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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第十五話 勇者たちへの賛歌
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15ー4 勇者の想い

 酔いつぶれたアイリーンを自宅へ送った翌朝。

 ライラヴィラは泊まっていた修行宿の食堂へ朝食を摂りにきた。かなり広い部屋は五十人ほど着席できるテーブルと椅子が並べられている。格子窓も等間隔に並んで朝日が差し込んでいた。


 彼女はバンダナを頭に巻いて小さな二本のツノを隠し、宿泊している修行者と会わないようにかなり早めに部屋を出たつもりだった。それなのに先に勇者ジェイドがひとりで座って食べている。

 彼はライラヴィラが食堂へと歩いてくる気配に気づくと顔を上げ、こちらに見えるよう左手を軽くあげて合図してきた。


「やあ、おはよう」

「おはよう、早いね」


 ライラヴィラは厨房に繋がるカウンターの向こうで立っていたモニカから朝食セットを受け取って、彼の向かいに座った。


「昨日は爺さまと出かけてたけど、何だったの? 昨日聞けずじまいだったから」


 ライラヴィラは勇者の彼が賢者と出かけるのは、何か重大な出来事があったのかと考えていた。


「ある国から、どうしても関係を切らないでくれって言われてね。補助金は増やすからと。それを断りに行ってた」

「大変ね……」


 これでは彼とアイリーンがゆっくり過ごせる時間は無いだろうと思った。親友が愚痴るのも仕方ない。


「それはそうと、ライラ」


 誰もが惹かれるであろう極上の笑みを(たた)えて、勇者は彼女の左手を指す。


「その指輪は、なーんだ」

「えっ、あっ、最近貰った……」


 ライラヴィラは思わず右手で左手のそれを隠した。朝食に来たのもあって、黒いツメを隠している手袋をしてなかった。


「婚約したの? あの魔王と」


 昨日指輪のことを訊いてきたアイリーンより端的に問うてくる。


「白状するまで、外に出さないよ」


 兄とも言えるジェイドの、迷いなき眼差しと微動だにしない温顔に負けて、ライラはすべて打ち明けた。


「『真紅の絆』って! そんな不思議なことが。僕、すっかり忘れてたけど、レグルスって少年の時に村に来たことあるよね?」

「うん。八年前に一度お互い紅化(こうか)したんだけど、その時は子どもだったから、(じい)さまが絆を切ったらしいの。全部思い出したのは二回目の紅化をしてからよ」

「二回もそうなるって、ふたりのつながりは宿命みたいなものだね」

「どうだろう……」


 ライラヴィラはまだ心の奥底に迷いがあった。彼の相方がこんなわたしでいいのだろうかと。


「ライラ、好きな人のことくらい、もっと信じろよ」


 そんな彼女のためらいを見透かすように、ジェイドが真顔を向けてくる。


「ライラが人間不信になるのは分かる。ダークエルフへの迫害とかいろいろあって辛い思いさせたのは、僕たちサンダリットのみんなの力不足だ。だからライラはちゃんと個人として幸せになってほしい」


 ジェイドがそんなふうに思ってたとは彼女は気づいてなかった。いつも優しい彼だけど、乳兄妹として責任を感じていたのだろうか。

 ただライラヴィラは彼が自身の想い人のことを全然言わないのが気になる。昨夜の泥酔した親友の姿を思い起こして、強く口に出た。


「そう言うジェイドはどうなのよ。リーンのこと、好きなんでしょう? 私は正直に話したよ。さあさあ白状なさいっ」

「ああ。彼女が好きだ。でも今は時期が悪い」


 はっきりと肯定したものの、首を振って視線を逸らした彼の態度にライラヴィラの苛立(いらだ)ちが加速する。気持ちを落ち着かせようと彼女は少し冷めたスープを一気に口へ流し込んだ。


「わたしは、あのクロセルとの戦いの最中に、彼に告白してしまったわ。想いを伝えるのに、時期なんて関係ないよ」


 ジェイドは彼女の方へ向き直り、目を丸くした。


「え! じゃあ、レグルスがあの戦いで、君を止めようと抱きしめてキスしたのも、あれは……」


 ——まさか、いややっぱり、その時に現場を見られてた。

 アイリーンもあの時いたから全部バレて当然かと、彼女は恥ずかしさを(こら)えて当時の状況を説明する。


「えっとあれは、その、私が告白する前。あれで彼は私に気持ちを伝えたつもりだったみたい。後から聞いた……」


 ジェイドは顔を赤くして(うつむ)いた彼女を見て、クスクスと微笑を洩らす。彼は食べ終えた皿を重ねてフォークとナイフをその上に揃えて置いた。


「レグルスもああ見えて、きっと不器用なんだろうね。君はもっと不器用だけど」

「不器用なのは自覚してるから、言わないでよっ」

「でも君の言う通りだ。時期なんて言ってたら、時間ばかり過ぎる」


 彼が席を立ったのでライラヴィラは顔を上げた。食器を彼の母モニカが立つ食堂のカウンターへと片付けると、ジェイドは彼女の方へと振り返る。


「僕、今日も別の国の偉い人のところに行かなくちゃいけなくて。早くこんな雑用は終わらせて、みんなが困ってる魔物の討伐とか仲間の武芸指導とか、村の仕事がしたいな。じゃあまた」


 ライラヴィラは食堂を出ていく彼に手を軽く振って見送った。

 テーブルでひとりになったライラヴィラは残っていた食事を完食すると、モニカに食器を渡して、宿泊客で混んできた食堂から急いで出て行った。




 ライラヴィラは昨夜遅くに部屋まで送ったアイリーンのことが気になって、親友の仕事場へと出向いた。外は(きら)びやかなお祭りの装飾が施されたまま。朝からいつになく人の行き来が多いと思いながら、彼女はサンダリット治療院の玄関の前に立った。

『今日は休診です』と書かれた木の札が扉に掛かっているのに、中から大勢の声が聞こえている。

 札のすぐ横に扉に張り紙がしてあるのを見つけて、何かお祭りの企画をやってるのかと気づいた。


 中では見知らぬ客人たちが順に列を作っていた。

 先頭の人の向かいには院長である治癒師ジョルジュがいて、すぐ近くでアイリーンが何かカルテのようなものを書いたり、奥から何か出してきたり、元気な顔で動き回っている。

 彼女は昨夜の悪酔いを魔法か何かで対処したのかなと、ライラヴィラはひと安心した。流石は治癒師(ヒーラー)

 あんなに酔った彼女の姿を見たのはどれくらいぶりか。


「お! 見える奴、発見!」


 奥に座っているジョルジュと目が合うと、彼は席を立ってライラヴィラに近づき、しっかり腕を掴んだ。


「まさかこっちに来てたとは。丁度いいから手伝ってくれないか。私一人ではさばききれなくてな」


 ライラヴィラは詳しい説明を院長から聞いた。

 一人一人の魔力の量や性質を視て、それらを活かす助言をしていると。普段は有料の診察でやることだが、今回は祝祭でサンダリットを訪れた人に特別に無料で診察していると彼は言う。

 寝ぐせ髪のままの治癒師(ヒーラー)は歯を見せて輝く目を彼女に向けた。


「先生、タダ働きは嫌ですよ」

「助かるよー。あとで何かご馳走するから、なっ」


 ジョルジュの甘えるような声に、隣で助手をしているアイリーンも苦笑いする。

 ライラヴィラはこれは断れないなと観念した。人の魔力を精密に()て助言できる者は限られるからだ。

 診察室の奥でターバンを巻き直し、厚手のリネンの手袋をはめて魔眼を目立たなくするゴーグルをかけ、エプロンをつけた。


「ライラ、良いタイミングで来ちゃったから、付き合ってね」

「はいはい」


 アイリーンの手でライラヴィラが診察する席も用意され、ふたりがかりで視ていく。並ばれた列はみるみるうちに減っていった。

 

 魔眼を持っていることから誰よりも色んなものが視えてしまうので、小さい頃からこうしてお手伝いをさせられていた。ただこれは村での修練も兼ねていたので、かなり真面目に取り組んでいた気がする。


 こうして人の魔力や付いている精霊の素質を見たりすると、人は多様で誰一人、同じことはないのだと実感させられる。

 誰もが特別——。そのことは常に視た相手に伝えている。

 

 ようやく列が途切れて、ライラヴィラと院長は休憩のために診察室から奥の事務室へと入る。アイリーンがオレンジジュースをグラスに入れて運んできた。


「これもしかして、このまえレグルスに預けてくれたオレンジの?」


 村に住んでいた時、搾りたての生ジュースはこの時期の楽しみだった。


「そうよ。明日、今年最後のオレンジの収穫をするから、手伝ってくれると良いことがあるかも」

「それなら明日までいようかな」


 ライラヴィラはすっかり村で住んでいたときの気分になってしまっていた。

 そろそろ魔界へ帰らないと、今度は向こうの春の花祭り(ベルディ)がある。

 

 ノックする音が聞こえて、昨日会った勇者ディルクが裏口から入ってきた。


「ライラ、ここにいたのか。午後から広場で、村の者たちの武術や魔法の修練を披露する催しがあるんだが、あんたも出てくれないか?」

「え、そんな目立つこと、できないわ」


 彼女はサンダリットで翼竜退治をした時の騒動を思い出す。あの時に目の前の勇者により、身体に秘めた『深淵の鍵』が暴かれてしまったのを。


「そうか、無理にとは言わん。気が向いたら頼む」


 ディルクは院長に軽く会釈をすると、他に用があるのかすぐに出て行った。アイリーンは出て行く勇者に手を振ると二人から空になったグラスを受け取った。


「別に大丈夫じゃない? さっきまでやってた魔力鑑定でも、誰もあなたのこと何とも言わなかったし」

「ううん、武器を持つとなると別よ。遠目でしか見られてなくても、私がダークエルフじゃなくて魔族だって気がつく人は出てくると思う。魔力隠蔽してても戦闘時は魔力が漏れるし」


 ライラヴィラの返事を聞きつつ、アイリーンは部屋の後片付けを始めた。

 そうしていると、今度はジェイドが裏口から入ってきた。


「リーン、いる?」


 ライラヴィラはもしかしてと思った。きっと彼は予定を切り上げて、急いで帰ってきたのだろう。


「もうすぐ片付くから、待ってて」


 リーンの声が診察室から聞こえた。彼女の返事を確認したジェイドは事務室を見渡すと院長ジョルジュに会釈した。院長はそのまま再び診察室へと(こも)る。


「ライラもいたの」


 彼の(いぶか)しがる声にライラヴィラは苦笑した。


「いるわよ、目の前にいる人を何だと思った?」

「ああ、どこかの偉い人かなと」

「そんな人いません。しばらく広場を見てくるね」


 ライラヴィラは立ち上がると治療院から辞去する。

 『どこかの偉い人』なんて言いかた、ジェイドは意図的に口にしたのだろう。

 それを魔界の大魔王だと分かる人しか、あの場にいなかったからだ。

 大魔王は本来、ここ勇者村にいてはならない人物である。


 きっと朝に伝えたことが効いたのだろう、ガンバレ、とライラヴィラは心の中でジェイドを応援した。

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