16ー5 ふたりの領主
ライラヴィラは魔王レグルスが統治するソレイルヴァの城下町へと入った。
今は小さなツノの魔族だ。街歩きはリリスの姿では出来ない。
「城下町は、今まで来たことなかったかも」
「我もそなたとここに来るのは初めてだな」
黒ヒョウ姿の幻獣ロイが、従者の代わりにライラヴィラに付き添った。
広いバザール、あちこちに点在する工房、そして住宅も住民も多い。温泉を売りにする宿も何十軒も立ち並んでいる。土が剥き出しの街道には花の咲いた多肉植物が街道に沿って並べられ、ランタンを吊るす柱にも大輪の花がいくつも飾り付けられていて華やかだ。
「ソレイルヴァは魔界でも一、二を争う超大国。それを今はあの男が統治しているとは、人は見かけによらぬな」
幻獣ロイは大きな街並みを眺めた。ライラヴィラは自国では見かけない食べ物を買ってロイと分けて食べ歩いたり、宝石のビーズがあしらわれた魔導具の収納ポーチを、従者へのお土産にと幾つか購入した。
ひととおり街並みを散策したので、王宮に向かって街道を進む。向こうの方に何やら人だかりができている。背が高く頭ひとつぶん抜けている男と数人の者たちが付き添って歩いているのを、大勢の人々が遠巻きに見ていた。
「あれ、誰だろう。あんなに注目されて、きっとこの国で有名な人ね」
ライラヴィラもその逞しい男を見た。
年齢は四十ほどだろうか、しかし褐色の鍛え抜かれた身体と気配、身のこなしから相当な手練れだと分かる。
しばらく彼らの様子を眺めていたら男が振り返り、目が合ってしまった。
ライラヴィラはそっと目を逸らしたが、男が真っすぐこちらに来てしまった。
「珍しいな、魔眼の女か」
大柄の男がライラヴィラに声をかけてきた。鼻で笑って見下ろしてくる。
「魔眼なのにツノがこんなに小さいとは、宝の持ち腐れだな」
どう返事をするか考えたが、何だか腹立たしかった。男に付き従う者たちも顔を見合わせてニヤニヤと嘲る。
「全く知らない人にそんな失礼な言い方されるのは、気分が悪いわ」
本音を隠さず、はっきりとぶちまけた。
見た目だけで判断されるのは間違ってる。そこは揺るぎない。たとえツノが小さいことが、弱い魔族の象徴で、強き者が尊重される魔界であっても。
ライラヴィラの抗議の声に、周りから大きなどよめきがたった。
周りの人々が身の危険を感じたのか、彼女と男から距離を置くために下がる。人波がライラヴィラたちの周りから引いて、ぽっかり空間ができた。
「言うねぇ、俺を知らないのか」
男が手で顎をさすりながら、橙色の目を見開いてライラを凝視する。
「知らないし、私もあなたに名乗る名前はない」
腕を組んで真っ直ぐ立ち、紅き魔眼で男を見返したライラヴィラの様子に、周りの空気が凍りついた。
「あまり煽るな」
幻獣ロイがライラヴィラに身体を添わせて囁く。しかし馬鹿にされたことで、正体を伏せてるとはいえスペランザの魔王としての意地が燃えた。
「では教えてやる」
男は右腕を高く上げ、ライラヴィラに手刀を振り下ろそうとする。
彼女も男の闘気を感じて、腰に下げた魔剣に手を添える──。
「おい! こんなところで何してるんだっ」
声の主が、男の腕を掴んでいた。
レグルスだった。
まさかの国の主たる魔王の登場に周りの人々は声を上げ、遠巻きに注目した。騒めくバザールの民は、魔王がこの事態をどう収めるのか興味津々な表情に変わった。
「兄貴、そいつは俺のだ。手出しは許さん」
「レグか」
男は振り下ろさんとしていた腕を引いた。
ライラヴィラも魔剣に手を添えていたのを外した。
レグルスは彼女の方を向いて、眉をひそめた。
「おまえも、なぜ王宮に直接来ないんだ。伝えてあっただろう」
「良い機会だから、この街を散策したかっただけよ」
ライラヴィラは口を尖らせて、彼から顔を背けた。どうして彼に叱られるのかと苛立ちが収まらない。
「あとで案内してやるから、今はおまえも王宮に来い」
魔王レグルスはそう言い残して転移魔法で消えた。
彼に兄貴と呼ばれた男も消えたので、ライラヴィラは仕方なく幻獣ロイと共に彼らを追って王宮へと移動した。
◇ ◇ ◇
ソレイルヴァの王宮に着くと当主に仕える侍女が控えており、奥の間へと案内された。客間らしき部屋に入ると、魔王レグルスが立派な椅子に座って、足を組んで待ち構えていた。
彼の向かって右隣にはさっきの男も先に座っていた。男は腕を組んでこちらを望む。そして魔王の向かって左隣にも空席の椅子が置かれてある。
ライラヴィラが部屋の中ほどへ進むと、侍女たちが足早に下がった。
堂々と中央に坐したレグルスに目が合うと、彼は苦笑いした。
「ライラ、話をするより早いから、まずは姿を戻せ」
彼の言葉でライラヴィラは渋々、何も言わずに『三つ巴の封鎖』を解いて、本来の姿に戻った。
「なんとっ!」
男は漆黒の二枚の大きな羽根と細長い尾のある姿、そして放たれる莫大な覇気に驚きの声を上げた。小さかった二本のツノは長く伸びて、秘めたる力を示す。すぐ隣に黒ヒョウ姿の幻獣ロイが姿勢を正して座した。
「彼女が深淵の守護者リリスで、当代の大魔王、ライラヴィラだ。魔導城郭都市スペランザの魔王でもあり、俺の『真紅の絆』でもある」
レグルスは男にライラヴィラの身分を明かした。続けて彼は兄レオノールを紹介した。
「ライラ、こっちは俺の兄貴で領主レオノール。さっきは兄貴がすまなかったな」
「いいのよ。何かしてきたら、一発お見舞いするだけだから」
ライラヴィラは事情が分かったとはいえ、まだ少し気分が悪かった。魔王の隣に座っている男を軽く睨む。
「おぉ怖いな。まさかこんな可憐で華奢な女が大魔王様だったとはな、ワハハハハッ」
レオノールは大魔王の視線に物おじせず、豪快に笑った。
「俺はリリスで直接王宮に来いと、あらかじめ伝えたはずだ」
レグルスがライラヴィラを穏やかな瞳で見つめつつも、苦言を放った。
「ちょっとお忍びで散策したかっただけなの」
ライラヴィラもまだ気持ちが引っかかっていた。分かってたのなら、トラブルが起きる前に、さっさと迎えにきてくれたら良かったのに。
レグルスが目配せをしたので、ライラヴィラも彼の従者たちの手で用意された豪華な背もたれのある椅子に着席した。背もたれに当たる羽根が居心地悪かったが、何度か動かして収める。尻尾も座面から垂れた。
侍女が入ってきてレグルスに耳打ちし、彼の姉、領主マティルダが部屋に入ってきた。
「ライラヴィラが着いたのね。ようこそソレイルヴァへ」
「お久しぶりです」
以前この王宮で会ったことのある顔に会釈する。
「頭は下げちゃダメよ、リリス。でないとレオノールみたいなのがつけ上がるから。ふふふふ」
マティルダはレオノールを軽く睨んで笑ったあと、レグルスの隣に用意されていた椅子に座った。
「なんだよ姉貴、俺は今ここで彼女の正体を知ったところだぞ」
レオノールは不快と言った顔を姉に向けた。
今、目の前にソレイルヴァ連合国を統治する王族三人が勢揃いしている状況にライラヴィラは緊張した。そう、彼の家族である。あの男がレグルスの兄だとは気づかず、強い態度に出てしまったことで気まずかった。
「彼女は魔界に来てからまだ半年と少ししか経ってない。二人とも配慮してくれ」
レグルスの説明にレオノールは怪訝な顔をした。マティルダが弟の様子を見て説明を付け加えた。
「ライラヴィラはスペランザの『魔眼の覇王』の一人娘よ。生まれてすぐに行方不明とされてたけど、人界で育ったらしいわ」
「そうか、それで魔眼。ということは、人界との混血か」
レオノールはようやく納得したようだった。
「リリスのあなたは気高く美しいわね。もちろん私はリリスを見たのは初めてだけど、これで魔界もようやく落ち着く。あなたには感謝するわ。レグの『絆』にもなってくれたのだし」
「いえ、お礼を言うのはこちらの方です。いろいろ教えていただき、助かりました」
マティルダが喜びを隠さず微笑を湛えた。ライラヴィラも応えて妖艶な領主へ微笑み返した。
「そうだな。八年前に俺が紅化で発熱したのを、姉貴が覚えていてくれたから、全て思い出せた」
レグルスは小さな円卓に乗せられていたグラスを手にし、紅色のワインを飲み干す。魔王には侍女が付き添い、追加のワインを注ぐ。
「レグの突然の発熱って、おまえたちの絆だったのか。しかも二回目の紅化があるとは奇跡だな」
彼の兄、領主レオノールも思い出したようで、弟レグルスとライラヴィラを交互に見た。
「二人とも、俺に結婚はまだかとか、もう言うなよ。俺は死が別つまで……この絆を貫く」
ライラヴィラはレグルスのストレートな言葉に鼓動が早まった。嬉しさと同時に彼と『絆』であることの責任を感じる。
『真紅の絆』は魔界では、すなわち婚姻と同等以上の扱いをされる。彼と絆の儀式をしたことは後悔なんて全くないし、もちろん絆を貫きたいけど、ここまで重く扱われるとは思ってなかった。
「でも、ライラヴィラには酷ね。リリスは千年も万年も生きると伝承では言われてるわ。どれだけ絆があろうとも、レグがどれだけ生きられるか」
マティルダは懸念を表して瞳を伏せた。ライラヴィラも魔女ゲルナータに言われたことを思い返して不安がよぎる。リリスは精霊の命でおそらく不老不死。でも彼はいつか年老いて死んでしまう。
「いや、俺はライラが生きてる限りは生きるぞ。リリスには六つの属性の魔力と『真紅の絆』が必要だとされる。俺が死んだら、彼女もリリスではなくなるかもしれんだろう?」
彼に言われてみればそうだ。今はあまり寿命のことは考えないでいよう。
何か解決方法があったりするかもしれない。リリスにはまだまだ謎が多すぎる。




