13ー5 熱情
──レグルスはライラヴィラの住まうスペランザ城へ訪れた。
すぐに城の奥へと向かい、城直属の鍛冶師マウニを呼ぶ。豊かなヒゲを生やした中年の男が振り向いた。
「聞きたいことがあるが、いいか?」
「これは魔王レグルス様。こちらへどうぞ」
武器庫兼鍛冶場でマウニは保管物の手入れをしていたが、手を止めてレグルスの前へと足早に来た。
「おまえは前魔王ランダステンの『絆の指輪』を製作したと以前言っていたな」
「はい。私でございます」
「絆の指輪は特殊な錬金術から生み出される魔導具で、その技術は特別な職人にしか扱えないと聞く」
マウニはレグルスをじっと見た。魔王の手元へと鍛冶師の視線が移る。
レグルスは彼に自分の紅いツメを見られていることは分かったが、ライラヴィラに仕えるこいつなら大丈夫だろうと、何も言わなかった。
「どなたかにお贈りになりたいとのことですね? あなた様から……」
「ああ。必要な物があれば用意するから、詳しく教えてくれ」
「はい。指輪に入れるための、おふたりそれぞれを象徴するような色か種類の宝石をひとつずつ。地金などはこちらで用意いたします」
自分たちを象徴する、そう聞いてレグルスは彼女の紅い魔眼を思い起こす。
「わかった、準備を頼む」
「承りました。このマウニ、最高の絆の指輪を作ってごらんにいれましょう。差出がましい事を申し上げますが、金の石でしたらエテニツェル鉱山のヘリオトパーズ、紅の石でしたらウリーザ岩壁のフォイルビーが強くて美しい仕上がりになるかと」
「ああ、助かる、探してみよう」
応えながら、目の前の鍛冶師は既に自分の想い人を分かってるのだと察した。つくづく彼女は従者に恵まれているなと思いつつ、鍛冶場から広間に出た。
丁度そこにライラヴィラがどこかから帰ってきたのが見えた。
彼女と目が合うと、すぐにこちらへ歩いてくる。何やらご機嫌な様子だ。
「レグルス、さっきウルカドンの書庫へ行ってきたの。見て!」
ライラヴィラは三冊の魔導書を両手に持って見せた。
「リリスの覇気の力を制御するために必要な事が、ここに書かれてるの。ザインフォートが残しててくれたわ」
彼女の嬉しそうな声にレグルスは思い出した。
「もしかして、深淵の紋章で封じられた扉を開けたのか?」
「そうよ。あ、誘った方が良かったかな……」
ライラヴィラの表情が曇ったように見える。
「いや、俺も用事があったし、気にするな。あの扉が開いたなら俺も時間を作って見に行くからいい」
レグルスは魔術書を持っていたライラヴィラの手を見た。
彼女のツメもほんのり紅みを帯びて、艶があった。
「おまえも……」
魔王はつい口に出してしまった。
「え? 何?」
ライラヴィラがレグルスの独り言に反応した。
「いや、何でもない。今日はもう帰る。またな」
レグルスは彼女に自分のツメの色を悟られないようにと、慌てて転移魔法を発動させた。
◇ ◇ ◇
自国の鉱山に併設されているミネラルマーケットへとレグルスは出向いた。ソレイルヴァは火山国であり、数々の鉱物が産出する土地を幾つも抱えている。宝石ならばどんな物でも容易く見つかるのだ。
「これは魔王レグルス様、今日はどのような物をお探しでしょう」
最高級品のみを扱う店の主は、知った顔で自国の君主を眺めた。彼もすぐに魔王のツメの色に気づいた。
「ついにご婚約されるのでしょうか。あなた様がいつまでも独身でいらっしゃると、余計な諍いが起こりかねません。お待ちしておりました」
「俺はまだ二十二だぞ? 何をそんなに急かす必要がある」
「ソレイルヴァ代々の魔王様は二十歳前にはご成婚なさいますので、いや、差し出まがしいことを申しました」
レグルスは店主にツメの紅さに気付かれていることは察したが、詮索されるのには少し苛立った。しかし魔族は十八歳で成人するとすぐに結婚する者が多い。ましてや王族ともなれば、普通は成人前に結婚相手が決まってしまう。仕方ないかと不快な感情を抑えた。
「ヘリオトパーズとフォイルビーを探して欲しい。どんな衝撃や魔力にも耐える、強くて輝きの強い石を。とんでもない魔力の持ち主が手にするからな。無理を言うが急いで頼む。今あるなら出してくれ」
店主は彼の要望を聞くとすぐに店の奥に入り、それらしい宝石のルースを幾つかトレイに乗せてレグルスに示した。人界の太陽のように強く輝く黄金の石と、永遠に燃えるような照りの紅い石が並べられている。
「いかがでしょうか。最近産出したものの中では一番です」
レグルスは店主からルーペを借りて注意深く宝石を見定めた。
ひとつ、気になる紅い石があった。彼女の紅き魔眼にそっくりで、強く突き抜ける輝きがある。
「紅いのはこれだな。金のほうは、これが良い」
「お相手は紅き瞳の御令嬢でしょうか。そのようなお方とは、はてさて。私の知るところではありませんが、もしや平民から見初められましたか」
「ハッ、見初めた、か。当たらずも遠からずというところだ。勘がいいな」
レグルスはライラヴィラと初めて出会った人界での出来事を思い出した。あの時、ひと目見てすぐに彼女に惹かれていたのだと、今ならよく分かる。
──森の樹々の上から覗いていた、銀髪と淡紫の肌に、真紅の瞳の美しい乙女。いきなり魔眼の眼力を放たれて焦り、怒鳴ってしまったな──。
「どうぞ。魔王様にとって素晴らしき『絆』でありますように」
店主に代金を支払い礼を言って店を出た。その足ですぐにスペランザ城のマウニの元へ出向き、鍛冶師に二つの宝石を託した。
ソレイルヴァ城に戻ったレグルスは、執務室の魔王の席に深く座り、延々と考えていた。目の前に積まれた書類仕事が手につかない。
──ライラのツメもいつからか気がついてなかったが、今日は紅き光を帯びているのが俺の目にも分かった。
あいつも俺のことを強く想ってくれてるのだろうか。
そうならば、これ以上嬉しいことはない。
まさか、別の男に気がある可能性も否定できないが。
ただでさえライラの周りは優秀な男が多い。勇者然り、魔王然り。
それでもあいつがリリスに覚醒した時に『眩しいあなたが好き』だと、はっきり言ってくれた。
俺が口付けしても拒否はされず、受け入れてくれた。羽根に触れたり頬にキスした時は恥ずかしがってたな。ただ尻尾はダメだとはっきり言われたが……ハハッ。
すぐにでもあいつを、俺のものにしたい。
こんなに独占欲を感じるとは……もっと冷静にならないと。
あいつは魔界の統治者たる大魔王だ。
魔族全ての希望である深淵の守護者リリスで、誰かのものではない。
でも、俺は、あいつだけが欲しい。
俺の気持ちは伝えたつもりだが、ライラは鈍い奴だ。
絆の指輪が出来上がったら、きちんと言葉にするか。
あれを見せれば、いくら天然おとぼけのあいつでも伝わるだろう──。
自分の執務室の机の上に目をやる。従者からの報告書に挟まっている、姉マティルダからの手紙が置いてあるのを見つけた。
普段こんなことはしないのにと、気になって封を開けた。
──レグへ
帰る前にあなたに言い忘れたことを伝えたく。
急ぎ筆を取りました。
あなたが魔王戴冠前に人界へ行き
その後、高熱を出して倒れたことを覚えていますか。
あの時のあなたのツメは紅かったのです。
そして、彼女の名前をうわ言で呼んでいました。
あなたたちは二回目かもしれません。
あなたが持ち歩いてる母の絵も。
人界の女の子に描いてもらったと、子どもの時に聞きました——。
レグルスはいつも持ち歩いている、亡き母の絵を描いた紙切れを取り出した。
広げてよく見た。
これは昔、ライラに描いてもらったものだ……!
そうだ、なぜ今まで忘れていたのだろう⁉




