その3 仲間入り
賢者さまから修行宿へ行くように言われて、わたしはダークエルフのライラヴィラと一緒に家を出た。こっちだと促す彼女について坂道を下っていく。
「あのねライラヴィラ。わたし敬語とか、いらないから」
前を歩く彼女がどうにも距離を感じる言葉しか言わない。このまま村で暮らすことになるんだし、同じ年の女の子だから普通に喋ってほしかった。
「あ、うん。その、わたし、ライラでいいです」
小声で聞こえてきた丁寧語は、遠慮がちに通称を伝えてきた。
ですます言葉は、ただの彼女の癖なのかな。
「わたしはアイリーンだけど、リーンって呼んで。死んだ家族や集落の友達はそう呼んでくれてた。あなたのことはライラって呼ぶよ。とにかくその敬語は無し。同い年なのに喋りにくいもん」
「うん、その、リーン」
──あ、呼んでくれた。
どうやら引っ込み思案な性格なだけで、こっちから要求すれば大丈夫みたい。
わたしはライラと一緒に歩きながら、いろいろ聞いてみた。
「賢者さまって、ライラのお爺ちゃん?」
「ううん、違うよ。本当の爺さまではないけど、小さいときからずっとお世話になってるの」
まずここから事情がよく分からなくなった。賢者さまと同じエルフ族なのに、家族ではないってこと?
「ライラのお父さんとお母さんは、どこかで戦士とか魔導師とかで働いてるの?」
これには、ライラはしばらく返事をくれなかった。
あ、もしかして、聞いてはいけなかったやつ。
「わたしは赤ちゃんの時に賢者さまに預けられたんだって。本当の両親のことは知らないの」
小さい声で教えてくれた。
「ごめんなさい、聞いちゃいけなかったね」
「ううん。リーンの方こそ、その、家族がみんな亡くなったって聞いて、その理由も聞いたわ。わたしがあなたの前にいたら悲しませると思って、こんな魔族に似た姿の人が近くにいるだけでも嫌だよね」
ライラはそれからは何も言わなかった。
彼女についていき、わたしも無言で樹林のふちに沿う小道を進んだ。村の広い通りに出て、そのまましばらく集落の中を歩いていると、いつも感じない視線がこちらに向けられているのに気がついた。
誰も何も言わないけど、でも彼女、ライラを魔物か化け物を見るような、冷たい目つきで監視しているよう。
わたしも最初に彼女を見た時は魔族だと勘違いしてたたいてしまったから、そう見てしまうのは分かる。でも村の人はライラのことを知ってるんだよね? 賢者さまのところで暮らしてるダークエルフだって。
そんな痛い視線が飛び交う中、彼女に連れられて三階建ての大きな建物の前に着いた。
ライラが玄関の扉を開けて、こんにちはと挨拶をした。わたしも彼女について中に入った。
そこは賢者さまの言っていた修行宿で、武器を手入れする戦士や杖を持つ魔導師、武道着を着た筋肉モリモリの男の人や、とにかく勇ましい人が何人もいた。彼らはライラのことをさっきの村の人のような目では見てなかった。
「おばさま、賢者さまの言いつけで……」
ライラが奥のカウンターで声をかけると、大柄の女の人が出てきた。わたしの母さんと同じ年くらいかな。ライラがわたしの方を向いたので、慌ててそちらへ足を運んだ。
「ああ、あんたが勇者シリウスが連れて帰ってきた子だね。怪我はもう大丈夫かい?」
「はい。すっかり元気です」
わたしが返事すると、満面の笑みで女の人がわたしの肩を軽くたたいた。突然だったのでビックリしたけど、目の前の人は大きな声で話しかけてきた。
「いい子だね! あたしはこの宿のオーナーでモニカ。あんたのことをどうするのか気になってたんだ。賢者さまがあたしのところに来させたってことは、あんたをきっと学び舎へやろうとしてるんだろう」
そう言われてハッとした。この村で暮らすということは、わたしの年齢だと学び舎へ通うことになる。
でも、隣にいるライラは?
今は子どもならまだ学び舎に行ってる時間のはず。さっき集落の中を通った時も子どもはひとりも見なかった。
「学び舎は隣町のトステルにあるんだよ。だから普段は寮に入ることになる。休みになるとみんな村に帰ってくるよ」
モニカおばさんの説明で、村の子たちがいるときといない時がある理由が分かった。この村には子どもの学び舎はないんだ。わたしが歌を披露したときは、たまたまた休みだったんだろう。
「そうなんですか。でもライラはわたしと同い年なのに、ここにいるよね? 子どもによって通う日が違うんですか?」
ライラがこの時間に村にいる理由はそれしかないと思って訊いた。
「ああ、この子は小さい時から賢者さまの教育を受けてるんだよ。あと村の修行者に混じって武芸や魔法の訓練も受けている。だから学び舎には通ってない」
「え、そうなんですか」
わたしはライラの方を見た。彼女は黙ったまま俯いている。
何だろう、違和感がある。変な感じ。
でもこれ以上、踏み込んではいけない気もする。
宿にいる人たちのライラへ向ける視線が、集落の人とは違う理由も何となく分かった。彼らにとって目の前の少女は修行仲間なんだろう。
「ただいま!」
玄関から声がして少年が入ってきた。金髪で翠の瞳。すごいモテそうな、物語に出てくる若き王子様みたい。
「ジェイド、おかえり! ああ、こっちにおいで」
彼はモニカおばさんに呼ばれて、大きなカバンを肩から下げたまま、わたしたちの前まで来た。
「ほら、話しただろう。ジョルジュ先生のところで入院していた子だよ。名前は、えっと何だったかな」
「アイリーンです。はじめまして。リーンって呼んでね」
わたしがおばさんたちに名乗ると、目の前の彼のことを教えてくれた。
少年はモニカおばさんの息子でジェイド、十四歳。もう一人ブライトって息子もいて私と同い年の十二歳だという。そして二人は隣にいるライラと一緒に育ったのだとも聞いた。いわゆる乳兄妹ということらしい。ライラはモニカおばさんの手で赤ちゃんの時から育てられたそうだ。
「そう、大変だったね。リーンはこれから村で暮らすの?」
ジェイドから訊かれた。おばさんが彼にはわたしの事情を話していたみたい。
「うん、家族みんな死んじゃったから、行くところないの」
わたしの残酷な事情を、彼には素直に言えてしまった。
だって優しそうに見える金髪の王子様だもん。宿屋の息子だけど。おばさんも髪を覆っている三角巾から覗いてる癖毛は金色だから、ジェイドの金髪はお母さん譲りかな。
「……それは辛いね。じゃあリーンもトステルの学び舎へ通うの? 僕は二学年上だけど、なんでも訊いて。弟にも言っておくよ」
「うん、ありがとう」
彼は隣にいたライラの方へ向いた。
「荷物を片付けてくるから待ってて。一緒に剣術の型の訓練をしよう」
彼女が頷くとジェイドは奥の部屋に早足で入っていった。
──剣術の訓練。
ああ、この村サンダリットは勇者になるための修行をしている人たちの場所だったなと、聞いて思い出した。
ジェイドもライラも、まさか『勇者』を目指してるのかな?
わたしのような歳で剣術をやる子は剣士の子どもか、よほどの才能があるか、あるいは将来の目標があるのか。
「ジェイドと、まだ帰ってないけどブライトも明後日の夕方までは村にいる。ライラもどっちも頼ればいいさ。何かあったら助けるように言っとく」
モニカおばさんはわたしの今後のことについても教えてくれた。
ジョルジュ先生の治療院にいつまでもいるわけにはいかないので、ここの宿の一室を借りて暮らすことになる。代金は色んな国の補助金と村の税金で賄うから要らない。隣町の学び舎への転学の手続きをおばさんがしてくれること。早ければ三日後から学び舎へ行くことになると。
「もう手っ取り早く、今夜から宿で暮らしな。そうだリーンの服とか必要なものを用意しないとね」
おばさんが何やらブツブツと言いながら宿のカウンターから紙を取り出して書きはじめた。
ずっと隣にいて黙っていたライラの口が開いた。
「爺さまから学び舎の教本もらってきます。服は、リーンが良ければ、間に合わせに少しわたしのを持ってきますね」
「ああ、助かるよライラ。下着とか文具は買うからさ、頼んだよ」
彼女は「まかせてください」と返事して、宿から出て行った。ライラは親切で働き者だなと頭が下がる。あんまりお手伝いをしてなかったわたしは、もっと家族を助けるためにお手伝いをしておくべきだったと後悔した。亡くなった家族はもう戻らない。
荷物を両腕に抱えて宿に戻ってきたライラは、モニカおばさんにそれを渡した。そのあと彼女は武道着みたいなのに着替えたジェイドと一緒に、どこから出してきたのか、木刀を手にして再び宿を出て行った。
本当に剣術の訓練をしてるんだ。
見てみたい気もしたけど、おばさんに呼ばれて、わたしは当分暮らすことになる宿の一室へ案内された。
「治療院に荷物があるなら、取っておいで」
言われたけど、そんなものない。家が焼かれて、全部燃えてしまったから。
黙っていたらおばさんが眉を下げて頭を掻いた。
「あ、いや、悪かったね。無ければいいんだよ。あたしが新しいのを用意しよう。何でも困ったことがあったら相談するんだよ。あたしでも、ジェイドでも、ライラでもいい。みんな村の仲間さ。リーン、あんたも今日から正式に村の仲間だよ」
「仲間……」
甘くて心地良い響きに聞こえた。
家族も友達も何もかも失ったわたしには。
勝手に胸がこみ上げてきて、目が霞んでくる。
モニカおばさんがわたしをぎゅうっと抱きしめてきた。そして何度も私の頭を撫でた。
「そうだよ、みんな仲間だよ。これからずうっと、よろしく頼むよ」
わたしはモニカおばさんの胸の中で思いっきり泣いた。




