日が楽しかった。大魔王の厄災の記憶を夢で見て、寝起きに突然泣き出したことも何度かあったけど、寮の同室の友達サーラが慰めてくれた。

 

 学び舎の寮とサンダリットの修行宿を往復する生活にも慣れた。

 わたしは休みの日には必ず賢者の家に遊びに行くようになった。ここで暮らしている、学び舎にいないライラに会うために。


「お邪魔しまーす!」


 わたしは中からの返事を聞かずに、扉を大きく開けた。


「ひゃあっ!」


 少女の驚く声と同時に、光の玉が無数に弾けて飛び散った。


「これっ! ライラヴィラッ、やり過ぎじゃっ」


 少ししゃがれた怒鳴り声が聞こえた。

 まぶしかった室内から光が消えると、魔法で使う杖を手にしたライラが床に座り込んでいて、頭をうなだれていた。賢者さまは彼女のすぐ近くで手に何か持っている。


「あ、もしかしてお邪魔した? ごめんなさいっ」


 わたしがいきなり扉を開けてしまったから、魔法を失敗したのかもしれないと予想して、慌てて謝った。


「いや構わぬ。ライラヴィラの集中力がちと足りなんだだけじゃ」


 賢者さまはわたしの方を見たあと、手にしていた黒い岩のようなものを軽く握った。途端に砂のようにサラサラと崩れて床に落ちた。


(じい)さま、ごめんなさい……」


 ライラは杖を手に起き上がると、わたしの方を見た。


「リーンに見られちゃった」


 彼女は居心地悪そうに苦笑いした。


「失敗って? 何だかものすごい光が爆発したみたいだったけど、ライラって光の魔法も使えるのね!」


 わたしは見たこともない術に、失敗だとは言え感動を覚えていた。


「こやつは光と風の精霊の繋がりがある。そなたが水の精霊と繋がりがあるようにな」


 賢者さまから初めて聞いたライラの力。そして学び舎で魔法について教わるようになり知ったこと。それは精霊の恵みは普通の人は僅かしかなく、その属性もほとんど感じられないって。それが二つもある人はそれだけで優秀で、力のある魔術師(ソーサラー)治癒師(ヒーラー)になれるそう。ライラはそういう才能を持ってる子なんだと。


 わたしも水の精霊との繋がりがあるから魔法を学べばいいのにと、学び舎の先生に何度も言われたけどピンと来ない。それにわたしだけ故郷の集落の厄災から()()()()()()()()()理由でもあるから、あんまり精霊とは関わりたくなかった。


「そなたには言うてなかったな。ライラヴィラは村では『光の申し子』と呼ばれておる。魔族のような見た目とは裏腹に、(たぐ)(まれ)な光魔力を持っておる。次代の勇者の第一候補じゃ」


 賢者さまは何か誇らしげに語ると、奥の机の前に座った。

 やっぱりライラが賢者さまの家にいるのは、何か特別な子だからだと確信した。そんな呼ばれ方をされるなんて。

 でもそう呼ばれたライラの顔は暗くて目を伏せてたな。あんまり言われたくないのかもしれない。


「ライラヴィラ、せっかくアイリーンが来たからの。今日の修練はもう終わりにして良い」


 そのあと魔法でたくさんの本を同時に広げて、賢者さまはじっと動かず何かをブツブツ言いつつ書き物を始めた。


「はい、(じい)さま。えっと、リーン。私の部屋に入ってて。ここを掃除するから」


 彼女に(うなが)されて私は部屋を移動した。ライラは床に広がる黒い砂を片付けるのにホウキで掃除を始めた。

 しばらく彼女の部屋で待っていると、ひとりでに扉が開いてコップを両手に持ったライラが入ってきた。そして勝手に扉が閉まる。これはライラの風魔法で動かしてるのだと、最初にそれを見た時に教えてもらった。ほんと彼女の魔法は多彩で不思議。


「ねえ、今日はどんな歌を聴かせてくれるの?」


 ライラはわたしにお茶の入ったコップを渡すと椅子に座り、紅い瞳を輝かせた。

 学び舎で教わった歌を披露するのが、ここに来た時の恒例になっていた。だってライラがものすごく喜ぶから。きっと学び舎に行けないから、歌を聴く機会がないのかもしれないと思った。

 わたしが歌い終わるとライラはいつもたくさん拍手をしてくれた。この前なんて「ファンタスティック!」って彼女にしては大きな声で言って、私が驚いたら「最高に感動したって意味よ」なんて得意気だった。その時はちょっと照れ臭かった。


 ライラは椅子から立ち上がって少し向こうへ歩くと、今日は見てほしいものがあると手招きしてきた。彼女が向いた方には額縁がひとつ壁に掛かっていた。


「これね、わたしが描いた絵の中で、一番のお気に入りなの。ジェイドとブライトには見せたけど、リーンで三人目よ」


 その時、彼女がわたしのことを特別だと思ってくれていることを知った。


「え! そうなの? 嬉しい!」


 わたしも出会ってそんなに時間が経ってないのに、ライラのことはすっかり特別な友達だと思っていたから、胸がいっぱいになった。

 ライラがお絵描きを趣味にしていることは、前に会った時に少し聞いていた。でも彼女が描いた絵の実物を見たのは、このときが初めてだった。


「これは、男の子?」


 額縁に入れられた絵は、ターバンを巻いた少年。黒髪と褐色の肌。そして黄色く塗られた瞳。神秘的な雰囲気があって、ものすごく上手。どこかの画家さんが描いたと言ってもうそだとは思わないくらいに。


「実はね、これをいつ描いたのか覚えてないの。爺さまが確かにわたしが描いたものだと言うから間違いはないと思う。わたし、描いた時のことをすっかり忘れてるのに、これを見てると切なくなるの。それくらい絵に力がある気がして。だから一番のお気に入りなの」


 ライラの言うことがピンと来なかった。自分が描いたのにそのことを忘れるって、あり得るのかな。

 でも彼女が額縁の中の少年を見つめる瞳は……まるで恋する乙女みたいな視線で(きら)めきを感じた。

 もしかして恥ずかしいからわたしに言えないだけで、ライラの初恋の人なのかもしれない。

 その時はそう感じた。

 まさか絵の少年が後の魔界の魔王だなんて知り得なかったし、しかもやっぱりライラの想い人だったと知るのも随分後になってからのことだった。


「ねえライラ、わたしの似顔絵も描いてほしいな!」


 わたしはよくわからない彼女の熱い視線に()けてしまって、口から思いっきり願望を放った。


「うん、いいよ。もうひとり描いて欲しそうに見てる子もいる」


 わたしはライラの言うことが時々理解不能な時があったけど、ただの不思議ちゃんくらいに思っていた。この時の言葉もそういうものだと深く考えなかった。

 でも彼女が描きあげた絵を見て、言葉にならなかった。

 わたしの似顔絵なんだけど、肩に水色の何かが乗っている。


「ラ、ライラ? ねえ? なにこれ?」


 見たこともない不思議な存在、綺麗だけど人でも獣でもない何かの姿が描かれているのに恐れを感じた。


「あ、その、わたしの瞳に映った通りに描いたの……その子、リーンのことが大好きって頭を撫でたり頬を擦ったりしてるの。だから同じ絵の中にいたいみたい」


 わたしは訳がわからず、別の部屋で本を広げていた賢者さまのところへ慌てて助けを求めに行った。賢者さまはわたしの話を聞くと笑いながら席を立ち、ライラの部屋に入ってきた。


「ほお、よく描けている。これはそなたについておる水の精霊。怖いものではないぞ。恐れを抱くのは理解するがな」


 賢者さまはライラの方を向くと少し顔色が厳しくなった。


「ライラヴィラ、きちんとアイリーンに説明するべきじゃ。そなたの配慮が足らぬ。精霊の求めに応じたのは理解するが、普通の人間にはこれは見えぬ。無闇に人を怖がらせることになるぞ」

「はい、気をつけます……」


 ライラは頭をうなだれた。

 賢者さまは真剣な顔をしたまま、今度はわたしの方へ向いた。


「今から言うことは人には黙っておれ。この子の瞳は『魔眼』と呼ばれるものでな。普通は魔界の魔族にしか無い。エルフなのになぜ魔眼がこの子にあるのかはわからぬが、見えざるものを見抜く不思議な力がある。そなたはライラヴィラのことを良く思っていてくれてるようじゃから、真実を伝えておく」


 賢者さまから聞かされたことは、ライラが魔族に何らかの関係があることを匂わせるものだった。でもライラは何も悪いことはしてないし、頭に魔族のツノは無い。真実は言われた通り、わたしの心に秘めておくことにした。


「リーン、ごめんね。私の目のこと、言いづらかった」


 ライラは頭をうなだれて、せっかく描いた絵を白い絵の具で消そうとしていた。


「ダメよライラ。その絵、わたしにくれるんでしょ! 消しちゃダメ。このまま頂戴(ちょうだい)


 わたしは半ば無理やりにその絵をライラの手から受け取った。

 さっき賢者さまが言っていた、精霊が描かれることを願ったらしいと聞いて、少し考えが変わった。このままの絵が欲しくなったから直さないでもらった。


「精霊って意地悪が好きな、見えない何かって思ってたけど、違うのかもしれない。わたしひとりだけが厄災の大火事から助かったこと。ずっと精霊のせいにしてたけど、本当は何か違うことなのかなって」


 わたしはあらためて、そこに描かれていた自分の肩に乗った精霊を見つめた。


「わたしね、精霊は何となく見えるけど、言葉は聞こえないの。だから何を伝えたいのかはよくわからない。でもリーンのそばにいる子は、リーンがとても好きみたいなの」


 ライラはそれから過去に魔眼のせいで失敗したことをわたしに打ち明けた。死んだ人の魂を見て、それを考えなしに人に言ってしまったこと。無意識に人を眼力で縛って動けなくしてしまったこと。他にも普通では考えられないようなことがたくさんあった。


 わたしは魔法は特に使えないし、才能のある人は得することが多いくらいに思ってた。でも特別な力があるというのは、重い責任を伴うのだと痛感した。

 ライラは絵が上手く描けるのは魔眼の影響で、それだけは活かせてるかなと、少し悲し気な目で笑った。


 この時からライラが何かとてつもなく重くて辛いことを背負ってるのかもしれないと予想したけど、それは何年も経ってから知らされることになった。

 この頃には想像もしなかった、彼女の苦難の運命を。

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