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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第十六話 リリスと魔王たち
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16ー1 変幻の向こう側

 暖かな風が舞う本格的な春が到来し、魔界では一斉に春の花祭り『ベルディ』が始まった。


 魔王たちからの要請でライラヴィラは祝祭期間中、深淵の守護者リリスとして各国を歴訪することになった。ただ彼らからは『三つ巴の封鎖』を解いた、本来のリリスの姿で対面することを求められた。

 自国スペランザの祝祭運営を任せるため従者はひとりも連れず、幻獣ロイだけを伴っての気取らない旅ではあるが──。

 



 霧の都ヘリオシュタの魔王アルトバルンは満たされた顔を見せた。彼の鮮やかな紫の魔眼には大魔王の本来の姿が映っている。

 外遊用にひとりでも着られるように簡略化されているが、漆黒と銀の装束を身に着けたライラヴィラは誰が見ても魔界の統治者たる威厳を漂わせていた。


「やはり君はリリスの姿が相応しい」

「私はそんなこと、全然思ってないけどね」


 ライラヴィラは苦笑いした。リリスの姿は大きなツノと羽根や尻尾に加え、放たれる強き覇気(はき)で何かと不自由だからだ。

 それなのに彼はこの姿が好きだと言う。安心するのだと。


「君は自分の価値を卑下してはいけないよ。万年とも言われる魔界史上でようやく二人目のリリス。この世界は何千年待ったんだろう。やっと魔族は希望を持つことができるのだから」


 アルトバルンはライラヴィラの左手を取ると彼の手前に引いて、そこに鎮座する(きら)めきを確かめる。


「絆の指輪。リリスに必要なのはこれだったんだね。操られた勇者との戦いで見た、真紅(しんく)の光が君を導いた」

「魔女さまは順番がアベコベになったって、笑っておられたわ」

「いいじゃないか。彼はきっと真摯(しんし)に君を支え、守ってくれるだろう。口は多少悪いけどね」


 魔王は彼女の手をそっと放す。ライラヴィラは絆の相方、魔王レグルスが目の前の彼のことを『頑固ジジイ』と呼んでいたのを思い出して、笑いを漏らした。


「確かに悪いわね、ふふっ」

「でもね、常に人を欺いてる僕よりは、彼は誠実だし、純粋だ」


 ライラヴィラはアルトバルンがどうして常に姿を偽装してるのか気になった。彼女の(あか)き『覇者の魔眼』に映るのは年老いた優しき紳士なのだが、彼の『変幻の魔眼』が人に見せているのは淡い緑の短髪の若き美丈夫。


 しかしそれは聞けない。

 五百年という長きにわたり生きている間に、いろんな苦しみを嫌というほど味わったのがアルトバルンという人なのかもしれない。

 彼の瞳には『護る』という潜在意識が映し出されている。

 ただこれも彼が自らの魔眼であえて見せているのかは分からない。それでも今は見せられたものを信じておこうと、ライラヴィラは疑念を心に留めた。


「ヘリオシュタの花祭り(ベルディ)は華やかね」


 ライラは城の大きな窓の前に立った。外から見える人々の踊る様子、微かに聞こえる楽器の音を耳にしつつ眺める。城の当主は彼女の後方で語りかけてきた。


「文化は大事だよ。人々から文化が消えることは、生きる意味が無くなること。殺戮と滅びへ向かうことを意味する。僕は長く生きてきて多くの大魔王を見てきたけど、マスティロックの時はまさしくそうだった」

「いろんな人からマスティロックの話を聞いたけど、そんなに酷かったのね」


 ライラヴィラはレグルスの父が亡くなったり、勇者ディルクが苦労して討伐したことなどを思い返した。人界が大変だったのは何となく覚えているのだけど、魔界はもっと悲惨だったのかもしれない。


「君は大丈夫そうだね。スペランザで月影の魔剣士(ベルント)から聞いたよ、絵を描くんだって。しかも相当な腕前だって」


 アルトバルンはワゴンの上に並べていたふたつのグラスに赤ワインを注ぐ。グラスを両手に持ってライラヴィラのそばへと寄った。


「私は絵を描くことで、自分の魔眼の力を納得させていたの。人界(ライトガイア)では紅い瞳が恐ろしいと言われ続けたから。魔眼は絵を描くためにあるんだって、人を害するものじゃないって信じたかった」

「そうだね。僕も魔眼は自分が変わるためにあるんだって思ってた。でも変わらなかったけど。僕は僕を超えられない」


 魔王はライラヴィラに片方のグラスを差し出した。


「リリスに乾杯させて。君は既に多くのものを超えてきた。その強き魂に祝福を」


 彼からグラスを受け取り、澄んだ音をふたりで響かせてワインを口にした。

 ライラヴィラは中で揺れる紅い波を見つめる。


 グラスに映る瞳は支配者の『覇者の魔眼』。それは孤独をも意味する。

 だけど今はもう一人じゃないと、絆の指輪が黄金色を示してくれる。

 目の前の魔王が何に苦悩しているのかは気になったが、今は尋ねることもできない。いつか彼もそれを超えられるようにと心の中で願った。

 



 ライラヴィラは魔王に招いてくれたことに礼を告げて城を後にした。

 せっかく芸術の盛んなヘリオシュタに来たのだからと、アルトバルンには内緒でリリスの姿を封じ、羽根や尻尾のない小さなツノの姿で賑やかな城下町へ出る。身に(まと)っていた装束も魔法で平服に着替えた。


 街は花祭り(ベルディ)用の飾り付けがされていた。街路樹には花飾りが(くく)り付けられていて、足元は魔導具で映し出された花びらの幻影が散る。(おぼろ)げな魔法照明がゆったり飛んでいて、城下町全体に漂う霧と相まって幻想的だ。人界とはまた違った趣の風景にライラヴィラは心がときめいた。


 黒ヒョウ姿の幻獣ロイを伴って、街角に立つ横笛の音楽家が奏でる音色(ねいろ)に耳を傾ける。人の背丈の倍ほどの高さのある巨大な画板への即興のペインティングに拍手を送り、道化師の輪投げや火吹き芸に興奮した。奇術師のシルクハットから花を咲かせるときに魔力を全く感じないのを興味深く見物する。


「そなたがあんなカラクリ仕掛けを喜ぶとはな」


 ロイが退屈そうに(つぶや)くと、ライラヴィラはカラクリだからこそ面白いのだと反論した。


「ほお、魔眼のくせに」

「なによ、それ。魔眼の眼力は使わないよ。見えたらつまらない」


 ライラヴィラは順に城下町での催しに足を運んだ。所々にある屋台で賑やかに食事を楽しむ者たちを見かけたので、彼女は幻獣に何か欲しいものはないかと尋ねた。


「ライラヴィラ、まだ魔眼を使わぬか? そなた一度この街をすべて魔眼で見るがいい。ちなみに、あやつらが口にしているものは魔族には食えんぞ」


 ロイの警告にライラヴィラは驚いた。

 そういえば何だかあの食べ物は匂いが変だ。

 彼女はそっと魔眼の力を上げて街をぐるりと見渡した。


「ロイ? これって──まさか!」


 ライラヴィラはそこに予想しなかったものを見た。

 魔族はひとりもいない。そう、いるもの全員、魔物なのだ。

 毛むくじゃらで三つ目の獣、半透明のゼリーのような塊、大きなツノが一本生えたウサギ、耳のやたら長い二足歩行のネコ……。それらが弦を(はじ)き、筆を走らせ、太鼓をたたいて踊っている。


「我は匂いで分かっておったが、まさかそなたがまったく気づかんとはな。我が主人(あるじ)ながら情けない」

「ヘリオシュタは魔物たちの街だったのね」


 ライラヴィラは驚きこそしたが、恐怖をなぜか感じなかった。

 彼らは芸術に講じ、今も人々、いや、魔物同士でお互いの表現を分かち合い、楽しんでいるのだから。彼らから(あふ)れる笑顔は魔物のものであっても尊い。

 魔族も魔物も、心あるものたちが向かうものは同じだ。


「ここは平和を愛する魔物たちの居場所なのね」


 これもまた一つの理想なのかと思った。

 ライラヴィラの思う理想、人界人と魔族が共に生きる世界と同じだと。

 きっと魔物との交流を長年アルトバルンはしてきたのだろう。


(われ)のような幻獣は、彼らのような魔物から進化する。我もランダステンと出会ってから幻獣と()った。それまでは魔物として闇と共に長く生きてきたのだ」


 ロイはライラヴィラにそっと打ち明けた。

 そして、彼も——。


「リリス、君なら理解してくれるかもと少しだけ期待してたけど、期待以上だよ」


 当主の魔王アルトバルンが霧の中からライラヴィラの前に現れた。


「僕は彼らのような心ある魔物のために変幻の力を使う。それが僕の生きる意味だったんだ」

「アルトは彼らを護るために、力を使ってるのね」

「そうだよ。でも君が大魔王になったことで、いずれ僕が彼らをここまで護る必要も無くなるかな。闇の深淵は守護者リリスがいれば、正しく機能するからね」


 彼はリリスという伝説にどれだけ焦がれたのだろうか。

 真の大魔王となら(くさび)を受けると言ったのも、彼には当然のことだった。

 ライラヴィラは自分の立場をまだ受け止めきれてないのだと自覚しつつ、ただ誠実に、与えられた務めは果たそうと心に決めた。


 彼女は今度ゆっくりと芸術家の魔物たちと交流したいと魔王に伝えて、次の目的地へと向かった。

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