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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第十三話 現れし紅き絆
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13ー2 勇者を訪ねる魔王

 ──その頃、ソレイルヴァの魔王レグルスは。

 ひとりで人界(ライトガイア)の勇者村サンダリットに赴いていた。

 

「邪魔するぞ」


 レグルスはノックして、集落のはずれの高台に建つ賢者の家に入った。今日は魔族特有の頭に生えた立派なツノも隠さず、黒いツメもむき出しだった。魔族であることは村の者には知れ渡っているだろうと、彼は軽く考えていた。


「なんぞ、魔界の魔王が正体を隠さず、こんな老いぼれに何の用か」


 家の主、フォルゲルは大きな机に向かって、魔術書か何か分からない古い書物を何冊も広げていた。他にも古びた本が無数に机の奥まで積まれている。


「用というほどでもないが、ライラはしばらくこっちに来られそうにないからな。代わりに様子を見に来た」


 レグルスは他に誰かいないかと見回したが、(おきな)ひとりだった。


「そうか。わしは来ても構わぬと、つい先日伝えたのじゃがな」


 賢者は彼を見ることなく声だけで応える。まるで魔王に関心がないかのようなおきなの態度に苛立(いらだ)ちを覚える。


「今の姿では、あいつは人界(ライトガイア)の連中には誤解されるだけだ。それはあいつの気持ちを深く傷つける」


 レグルスは今のリリスとなったライラヴィラの姿を思い浮かべた。銀髪から長く伸びたツノ、漆黒のコウモリに似た大きな羽根、そして垂れ下がる細長い尻尾。

 ──最初に彼女に出会った時、俺が魔族かと問うと、エルフだと激昂(げきこう)して否定したことは忘れられない。今では魔族で大魔王であることを彼女は受け入れているが、きっとリリスの今の姿を受け入れるのは、人界育ちの彼女にとって容易ではないだろう。


「ライラヴィラのこと、そなたは深く想ってくれているのじゃな」


 レグルスの方へ賢者が向いた。淡い緑の瞳を鋭く見せる。


「あいつ……どうしようもなく生真面目で頑固な上に、天然のお節介だからな」

「それだけでは無かろう」

「そういう人を見透かすような態度が気に入らん」


 レグルスは腕を組み、顔を()らした。


「やはり最初、そなたにあの子を頼んで正解だったな。まさかとは思ったが」


 彼は賢者の言葉に疑問が湧き上がる。


「まさか? 何が『まさか』だ」

「それはこちらの話。わしはそなたの父、魔王ライアスと交流があった。それでそなたのことは知っておった」

「なんだって?」


 レグルスは亡き父王の名が目の前の賢者から発せられたことに、驚きを隠せない。ふたりが関わりがあったとは知らず、記憶にもなかった。


「そなたは良い魔王になると、ライアスは言っておったな。懐かしい」


 賢者は席を立ち、ゆっくりと足を進める。


「この村からサンユノア教団の人間は追い出した。しかし村に来て間もない修行者は、魔族のそなたを誤解するであろう。裏道を通った先の治療院にジョルジュとアイリーンがおる。そこで勇者たちに会えば良い」


 そう言って奥の部屋へと賢者は(こも)ってしまった。

 レグルスはこのまま賢者の家にいても仕方ないかと、言われた通りに外に出た。裏道を下り、治療院を訪ねてみた。


「おい、誰かいないか?」


 レグルスは治療院の裏口と思われる場所をノックした。かすかに足音が聞こえて扉が開かれる。


「はーい、っと……え! まさか、魔王?」


 出てきたのはライラヴィラの友人である治癒師(ヒーラー)アイリーンだった。彼女は予想のできない来訪者を見て目を丸くし、猫耳を立てた。


「おまえか、ちょっといいか。賢者のジジイに聞いて来た」


 レグルスはアイリーンに促されて、治療院の事務室に入った。棚には薬品の瓶が並び、机には患者ごとの記録らしき書類が積まれていて、あちらこちらに治療用の魔導具が置かれている。


「ここからは出ないでよ。魔族がいるって村の人が驚いちゃう」


 そう言うとアイリーンは慌てて外に出て行った。

 レグルスは目についた木製のスツールに腰掛けた。

 奥の診察室からは治癒師らしき、聞き覚えのある男の声が微かに耳に入る。どうやら何度か会ったことのある最上級治癒師(マスターヒーラー)ジョルジュだろう。

 しばらく待っていると、アイリーンは勇者ディルクと勇者ジェイドを連れて、裏口から部屋に入ってきた。


「魔王レグルスじゃないか。魔界で何かあったのか?」


 ジェイドはまさかの魔王のサンダリット来訪に不思議がった。


「別に用ということもないが。ライラが当分ここに来られそうにないから、俺が様子を見に来た」


 レグルスは答えて、ディルクの方を向いた。


怪我(けが)は大丈夫そうだが、おまえは俺のこと覚えてるのか? ディルク、だったか」

「ああ、覚えている。自分が何をしでかしたのかも、全て」


 ディルクは頭を深く下げた。


「すまなかった。また改めて魔界へは()びに(うかが)うつもりだ」


 レグルスはディルクから顔を逸らした。


「詫びなどいらん。ライラもそう言うだろう。今後のことはまた改めて連絡する。おまえらの顔が見られてよかった」


 レグルスはそう言って立ち上がり、治療院から出ようとした。


「待ってくれ。ライラはどうしてるんだ? 悪鬼にはならなかったと聞いたが」


 ディルクが引き留めたので魔王は振り返る。勇者は彼らしからぬ不安げな眼差しを向けてきた。それを見てレグルスは伝えておいたほうが良いと判断した。


「そこの二人はライラの今の姿を見てるだろう。『闇の深淵の守護者リリス』、それが今のライラだ。あいつは魔界の全てが何千年も待ち望んだ希望だ。だから余計なことはしないでくれ」


 レグルスは治療院の扉を大きく開けた。早春の冷えた空気が部屋に流れ込む。


「待って」


 アイリーンが慌てて奥に行き、何かの紙でできた包みを持って来た。


「村の農園で採れた早春のオレンジ、ライラに持って行ってくれると嬉しいな。彼女これが大好きなの。もちろんあなたも食べてね」


 レグルスは彼女から大きな包みを受け取り、サンダリットを後にした。



 ◇ ◇ ◇



 ミラリスゲートで魔界に戻った魔王レグルスは、闇の深淵にほど近い魔女ゲルナータの住まいに立ち寄った。いつもと建物の様子が違う。整頓好きの師にしては散らかりすぎていると疑念を持った。


「師匠、入り口があちこち崩れたり物が壊れてるが、何だ?」


 片付けをしているゲルナータに声をかけると、老婆は振り返った。


「おお、レグルスか、丁度いい。手伝ってくれんか」


 魔女は子どものような満面の笑みで弟子を見つめると、腰を少し伸ばしてトントンとたたいて、大きなため息を漏らす。


「師匠、もうトシなんだから、こういうのは俺が来るまで放っておけばいいだろ」

「なんじゃと! うるさいわぃ!」


 魔女は口を尖らせつつ、弟子に何をして欲しいのかを伝えてきた。

 ふたりは壊れた家財や壁などを丁寧に片付けて補修もし、最後に掃除した。


「何か実験を失敗したのか?」


 事情がわからないレグルスは師匠に尋ねた。


「違うわぃ、さっきまでライラヴィラが来ておってな。慣れぬリリスの身体であちこち当たってくれてな、ハハハハ」

「ライラが? らしくないな」


 レグルスはしばらく会ってなかった、ライラヴィラのことを思い浮かべた。

 ──あれからどうしているだろうか。スペランザの魔王として一生懸命に働く彼女の笑顔が、かけがえのないものに感じられる。


「相当困っておったぞ。羽根が家具にぶつかる、頭のツノは入り口に当たる、尻尾があちこちに引っ掛かる。わしの家が小さいから、しょうがないのだが」

「あいつがリリスになってから七日は経つのに、まだそんな感じなのか?」


 レグルスは彼女がそこまで困っているとは思ってなかったので、困惑した。

 ちょっと抜けたところもあるが、あれだけの剣術の達人で、体術も(たしな)んでいる手練(てだ)れの彼女が、そんなに動けないものだろうか。


「無意識に放たれるリリスの覇気が強すぎて、人と会うのも、外を出歩くのもままならんのじゃろう。彼女を外に連れ出してやれ」


 ゲルナータはニンマリと笑顔を向けた。


「こんな時こそ、(そば)にいてやらんか」


 師匠の言葉に、レグルスはライラヴィラのことを全然分かってなかったと思い知る。自国の仕事にかかりっきりで、しばらく彼女に会わなかったことを後悔した。


 ——きっとあいつは誰にも悩みを打ち明けてない。

 個人的なことは自分ひとりで何とかしようとしてしまう。

 気にせず俺を頼ってくれたらいいのに、そうすればすぐにでも飛んでいくのに。


「わかった。これ、土産(みやげ)


 持っていた包みから人界のオレンジを一つ取り出して、師匠に放り投げた。


「これ! 物を粗末にするでない!」


 ゲルナータはオレンジを慌てて受け止めつつ、笑顔で見送った。

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