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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
過去編 運命の少女 side レグルス
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十四歳 初恋

 ──それから二年後。

 

 俺は十四歳になった。

 師匠、深淵の魔女ゲルナータの元での修行は主に闇魔力の扱いだったが、なんとか及第点を貰い、故郷へと戻った。


 俺は魔界で千年以上もの伝統を持つソレイルヴァ王族の血筋なのに、しかも母方の祖母は辺境のヴァンパイア族で闇の力は強いはずなのに、どういう訳か闇魔力が弱かった。だから生まれつき持ってた炎魔力で幼少時はなんとかしてきた。


 それでは俺が困るだろうと懸念した魔王の親父が、俺を師匠に三年間預けたのだった。親父の意図を知ったのは、師匠から及第点を貰ったときだったが。

 二年前に人界で風魔力を得られた事で、俺は三属性の魔力を操る剣士となった。

 

「レグルス、そなたは人界(ライトガイア)へ行け」


 突然、親父に命ぜられた。

 大魔王マスティロックが深淵(しんえん)に完全に侵食され、遂に悪鬼アモンとなって魔界に厄災をもたらした。

 アモンと各地の魔王や猛者たちとの激しい戦闘が、あちこちで繰り広げられてた時のことだった。


「俺も親父と一緒に戦う。人界に行く必要はないだろう?」


 俺は悪鬼(アモン)を討伐する気であった親父が心配だった。


「ダメだ。マティルダとレオノールがおるし、大丈夫だ」


 魔界の魔王の命令は絶対だ。

 俺は書状を持たされ、ひとりで人界へ、あの賢者の家へと向かった。



 ◇ ◇ ◇



「事情は了解した。そなたはしばらくここで暮らすが良い」


 書状に目を通した白髪と白い肌のエルフ、賢者フォルゲルは初めて会った時から全く姿が変わらない。

 だが、ここで賢者と暮らしていたライラはまた背が伸びて、銀髪も伸ばしていた。俺よりも二歳年下で、まだ少し幼い印象の、十二歳の少女になっていた。


 人界で暮らすのは初めてで、戸惑うことが多かった。

 魔界とは違う人界の文字が読めず、ライラから少しずつ教わった。

 逆にライラは二年前から剣術の修練を始めたとのことで、そちらは俺が手本になって教えることがあった。

 俺は常に頭のツノを何かで隠していて、魔族であることをライラにはまだ明かしてなかった。でも特にライラから聞かれる事は無かった。


 ライラから誘われて、町へ行くことになった。なんでも森での収穫物の納品と買い出しのお使いらしい。

 彼女はフードのある大きなコートを羽織り、手袋をして、淡紫(たんし)の肌を(さら)さない格好になっていた。いろんな素材の詰まった大きな魔導カバンを肩にたすき掛けて、慎重に魔法で宙に浮く。


 俺はいつもバンダナやターバンで頭の黒いツノを隠していたが、今日は黒いツメもグローブで隠すことにした。

 二年前に風魔力を身につけた俺たちは、今では飛空魔法で空中を移動できるようになっていた。


「そんなに着込んで暑くないか?」


 俺は十二歳の少女のする格好ではないと、付け加えて言った。


「私みたいな見た目だと、どうしても目立つから……」


 ライラは未だに不自由な暮らしをしているようだった。

 そもそも十二歳なら学び舎にいる年齢だろうし、もっと遊んでいたって普通だ。

 俺はたまたま魔王の家系に生まれたから色々面倒なことをやらされてるが、暇があればザインやソフィーと遊びに行ったりもする。


「おまえ、そんな不自由でなんも楽しみもないの、もっとあのジジイに文句言ってもいいと思う」


 つい言ってしまった。


「楽しみならあるよ? 今日は絵を描くための紙を買うつもり」


 ああ、余計なお世話だったかな。

 意外とコイツ強いんだな。

 空を飛ぶと隣町まではさほど時間はかからなかった。

 

 町ではライラのことは賢者の家に居る子だと知られているらしく、納品や必要物資の買い出しはスムーズだった。

 雑貨屋に寄ると店主がライラに声をかけてきた。


「今日はクレヨンと油絵具が入ったよ」

「じゃあ、これください」


 ライラは紙を数枚と、赤と黒と黄のクレヨンを買っていた。

 画材を受け取った彼女は満面の笑顔だ。四年前に初めて会った時も絵を描いていたが、本当に絵を描くのが好きなのだなと思った。


 買い物を終えて外に出ると、何やら町の人とは違う、異質な格好をした男がいるのに気づいた。丈の長い緑のローブに腰まである長い髪。


「変わった服のやつがいるな」


 俺はライラに訊いた。


「あれ、教会の僧侶よ、向こうへ行こう」


 ライラは隠れるようにして俺の手を引いた。

 しかし逆にその様子を男に気づかれたようだった。


「おい」


 男に回り込まれ、ライラの前に立ちはだかった。


「浮浪児か? 顔を見せなさい」


 その僧侶は無理やりライラの被っていたフードを外した。彼女の銀髪と紫の肌、そして紅い瞳が(あら)わになってしまう。


「まさか! 魔族か!」


 男はライラの腕を(つか)んだ。


「止めてくださいっ」


 ライラは掴まれた腕を外そうとしたが、男は強い力で緩めようとはしない。

 俺は危機感を持った。


「おい、こんな子どもの腕を乱暴に掴むなよっ!」


 俺はライラを掴んでいた男の腕を逆に掴んだ。

 あまりにも酷いやり方に頭に来た。

 俺は思いっきり力を入れた。


「貴様! ガキのくせになんて力だ!」


 男が俺の脇腹を蹴ってきた。

 咄嗟とっさに受け身の体勢を取ったが飛ばされてしまった。

 大人とはいえ、たかが僧侶にこんな力があるか?

 俺は痛みを(こら)えてライラの側に駆け寄った。


「ナイト気取りですか? 魔族をかばうとロクなことになりません」


 男が俺を(にら)んだ。

 俺は次は飛ばされないぞと身構える。

 そもそも魔族は俺の方なんだけどな。

 まあいいか。


 町の大人が騒動に気付いて、こちらに何人か来た。

 何やら男に説明しているようだった。


「賢者が育ててるダークエルフだと?」


 男はライラのことを説明されたらしく、こちらを睨んだあと、どこかへ行ってしまった。


「怪我してない?」


 ライラが訊いてきた。


「これくらい平気だ。おまえの方こそ、腕見せてみろよ」


 でもライラはフードを深く被り直して、大丈夫だからと見せてくれなかった。

 俺たちは賢者の家へと空を飛んで帰った。




 家に着くとジジイは留守だった。

 ライラは掴まれた腕を出した。

 見ると、あざができて腫れ上がっていた。


「腕、こんなのになってたのか!」


 俺は治癒魔法(ヒーリング)は使えなかったから、何もできなかった。

 自分の非力さに悔しさがこみ上げる。


「大丈夫、魔法で治すから」


 俺の気持ちとは裏腹に、落ち着き払ったライラは光の粒子のようなものを手のひらから出した。

 見ているうちに徐々に腫れが引いていく。


「治せるって、それでも痛いだろう?」


「うん。今日はこれで済んで良かった。もっと小さい時は、知らない人に蹴られて……骨を折ったこともあるの」

「酷すぎるっ……!」


 俺は人界はこんな乱暴な奴が普通にいるのかと、ショックだった。

 魔界は荒っぽい奴が多いが、不当な理由で無意味に殴ったりはしない。粗暴な行いを無闇に行えば、支配者である魔王に睨まれるからというのもあったが。


「だから私、村からなかなか出られないの。でも二年前にあなたの父さまから聞いたの。武道を身につけて強くなれば自由になれるって。だから剣術を習い始めたの。格闘術も最近始めたわ」

「おまえ、強いなぁ……」


 女なのに、ここまで気持ちの強い奴は初めてかもしれない。

 そして強いのに、頻繁にお茶を淹れ間違えたり、魔法の術式を組み違えて失敗したり、なんだか抜けてるところもあって。


 ……可愛い。


 コイツをちゃんと守れるくらいにはなりたい。


「俺、もっと強くならないと。まだまだだ。あの僧侶、なんであんなに強いんだ」


 全く隙のない奴だった。

 まさかあれが魔界で激戦を繰り広げることになるクロセルだとは、その当時は知らなかった。

 

 ライラに部屋に来てと呼ばれた。

 椅子に座ってほしいと言われて、そこへ座った。

 見るとライラはイーゼルに立てかけた画板に紙を止めて、俺の向かいに座って鉛筆で何やら描き始めた。


「まさか俺を描くの?」

「あ、描いていいって、聞くの忘れた」


 こういうところが、らしいと言えばコイツらしい。


「まあ、いいけど」


 しばらく俺はじっとそのまま座っていた。

 ライラが絵を描きつつ話しかけてきた。


「レグルスって、魔族よね?」


 突然言われて俺は硬直した。


「だって、ツメが黒いし、いつも頭にターバン巻いてるから」

「そうだ。それがどうかしたか」


 俺は正直に答えた。ライラに隠す必要性を感じなかったし。


「爺さまのお客さまは魔族とか、魚人族とか、なんだか不思議な人がいっぱい来るの。ただやっぱり……私はエルフだから、魔族って言われるのは嫌かな」


 そう言って、ライラは慌てて訂正した。


「あっ、あなたが魔族なのは別にいいの」

「そうか。まぁ俺だって魔族なのに、人間かって言われると変な気持ちになるな」


 ライラはポツリポツリと(つぶや)くように続けた。


「私も爺さまみたいな、白いエルフが良かったなって思う。私は紫のダークエルフだし、目が魔眼だって言われてるから、どうしても……」


 俺は何と返せばいいか思いつかなかった。

 だから、言ってしまった。


「ライラは、強くて可愛くて、いい奴だと思うけどな、俺」

「ええ? 私弱いし、可愛くなんてないよ……」


 あ、失敗したかなと思った。

 でも引っ込みがつかない。


「俺は、そう思う」


 すると、ライラは小さい声で返事してきた。


「ありがとう……」

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