その1 出会いは勘違い
「はい、助かったのはひとりだけです」
「治療院で診ていますが、まだ」
遠くで誰かが話す声がした。
目を覚ますと、見覚えのない場所の少し硬いベッドで寝かされていた。消毒液の匂いがする。
首を横へ向けると木枠の小さな格子窓が二つ並んでいた。くすんだ色合いと擦れ具合。壁紙もあちこち剥がれてて、古い建物にいるのだとわかった。
部屋の扉が軋むと木床を踏み鳴らす音がした。
私は獣人族特有の猫耳を立てて、その音を注意深く聞いた。
「おや、ようやく目を覚ましましたか」
ボサボサ頭に無精ヒゲのオジサンだ。白いローブを着てるから、もしかして治癒師かな。
「あの、ここ、どこ……」
わたしはそれしか声が出なかった。
喉がカラカラ。それに身体中がなんとなく痛い。
「よく頑張ったね。ここは勇者の住む村だから安全だよ」
オジサンはわたしの手を片手で取り、額にもう片方の手を当て、何か数えていた。にっこり笑うと再び私の方を向いた。
「今はまだ動いてはダメだよ。そうだ、君の名前は? 言えるか?」
オジサンがゆっくりベッドの横に置かれてあった椅子に座った。
「アイリーン……」
自分の名前を言ったら、誰かにわたしの名前を呼ばれたような気がして、止めどもなく勝手に涙が溢れた。
誰もいない。父さん、母さん、姉ちゃん、婆ちゃんも。泣いても泣いても、ここには来てくれない。
「辛かったね」
オジサンはお湯で絞った布でわたしの顔をそっと拭いた。何か少し果物みたいな、甘くて爽やかな香りがする。
「お水を持ってこようか」
オジサンにウンと返事をしたら、魔法でフワッと消えてしまった。
あれ? 治癒師じゃなくて魔術師なのかな、あのオジサン。目の前で消えてしまうって、すごいな。
そうしたらすぐに扉をコンコンとたたく音がして、同じオジサンが入ってきた。
「どうぞ、アイリーン。起き上がれる? ストロー使う?」
オジサンがコップを差し出したので、わたしはそっとベッドから起き上がって座った。少し背中の痛みがあったけど、喉が渇いて早く水が飲みたい気持ちが勝った。
コップを受け取ってゆっくり水を飲み干したら、身体の中に何が優しい力が巡っていくようだった。
「うん、君は水の精霊の守りがあるんだね。よかった」
「精霊の守り?」
「今、普通の水を渡したんだけど、君を守る精霊が水の癒しの力で痛みを持っていくのが、私には見えたんだよ」
先生に言われて、さっきまで背中が痛かったのがまったく無くなっているのに気がついた。何か不思議なことが起こったらしい。
「ああ、私はここサンダリットの治療院をやってるジョルジュ。アイリーン、しばらく君はここで入院だ。ちゃんと食べられるようになったら退院できるよ」
オジサンはやっぱり治癒師の先生か。
あんなボサボサ頭で先生って、どこかの偏屈研究者みたい。でも優しい目をしてたな。
それから二日経った。普通に寝起きして動けるようになったわたしは、自分が十二歳で獣人族のハタ集落で暮らしていたこと、家族は両親と姉とお婆ちゃんだと先生に伝えた。そしてここに来るまでに覚えていたことを、ありったけ吐き出した。
魔王の軍団が攻めてきたこと、家が全部焼かれたこと、家族は誰も見つけられずに気を失ったこと。
ジョルジュ先生は話を全部聴き終わってから、わたしを見つけた時の話をしてくれた。
勇者シリウスと一緒に先生が集落で救出活動をしていた時、わたしひとりだけ生きて発見され、連れて帰られたということ。つまり、家族はもう死んでしまったであろうこと。そしてここが勇者を目指して修行をする人たちが暮らしている、サンダリットという村であることも教えてもらった。
「大魔王は勇者ディルクが討伐したから、そこは安心していいよ」
先生はそう言ったけど、家族は二度と生き返らない。
大魔王なんてどうでもいい。わたしの家族を返してほしい!
たったひとり残されたことを知って、涙が枯れるまで泣き続けた。
身体が回復して出歩けるようになったので、一人で村の広場に出てみた。
意外と村には子どもが大勢いて、わたしはすぐに彼らと仲良くなった。親が戦士や魔導師という子が多く、自分も勇者になりたいと言う子もいた。
わたしは勇者なんてどうでもよかったけど、街の流行りの話をしたり、ボールを投げて遊んだり、歌をみんなの前で披露した。褒めてもらって喉が枯れるまで歌って、ジョルジュ先生におとなしくしてなさいと叱られたりもした。
──わたしは小さい時から歌が大好き。
小鳥のさえずりに合わせてハミングしてみたり、お婆ちゃんからプレゼントされた歌の本から覚えて歌ったり。楽譜はお婆ちゃんが読めたから教わることができた。
ある日、いつものように村の子どもたちの前で歌った。そのとき、ふと木陰の奥に女の子が立っているのが見えた。
あんな子、村にいたかな? 多分、背格好から同い年くらい。
木陰にいるからよく見えないなと、わたしはその子へ近づいた。
そうしたら子どもたちが『あいつには関わらない方がいい』って、危ないって口々に言い出した。わたしはますます気になって、彼女がよく見えるところまで歩いて行った。
──衝撃だった。
今まで見たことのない、恐ろしい姿の子。
青っぽいツヤのある銀髪、淡い紫色の肌。そして真紅の瞳。
まさか村で魔族が暮らしていたの!
わたしはその子に駆け寄り、おもいっきり引っぱたいた。
「魔族め! 魔族! どうしてこんなところにいるの! 父さんを、母さんを返して! 姉ちゃんを返して! 婆ちゃんを——!」
わたしは彼女の前で号泣し、耳を伏せて毛の長い尻尾を垂らし、その場でしゃがみ込んだ。
「ご、ごめんなさい! あなたの歌が、とっても素敵だったから」
そう言って彼女も泣き出して、走り去ってしまった。
これが今では一番の親友、ライラヴィラこと、ライラとの最初の出会いだった。
泣き崩れたわたしは誰かがジョルジュ先生に知らせてくれたみたいで、先生が迎えに来て、背負われて治癒院に戻された。
わたしは座り込んだまま何も言えなかったけど、先生は話をしてくれた。
あの子は珍しい種族でダークエルフだと。魔族に近い見た目だから驚いただろうけど、あの子は魔族とは関係がない、伝えてなくて悪かったと、先生は謝ってきた。
「あの子をたたいてしまった」
彼女が、わたしの歌が素敵だったからと、そう言っていたのを思い出した。わたしの歌声を聞きに来てたんだ。
「先生、あの子に謝りたい」
ジョルジュ先生に打ち明けると、あの子は賢者さまのところの子だから、賢者さまのお許しをもらったら会えるだろうと言われた。
──わざわざ許可がいるの? あの子に会うのに?
何か事情があるのだろうと子ども心に察したけど、気になった。
だって、わたしがたたいたのに、あの子は謝ってたよ。ごめんなさいって。そんな子、見たこともない。
悶々と悩む日々が過ぎて、賢者さまの許しが出たからとジョルジュ先生に告げられ、あの子に会いに連れて行ってもらうことになった。




