13ー4 溢れる覇気
──ライラヴィラはレグルスとの修練を終えて城に帰った。
身体の感覚は戻りそうだと思えたが、問題はリリスの自分から常に漏れ出る覇気。これを何とかしないと普通に人と会うこともままならない。
誰かと会った途端に倒れられては話もできないし、覇気に耐えられない相手は酷く辛いだろう。
人によっては「大魔王様の目前で失神した、大変な無礼をした」と、失踪したり最悪は自らの命を絶ってしまうかもしれない。
そんなことは絶対あってはならない。
「お帰りなさいませ」
侍女長ミリィが夕食の乗ったワゴンを押して入ってきた。彼女は数少ないリリスの覇気に耐性のある人だ。
「陛下の装束を今のお姿でも着られるよう、全てお直し致しました。陛下がお留守の間に入れ替えておきましたので。式服、正装と鎧装束も問題ありません」
「ありがとう」
ライラヴィラは優秀な魔術師であるミリィなら何か分かるかもしれないと、自分の夕食の支度を整え終えた彼女に、思い切って尋ねてみた。
「私のリリスの覇気、もうちょっと何とか出来る方法がないかな? 魔力の調整とはまた違って、無意識にだらだらと出てしまってるから」
「魔力の調整でしたら鍛錬で可能ですが、陛下のそれは性質が違いますから」
「それよね」
ライラヴィラはため息が出た。
──やっぱりダメか。
ライラヴィラは用意された夕食に手をつけた。
今日は身体をよく動かしたからか、昼間よりは美味しく感じた。レグルスがサンダリットから持ち帰ったオレンジも、丁寧に飾り切りされて添えられている。
主のがっかりする様子を見て、ミリィが口を開いた。
「陛下は調べ物となると、いつもウルカドン城へと向かわれるではありませんか。何があるのか存じませんが、行かれてはどうでしょう」
ミリィの言葉に、ライラヴィラはザインフォートの書庫にまだ開けられてない扉があるのを思い出す。深淵の紋章が刻まれた、その先を見ていない。
「ミリィ! ありがとう! そうよ、私すっかり忘れてたわ」
ライラヴィラは食事の手を止めて、早速ウルカドンの魔王妃ソフィー宛の親書を書いた。
「ロイ、お願いがあるの」
「申せ」
黒豹姿の幻獣ロイがライラの影から現れた。
「ウルカドンのソフィーにこの手紙を渡して、返事を聞いてきて欲しいの。身重のソフィーの近くに今の私が行くのは、ソフィーとおなかの赤ちゃんに影響があったらいけないから」
「承知」
幻獣は再びライラヴィラの影に入り、消えていった。
しばらくするとロイは口に手紙をくわえて現れた。
いつでもどうぞと書かれた返事を読み、ライラヴィラは期待感で胸を膨らませつつ、その日はしっかり食事を摂って早めに眠った。
翌朝、ライラヴィラはウルカドンへと転移魔法で向かった。
到着位置を調整して、きっちり城の正門前に着いた。噴水があちこちで吹き上がる水の都は静かな趣を見せる。ライラヴィラの国スペランザより温暖で、ここはもう春の花が咲き誇る。
目の前に立っていた門番に用件を告げようとしたら、彼はライラヴィラの姿を見た途端に震え出し、詫びて慌てて走り去ってしまった。
「あ、そうか……普通の人はダメだった」
ライラヴィラは申し訳ないと思いつつ、そのままウルカドン城内へと入った。不審者の気分になったが仕方ない。私は魔界の大魔王なんだからいいかと、開き直った。
「いらっしゃい、ライラ。凄い力の気配が突然現れたから、すぐにあなただと分かったわ。それにしても立派なツノと羽根ね」
出産間近のソフィーがたったひとりで出迎えてくれた。
どうやら彼女の従者はリリスの覇気から避難したようである。
「急に来てごめんなさい。みんな離れていてくれるかな。こういうことを無くすための対策を探しに来たの」
ライラヴィラは辺りを見回して、城に勤める従者が誰もいなくなっているのを確認した。
「書庫の鍵は開けておいたわ。私はあなたの凄まじい覇気に当たっても何ともないし、おなかの子も魔眼だから大丈夫よ」
ソフィーはここで待ってると客間の椅子に座ったので、ライラヴィラは早速、書庫に入った。羽根と尻尾が積まれている書物を崩さないように、ゆっくりと慎重に足を進める。
書庫の奥にある、深淵の紋章で封印されし小さな扉。
ライラヴィラはその前に立つと、自らの心臓に同化した深淵の鍵を開いた。
虹色に輝く紋章が胸元に浮かび上がって光が放たれると、封印は綺麗さっぱり消え去った。
「ここはリリスでないと開けられなかったのね」
ライラヴィラは『遠望の魔眼』でザインフォートがどこまで未来を見ていたのか気になったが、先ずは必要な情報をと、中に入った。
そこは数十冊ほどの書物がズラリと並べられていた。
触ると魔法で凍りつく書物が殆どだったが、読めるものもあった。
──『リリスの条件とは』──
太古に存在した深淵の守護者リリス。
その者は六種全ての属性の精霊と結ばれ
隣には『真紅の絆』があったという。
その七つが合わさりし時
虹色の『アイリスフィア』の光が現れる。
それを持つものがリリスと為る。
ライラヴィラは両親が『真紅の絆』だったことは、母の形見の指輪で知っていたが、そのことがリリスの条件とは、どういうことかと思った。
自分が絆の両親から生まれた子だから?
大賢者ハニンカムが『絆の子ら』と言ってたような気もする。
虹色の光に名前があることも初めて知った。
父が亡くなる前に残してくれた光もきっとこれだと確信した。
──『リリスの力』──
リリスの力は闇の深淵そのもの。
ゆえにヒトを超えた存在である。
その力は人を圧倒し、守護者自身を悩ませた。
人々との円滑な交流を続けるために
リリスは自らの力を封じるという方法を編み出した。
その封印術式は
『均衡の空間術』『静寂の音響術』『安楽の引力術』
これらを組み合わせた独自のものだった。
「太古のリリスも悩んだのね!」
ライラヴィラは思わず声を上げた。
そしてその記述をされた本の横に、書かれていた術式の魔術書が三冊、きちんと揃えて置かれていた。
「借りていいよね。念のためソフィーに聞こう」
ライラヴィラはもう一冊、読める本を見つけた。
──『世界の循環』──
ライトガイアとダークガイア。
光の原点と闇の深淵。
巡り巡る。
始まりから終わりへ
終わりから始まりへ
両方は等しく循環する。
この循環を生み出したもの。
遥か彼方の天主。
「天主!」
空から光の刃を落としてきた存在の名前を見つけた。
世界の創造に関わる存在?
それならなぜ、地上を無差別に攻撃してくるのだろう。
「考えても今は結論が出ないわ」
ライラヴィラはそっと本を閉じて、三冊の魔導書を手に書庫を出た。
客間の椅子に座って待っていたソフィーに声をかけた。
「欲しい情報が見つかったわ。ありがとう」
ライラは礼を言い、三冊の魔導書を持ち出したいと頼んだ。ソフィーは頷いて柔らかい微笑みで了承した。
「きっとあなたのためにザインが用意したのだろうし、返さなくてもいいわ」
「解析と構築に時間がかかるかもしれないから、当分借りるね」
ライラが転移魔法を発動させようとしたら、ソフィーが慌てて呼びかけてくる。
「待って! ねえライラ、あなたの手のツメ、紅みを帯びてる気がするんだけど?」
「え?」
ライラは彼女に言われて自分のツメを見た。
少し動かして光を当てると、紅みがあるのが分かった。
「何だろう? いつからかな……」
ソフィーが訊いてきた。
「ねえ、ライラって、好きな人がいるの?」
そう言われた時、すぐに眩しい彼の顔が思い浮かんだ。
でも恥ずかしくて答えられなかった。
「いるのね?」
ソフィーが真っ直ぐ見つめてきたので、ライラヴィラは無言で頷いた。
誰なのかは、彼と長い付き合いのある彼女には言いづらかった。
「私が長居したら城の皆さんに迷惑になるから、帰るね」
ライラは慌てて転移魔法を発動させて消えた。
「あっ! ライラ! それはきっと……!」
ソフィーは大声で言ったが、ライラには届かなかった。




