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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第十四話 紡がれし紅き絆
72/225

14ー3 儀式

 人界の湖のほとりから魔界に戻ってきた、翌朝。

 ライラヴィラは殆ど眠れず、夜明け前から魔王の執務室で過ごしていた。

 テーブルの上にレグルスから受け取った指輪の箱を開けて置いたまま、彼と向かい合うかのようにソファーに座る。


 ——立派な指輪。中央の石は私の瞳にそっくり。

 不思議な魔力を帯びている。きっと錬金術が施されたものだろう。


 これが『真紅の絆』の儀式に使われる指輪。

 まさか……彼と。そうであった両親のように?

 本当に私でいいのだろうか。

 私の身体が勝手に紅く反応してるだけじゃないの?

 自分の彼を求める欲望に恥ずかしさを覚える。

 

「おはようございます」


 侍女長ミリィが大魔王のための朝食を運んできた。押してきたワゴンから執務室の机の上に皿を並べ、保温器具から出された料理を盛り付けていく。

 ライラヴィラは彼女には目もくれず、小さな箱を見つめたまま呆然としていた。


「レグルス様とお会いになられたのですね」


 何も言わない大魔王にミリィが声をかけてきた。


「なぜ、わかるの……」

「昨日よりも強く紅化(こうか)されているからです」

「そう」


 ライラヴィラはそれ以上言葉が出なかった。

 ——やっぱりミリィはツメやツノの変化に気がついていた。

 それはそうだろう。こんな近くでいつも自分の身の回りの世話をしてくれてるのだから。今はこの鮮やかな紅さだ。分からない方が不自然だろう。


 ソファーから立ち上がり机の前に座ったが、彼女が用意してくれた食事はひとくち、ふたくち入れただけで、それ以上は喉を通らない。


「陛下、いえ。今は『姫様』と、お呼びさせてください」


 ミリィがテーブルの上に置いてあった小さな箱を手に取った。開けられたままの箱には紅い宝石がはめられた指輪が鎮座している。


「魔族の女子は皆、この指輪に憧れるものです。姫様は人界でお育ちになりましたので、『真紅の絆』の事はご存知なかったと思いますが。(わたくし)も絆の指輪には憧れたものです」


 彼女は箱をそっとテーブルの上に戻した。


「絆の発熱まであまり時間がないと思います。姫様は魔王様の記憶を無くしても良いのですか?」


 ライラヴィラはミリィに問われ、失われていた記憶に心が(きし)んだ。


「それは、もう、嫌……!」

「でしたら、お返事すれば良いだけです。この指輪に自らの想いと魔力を込めて、誓いの谷で儀式をすれば、紅き光が二人を永遠に繋ぎます。魔界では結婚よりも強い繋がりの二人とされ、何よりも尊重されます」


 そしてミリィは部屋の扉の方へと向かったが、振り向いて付け加える。


「ご両親のリーヴィー様とランダステン様がそうであったように」


 彼女は静かに部屋を出て行った。

 

 執務室でひとりっきりになったライラヴィラはまだ悩んでいた。


 ——こんな恐ろしい姿の、異形のヒトではない私でもいいのだろうか。

 彼に負担をかけてしまうかもしれない。

 自由に輝く彼を縛ってしまうかもしれない。

 お互いの立場もある。彼はソレイルヴァの魔王で、私はスペランザの魔王。

 ……でも。

 彼が、こんな私でもいいと、言ってくれるなら——。

 

 

 

 ライラヴィラは、箱から指輪を取りだした。

 

 

 

 時間が過ぎ、魔界の月が放つ光を黄金(こがね)色に変えて時を告げる。まるで彼の瞳のようだと、その彼のもとへ行くのだと心が浮き立つ。


 ライラヴィラは白いレースが重なり合う膝丈の清楚なワンピースに着替え、白いヒールを履いた。侍女長ミリィが部屋に持ってきてくれたのだ。前に衣装合わせしたときは彼の前でこれを着ることになるとは考えてなかった。

 背中が大きく開き、黒い羽根と尾は自然に出せるようになっている。

 誓いの谷へ行かれるならばと、いつもの魔王の服では勇しすぎると言われた。


「少し、お飾りしましょう」


 ミリィが髪を櫛ですいて整えた後、横髪を編み込んで止め、白い花を幾つか飾りつけてくれた。


「お綺麗ですよ、姫様。何だか娘を嫁に出すような気持ちです」

「ええっ、べ、別にっ、城を出て行ったりはしないわよ?」


 ライラヴィラが慌てて応えるとミリィに笑われた。

 彼女から絆の儀式について簡単に教わった後、左の薬指に魔力と想いを込めた絆の指輪をはめた。

 指輪のサイズは大丈夫なのだろうかと思ったが、これは勝手に大きさが変化して合うように出来てる魔導具だと、ミリィから聞かされた。

 身支度が整うと侍女長に見送られて、ライラヴィラは城のテラスからひとり飛び立った。




 深淵の里ムスタへと向かう途中にある『紅き誓いの谷』の近くでライラヴィラはふわりと降り立った。

 周りは薄暗く、闇の深淵がほど近いのがよく分かる。

 以前レグルスとここに来た。

 ここが両親が結ばれた場所なのだと、その時に幻獣ロイから聞いた。


 少し歩くと、急に周りの色合いが変わった。

 赤く燃えるように輝く樹々と、それを映す大きな湖面。

 あちこちに多様な色の花が咲き乱れる。

 優しい風が身体の脇を撫でていく。

 魔界の夕月が空気を紅く染め上げた。

 

 向こうの大きな岩が二つ並んだ場所、その岩にレグルスが軽くもたれて腕を組み、こちらを向いて立っていた。

 黒く金線で装飾された長いマントの下に、白いブラウスと黒いベスト、黒い細身のスラックスに膝までのブーツを履いていた。

 彼の左の薬指には金色の石が入った指輪があった。

 

「ここへ来たということは、良い返事だと受け取る」

 

 彼は左の手のひらを上に向けて差し出した。

 ライラヴィラは頷き、無言で右手をそっと乗せた。

 指輪の輝きが合図するかのように交互に瞬く。

 ふたりは巨石が門柱のように並ぶ結界の向こうへと歩いていった。

 

 誓いの谷の内側は不思議な気が満ちていた。

 六属性の精霊の魔力全てが混ざったような、力強くて何かに守られている感触。


「通れたってことは、間に合ったらしい」


 レグルスがホッとしたように言った。ライラヴィラは彼の方へ向いて確認した。


「もしかして発熱のこと?」

「そう。この結界の中なら大丈夫だ。精霊の守りがある」

 

 ライラヴィラは目の前に広がった紅く染まり上がった花畑を見た。

 ふたりは更に奥へ進み、古めかしい岩でできた祭壇の前に立った。

 中央に大きな石碑のような岩、そしてまわりに六本の細長い岩が巨石を取り囲んでいる。岩の根元から噴き出すように七色の花が地表を覆い、咲き誇る。


「ここで絆の誓いを立てる。そして指輪を交換すればいい」


 魔界の風習を知らないライラヴィラのために、レグルスは説明した。

 彼は彼女の手を離し、一歩下がった。

 祭壇の前で二人は向き合う。

 彼は指輪のはめられた左手を胸元にあてて宣言する。

 

(われ)、レグルス・サン・ワール・ソレイルヴァは、ここにいるライラヴィラとの真紅の絆を誓う」

 

 彼女も彼の宣言を聞いて、自分も同じように指輪のある左手を胸元に当てた。

 

(わたくし)、ライラヴィラ・アズ・レイ・スペランザは、ここにいるレグルスとの真紅の絆を誓います」

 

 誓いの宣言が終わると二人の指輪がひとりでに外れた。

 絆の指輪が浮かび上がり、紅き光で包まれ、その間に光線が結ばれる。

 ライラヴィラの左の薬指に、先ほどまでレグルスにはまっていた、黄金のトパーズがついた指輪がひとりでにはまった。

 レグルスには、ライラヴィラのつけていた真紅のルビーの指輪がはまった。

 

「ありがとな……」


 レグルスはライラヴィラのほうへ進んで彼女を抱き寄せ、ゆっくりと深く口づけをする。彼女もそっと彼の背に腕を回した。

 

 どれくらい抱き合っていたのだろうか。

 彼はライラヴィラを抱きかかえて空を飛んだ。彼女はレグルスの肩と背中に腕を回す。

 あっという間に足元に谷の紅さが遠のいた。

 二人のツノとツメ、彼女の瞳が真紅に輝き、彼の瞳も黄金に輝いた。

 すっかり月が落ちていて、深い藍色の広がる星空になっていた。

 

「最初の紅化から八年か、長かったな……」


 レグルスが深く優しい声で語りかけてくる。


「うん……」


 ライラヴィラは静かに応えた。


「空の下に広がる魔界の街の灯りは、変わらず綺麗だな」


 彼は上空で静止し、辺りを見回した。

 彼女も周りの景色を眺めた。

 レグルスは抱きかかえたライラヴィラを見つめ、語り続けた。

 彼のマントの裾が風に揺れる。

 

「おまえの姿が変わっても、ヒトじゃなくなったとしても。

 俺にとって、それはちっぽけなことだ。

 ライラは、いつも通りで綺麗なまま。

 応えてくれて、感謝してる。

 これからもずっと。よろしくな」

 

 ライラヴィラは彼が自分の悩みを全て分かっていてくれたことを知った。

 どうしようもなく涙が溢れた。

 

「私のほうこそ、ありがとう」

 

 彼女は彼の背に回していた腕にギュッと力を入れた。

 

「ずっと、あなたのそばにいたい」

 

 レグルスはライラヴィラを抱えたまま再び空を進んでいった。

 眼下には彼が住まうソレイルヴァの王宮が見えてくる。

 空から見ると複雑な構造をしていたが、奥まったところに小さな別棟の建屋があった。彼はその建屋へとゆっくり降りていった。

 

 柔らかい灯りが足元に並ぶ石畳の通路を彼に手を引かれて緩やかな坂を歩く。

 夜空に浮かび上がる白い石柱が並ぶその先にあるのは、誰もいない離宮だった。


 さらさらと水の流れる音がする。ふたりの行く先を導くかのように柔らかい光が奥へ向かって順に灯っていく。その先には星空を映した暖かな泉があった。

 再びふたりは深い口づけを交わす。彼の紅いツメをたたえた指が彼女の頬を撫でた。その指は彼女の指を絡めとり、奥の泉へと促す。


 ライラヴィラはその日、スペランザ城へは帰らなかった。

 

 

 

 

 

 朝の光が差し込む、深淵の里ムスタ。

 二人は揃って魔女ゲルナータの家を訪れた。


「美しき、良き光じゃ」


 魔女はふたりの左手を両手で取り、薬指の指輪を見つめた。


「そなたたちの(まと)っていた紅き絆の光は、指輪(ここ)に収められた」


 二人のツメとツノの色は元に戻っていた。


「全く、ヒヤヒヤしたわい」


 ゲルナータはいつもの子どものような笑顔を向けた。


「ライラヴィラ、いつもは統治者たる大魔王の勇ましい格好をしておるが、時々はそういう服も着ればいい。素の自分になる時も必要じゃ」


 そう言われてライラヴィラは照れ臭かった。

 彼女は昨日ミリィが用意してくれた、白いレースのワンピース姿のままだった。ただ髪飾りは外され、編まれていた髪はいつものように下されている。


「師匠、俺は? 結構頑張ったぞ? 褒めてくれよ?」

「おぬしはいつも適当じゃろうがっ」


 そして木製の杖で彼の尻を軽くたたいた。


「ちぇっ」


 いつものように魔女にたたかれたところを彼は軽くさすった。


「まあ、及第点はやろう」


 魔女はフフフと無敵の笑いを上げた。

 ライラヴィラは師弟の様子に自然と笑みがこぼれた。


「良かったの。『真紅の絆』の二人が出たのは、おそらく十年ぶりくらいかの。まさか弟子がそうなるとは、こやつがそういう相手と結ばれるとは思わなんだ」


 ゲルナータはご機嫌な笑顔を向けた。

 そして魔女は三冊の魔導書をライラに差し出した。


「これは返しておく。今のそなたなら、おそらく出来る」


 ライラヴィラは小さな老婆から預けていた魔導書を受け取った。


「今なら出来る、とは?」

「これらは触媒に『絆の紅き光』が必要じゃった。そう、リリスは六属性の魔力と絆の紅き光を合わせて、虹色の光『アイリスフィア』を生み出すのじゃ。これはレグルスからの情報を得ての結論」


 ライラヴィラはザインフォートの書庫にあった書物の記述を思い出した。

 確かに、書いてあった。

 何ということだろう。


「そなたがリリスと()りし時、二人から紅き光が輝くのをわしは見ておった。アモンの赤黒い光とは違う『真紅の絆』の光。絆の儀式が後になってアベコベになってしもうたが、結果全て良しじゃ」

 

 ゲルナータに促されて、ライラヴィラは魔導書の三つの術式を起こした。

 魔法陣が赤き光で結ばれて重なった。

 その重なりし円環がライラヴィラを取り巻いた。

 七色の光に包まれたかと思うと、彼女は小さなツノの魔族に戻っていた。

 大きな羽根と長い尻尾は綺麗さっぱり消えた。

 ツノは短くなり、青銀髪から少し先が見えているだけになった。


「ああ、身軽!」


 背中にあった質量が無くなってライラヴィラはくるりと回ってみた。

 喜ぶ彼女をレグルスは満足気に見ていた。


「小さいツノ、可愛いんだよな……」

「えっ」


 ライラヴィラは胸元の鼓動が跳ね上がり、顔は沸騰した。


「でも、リリスのおまえも、綺麗で格好良いぞ」


 こういうことを横目で言う、彼の念押しがもう、だめ。


「あ、ありがと……」


 ライラヴィラは熱い顔を(うつむ)けた。


「今日は許すが、そういう言葉は人のいない所で言え」


 ゲルナータは呆れて家に入ってしまった。




 転移魔法でスペランザ城へ、ふたり一緒に戻った。

 侍従長ベルントと侍女長ミリィ、全然顔を見せてなかった兵士長アレックスや衛兵長ノーラ、絆の指輪を製作した鍛冶師マウニ、普段身の回りのことを手伝ってくれてる従者たちが城内のロビーで出迎え、勢揃いした。


「お帰りなさいませ。そして、おめでとうございます」


 ベルントが深く礼をした。

 他の侍従たちも彼に倣って礼をした。


「ありがとう。姿もやっと戻ったわ」


 ライラヴィラは久しぶりに従者の皆と顔を合わせられて嬉しかった。

 城に居る時のリリスの孤独感は半端なかったのだ。

 

 ベルントとミリィがレグルスの前へ進み出た。


「魔王レグルス様、ライラヴィラ陛下を、『真紅の絆』のもとに今後ともよろしくお願い申し上げます」


 二人はレグルスにゆっくり丁寧に礼をした。

 ライラヴィラはその時にベルントとミリィ夫妻の思いに気づいた。

 二人は自分のことを、実の娘のように思っていてくれてたのだ。


 ミリィは城を出る前に娘を嫁に出すようだと言ってた。

 ベルントは何も言わないけど、父親のように見守る視線はきっとそれ。

 亡くなった両親からスペランザと国を継ぐ姫の世話を引き継いで二十年。

 あまりにも過酷な長い年月だったはず。


「こちらこそ、彼女共々、今後ともよろしく頼む」


 レグルスも、なんと礼をした。

 俺様魔王でいつも威張ってるのに。頭を下げるのを見たのは初めて。

 きっと彼もベルント夫妻の思いに気づいたのだろう。

 ライラヴィラは涙が止まらなくなった。


「なんでおまえが泣くんだよ、泣き虫め」


 彼は呆れつつもそっとハンカチを渡してくれた。

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