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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第十三話 現れし紅き絆
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13ー1 映るは異形

第三章【真紅の絆】はじまります。

 サンユノア教団の僧正クロセル、そして彼に操られた勇者ディルクとの戦いから七日が過ぎた。

 光の(やいば)が落ちたことでできた大地の幾つもの大穴を塞いだり、建屋や農場などの復旧も少し落ち着いた。


 大魔王ライラヴィラは『深淵(しんえん)の守護者』として姿が変化してから、魔王の執務室に(こも)りっぱなしだった。(まと)うリリスの覇気(はき)の影響で、一部の者以外は従者も近寄ることができず、ひとりで過ごすことが多かった。


 彼女の影に控える眷属、闇の幻獣ロイは人と気軽に会えない彼女を不憫(ふびん)に思い、時々現れては過去の思い出話を聞かせてくれた。ただ彼も前代の魔王ランダステンからの命であるスペランザの守護獣としての務めもあり、ライラヴィラから何度も呼び出すことは遠慮した。


 城から出ない彼女の元に深淵の魔女ゲルナータから「そろそろ会いたい」との手紙が届いた。ライラヴィラは良い機会だと、魔女に会うため久し振りに出かけることにした。転移魔法で直接魔女の家まで移動することも出来るが、城に籠りっぱなしだったので少しは身体を動かしたい。

 

 執務室の大窓を静かに両手で大きく開く。眼下に広がるスペランザの城下町は雪解けの季節になり、冬の間に積もっていた雪もほとんど溶けて、街の色は白一色から様々な彩りを見せていた。春の気配を感じ取った鮮やかな色を纏った小型の魔鳥たちも、群れを成して城の屋根から飛んでいく。


「そーっと、そーっと……」


 背中に生えた漆黒の二枚の大きな羽根を窓ガラスに当てないように、慎重にテラスに出る。緊張から思わずライラヴィラの唇が独り言を漏らしてしまう。

 尻から生えてる黒くて細長い尾を、家具や窓に引っ掛けないようにして、身体全部がテラスに出たのを確認する。その尻尾を使って大窓を一枚ずつ押して閉めた。


「ふうーっ、何とか出られた」


 深い息とともに全身から力が抜けた。リリスの身体にまだ慣れなくて、いつもどこかに身体の一部をぶつけてしまう。


 今着ている服は冬用のコートと厚手のスラックスなのだが、背中から羽根を、尻からは尾を出せるように、特殊な魔法加工がされている。つまりそれらが布地を透過して破れない造り。侍女長ミリィの計らいで急遽用意されたものだ。


 ——羽根は寒いな……。

 早春の空気がキンと身体を引き締める。

 少し羽根を動かしてみたが窓や壁に当たりそうになる。風魔力を呼んでテラスから魔法で少し飛び上がってから、背中の羽根を動かして飛び立った。

 

 久しぶりの空から眺める魔界の景色は早春の息吹が感じられた。雪はほとんど溶けており、地表から小さな芽が覗いている。樹々は新しい淡い葉をピンと覗かせて春の訪れを知らせていた。魔女の住む深淵の里ムスタも例外ではなく、黒い地面を覆う青い小花が艶を帯びて、あちらこちらで広がっていた。


 ライラヴィラは魔女の家の前に降り立つと、背伸びするように羽根を伸ばして数度羽ばたかせた。風が舞い上がり、魔女の家の前に並べられていた植木鉢が音を立てて倒れ、割れてしまった。


「あっ!」


 ——失敗してしまった。

 自分の羽根の威力を甘く見ていた。

 玄関からバタバタと人が走る音が聞こえてきて、魔女ゲルナータが姿を見せた。


「よく来たな。何か割れる音が聞こえてきたが、なんぞこれは」


 ゲルナータは外に並べてあった、植木鉢がことごとく割れてしまっているのに気がついた。


「ごめんなさい! 魔女さまっ、わ、私が、割ってしまいましたっ」


 ライラヴィラはぺこりと全身を曲げるようにして深くお辞儀し、彼女に謝った。


「ワッハッハッ、大魔王がそんな腰を折るではないっ、これはまいったなっ」


 小柄の魔女は、魔法で割れた植木鉢を集めて、隅に置いていく。


「仕方ないのぉ、植え替えるから手伝ってくれるか」


 ライラヴィラは園芸用の手袋を魔女から借りてはめて、丁寧に植木鉢の破片を取り除いていく。植っていた薬草を根ごと慎重に取り出す。それをゲルナータが受け取り、新しい植木鉢へと植え替えていった。


「魔女さま、猛毒のドリスゴルも育ててるのですか」


 紫色の葉をした株を慎重に分けて、魔女に手渡す。


「そりゃ、これは魔力加工をすると強力な鎮痛剤になるからの。そなた薬草には明るくなかったか?」


 ライラヴィラから毒草を受け取ると、背の小さい老婆は丁寧に鉢に植え込んだ。


「存じてますが、(じい)さまのところでは増殖しないようにと、すべて焼却処分されてました。だからこれを育てるという考えはなかったです」


 魔女から苦笑が漏れる。彼女は何かを懐かしむかのように目を細めた。


「フォルゲルの奴は慎重だからの。わしはいつでもこれが使えるようにしておきたくてな。魔族は粗暴な奴が多くて、これのお世話になることがよくある。少年(ガキ)の頃のレグルスにも、文句を言えないザインフォートを(かば)って代わりに大喧嘩(おおげんか)してきて、二度ほど使ったな」

「レグルスとザインフォートは、そんな頃からの友人だったんですね」

「あの二人は同志さ。二人とも悪鬼アモンと()った暴君マスティロックの厄災から立ち直るのに、どれだけ心身を砕いたか」


 ライラヴィラは魔女の言葉から、レグルスがどれほどの決意でザインフォートに手をかけることになったのかと思い、心が(きし)んだ。


 全ての植え替えが終わったので、魔女から家に入るように(うなが)され、玄関の扉を開けてくれた。

 玄関は低くて狭く、ライラヴィラの頭から長く伸びた黒いツノが扉の枠に引っ掛かり、羽根が土壁を(こす)り、尻尾も家具を引っ掛けてしまった。その度にライラヴィラはごめんなさいと涙目で頭を下げて、魔女は仕方ないのぉと笑いながら奥へと進んだ。

 

「さて、今日も深淵の鍵を見せてもらうかの」


 ゲルナータがいつものように、木製の杖をライラヴィラの胸元にかざした。

 そこに虹色に輝く紋章が現れた。


「ふむ、ふむ、なるほどな」


 魔女は注意深く観察し、彼女が杖を離すと紋章が消えた。


「どうでしょうか、あの、何か?」


 ライラヴィラはゲルナータの様子に少し不安になった。

『闇の深淵の守護者リリス』と呼ばれるものに()ってから、きちんと鍵の状態を見てもらうのは初めてだった。


「うむ。わしはもちろん、リリスの深淵の紋章を見たのは初めてなのじゃが……」


 魔女は少し考えてから重い声を出した。


「深淵の鍵はそなたの心臓と同化し、心臓そのものが鍵となっておる。鍵の結晶が全体に溶け込んだようで、全く見えぬ」

「それは?」

「リリスとは、ヒトならざる者なのか……」

「えっ!」


 ライラヴィラは自分の身体に起こった変化がただならぬ事なのだと、衝撃を受けた。根本的に変わってしまったのだと知らされたのだから。


「闇の深淵と完全に繋がり同化し、その力を制御する者、守護者リリス。その莫大な力にヒトの身体では耐えられぬのだろう。今は『精霊の命』といったところか」

「では、私のこの姿は……」

「リリスの伝承では、大きなツノと羽根があったと伝わっておるが、そなた尻尾もあるな。まぁ気にせずとも良い。肉体がヒトではなくなったとしても、そなたのその強き魂と優しい心は、そのままじゃ」

「でも、こんな姿では人界には行けませんね」


 せっかくスペランザ城のミラリスゲートを、人界の辺境の山岳地帯との直通にしたのにと、ライラヴィラは落ち込んだ。


「わしもリリスについてはもっと調べておこう。今はその身体に慣れることじゃな。さっきもこの狭い家に入る時に、その細長い尻尾で色々壊してくれたからな、ハハハハッ」

「ごめんなさい……」


 ライラヴィラは自分が壊してしまった家具を横目で見て、深く頭をうなだれ身体を縮こまらせた。

 ——申し訳なくて、どこかに隠れたくなった。

 壊したものを片付けると魔女に申し出たが、老婆は逆にもっと壊されそうだからしなくていいと断ったので、ますます落ち込んだ。

 

 ライラヴィラは帰りは物を壊さないように、人に会わないようにと、その場から動かず転移魔法でスペランザ城に戻った。直接、普段過ごしている執務室に繋がるテラスへと現れる。


 ——リリスの姿になってから自らの力の加減が難しい。

 簡単な明かりの魔法すら、威力十倍で目が潰れそうになる。

 一般の従者たちは自分に近寄ることすら出来ない。

 今までは暇があれば城の皆とたわいもない会話もしていたのに。

 武術の修練に付き合ったり、一緒に食事をする機会もなくなった。

 

 ひとり城の中を歩いていて、改めて気がついたことがあった。

 廊下はやたら広く、部屋の広さも全てゆとりがあり、扉も全てが他国の城よりかなり大きい造りだ。

 亡き父、魔王ランダステンにより立国がなされたのと同時に築城された、ここスペランザ城。

 もしかして父は、娘が大きな羽根と尾のあるリリスになる事を『賭け』とはいえ、想定していたのだろうか?


 さっきもゲルナータの家の入口周りの扉の一部や雑貨に、自分の羽根や尾が当たってしまい壊してしまった。

 でも城内ではそういう事故はない。

 今もテラスから室内へ入るときに手で扉を開けたが、尻尾で閉めた。

 こんな器用な芸当ができるとは思わなかったけど。それだけ城内は広さにゆとりがあるのだ。

 

 ふと、目に入った姿見を覗き込んだ。

 ここでリリスの姿を初めて見た時は、小さなツノが大きくなったと、少し残念な気持ちになっただけだった。

 でもあれからしばらく経って、まざまざと突きつけられたこと。

 私はもう、人界ライトガイアでは異形の化け物だ。


 昔、何かの本で読んだか、見たか、覚えている。

 遥か太古、人界に現れたという『悪神』か『死神』の姿が目の前に映っている。

 リリスの伝説が歪んで、誤ったまま人界に残ったのかもしれない。

 それでも、人界の人々は私を『異形の魔人』と呼ぶだろう。


 魔族でもこんな羽根や尾がある人は(まれ)らしい。あっても、どちらか一方だけだそう。

 自分で見てても、映る姿が恐ろしく感じてしまう。

 歯を磨くときには、八重歯が少し大きくなってキバのように変化しているのにも気づいた。黒いツメは危なくないようにと短く切っても、すぐに伸びて尖ってしまう。

 私はもう、ヒトではない。人界に伝わる忌むべきもの。

 

 鏡の前から下がり、私室に戻った。真っ先に壁にかけてある少年の絵を眺める。

 やっぱり今も、いつ描いたのか、誰を描いたのか、思い出せない。

 でもこの絵を見ていると、不思議と元気を貰えるような気がするのだ。


 この少年は今頃どうしているのだろう。

 大人には、なってるよね。

 忘れてるくらいだから、かなり前よね。

 レグルスによく似た、ターバンを巻いた黒髪と黄色で塗られた瞳。

 しばらく彼に会ってないな。

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