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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
番外編 ある侍従の一日 side ベルント
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夕——お茶の時間

 魔物討伐の付き添いの任を終えて、私は侍従長としての通常業務に戻った。

 大魔王陛下はしばらく自室で休憩されると申されたので、私もひと息つこうかと一階にある侍従の詰所に入った。各所に勤める従者たちが集まっており、賑やかに休憩時間を満喫しているようである。


「ベルント様もいかがです? こちらはアシュリトス産の銀小麦とドライフルーツのビスケットです」

「そなたたちで楽しむのも結構だが、おやつ時なら大魔王陛下にお出ししようと思う者はおらんのか」


 私は苦言を発したが、その場にいたもの全員から逆襲を喰らった。


「私たちでは陛下のお部屋の前で倒れてしまうのがオチです」

「ベルント様のような、リリス様の覇気(はき)に耐性のある者はここにはおりません」

「そりゃあ私たちだって陛下と楽しくお話ししたいですよ。人界の流行り物とか陛下はよくご存知ですし」

「難儀だな」


 私は頭を抱えたくなる心境だったが気を取り直して、陛下にお出しするビスケットを彼らから分けてもらった。


「あ、ベルント様、今日はアップルティーがありますので、茶葉の缶はこちらです。ビスケットにカエデのシロップを添えても美味ですよ。陛下は食べられたことがおありでしょうか」


 陛下が好きな紅茶はさすが侍従たちだ、よく分かっている。彼らも人界でお育ちになった、新米大魔王である陛下を嫌っていたり避けているわけではない。ただ単に陛下から放たれる覇気に近寄れないだけなのだ。

 リリスの力の問題は近いうちに解決せねばならないと思案しつつ、私は再び陛下のおられる執務室へと上がった。


 ライラヴィラ陛下は窓辺に立たれて、スケッチブックを手に外の景色を描いておられた。魔眼の影響があるとお聞きしたが、それは関係なく絵画の腕前は素晴らしいと思う。


「侍従たちからの差し入れです。どうぞ」


 トレイに乗せて運んできたビスケットにシロップを添えてお出しし、ポットで温かいアップルティーを()れた。


「ありがとう、みんなにお礼を伝えておいて」

「承知しました」


 陛下は手を止められて座られ、お出しした紅茶を口にされる。


「そういえば母さまはビスケットが好きだったと、前にミリィが言ってたね」

「リーヴィー様はお料理をされるのがお好きでした。スラム街のスペランザの時にミリィが陛下にお出ししたのは、お妃様のレシピを再現したものでした」


 私は初めて陛下がスペランザに姿を現した時のことを思い出した。あのときはまだ魔族ではなく、人界のダークエルフのお姿だった。

 陛下のお顔に赤みが差す。


「母さまは料理が得意だったのか。私は逆で、どうしても料理は上手くいかないの。掃除や洗濯片付けは得意なんだけど」


 陛下は添えられたシロップをビスケットに塗って、そっと口にされた。


「繊細な魔力操作をなさる陛下なら、料理くらいすぐにお上手になられるかと」

「ううん、私は食べるの専門。お茶ひとつ淹れるのも何度も失敗して、(じい)さまに叱られた回数は覚えてないわ」


 苦笑いしながら陛下はカエデのシロップを紅茶にも入れた。


「甘ーい! リンゴのお菓子って感じ!」


 どうやら陛下は食べるのに関してはかなり大雑把なようだ。それでは料理はなかなか上達しないだろう。ただ大魔王陛下に料理の技能など必要ない。武芸と魔術にお強くて、大局を見据える魔眼を持ち、お元気でいてくだされば良い。そうあってもらえたら国は、いやこの魔界は安泰であろう。


「ベルントに聞いてみたかったことがあるの」


 陛下がシロップたっぷりの紅茶を飲み干されたので、おかわりをお淹れした。


「何でございましょう」


 アップルティーの(かぐわ)しい香りが立ち上る。


「ベルントと父さま、母さまは友だちだったの? 二十年も戻るかどうか不確実な私をスペランザで待っていたなんて、普通そこまでできないよね」

「ランダステン様は私の古き友であり、恩人でもあります。私は先代魔王様の『洞見(どうけん)の魔眼』に救われた一人なのです。リーヴィー様にも多大なる恩を(たまわ)りまして、私が生きていられるのはリーヴィー様のおかげです」

「そうなんだ」


 陛下は顔を上げて先の話を聞きたそうにされた。


「大魔王ディオトリー様のアモン化による崩御の後の混乱、忌々(いまいま)しき大魔王マスティロックの支配からの解放運動。他にも色々ありましてな。元は天才的な錬金術師であられたランダステン様がスペランザを立国する決意をなさったのは、魔界の戦乱から平和を(つか)み取るためでした」

「その辺りの事情はよく分からないのよね」


 人界育ちのライラヴィラ陛下がご存知ないのは当然である。

 悪名高きマスティロックの時代をよく知る者は魔界でも少ない。魔王を含め亡くなった者が多いし、語りたがらない者が多いからだ。私も正直なところ、心優しき陛下にはあまり申し上げたくない。


「そのうち、お分かりになります」

「……そう。いつか聞かせてね」


 陛下は人に心配りしてくださるから察して問わず、話を止められた。


「私はランダステン様とリーヴィー様へ生涯かけてご恩返しをしたいのです。そのため臣下として、ランダステン様の影としてスペランザに仕える事を願い『月影の魔剣士』と呼ばれるに至ったのです」


 だからこそ、お二人の希望たる存在、ライラヴィラ陛下をお守りするのも私の役目だと自負している。


「ベルント、ここに居てくれてありがとう。私に何が出来るかまだわからないけど、少なくとも亡き両親が残してくれたこの国は守る。そしてなぜ私がリリスなのか、いつかその意味が分かる時が来ると思うから、それを果たすわ」

「陛下は魔界の(ほま)れでございます。深淵の守護者にお仕えできる喜びを胸に、これからも生きてまいります」


 話が終わると、陛下が食されたお茶セットを片付けて下げた。


 結局、夕方にまた陛下の持つリリスの覇気に当たってしまう者が何人か出てしまった。このままでは城内の業務に支障が出る。内々に魔力耐性の高い者を追加で雇うよう財務官長に頼むか。経済状況は幸い上向きで、国としての借金も殆ど無いから、少しは陛下のために無理をしても良いだろう。

 



 陛下の夕食はミリィが世話をしてくれるので、私は一足先に城から下がらせてもらった。城下にある小さなアパートで私とミリィは二人暮らしだ。彼女が仕事から戻るまでは、私が住まいの家事を引き受けている。


 私たちは子どもには恵まれなかった。しかし今では亡き魔王様からお世話を(たまわ)ったライラヴィラ様が私たち夫婦の子のようにも感じられ、幸せな日々だ。


 今日も良き一日であった。

 明日は深淵の魔女ゲルナータ様がお見えになる予定だ。あるいは陛下の方から出かけられるかもしれない。


 そしてそろそろ、あの超大国ソレイルヴァの魔王レグルス様もお見えになるかもしれぬ。なかなか人に会えぬ陛下はきっとお喜びになる。

 (はた)から見ていて、お二人の仲が進展しないのはもどかしさを感じるが、他人がどうこう口出すことではない。どう見てもお二人は互いに想い合っているだろうから。

これにて番外編も完結です。

次回より第三章【真紅の絆】をお送りします。

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