十四歳 早すぎた絆
──数日が過ぎた。
賢者のジジイは家を空けることが多かった。俺とライラはふたりで留守番。賢者に依頼されていた薬品の調合を代わりに行うライラを手伝ったり、一緒に森へ薬草や種実などの素材を取りに出かけたりして過ごしていた。
ライラは俺を描いた絵を仕上げて額装し、嬉しそうに壁に掛けていた。ターバンから覗く黒髪と黄色く塗られた瞳。なんだか照れ臭くて飾るのを止めてくれと頼んだが、その絵はお気に入りだからと彼女は言って、壁から外そうとはしなかった。
賢者が帰ってくると、それを知ったかのように頻繁に客が訪れた。なにやら騎士のような制服を着て帯剣した偉そうな奴や、高そうな服を身に着けた政治家のような奴も見かけた。
そして客が途切れたところで、俺のところにジジイが来た。
いつもと様子が違う。
「レグルスよ、よく聞け。そなたの父が亡くなった」
俺は全身が雷に打たれたかと思った。
「う、嘘だろう? なぁ、親父が死ぬなんて。あんなに強いのに、そんなこと絶対無い!」
ショックで震えが来た俺に、ジジイは話を続けた。
「アモンの大魔王が人界に入った。今夜には人界でも厄災が始まる。魔族のそなたは今のうちに魔界へ帰るがいい。わしもそなたの父の葬儀に参列したいが、この事態じゃ。申し訳ない」
俺はすぐに帰る支度をするように言われ、ジジイの転移魔法で半ば強制的に魔界へ繋がるミラリスゲートの前まで送られてしまった。
俺は親父が本当に亡くなったのか半信半疑でひとり魔界へ帰った。
ライラには別れの挨拶もできなかった。
──俺が魔界に戻って十日。
親父はミラリスゲートの前で大魔王マスティロックとの戦いに敗れたという事実を知った。人界に悪鬼アモンを入れまいとゲートの壁になったそうだ。
魔界の魔王としての責任感からの行動だったのだろうと、それが親父らしいなと思ったが、誇りに思っていた親父が亡くなったショックは大きかった。
葬儀は国の支配者である魔王の崩御であるにもかかわらず、悪鬼アモンに敗れたという事情から内々で行われた。
そして親父の遺言状が臣下たちの立会いの下で開示された。
まさか俺が親父の後を継ぎ、次のソレイルヴァの魔王になるようにと直筆で指名されていた。何かの秘術が施された血判まである。
俺はまだ成人もしてないのに。
年の離れた姉貴と兄貴からも話があった。
次期魔王が指名されたのは、俺がわずか十歳の時だったと。姉貴たちには四年も前に知らされていた。この遺言状が書かれるときに姉兄は立ち会ったのだと。
だから悪鬼アモンの厄災が起こった時、俺だけ人界に避難させられたという。
親父、俺を買い被りすぎだろ。でも遺言は絶対だ。これが執行されなければ国に厄災が起こる呪術がかかっているらしい。
俺は親父の喪が明けたら、すぐに戴冠することになった。
──親父の葬儀からひと月が過ぎた。
俺は挨拶もせず別れた、あの人界のダークエルフ、ライラのことがいつも気になっていた。
自分が魔王の息子だということを黙ったままだった。
別に言わなくてもいい。
でも俺が魔王になったら、そうそう会えなくなる。
……会いたい。
俺は無理を言って姉貴たちに頼み、一人で人界のあの村へ赴いた。
転移魔法を身に着けた俺は、ミラリスゲートを抜けるとすぐに目的地に到着できた。緊張しながら賢者の家の扉をノックした。彼女は居るだろうか。
「あっ」
出てきたのは当の本人、ライラだった。
「こんにちは。爺さまはもうすぐ帰ってくるわ。待ってて」
俺は彼女に促されて家の中へ入った。
ライラはいつも通り、お茶を入れてくれた。
今日のは珍しく普通の紅茶だった。
そして俺が座る椅子の斜め向かいにライラも座った。
「爺さまから聞いたよ。あの、レグルスの父さまのこと……亡くなったって」
そしてライラは瞳を閉じて俯いた。
「ああ。俺、今日はライラに話をしに来た」
彼女が顔を上げた。不安に揺れる赤い瞳は俺を見つめてくる。
びっくりするだろうけど、言わなければいけない。
「俺、色々黙ってたけど……来年早々に親父の後を継ぐことになった。もう会えないかもしれない」
「ええ? レグルスの父さまって何してる人なの? 継ぐって? 会えないのはどうして?」
ライラは疑問符をたくさんつけて聞いてきた。そりゃそうだろう。本当のことは何も言ってなかったんだから。
「親父は魔界の魔王だった。俺はその後を継いでソレイルヴァの魔王になる。だから、もう多分会えない」
「それ、本当なの?」
ライラは信じられないといった顔をしていた。
驚くのは当然だ。人界の連中から見ると、魔界の魔王なんて宿敵だろうし。
たまたまここに住むジジイは魔族のことを『交流すべき相手』として尊重してくれていたが。それは親父から聞いていた。だから魔王であった親父もジジイに時々会いに来ていたのだろう。
「本当。嘘だと思うならジジイに聞けばいいだろ」
目の前の少女は黙った。
でも少し経つと、彼女は強い表情に変わって口を開いた。
「あなたが人界に来られないなら、私が魔界に行けば会えるよ。そうするよ。だって爺さまも、たまに魔界に行ってるみたいだから。連れてってもらうよ」
「おまえって、ほんと強いなぁ」
ライラの言葉は真っ直ぐで、俺はなんて弱気だったのだろうと思わされた。コイツならきっと本当に魔界に来てしまうだろうとも予想できる。
扉の開く音がして、賢者のジジイが帰ってきた。
「レグルス、来ておったのか。アモンの大魔王、マスティロックは討伐が為されたぞ」
「本当か!」
「こんな冗談は言えん」
一昨日のことだと教えてくれた。討伐した者の名は十八歳の巨人族の戦士ディルクだと聞いた。まさかそいつと直接対峙することになるとは、当時の俺は予想だにしなかったが。
親父の仇を討つと葬儀で宣言した俺だが、他の誰かが討伐したのは良かったと思った。あの暴君マスティロックを倒せる奴がいるとは、人界の連中も大したものだと感心した。
賢者のジジイが何かを気にしたように俺たちを見た。鋭い視線が向けられる。
「二人とも、手を出してみなさい」
俺とライラはテーブルの上に手を出した。
言われて気がついた。
自分の黒いツメが紅みを帯びている。
隣に出された手を見たら、ライラもツメの色がエルフにしては濃く紅っぽくなっていた。
「二人で手を繋いでみなさい」
俺は言われた通りにライラと手を繋いだ。
するとそのままでジジイは俺たちの手を見た。
俺も見た。
ツメの紅いのが更に濃くなった。ライラのツメも真紅に染まる。
「まさか」
賢者はそう言ったかと思うと、ライラがふらついて倒れかかった。
「ライラ!」
俺は慌てて彼女を支えた。
ライラの身体が急に発熱していた。
何が起こったのか全く分からなかった。
「いかん、ライラヴィラをベッドに運んでくれ」
俺はしっかり彼女を抱えて、寝室のベッドに寝かせた。
ライラは意識がはっきりせず、高熱でうなされていた。
ジジイが外に出て行ったかと思うと、近所のおばさんらしき人と一緒に帰ってきた。その人がライラを看病するため、つきっきりになった。
そして俺は賢者に手を引かれて、家から外に連れ出された。
「おぬしは魔族だから、これが何か分かるな?」
これとは、俺の紅くなったツメのことだった。
「友人から聞いたことがある。でも『真紅の絆』って本当にあるのか? ただの伝説だろ?」
「今まさしく、おぬしとライラヴィラがそうなっておる」
俺は嘘だと思ったが、ツメはやっぱり紅かった。
「おぬしはまもなく魔王となる大事な身だ。絆の儀式をするには、ふたりとも若過ぎる。今は絆を切るしか無かろう」
「切るって?」
ジジイの言うことが、さっぱり分からなかった。
そもそも『真紅の絆』とは女友だちのソフィーいわく、両想いのカップルが精霊に選ばれた印だと。乙女の憧れだと萌えるような瞳で語っていたことを思い出す。
俺はそんなもの興味なかったし、ただの言い伝えで本当にあるとは全く信じてなかった。
「精霊に働きかけて、わしが術を施して絆を切る。そなたもライラヴィラと同じように高熱が出るから、今のうちに早く魔界へ帰るがいい」
そして小さい声で続けた。それは残酷な事実だった。
「すまぬが、おぬしもライラヴィラも、記憶を失うことになるが、許してくれ」
俺はまた無理やり、ジジイの転移魔法でミラリスゲートの前に送られた。
全く知らない白い賢者が待ち構えていて、付き添われて魔界へ連れて行かれた。
魔界に入った途端、俺は高熱を出してその場で倒れた。
そこからはよく覚えていない。
たた、あいつの名前を何度も呼んだ。
ジジイが言ってたように、ライラのことを忘れてたまるかと。
あいつが俺の、運命の少女だ。




