昼——魔物討伐
早めに昼食を済ませ、私はライラヴィラ陛下と共に転移魔法でスペランザ領のはずれ、未統治の荒野へ降り立った。人の住まぬ魔物の闊歩する無法地帯だ。
陛下は漆黒の魔導布で制作された剣士の戦闘装束を纏われている。それは羽根や尾を透過させて出すことのできる特殊な服だ。銀糸で深淵の紋章が襟元や袖口に小さく刺繍されている。青く艶めく長い銀髪の間から大きく伸びたツノも相まって、女性でありながらも醸し出す雰囲気は男の剣士よりも勇ましい。
「探すより、炙り出す方が早い。この土地に染み付いた魔物の生まれる気配を実体化させる」
先の魔王様より受け継がれた魔剣レーヴァテインを構えた陛下から、青紫の美しい霧が立ち上がる。魔力の弱い民にも見えるほどの強さで『闇の深淵』由来の、魔界の根源たる力である。そこへ真珠のように柔らかく輝く白い珠が連なり、光の帯となって螺旋を描いて陛下の身体を取り巻いた。
魔界の大魔王でありながら光魔力を操る陛下。ここにおられるのは漆黒の羽根を広げし最強たる『深淵の守護者リリス』である。
ライラヴィラ様の光に惹かれて小型の竜の群れが次々と湧いてくる。地表から、空から、草木から、あらゆる所から滲み出てくる赤黒い気配から魔物が生まれる。
陛下は父君の魔王ランダステン様から底無しの闇魔力と強く輝く紅き魔眼を、母君の魔王妃リーヴィー様からは莫大な光魔力を継いでおられる。さらに精霊の意思により四属性の自然魔力も身につけられた。
おそらく世界中どこを探しても、全属性魔力を自在に操るお方は大魔王ライラヴィラ陛下ただ一人であろう。
「光に囚われし妖たちよ、深淵へ来るが良い」
魔剣が何度も振るわれると光の球が連なりし鎖を編み上げていく。実体化した赤黒い竜のように見える魔物たちが無数に絡みとられた。
「輪廻の魔剣により、呪われし魂は正しき途へ還る」
青紫に輝く稲妻がリリスの魔剣に纏われる。真紅の魔眼で魔物の位置を正確に見据えられ、漆黒の羽根を広げて地表すれすれを飛びながら、何度も魔剣は縦へ横へと軌跡を描く。斬り伏せられた魔物たちが陛下の纏う深淵の闇の力に溶けていき、やがて七色のガラス玉のような光を帯びて消えてゆく。魔王様の青銀髪が艶めかせて揺れると、全てが終わっていた。
「私が来る必要はありませんでしたな」
念のため愛用の大剣を担いできたのだが、私は一筋も剣を振るうことはなかった。
「いえ、見届ける者が必要よ。この地が浄化されたと第三者が証言することで、殲滅は完了する」
陛下が私に目配せを送ってくる。
「では、深淵の大魔王リリス様の手により、この地は浄化されたと。私、第一の従者ベルントが告げましょう」
その瞬間に地表から虹の光が染み出して大気中に放たれ、上空へと登っていく。何とも美しい、魔界に生まれた七色の幻想の泉が地表に現れては消えていく。
陛下の口から事が終わったことが宣言された。
「悲しき怨念が希望の虹に生まれ変わった。これで魔物たちの魂も安らかな彼方へ還るでしょう」
ライラヴィラ様の麗しき微笑みはご両親の面影を色濃く受け継がれていて、見るたびに懐かしさを覚える。あのご立派だったお二人の忘れ形見。そのおかたの側で務めることが叶うとは。亡き魔王様からの最期の伝令『魔王を継ぐ姫の第一の従者たれ』を頂戴した時には半信半疑でしたが。
「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」
陛下が怪訝な顔を私に向ける。つい思い出に浸り過ぎた。
「いえ、お美しくなられましたなと、思いまして」
「えっ、こ、こんなっ大きなツノと羽根と尻尾のある悪神にしか見えない私がっ、そ、それはないわっ」
途端に陛下の顔色が赤くなる。この方はどうも褒められるのが苦手らしい。よく魔王レグルス様が陛下を半ば揶揄うように褒めちぎるのは、この顔を見たいからなのであろう。確かに照れる陛下は年齢相応に可愛らしい。
「ライラヴィラ様は高貴たる『闇の女王』であられます。悪神などとふざけた事を申す者はこの私がその舌を抜いて差し上げましょう」
「ベルントもやっぱり魔族なのね、レグルスみたいな事を言う」
陛下は少し困った顔をされたあと、陛下と私ごと包み込む巨大な転移魔法陣を展開された。
魔王様の執務室に直接帰還すると、妻である侍女長ミリィが待ち構えていた。
「お帰りなさいませ、陛下。今のお姿に合わせた新しいお召し物が何着か出来上がっておりますので、シャワーで汗を流してからご試着をお願いいたします」
「もう仕上がったの? ありがとう、少し待ってて」
陛下は嬉しそうに足取り軽く部屋を出ていかれたが、すぐに転移魔法で戻ってこられた。
「ごめんなさい! お風呂にいたお掃除番が二人、失神してしまったの……」
うっかりしていた。普段は陛下は夕食後に入浴されるので、主はお見えにならないだろうと、リリスの覇気に耐性の無い者が清掃に入っていたのだろう。
「いえ、こちらこそ思い至りませんで!」
私とミリィは慌てて対応に向かった。
大浴場と隣のシャワールームにそれぞれひとりずつ、男の清掃係が倒れていた。陛下なりにお気遣いされ、人がいない方へと動かれたのだろうが間が悪かった。
ここに来る途中で呼んだ体力のありそうな守衛に一人担がせた。もう一人は私がおぶった。
「ミリィ、陛下が気になる。ここは私に任せてくれ。今日はこれで二回目だ。きっと陛下は落ち込んでおられるだろう」
「そうね。リリスのお姿でお出かけされても、着られる服がようやく少しは揃いましたし。ずっと一着だけでお気の毒でしたから」
「いつもの執務服だけではないのか?」
妻の言い方が少し引っかかった。お出かけとは?
「陛下がレグルス様とお会いになられる時くらい、女性らしい清楚なワンピースやドレスも必要かと思いまして」
ミリィが楽しげに笑みを浮かべた。
私は女性の恋愛事情には疎いし、陛下の身の回りのことは妻に任せておこうと、失神した者を医務室へと運んだ。
陛下の覇気に当てられて失神した者たちが目を覚まし、何も問題ない事を確認してから私は陛下の執務室へと戻った。
そこには見目麗しいどこかの国の姫君が立っていた。
いや、ライラヴィラ陛下だ。見違えた。
「大層お似合いです、陛下」
細かい刺繍がされたレース仕立ての白いワンピース姿に背中の漆黒の羽根が映える。尻尾は布地を破くことなく自然に出て垂れ下がっていた。
「普段はスカートをはかないから、足元が落ち着かないわ」
服に合わせたパンプスも試し履きされ、姿見でしばらくお姿を観察された後、部屋の中をぐるりと歩かれた。
「想いを寄せておられる殿方の前で着る服も必要かと思いまして、執務服と剣士服とは別にご用意させていただきました」
「え、その、私、彼とデートなんてすること……」
「あら、では意中の方はいらっしゃるのですね」
妻が陛下から何かを聞き出そうとしている。
「ミリィ、その辺でやめておきなさい」
私は軽く咳払いをして彼女を窘めた。
陛下は何か思い当たることがあるのか、口を閉じて顔を赤らめた。
「あら、あなた、さっき部屋に入ってきた時、目を見開いて言葉を失っていたではありませんか。殿方はこういうお洋服が好きですね。それを女は逆手に取るのですよ、ふふふ」
妻は少しスカートの丈を長めに直しましょうとやら、腰はもう少し絞りますかとか、胸元はどうですかと、何やらあちこち確認してメモを取っていた。その間、陛下は戸惑いの顔を隠せず硬直して頷くだけで、ほとんど無言になっておられた。
「もう一着、紺色の丈がもう少し長いワンピースもございまして。お着替えになられますね? あなたは出ていってくださいませ、ベルント」
私は妻の使う風魔法で無理やり背中を押されて、部屋から追い出された。
ここからは女同士での気取らないお喋りの時間だろう。陛下にとっては貴重な、まともに人と話のできる機会でもある。良い気晴らしになればと思う。




