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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第十五話 勇者たちへの賛歌
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15ー3 友と恋と

 ライラヴィラは勇者ジェイドの生家である修行者の宿を出た。

 お祭りの準備で村の風景は様変わりしている。あちこちに丸い風船が飾られ、ランタンの照明もつけられていた。普段は出てない屋台も建ち並び、近隣の街から訪れている客も多かった。

 彼女には懐かしさを感じる景色である。

 子どものころはお祭りは大きな楽しみだった。屋台に並ぶ普段食べることのない菓子、魔導具による遊技、くじ抽選の当たりが出た時の歓声——。


 ライラヴィラは帽子と手袋に加えて、魔眼を隠すゴーグルを着けた。これだけよそ者が多いと、淡紫(たんし)の肌と(あか)い瞳というだけで人に騒がれる可能性を考えた。

 向こうから勇者ジェイドと賢者フォルゲルが一緒に村の中心部へ歩いてくるのが見える。どうやら一緒に出かけていたようだ。

 ライラヴィラは彼らの方へ軽い足取りで向かった。


「お久しぶりです」


 ライラヴィラは彼らの前に出るとまず賢者に挨拶し、勇者にも会釈した。


「そこまで隠さずともよい」

「かえって怪しい人みたいだよ」


 フォルゲルはライラヴィラの魔族隠蔽の格好を怪訝(けげん)に見る。ジェイドも軽く笑いながら隣にいる(おきな)に同意した。


「このあいだみたいな騒動は、もう起こしたくないから」


 ライラはそう言いつつ、素直にゴーグルは外した。


「サンユノア教団の人間は追い出した。人の出入りは相変わらず以前よりは増えてるが、旧知の仲間たちが密かに、不審者を徘徊させないよう警戒しておる。あまり気にせずともよい」


 翁は表情は変えずに淡々と現状を説明する。そして大きな宝珠の入った杖を地面について辺りを見回し、念のため確認しているようだった。


「サンダリットはね、今まではある意味、勇者育成の支援という名目で各国の支配下に置かれていた。でも最近、各国から受けていた資金をすべて切ったんだ。

 無闇に人が押し寄せたあの騒動の原因は、サンダリットが独立してなかったからだ。だから何度も旧来の住民で話し合われ、賢者様の最終判断で独立採算、自給自足に切り替えることになった」


 ジェイドも村について補足した。輝く金髪がかかる碧眼には強い意志を感じられる深みがあり、彼は口元を強く結ぶ。

 ライラヴィラはそれを聞いて、チャンスかもしれないと閃いた。


(じい)さま、もしも私の魔界の国、スペランザがここサンダリットと交易をしたいと言ったら、応じてもらえますか?」

「村の者との話し合いが必要じゃが、きっと可能であろう」


 (おきな)は目尻をほんの少し下げて緩く微笑んだ。


「ありがとうございます!」


 ライラヴィラが礼を言った時に大きな歓声がどこかから上がった。

 広場の特設舞台でショーが始まったようだった。

 アイリーンの歌声と弦を()き鳴らす音、そして何か打楽器の音が聞こえる。

 遠くから見ると、ギターと箱のような楽器カホンだった。

 彼らがリーンの友達なのだろうと眺める。ふたりとも獣耳と尻尾があったのでアイリーンと同じ獣人族キャランだ。


 生き生きしたその音楽にライラヴィラは気持ちが高鳴る。周囲の者たちが手拍子をしながら身体を揺らし、舞台上のアイリーンが手を振って応える。

 ——久しぶりに私も絵を描こうかな……。

 そう思わせてくれる非日常の空間で夢心地だった。

 ライラヴィラは彼女が何かあるごとに歌を披露してくれたのを思いだした。

 歌う彼女の絵を描いたこともある。


「リーンの歌はいつ聞いても素敵ね」

「こうして村で音楽を楽しめるのは、平和になった証拠だね」


 ジェイドも歌に聞き入りつつ、嬉しそうに(つぶや)いた。

 舞台では次の曲の演奏が始まった。アイリーンは奏でられたギターに声を乗せて、しっとりとバラードを歌い上げる。


「もう大魔王の、悪鬼の厄災は起こらないよ。人界の人々も怯えなくていいの。だって今、わたし、ここにいるのよ」

「魔界の大魔王が人界の勇者の村で祭りを楽しんでるとは、誰も思わんじゃろう。今日はゆっくりしていくがいい」


 ライラヴィラの話に賢者フォルゲルが珍しくフフフと笑った。翁は転移魔法でその場から消えた。


「フォルゲル様はお疲れだろうね。最近、各国の(まつりごと)の役人と会う機会が多かったから。僕も今日は先に休むよ。ライラはリーンとお祭りを楽しんでおいで」


 ジェイドはしばらくアイリーンの歌を聞いていたが、家に帰るとライラヴィラに告げて転移魔法で消えていった。

 

 アイリーンの出番が終わると、ライラヴィラは彼女を探して広場のイベントの出演者の集まる楽屋裏へと足を伸ばした。舞台裏に設置されたテントのなかで、折り畳み椅子に座って休んでいる彼女を見つけて声をかける。


「素敵な歌だったわ。久しぶりに聞けて良かった」

「ちょっと失敗しちゃった」


 アイリーンははにかんで自分の頭を()でた。


「あら、彼女がリーンの秘密の友達?」

「そうよ、秘密で、自慢の友達」


 ギター弾きの男が声をかけてきたので、アイリーンが答える。もう一人のカホンをたたいていた男もライラヴィラを見た。


「秘密というより、特別って感じがする」


 ライラヴィラは持ち上げられて照れ臭かった。

 外は夕日が落ちてきて薄暗くなっていた。舞台の方では曲芸師の巧みな演技と、それに合わせて吹奏楽器の派手な演奏が続いている。


 アイリーンが出番が終わったから打ち上げしようと提案してきた。ライラヴィラは彼女の友人がいたので遠慮したが、彼女がライラヴィラの腕を(つか)んで離さない。そのままトステルの町に直通で繋がっている魔法陣を抜けて『いつもの居酒屋』へ連れて行かれた。



 ◇ ◇ ◇



「はじめまして、ライラヴィラです。ライラと呼んでください」


 初対面の音楽家に向かって、とりあえず名乗った。

 アイリーンは今日は個室を予約してあるのだとご機嫌だった。

 ギターの彼はブルーノ、カホンの彼はジャンと聞いた。


 着席するとすぐに注文を聞かれたのでライラヴィラは白ワインをハーフボトルで頼み、他の三人はエールをジョッキで頼む。

 店員はアイリーンをよく知ってるのか、今日はいい歌声を聴かせてくれたからサービスだよと言って、小鉢の料理をいくつか持ってきた。


「ライラ、今日は敬語とか無しよ。秘密の酒盛りだからねっ」


 アイリーンは運ばれてきたエールを飲み始めると徐々に声が大きくなり、頬に赤みをさして宣言する。


「ライラは全然酔わないから、いつもみんなの世話役なのよぉ」

「リーンってば、今日はお世話はしないよっ。それに第一なぜ秘密なの?」

「だって私、ブルーノとジャンに魔族の友達がいるって、ぶっちゃけたもーん!」

「ええええぇっ!」


 ライラヴィラはアイリーンから予想外の返事を聞いて驚いた。彼女がこんなに口が軽いとは思わず、顔をしかめる。


「あなたがその噂の友達って、見てすぐに分かった」


 ブルーノが当然といったふうに口を開いた。ライラヴィラはやっぱり紅い瞳を隠すゴーグルは着けたほうが良かっただろうかと、少し後悔する。しかしそもそも肌の色が一般の人界人とは違う。


「私、元はダークエルフなんで……」

「そもそも、ダークエルフが珍しいけど、それで本当に魔族?」


 否定せず答えたライラヴィラをジャンは不思議そうに見た。


「ほらっ!」


 横から手を伸ばしたアイリーンがライラヴィラの帽子を素早く取ってしまった。


「ちょっと! リーン、返してっ」

「ダメー!」


 アイリーンはお酒がかなり進んでいるようで、悪ふざけが止まらない。

 ライラヴィラの頭にある黒い小さな二本のツノが(あら)わになった。

 ブルーノが興味津々で彼女の頭に生えているものを見る。


「あら、可愛い。そのツノ、見せた方がキュートよ」

「ということは、その手袋したまま食べてるのも、ツメを隠すためなのか」


 ジャンに言われて、ライラヴィラはリネンの手袋を外さざるを得なかった。

 隠していた艶めく黒いツメも顕わになり、左の薬指には絆の指輪がはめられているのも見られることになった。


「ライラ、なにそれ、その指輪っ」


 アイリーンがライラヴィラの左手を掴みとり、自分の方へと引っ張って顔を近づけ、舐めるように指輪を凝視する。


「スッゴイ高そうな黄金のトパーズ! これの贈り主はすぐ分かるわ。アイツだ、アイツ、金の目をした魔族、レグルスね」

「なんで分かるのっ」


 ライラヴィラは急に顔が(ほて)ってきた。

 いつも酒には酔わないのに、今日は調子が変だと戸惑う。

 ——店の熱気だろうか。それにしても暑い。


「だってこれの意味ってさ、金の瞳の俺を、いつも(かたわ)らにってことでしょ!」

「気がついてなかった……」


 ライラヴィラはアイリーンに言われて、金のトパーズにはそういう意味があったのかと感じ入る。しかし目の前の三人には大笑いされてしまった。

 自分の指に輝く黄金色を見つめる。絆の指輪は彼と繋がる紅き光を(たた)える魔導具である。


「言われてみれば、彼は紅いルビーの指輪をしてるわ、それって私の瞳と同じ色だよね……」

「えー! なにそれ、もう結婚するの?」


 ライラヴィラはますます顔面が熱くなり、その言葉に返事ができなかった。

 ——結婚……ミリィが言ってたような。魔界では『真紅の絆』は婚姻関係よりも尊重される二人だと。

 アイリーンは追加のエールをジョッキでグングン飲むと、うなだれて口を開く。


「あぁーみんないいなぁ。ブルーノとジャンも良い仲だし、ライラはいつの間にか彼氏の指輪してるしっ!」

「リーン、今日は悪酔いが過ぎるわ」


 ライラヴィラはアイリーンにグラスに入った水を差し出しすが、酔いつぶれた彼女はグラスを手にしようとしない。

 ちらりと向かいに座っている音楽家の彼らへ目をやると、困ったもんだねと答えつつ互いに見合わせて苦笑いしてくる。ふたりはそういう仲なのかと、漂う甘さのある雰囲気に納得がいった。同性のカップルは特に珍しくはないが、ライラヴィラがそういうふたりに会ったのは初めてだった。


「私の好きな人は勇者よ、勇者。どうしたらいいのよ。いっつもすぐどこかに出かけちゃうし、このまえはボロボロになってさ、治癒師(ヒーラー)の私の魔力が空になったわっ」

「リーン、ライラの言う通りよ、そろそろノンアルコールで」


 ブルーノが強引にリーンの手に水の入ったグラスを握らせる。


「でも私は彼のためになら全魔力を差し出すわ……」


 首が揺らいでいたアイリーンは瞼を閉じてテーブルに伏せてしまった。すぐに寝息が聞こえてくる。


「何かあったのかな」


 ライラヴィラは酔って寝てしまった彼女が心配になった。そっと彼女の頭を撫でて、密かに酔い覚ましの治癒魔法(ヒーリング)を流す。


「リーンってサンダリットから魔界へ行ったりしてるみたいだけど、ライラは知ってるか?」


 ジャンに率直に聞かれたが、彼女がどこまで友人たちに魔界のことや、クロセルとの戦いのことを話しているのかライラヴィラにはわからない。


「よく、知らない」


 彼らには嘘をつくしかなかった。


「ライラはリーンが好きな人のこと知ってるのよね?」

「それは、まあ。多分ジェイドかな」


 ブルーノにも聞かれたので、それには正直に答えた。彼女がジェイドを助けてくれと傷だらけで魔界まで頼みに来たことや、人界での戦いの後に全力で彼を治療したことなど。ライラヴィラにはいろいろ思い当たることがあった。


「そのジェイドって勇者は脈アリなのかな」

「ジェイドも多分、リーンのことが好きだよ。戦いに巻き込みたくないって彼の口から聞いたことがあるから。今日もずっと広場で歌うリーンを見つめてたよ」

「なんだ、それなら早くくっついてしまえばいいのに」

「サンダリットは色々あったから、個人的なことはなかなか……ふたりがゆっくり話したりできればいいんだけど」


 ライラヴィラも二人が結ばれることは大賛成だった。

 でも恋愛のアレコレは他人が介入するのは難しいものだと、溜息(ためいき)が無意識に漏れる。


 アイリーンが目覚めそうにないので、飲み会はお開きにした。

 ライラヴィラは眠ったままの彼女を風魔法で包んで浮かせ、アイリーンの住んでいる治癒院まで転移魔法で直接移動した。

 一階で暮らしている院長ジョルジュに挨拶だけする。親友を魔法で浮かせて運びながら二階に上がり、そっと彼女をベッドに寝かせて毛布を掛けた。安全のための戸締りの魔法を施してからライラヴィラはモニカの宿へ戻った。

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