十二歳 風の精霊の祝福
──十二歳の時。
ソレイルヴァ王家の血を引くものは、この歳に新たな名を与えられる。
今日はその儀式があった。
「レグルス・サン・ワール・ソレイルヴァ。長ったらしいな」
愚痴ると友人のザインは笑った。
「良いじゃないか。でもその名前って、もしかするとレグがソレイルヴァの次期魔王ってことかい?」
俺はよく分からなかった。
「だってサン・ワールって古代語で『希望の王』という意味だよ」
ザインはもの凄い物知りだ。いつも分からないことがあると、こいつに助けてもらってる。
「姉貴と兄貴がいるのに、俺が魔王になることは無いだろ」
俺は深淵の里ムスタに住む子どもみたいな老婆の魔女、師匠ゲルナータのところで修行してこいと、親父の命令で一年前にここに放り込まれた。
同じように魔王に放り込まれたらしい、ウルカドン魔導国の王子ザインフォートとは同門の弟子として出会った。
俺はムスタに放り込まれたのは厄介払いだと思っていた。
親父が魔女の家に顔を見せた。
久しぶりに人界に行くから、ついて来いと言う。
またターバンを巻いて頭のツノを隠し、ミラリスゲートを抜けた。
目的地は二年前と同じ村だった。
賢者の家は前に来た時と同じ。何も変わってない。
だが——家の中から強烈な光線が幾筋も漏れた。
「これっ! やり過ぎじゃっ」
親父が扉を開けた時、光が溢れてまぶしくて、中がどうなってるのかしばらく見えなかった。
「ごめんなさい!」
少女の声が聞こえた。
そのあと光が消えて中の様子が分かった。
「この光は歓迎のおもてなしですか? フォルゲル殿」
親父が笑いながら中へ入っていった。
「おお、来たか。すまぬの」
二年前と同じ顔の賢者がいた。白い肌、白髪、淡い緑の瞳のエルフ。
「ライラヴィラ、客人じゃ」
「はいっ」
少女は二年前に絵をくれた子の面影があった。
随分と背が伸びていた。青みがかった銀髪に淡い紫の肌。
瞳の色は変わらず綺麗な紅さだった。
ライラがカップに紅茶を入れてきた。今日は数は間違ってない。
俺はその紅茶を飲んだら、とてつもなく苦かった。苦労して平静を装って、それを飲み下す。
「ライラヴィラ、そなた、また奇怪なものを淹れたな」
賢者の言葉に少女はビクッと震えた。
「え、えっと、あそこにあったのを入れたの……ごめんなさい」
少女は慌ててカップを下げようとした。
「これは貴重な紅泉露茶だろう、身体には良いではないか」
親父がまた笑いながら飲んだ。俺と同じ黒髪で褐色肌の豪快な魔王は最高級品ですなと頷き、運が良いと俺にもすべて飲み干すように言った。
ただライラの顔がたちまち真っ赤になったのが俺の目にも分かった。
「二人は外に出ておれ。ただし集落へ行くではないぞ」
賢者に言われ、あっというまに俺はライラと一緒に魔法で外に出された。他人を転移魔法で移動させられる者がいるのを初めて知った。親父があの賢者と懇意にしている理由が分かったような気がした。
「家の裏に行こう」
ライラがそう言うので俺はついて行った。
裏庭は樹々の間に花があちこちで咲いていて、心地良い風が流れている。
「ここなら大丈夫。誰にも見つからない」
目の前の少女はそう言うと、人の背丈ほどありそうな巨大な切り株に座った。彼女に倣って俺も隣に座る。
彼女の横顔を見て、コイツはなかなかの美少女じゃないかと思った。凛とした大きな紅い瞳、整った鼻筋と口元。肌の色が淡い紫なのは魔界では普通だったし、特に気になることもなかった。
「二年前に会ったな?」
俺は念のため訊いた。
「あっ、もしかして私、絵をあげた?」
どうやら俺のことを覚えててくれたようだ。
「ああ、持ってる」
俺は二年前に貰った紙切れを広げて見せた。そこには亡き母が微笑んでいる。
「あとで爺さまから聞いたの。これ、死んだあなたの母さまだって」
「あの時おまえが見たものが、そのまま俺にも見えたような気がして。ずっとこうしてお守り代わりに持ってる」
「もっと上手く描けたら良かったな。今はもう見えないし」
「そうか? とても上手だ」
俺は絵を丁寧に畳んでしまった。
さっきのライラの言葉が心に引っ掛かった。
「おまえ、見つからないって、人に見られたらダメなのか? あのジジイに命令されてるのか?」
ライラは目を伏せた。
「爺さまじゃなくて、知らない人から。私の見た目が普通じゃないから、怖いとか魔族だって言われるから、あんまり人に会いたくない。こんな姿なのに光の力があるから、おかしいって言われるし」
俺は耳を疑った。
光の力というのは聞いたことはあったが、見たことはなかった。
ライラはその力を持っているのか?
「光の力って何だ? 見たことないな」
「こういうのよ」
ライラは両手で何かをすくい取るような仕草をした。
シャボン玉の様な小さな光の玉が無数にパチパチと溢れてきて、空に上がる。
それは透明の宝石かガラス玉の様に煌めいて踊っているようだった。
「すごい! ライラって光の魔法が使えるのか!」
俺は初めて見た光魔法に興奮した。魔族でこれを使える者なんて聞いたこともなかった。そういう力が人界にはあると学んだだけだ。
「うん。でも人に見せることはないかな。ひとりでこうして遊ぶだけ」
ライラは悲しそうに見えた。紫の肌と相まって悲壮感が半端ない。
「なんで? 集落には子どもはいないのか?」
「村の子はみんな隣町の学び舎にいて、遠いから週末だけ帰ってくるの。私は学び舎には行けないの。だから勉強は家で爺さまから教わってる」
俺はライラがそんな寂しい生活をしてると聞いてショックだった。
こんな田舎の集落で、たったひとりで。
「集落に行かなければ良いんだよな」
俺はライラをここから連れ出そうと思った。
世界は広いのに、こんなすごい力を持ってるのに、狭いところで閉じ込められるのはおかしいと、幼い正義感を剥き出しにした。
「向こうへ行こう、森の方なら叱られないだろ」
俺はライラの手を取って、集落とは逆の方向へと歩き出した。
しばらく歩くと大きな湖のほとりに出た。
人界の湖は碧く澄んでいて、青い空と周りの緑と合わさる。俺はこの場所に吸われて消えてしまいそうな気分になった。魔界ではいろんな色が鮮やかに主張するから、自分が景色に溶けそうな感覚は味わったことがなかった。
「いい場所だな」
俺は大きな岩の上に登って座った。高さがあると、更に目の前の情景が迫ってくるように感じられる。
「うん。たまに爺さまと来るよ」
ライラも近くの別の岩の上に座っていた。
「ここは風の精霊がいるって、爺さまが言ってた」
そうライラに言われてみると、さっきからずっと心地良い風が全身を通り抜けていく感じがしていた。
ふたりでそのまま景色を眺めていたら、何か森の方で物音がした。
「何か聞こえなかったか?」
俺は彼女に確認した。
「あっち!」
ライラが指を差した方を見ると、大きなイノシシのような毛の生えた胴体の魔物が二体、こちらを見ていた。足は普通の獣とは違い六本ある。
「魔物か」
俺は炎の剣を右手に召喚した。
両手で構える。
小さい時から剣技の修練は受けていたので、自信はあった。
「炎! それって魔法で出来てるの?」
ライラが訊いてくる。これは魔導カバンの収納から魔法で呼び出しただけなんだけどな。きっと彼女は見たことがないのだろう。
「そういうところかな」
ひとときおいて、魔物がこちらへ向かってきた!
俺は二体くらいどうってことはないと思っていた。
でもライラを守りながら、しかも予想よりも大きくて力のある魔物の相手をするのは大変だった。
何度も斬りかかってるのに、魔物は逃げないどころかますます激しく暴れる。
「えいっ!」
ライラが両手を前に向けると、さっき見せてくれた光の玉が無数に魔物に向かって飛んだ。魔物は光の玉が当たると吠えて、魔法でできた玉は雲散してしまった。
「くそぉっ」
俺は魔力を上げられるだけ上げて、剣に力を込めた。
魔物が飛びかかってくる時に合わせて、渾身の一閃を振り下ろす!
まずは一体、仕留めることが出来た。
しかしもう一体いる。
もう一度、俺は剣を構えた。
ただ、一度目のような魔力は込められなかった。
ライラが両手で大きな光球を作った。
「私も頑張るから!」
少女が小さい手で大きな球を魔物に投げつけた。
見事命中し、魔物は悲鳴を上げた。
しかし怒った魔物が足を踏み鳴らし、猛スピードで突進してきた。
「危ない!」
俺は無我夢中でライラを抱え、逃げるようにジャンプした。
その時。
湖面側から吹き上がる風が俺たちを包んだ。
気がつくと俺とライラは空中に浮いていた。
風が包み込み、下から吹き上げて浮いているようだった。
向こうから親父と賢者のジジイが走ってきて、魔物を一発で仕留めてくれた。
浮いたままの俺たちは賢者が魔法で下ろしてくれた。
「無事だったか!」
親父が俺とライラを両腕で抱えるようにして背をさすった。
「なんと、風の精霊がそなたたちをここへと呼んだのか」
賢者の言う意味がその時は分からなかった。
「ふたりに風の精霊の恵みが与えられた」
親父が賢者のお告げに俺よりも驚いていた。
「それは凄いことが起こったな! レグルス、おまえは炎の精霊だけではなく、風の精霊も呼び起こせるようになったぞ」
「うむ、ライラヴィラも光に加えて、風の恵みも使えるようになった。精霊に感謝せよ」
「風ですか! もしかして私、空を飛べるように?」
「それは修行次第じゃな。甘くはないぞ」
ライラの目が輝き、今まで見たことがなかった笑顔を見られて、良かったなと思った。
ただ後から、こんな魔物の出る森の奥まで勝手に来た事を、親父とジジイからは強く叱られることになった。




