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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第十六話 リリスと魔王たち
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16ー3 私の一番は

 ゾンガルディ魔皇国を訪れたライラヴィラは、魔王城で魔王ネウレディドと対面した。


「うぉおおおおおおおおぉ————っ!」


 ネウレディドはライラヴィラがローテーブルに置いた、人界産オレンジのマーマレードの大瓶を手に取り、魅了魔法がかかったかの視線でうっとりと眺めた。


「なんと、覚えていてくれたとはっ、さすがは大魔王リリス殿」

「リリスは関係ないでしょ」


 ライラヴィラは彼が子どものように室内を歩き回ってはしゃぐ姿に苦笑いした。

 以前彼に人界のムルットジャムが無いと駄々をこねられて困ったが、今回は渡すことができて、やっと心のつかえが取れた気分だった。


花祭り(ベルディ)は楽しんでますか? どうですか?」


 ネウレディドが大瓶を抱きしめて、ソファに座っていたライラヴィラの顔を覗き込んだ。


「どこも賑やかで盛り上がってるけど、この姿ではね。遠目で見るだけよ」


 ライラヴィラは漆黒の羽根と尻尾をほんの少し動かして見せた。


「今回は仕方ないですね。真の大魔王リリスのお披露目みたいなものですから。でもあなたの存在を感じた魔界の民は、きっと心が安らぐことかと」

「このリリスの覇気(はき)は、そういう意味も?」

「わたしはそう考えていますよ。力を示すのは、魔界の統治者として当然かと」


 ライラヴィラはあまり自分の力を誇示したくなかった。

 そもそも注目されるのは苦手だし、とにかく目立ちたくない。

 支配者たる魔王が強大な力を誇示し、支配下の民が安心するというのは、魔界流なのだろう。ただ人界でそれを下手にやると、民の反感を買いかねない。


「力で統治はしたくないな。目立ちたくもないし、リリスはあくまで魔界で生きる民を支える影武者よ」

「そんな謙遜して。そもそもリリスとは魔界(ダークガイア)の守護者、いえ守護神だと、わたしは考えていますから。あなたはもっと人の上に立つ者だという自覚が要りますね」

「スペランザの魔王としての立場は自覚してるつもりだけど、リリスは……たまたまというか」


 そう——実の両親が分かり、魔導城郭都市スペランザを継ぐしかないのだと知ったときは、覚悟をもってその王冠を頭に乗せた。ただリリスは魔界のみんなを守るため、操られた勇者を助けるために、悪鬼にはならないと必死に戦っていたら、いつの間にかそうなっていただけだ。


「あなたはまだ魔界にそんなに慣れてないから、仕方ないですね。でも早く魔界に馴染んで欲しいです。美しき闇の女王(ライラヴィラ)(たてまつ)りたい……」


 彼は抱えていた大瓶をテーブルに戻すと、ライラヴィラのすぐ前でひざまずき、怪しい笑みを浮かべた。

 なんだかネウレディドが変な方向へ意識してそうでライラヴィラは寒気がした。SだのMだの、そういう趣味は持ち合わせてない。


「ところで、ライラヴィラ」


 魔王は彼女の左手を取って絆の指輪を眺めた。


「レグルスの奴にあなたを独り占めさせるのは、はらわたが煮えくり返りますが、絆の光は何より魔界では大切にされますので」

「ネウレディドもあの戦いのときに、(あか)い光を見たのね」

「もちろん。美しき光でしたからね」


 彼は惜しそうにライラヴィラの手を離す。


「たまには奴からあなたをお借りしたい」


 ライラヴィラはまた変な意味じゃないだろうかと勘ぐった。


「それはどういう意味?」

「人界のことをもっと教えていただきたいだけです。友人としてお願いしますよ」

「友人ならね」


 ライラヴィラは今後、ネウレディドと会う時はレグルスと一緒の方がいいかと思った。やっぱりこの人はある意味危険だ。

 



 魔王城をあとにしたライラヴィラは、ゾンガルディの城下町をゆっくり歩いたことがなかったので、好奇心から小さなツノの姿で散策に出た。

 ここは石畳の通りにレンガ造りの三角屋根の建物が並び、商店や工房の数が多い。春の花祭り(ベルディ)だというのに、まだあちらこちらに根雪が残っていた。それでもお祭りだからか人通りは多くて、この国の繁栄ぶりを身体で感じた。

 ゾンガルディの城下町は国の北部に位置していて、南部の関所街テルトとは違い、この辺りはスペランザよりも寒冷な気候だという。


「魔界の気候はよく分からないな。行く先々で気温が違う。深淵(しんえん)との距離とか、他に何が影響してるんだろう」


 ライラヴィラは付き添う黒ヒョウ姿の幻獣ロイに疑問を投げかけた。


「国ごとに気候が違うと考えれば、覚えやすい。魔界は点が散らばるかのように気候が分布している。少し距離を置くと、途端に気温や湿度が変わる。人界は違うのか?」


 ロイは逆に人界がよく分からないと返事した。


「うん、人界は帯状に変わるかな。魔界と違って気候の変化が予測しやすいし。魔界って突然天候が変わるでしょ。季節の進みは人界と同じみたいだけど」


 ライラヴィラは自国より寒い土地を歩いていたので、身体が冷えきってしまった。春だからそこまで寒くはないかと油断して、手袋やマフラーはしてこなかったのだ。


「カフェに入るわ、暖かいジンジャーミルクティーが飲みたい。城の中は相当暖房が強かったのね」


 ロイは小さな黒猫姿に身体を縮めてライラヴィラの肩に乗り、一緒に暖かいカフェの店内に入った。

 ライラヴィラは入口に立っていたウェイターに、飲み物と共に甘いチョコレートの混ざったマーブルケーキを二つ頼んで、窓際の席を取った。まもなく注文したものが運ばれてくると、ひとつはテーブルの上に小さく座ったロイの前に置いた。


「ここは夏には避暑地になるのかな。似たような場所が人界にもあるよ」


 ライラヴィラは窓の外の景色を眺めた。整備された街道は観光地のように宿と商店が立ち並んでいる。


「そうだな。ゾンガルディの夏は人もさらに増えて、ここら一帯は昼夜問わずに商いが盛んになる。夏場は涼しさを求めて長期滞在する、魔族の有力者たちの拠点にもなる」


 ライラヴィラはロイと話していると、ガラス窓の外に、厚手のコートを着込みフードを被った背の高い男が歩いてるのに気づいた。何となく見覚えがあるようなその背格好で、周りの人々が(かしこ)まった態度を取ったり、距離を置いたりするのが見えた。

 その男がひとりでライラヴィラのいる店の方に向かってきて、扉から中に入ってきた。ウェイターの少し戸惑う声が聞こえてくる。


「これはこれは、魔王様。どうぞ」


 男が店の中でフードを外したら、さっきまで城で会っていたネウレディドの顔が見えた。

 ライラヴィラは視線を合わさないようにして、そっと顔を背けていたが、向かいの空いていた席に彼がまっすぐ足を進める。よそから来た女の旅人の前に国の主である魔王が堂々と座ったものだから、周りの客からどよめきが上がった。


「ちょっと、なんでここに来るの?」


 ライラは声をひそめて彼に尋ねた。


「友人の観光ガイドをしようと思いましてね、ライラヴィラ」

「さっき会ったじゃない」

「いや? 私は先ほどまで深淵(しんえん)の大魔王リリス様と会談していましたが、あなたとは久しぶりですね。人界のお嬢さん」


 彼の言いわけに苦笑いするしかなかった。まるでストーカーだ。


「私は街の散策だけしたら、次の国に行く予定なの。今日は観光にゆっくり取れる時間はないよ」


 ネウレディドがブランデー入りの紅茶を頼んだので、ライラヴィラはミルクティーのおかわりを頼んだ。

 彼がライラヴィラの分の代金をウェイターに支払おうとしたので、彼女は自分の代金を出そうとしたら、彼に静止された。


「私はこの国の魔王ですよ、顔を立ててくださいな、お嬢さん」


 彼の言うことはもっともである。周りから注目されてるのに、魔王が旅人の女から奢られるのはよろしくないだろう。


「じゃあ今日は、あなたのご馳走にあずかるわ」

「ふふっ、また何かあなたに頼みごとをするかもしれませんから」


 ネウレディドは目を細めて微笑んだ。


「それはまあ、お互い様ってことで」


 ライラは彼が苦手ではあるが、お互い魔王なのだ。国の代表としての付き合いは続けなければならない。


「この美しい手で、あなたは魔界を守るのですね。私もこの手に守られているのです」


 ネウレディドが突然、ライラヴィラの左手を取った。


「ちょっとっ!」


 ライラヴィラはゾクリと悪寒がして、慌てて手を引こうとした。

 その時──絆の指輪が紅く光り、ネウレディドの手を弾いた。


()ぅっ──!」


 魔王は思わず声を上げた。

 ライラヴィラは何も魔力は使ってないのに、何が起こったのかと驚いた。まるで自分を彼から守るかのように輝いた指輪。


「くうっ、紅蓮の剣王(レグルス)めが。なんという執着心に独占欲か」


 ネウレディドの愚痴に子ネコ姿の幻獣ロイがクククッと笑った。


「精霊が与えし紅き絆を持つ者に、変な色気を出すからだ」

「うるさいっ、(ケモノ)っ! 私はただライラヴィラを心底気に入ってるだけですっ」

「それを横恋慕と言うのだ」


 ロイは平然と語った。

 ライラヴィラはようやく何が起こったのかを理解して口を開いた。


「さっきも言ったでしょう。友人としてならばって」


 魔王は黙り込んだ。店にいた客たちも魔王の声に驚いてしばらくこちらを見ていたが、ライラヴィラたちが落ち着いた様子を見せると、安心したような溜息(ためいき)があちこちで漏れた。


「ライラヴィラ」


 ネウレディドは姿勢を正し、真顔で彼女を見つめた。


「私はあなたが好きです。でもそれは迷惑をかけるだけですね」


 ストレートな告白にライラヴィラも真剣に返事をしようと彼の方を向いた。


「ごめんなさい。あなたの気持ちには応えられない」


 はっきり断ったライラヴィラに、魔王は悲しげな笑みを浮かべた。


「あなたはそんなにも、尊大で独善的なソレイルヴァの魔王がいいと」

「レグルスは確かにちょっと偉そうで口が悪いけど。でも、何事にも真摯に向き合い、人の気持ちを大切にする。その純粋な心に惹かれたの。彼が私の一番なのよ」


 ライラは視線を落とし、自分の左薬指の指輪を見つめた。彼の金の瞳とそっくりな、金のトパーズが輝く。


「ふふふっ、そこの獣が言う通り、『真紅の絆』に割って入ろうとした私の方が滑稽でしたね。謝りますよ。そして、それならば彼との愛を生涯貫くと、約束してくださいね」

「ええ、もちろん」


 ライラヴィラが魔王の方を向いて(うなず)くと、彼は席から立ち上がり店員を呼んで、幾らか余分に代金を支払って、店を出て行った。

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