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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第十四話 紡がれし紅き絆
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14ー2 絆の願い

 レグルスとの本当の出会いの記憶が蘇ってから、五日経った。


 ライラヴィラは最上級魔導師(マスターソーサラー)でもある侍女長ミリィに手伝ってもらい、守護者リリスの力を調整したり封印するための十数種類の術式を考案した。

 あとは実際に魔法を走らせてみて、使えるかの実験をしなければならない。

 城の地下にある普段使ってない広い部屋でその実験をすることにしたので、ミリィと一緒に向かった。

 通り道にある武器庫兼、鍛冶作業場で、ライラヴィラは魔王レグルスの姿を見つけた。


「うちの鍛冶場に来るなんて珍しいね」

「ああ、ここの鍛治師マウニに用があった。さっき終わったところだ」


 レグルスは振り向いて満足気な笑みを浮かべる。どうやら鍛冶師とのやりとりで良いことがあったのだろう。


「時間あったら、少し手伝ってくれないかな」


 ライラヴィラは彼にリリスの覇気を抑えるための実験をする話をした。まだ未完成で魔法が暴走する可能性があることも説明する。

 それは大事なことだと彼は快く引き受けてくれた。早速、三人揃って魔法実験へと向かった。

 

 スペランザ城の地下にある広間はシェルターとなっており、万が一の時に城下の民が避難できる設備があるのだとミリィから聞いた。それは民を思う亡き両親の思いから、築城時にあらかじめ設計されたのだという。


「この部屋は先日、いくつも落ちてきた光の刃が刺さっても崩れない強度がございます。スペランザには城郭の結界がありますが、更なる脅威に備えるためだとランダステン様から聞き及んでます」

「父さまはもしかして『天主』に備えるために?」

「それは分かりません。亡き魔王様の『洞見の魔眼』でご覧になったこと、全ては打ち明けてくださいませんでしたので」


 ライラヴィラは『遠望の魔眼』であった亡き大魔王ザインフォートも、親友レグルスに何も話さなかったと、彼から聞いたのを思い出す。魔眼の力とは、それほどまでに周囲に影響するのだろう。自分の『覇者の魔眼』も扱いを間違えれば、人々を心無い傀儡(かいらい)にしてしまいかねないのだ。


 広間の中央に立ったライラヴィラは安全のため、その場にいたレグルスとミリィに少し下がってもらった。リリスの覇気を封じる手掛かりである三つの魔導書の術式を、先ずはひとずつつ単独で起こす。


「どれも単独でも高度ね、でもこれらを同時に起こせないと」


 次は三つの術式を順に重ねて立ち上げる。

 魔法が共鳴し合い、城の建屋が底から揺れて地鳴りが(とどろ)く。

 ライラヴィラは危険性を感じ、慌てて術を閉じた。


「うーん、威力が……」


 ライラヴィラはもっと魔法の練度を上げないと無理だと察した。このままでは三つの魔法でリリスの覇気を封印できたとしても、周囲を物理的に破壊したり人に害が及ぶ可能性が高い。


「そもそもこれら三つを同時に立ち上げられるだけでも、相当な魔力と技術です」


 魔導師(ソーサラー)でもあるミリィも同じ術式を試してくれたが、同時にふたつまでが精一杯だった。


「何かが足りない気がする」


 ライラヴィラはあらゆる方式を考えたが、結論が出なかった。レグルスも彼女の術をずっと見守っていたが、これでは無理だろうと同じ結論を述べた。


「これからザインの書庫に行ってくるから、何か見つけたら連絡する。この術のヒントが他にあるといいが」


 レグルスは何かあればいつでも呼んでくれと告げて、転移魔法でその場から消え去った。

 今日はここまでかと実験は中断することになった。




 ライラヴィラは自室に戻り、部屋着に着替えた。

 鏡をそっと覗く。

 ツメが更に紅くなり、ツノまで紅いような気がした。


「ますます異形の怪物……」


 (つぶや)きと、深いため息が漏れ出る。それに常に無自覚で放たれる覇気。

 これでは魔界でも化け物扱いされそうだと、彼女は落ち込んだ。


 ——侍従たちはベルントとミリィしか来ないし、たまに報告に来てた兵士長アレックスや衛兵長ノーラは全く見てない。

 レグルスやミリィには何も言われなかったけど、多分、気がついてるかな……。

 せめてこの目立つ紅い色だけでも消したい。



 ◇ ◇ ◇



 翌日、ライラヴィラは深淵の魔女ゲルナータの家を訪ねた。昨日の実験について助言を貰いたかったからだ。


「よく来た」


 いつもの子どものような笑顔で迎えてくれた。


「先日はご迷惑をおかけしました」


 ライラヴィラは魔女の家で色んなものを壊してしまったことを、先ず詫びた。


「なあに、あの程度のことは日常茶飯事。気にするな。それより今日は身体の使い方が良くなっておるな」

「レグルスが特訓してくれました」

「そうか。それは良かったの」


 小さな魔女は(うなず)いて、目尻を下げる。

 ライラヴィラは三冊の魔術書をゲルナータに示した。


「実はこの術式の統合のことで、相談があります」


 リリスの覇気を抑え、普通の人とも会える状態になりたいと魔女に伝えた。

 深淵を見守る彼女なら、何か良い方法を知っているかもしれない。


「ふむ、見てみよう」


 ゲルナータは三冊の魔術書を一面に広げ、同時に風の力で素早くめくって中身を確認した。


「これはしばらく預かろう。今のそなたでは無理がありそうじゃ」

「何かが、足りないのですね?」


 ゲルナータは頷いたが、答えてはくれなかった。


「それはそうと、そなた、紅いな」


 魔女はライラヴィラの手を取った。彼女は角度を変えてツメを眺める。


「あ、あの……これ、消せないんでしょうか」


 いい機会だと、紅いツメのことも思い切って相談してみた。

 すると魔女は眉をひそめて首をかしげる。


「これを消したいなど、おかしなことを言うのぉ」


 その態度はライラヴィラには不可解だった。


「出来ないのですか? 私、せめてこれを消して、これ以上……恐ろしい見た目になるのは……」


 ライラヴィラは少し苛立(いらだ)った。こんなに紅いのが目立つのに、自分の言うことがそんなにおかしいのだろうか。


「こんな姿だと、人界(ライトガイア)の伝説に伝わる『異形の魔人』そのままだから、何とかしないと……。自分からは人に全然会えないし、そうでなくてもリリスの力のせいで人から避けられてしまう……」


 ゲルナータは怪訝(けげん)な顔のままで疑問を返してきた。


「そなた、レグルスから何も聞いておらんのか?」

「え?」


 ライラヴィラは何故(なにゆえ)これが彼と関係あるのかと思った。

 その時。


「師匠、こっちにライラが来てないか?」


 まさかの本人が魔女の家に現れた。

 彼の姿を見た時、ライラヴィラは気がついてしまった。

 ツメの紅さが更に強くなったのを。


「あ、私、また来ますね!」


 ——こんなに紅いの、彼には見られたくない!

 ライラヴィラは慌てて転移魔法で消えた。

 

「おぉいっ! ライラヴィラ! 待たんかーいっ!」


 ゲルナータが慌てて声をかけたが、間に合わなかった。

 レグルスは部屋の中へと小走りで入る。


「ライラがいたのか?」


 そう言うレグルスにゲルナータは杖でいつものポカ殴りをした。


「馬鹿者っ!」


 魔女はレグルスを思いっきり(にら)んで怒鳴る。


「まだ彼女に『真紅の絆』の事を伝えておらんな! 何をやっておる!」

「師匠っ、物事には順序ってものが!」


 慌ててレグルスは懐から小さな箱をふたつ取り出した。


「さっき完成したとマウニから連絡を受けて。これからライラに言うつもりだったんだ」

「さっさと彼女を追いかけんかっ! おぬしもそこまで紅くなっておったら、発熱まであまり時間がないぞっ」


 レグルスは魔女の家から出ると風魔法を(まと)い、猛スピードで飛んだ。


 

 ◇ ◇ ◇



 ライラヴィラは慌てて転移した場所がスペランザ領だったので、大急ぎで離れようと飛空魔法で飛んだ。

 ——誰かに今のリリスの状態で会うと、絶対に迷惑をかけてしまう……でもどうすればいいのだろう。

 ライラヴィラはスペランザ城に戻り、地下のミラリスゲートから人界へと向かった。まさかここまでは彼も追いかけてこないだろう。

 

 ゲートを抜けると、行き先として固定してあった場所、大賢者ハニンカムの住居近くの山岳地帯だった。山頂はまだ雪が残っていて、冷たい空気が漂う。

 ライラヴィラはハニンカムがいつものように遠くで(たたず)んでいるのを見つけた。

 レグルスが追いかけてくるかもしれないと思い、彼には何も言わずに飛び立った。しかしハニンカムは彼女の方へと身体を向き直り、不思議な声色で(ささや)いた。

 

〈何を恐れる? 自分に嘘はつくな〉

 

 その小さな声が不思議と彼女の頭に響いてくる。

 ——何をって……。

 傾いた太陽が向こうに小さく見えるハニンカムを照らす。

 ライラヴィラは彼に背を向け、人界の空をリリスの漆黒の羽根で飛び立った。

 

 ただ無我夢中で飛んだ。飛空速度があまりにも早く、人の目には留まらない。

 リリスの莫大な力は広大な人界を渡る時間を十分与えてくれる。以前なら飛空魔法で時々休憩しつつの移動だった。しかも飛びっぱなしでは魔力が尽きてしまうため、こんなに遠くの距離を飛ぶことはなかったのだ。


 気がつくと、彼と再会した、あの湖のほとりだった。

 湖面が月光に(きら)めき、早春の光を(まと)った花があちらこちらで咲いていた。

 すっかり辺りは夜が更けていた。

 

 人界の満月が姿を湖面に映す。そこに立つは闇の深淵の守護者リリス。

 ——ああ、やっぱりこの姿は異形の化け物。長く伸びた黒いツノと、広がる大きな羽根、そして長い尻尾まである。

 しかも今はツノもツメも紅く輝く。元からの真紅の魔眼も相まって、恐ろしさが加算される。

 

 レグルスに会う度に紅さが強くなっていった。

 どうやらこれは彼に関係あるらしい。

 ただ彼がこんなにも好きなのだと、自覚しただけなのに。

 どうして紅くなってしまったのだろう。この世界は意地悪だ。

 



「見つけた」



 

 声が聞こえて、紅くなった原因の人が空から降りてきた。

 ——ああ、見つかってしまった。

 きっとリリスの覇気のせいだ。魔王の彼なら探知して追いかけられる。

 ライラヴィラは彼に背を向けた。もう逃げても無駄だと全身を堅くする。

 

「おまえなぁ、人の話は最後まで聞け」


 レグルスの声は言葉とは裏腹に全く怒ってなかった。

 いつもの優しい声。


「ザインの書庫に行った時に、ソフィーが心配してたぞ」


 彼の影が近づいてくる。湖岸の砂利が音を立てる。


「おまえに絆の光が見えたって、言ってた」


 彼が真後ろに立った気配を感じた。

 

 


「俺だって、こんなに紅いのに」

 


 

 レグルスに羽根の生えた背中側から腕を回され、抱きしめられた。

 自分を抱く彼の手のツメも真紅の輝きをたたえている。

 

「おまえ、自分の両親が『真紅の絆』なのに、なんで自分のは気がつかない?」


 レグルスはライラヴィラを強く抱きしめたまま、彼女の耳元でそっと語った。


「いや、遅くなった俺が、悪いのか」


 彼は懐から小さな箱をひとつ出して、背中側からライラの目の前にそっと差し出した。箱を持つ指先は紅く照りを返す。


「もしも俺と『真紅の絆』になってくれるのなら。これに自分の魔力を込めて、明日の夕方に『誓いの谷』に持って来てくれ。もうあまり時間がないから」

「時間が、ないって?」


 ライラヴィラは小さな箱を見つめて尋ねた。


「このツメとかツノの紅いのは、『絆の紅化(こうか)』と言う。

 ごく稀に魔族に起こる現象で、二人の互いへの想いの強さと、精霊の意思で起こると言われている。

 紅化には期限があって、このまま放置しておくと高熱を発して倒れてしまう。

 倒れたらもうずっと寝たままか、目覚めても互いの記憶が無くなってしまう」

「記憶が、無くなる?」

「そう。俺もおまえも、八年前に互いの記憶を一度無くしたんだ。俺はつい最近、全て思い出した。この場所でおまえと一緒に風の精霊の祝福を受けたな」


 ライラヴィラはもう一度、目の前に箱を差し出した彼の手のツメを見た。黒かったはずなのに真紅に染まっている彼のそれは、自分を想う(しるし)なのだと。

 そして自分のツメも同じ色をたたえて、心底から彼が愛しいのだと示している。


「私も最近思い出したわ……でも高熱を出したのは、覚えてない」

「ああ、八年前はおまえが先に、突然ぶっ倒れたからな」

「そうだったの……」

「なぜ混血のおまえが紅化したのか分からんが、おまえの母親はそもそも魔族の血は入ってないよな。精霊の気まぐれはよく分からん」


 レグルスはもう一度、ライラヴィラの目の前に小さな箱を見せつけた。


「それで、受け取ってもらえるのか、これ」


 ライラヴィラはその中身が何なのか、予測がついた。

 彼が何度か、城の鍛冶師マウニのところへ来ていたから。

 両親のものもマウニが製作したと聞いていた。

 そっと、箱を手にした。

 レグルスがライラヴィラを背中から抱きしめていた腕をゆっくりと離す。


「じゃ、明日の夕方、誓いの谷な。前に一度行ったことがあるだろう。もしも気が変わって俺と絆になるのが嫌なら、それは捨てていいし、来なければいい」


 レグルスは転移魔法陣を敷いた。


「俺は、待ってる」


 彼はあっという間に消えてしまった。

 

 ライラヴィラは渡された箱を慎重に開けた。

 真紅のルビーの入った精緻な細工の指輪だった。

 内側には自分から彼へと、名前が古代魔界文字で刻まれてあった。

 捨てる気にはなれず、それを大切に持ったまま魔界へ帰った。

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