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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第十二話 ライラヴィラの願い
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12ー3 解散

 ライラヴィラはスペランザ城へ戻った。上空を旋回していた漆黒の翼獣姿の幻獣ロイが(あるじ)の帰還に気づいて、地表へ降り立つ。大魔王の手が彼のたてがみを()でた。


「城と城下町は問題ない。住まう民の被害も無いはずだ。ただ、そなたの姿が少々変わっているようだな。我はその力が心地よいから気にせんが」

「ロイ、助かったわ。みんなを護ってくれてありがとう。こちらの問題は片付いたよ。心地良いって深淵の力? ロイは闇の幻獣だからか」

「うむ。純粋な闇の力は、(われ)にとって最高の安らぎである」


 彼はしばらく休ませてもらうと告げて、主の影へと溶けるように入り消えた。

 城の正門から広間へ入ると、先に城へ戻っていた侍女長ミリィが出迎える。


「陛下、おかえりなさいませ。まずはお着替えを……お手伝いいたしますので」


 ミリィの言葉で、ライラヴィラは自分の身体を改めて確認した。

 背丈ほどもある二枚の黒い羽根と、長く伸びた黒い尻尾が生えてしまったため、背中から臀部にかけて大きく衣服が破れてしまっていた。

 ミリィがそっと羽根を避けて腰に布を巻き、彼女の淡紫(たんし)の肌を隠す。


「うわっ、こんなので飛んじゃったのか。恥ずかしい……」


 ライラヴィラは城勤めの従者たちに見られぬよう、慌てて転移魔法で城内の自室に戻った。

 

 いつもは着替えの支度を手伝う侍女は数人いるのだが、ミリィひとりだけでライラヴィラの破れた戦闘用装束を脱がせられた。露わになった淡紫の肌を丁寧に湯で湿らした布で拭く。激しい戦闘で全身が土埃(つちぼこり)で汚れていた。

 身綺麗になるとリリスの羽根を出せるように、背中が大きく開いた装束を着せられる。腰回りは急ごしらえで縫製して尻尾が出せる穴が開けられていて、そこへミリィの手で尻尾を通される。

 春が近いとはいえ背中の露出した服を着ると冷える。室内はいつもよりも強く暖房が効かせられていた。

 着替えを手伝ってもらっている間、ライラヴィラは全身を映す鏡の前に立っていた。


「ツノが……こんなに大きくなってしまった……」


 青みを帯びた銀髪の間から長く伸びた、二本の漆黒のツノを触りつつ(つぶや)く。侍女長は目を細めて彼女に応えた。


「陛下は元々莫大(ばくだい)な魔力の持ち主でしたから。今のツノの大きさでないと不自然でした。ごく自然なことですよ」

「小さいのが気に入ってたんだけどな」

「それが原因で牢に誤って閉じ込められたことがあると、衛兵長(ノーラ)から伺いましたよ」

「そう言えばそんなこと、あったね」


 そして改めて背中の羽根を意識して(かす)かに動かしてみた。


「陛下っ、今は動かさないでくださいませ。着付けが崩れます。それに陛下の羽根には鋭い爪が幾つかありますから、どうかお気をつけになって」

「何だか変な感じ……戦ってた時は無我夢中で動かしてたけど、こうして身体の感覚を自覚してみると、今まで羽根なんてなかったから慣れないわ」


 今度は無意識に尻尾が動いてしまった。振れた尾の先がミリィの身体に当たってしまう。彼女の黒いメイド服が少し裂けてしまった。


「痛っ」


 侍女長が思わず声を上げた。


「あっ! ごめんなさいっ」

「いえ、(わたくし)の不注意です。尻尾も先が矢のように(とが)ってますから。ですが早く慣れてくださいませ」


 ライラヴィラは身体の動かし方の練習が要るなと思った。下手すると人に怪我をさせてしまうかもしれない。着替えを手伝っているのが歴戦の魔導師(ソーサラー)である彼女だったから、まだ服を破いただけで済んだのだ。

 身支度を終えるとタイミングを知ったかのように侍従長ベルントが入ってきた。


「皆様方が玉座の間にお集まりです。お疲れだと思いますが、お越し下さいませ」


 慣れない身体でギクシャクしつつ歩いて移動した。



 ◇ ◇ ◇



「大魔王陛下、おなりです」


 ベルントが衛兵たちの手で開かれた大扉の前に立ち、その場で宣言する。

 ライラヴィラは彼についていき、促されて玉座に坐した。傍らには彼女の眷属でありスペランザの守護獣である闇の幻獣ロイが黒ヒョウの姿で控える。


 背中に生えた漆黒の羽根が玉座の背に当たり、収まり心地が悪かったが仕方ないと肘掛けに手を乗せた。頭に生えている長く伸びたツノが背もたれに当たらないようにと首が硬直する。今までは小さなツノでそんなこと気にもしなかったのだ。


 主君である大魔王が玉座にあるのを見届けた従者たちは一礼をして、パタパタと慌てて出ていく。

 ライラヴィラはいつもならそれなりの人数が控えているのに、どうも様子が変だなと感じた。

 その場に居たのは、四人の『(くさび)』を受けし魔王たち、侍従長ベルントと侍女長ミリィ、兵士長アレックスと衛兵長ノーラ。そして勇者ジェイド、魔女ゲルナータだけであった。


「皆さん、人界からの襲撃への対応に感謝します」


 ()した大魔王は、まずは礼を告げた。


「お疲れだと思いますので……」


 ライラヴィラはそれ以上、言葉が出なかった。

 あまりにも激しい戦闘であったし、色んなことがありすぎた。

 何から話せばいいのか、困ってしまった。


「一番お疲れなのは大魔王殿であろう? ハハハッ」


 小さな体の深淵の魔女ゲルナータが子どものような笑顔で笑った。


「ここに居る我ら全員に完璧な治癒を施した上、魔王には『盟約の楔』で再び力を与えた。何より、あの忌々しき天の彼方にひと泡吹かせたのじゃ。最後は爽快であったな、ハハハハッ」


 その場に居た皆も笑い合った。勝利の喝采である。

 ゲルナータは続けた。


「ライラヴィラ。よくぞ悪鬼(アモン)を乗り越えた。そなたの深淵(しんえん)の紋章が真っ赤になった時はどうなるかと思った。ただアモンのような赤黒さはなく、純粋な真紅(しんく)であった。リリスの目覚めをこの目で見ることが出来たのは感無量じゃ」


 ゲルナータが少し下がり、ベルントがライラの前に進み出た。


「陛下のそのお姿が『闇の深淵の守護者リリス』と呼ばれる大魔王であるとは、(わたくし)は存じませんでした。ですが陛下のお父君ランダステン様はきっとご存知だったのでしょう」


 ライラはベルントに言われて思い出した。


「ええ、深淵の中に居た父から最期に聞いたのが『リリスに賭けた』だったの……」

「きっとランダステン様は今頃、彼方で笑っておいででしょう。賭けに勝ったと」


 ベルントが珍しく微笑んだ。そしてゆっくり下がり控える。

 

 次に兵士長アレックスと衛兵長ノーラが前に出た。


「各地のミラリスゲート付近での戦闘ですが、人界軍はさほど攻撃してきませんでした。魔界の暗蝕(あんしょく)に耐えられず撤退するものも多数確認しました。あまり練度の高い部隊ではなかったのでしょう。急ごしらえといった印象でした」

「我ら防衛兵団の被害も怪我人は出たものの死者はありません。陛下からの伝令通り、こちらから人界軍への攻撃も極力控えました」


 二人からの報告を聞き、少し気持ちが軽くなった。何の罪もない民を巻き込みたくはなかったし、兵たちの被害も抑えられえたのは幸いだった。


「ありがとう、ご苦労でした。皆が十分休まれるよう配慮を」

「はっ! では我らは失礼いたします」


 アレックスとノーラは早足で玉座の間を出て行ってしまった。

 いつもなら二人はこの場に残っているのに、他の従者たちと共に姿を消すし、ライラヴィラは違和感を感じる。

 

 次は勇者ジェイドがライラヴィラの前に進み出た。


「ライラ、ディルクを助けてくれてありがとう。魔界の大魔王の君に人界の勇者が二人も助けられるなんて。いや、そんな事はどうでもいいね。本当に、感謝しきれない。そして、こちらの皆さんに多大なる迷惑をかけた事、お詫びします」


 ジェイドは魔王たちの方へ向き直り、深く頭を下げた。


「頭を下げて済む事ではないのは分かっています。でも今は、こうしてここに同席させて頂けてること、皆さんの寛大な心に、謝罪させてください」


 勇者は頭を下げたまま、動かなかった。


「ジェイド、頭を上げて。あなたもディルクも、教団のクロセルが光の欠片を二人の身体に埋め込んでしまったことが暴走の原因。そもそも人界軍をけしかけてきたのはサンユノア教団とクロセルです」


 ライラヴィラはそう語ると、玉座から立ち、ジェイドのそばに寄った。


「勇者も大魔王もない、サンダリットのいつもの『兄さま』でいて。あなたは私の乳兄妹なのだから」


 大魔王の発言にその場の皆がざわついた。

 魔界では誰にも言ってなかったから当然である。


「ジェイドのお母さんのおっぱいを飲んで、赤ん坊の私は育ったんです。だから私に免じて皆さんもどうか、彼を責めないでください」

「ライラ……」


 顔を上げたジェイドは涙を幾筋も流した。


「こんなに泣いて、格好悪いわ、ジェイド」


 ライラヴィラは彼にハンカチを渡して、再び玉座へ戻った。


「医務室にいるディルクとアイリーンと共に、そろそろ人界へ帰るね。いつまでもお世話になってられないし、アイリーンは闇耐性が高くないから」


 ジェイドは周りの皆に何度も礼をして、玉座の間からひとり出て行った。

 

 最後に魔王たちがライラヴィラの前に集まった。


「ライラヴィラ、いや、守護者リリスとこれからは呼ぶよ」


 魔王アルトバルンが大魔王を見上げる。


「君とはもっと色々話がしたいな。光魔力のことも教えて欲しいし。今日はもう帰るけど、また会えることを楽しみにしてる」

「私もあなたと話し足りないわ。アルトも一緒に茶話会などどう? 短い間にリリスとかいう、よく分からないものになったあなたと、お友達になりたいわ」


 魔王ロゼフィンは満足気に微笑んだ。


「私はリリスに人界案内をしてもらいたいですね、ふふふ」


 魔王ネウレディドもいつになくご機嫌だった。

 そうして話を済ませた三人の魔王は転移魔法でそれぞれの国へと帰った。

 


 ライラヴィラは玉座から立ち、最後に残った魔王レグルスと深淵の魔女ゲルナータの前に進んだ。


「聞いてもいい?」


 ライラヴィラは率直に感じていた違和感について尋ねた。


「みんなどうして慌ててここを出ていくのかなって……私に気を遣ってるの?」


 レグルスとゲルナータは顔を見合わせた。


「あー、おまえ、自覚無いんだな……」


 レグルスが言いにくそうに口を開いた。


「リリスのおまえから放たれる、莫大な覇気(はき)にみんな当てられてしまうからだ。魔力の弱いものは近づくことも出来ないし気を失うこともある。それなりに力のある者でも結構疲れるんだ。俺は平気だぞ、師匠の修行の成果というところ」


 思わぬ言葉にライラヴィラは絶句した。

 ——私から放たれる覇気って? そんなもの、どこに?


「深淵の守護者リリスが誕生したのは、太古以来の何千年ぶりと言ったところじゃ。だから誰も慣れておらぬ。堪忍してやってくれ」


 ゲルナータが申し訳なさそうに言った。

 ライラヴィラは無言で控えていたベルントとミリィの方を向いたが、彼らはにこやかにその場に平静でいる。


「彼らは流石は魔王ランダステンの腹心の従者。何とも無いようであるな」

「前魔王妃リーヴィー様の光魔力も、ある意味暴力的でしたからな」


 ゲルナータの言葉にベルントが淡々と応えた。


「ではわしも家に帰るかの。また落ち着いたら尋ねてまいれ」


 ゲルナータも転移魔法でその場から消えてしまった。


(わたくし)たちは次の用がありますので、申し訳ありませんが一度下がらせていただきます。何かありましたらお呼びくださいませ」


 なんとベルントとミリィも玉座の間から大魔王を置いて出て行ってしまった。

 ライラヴィラとレグルスは広い玉座の間で二人っきりになってしまった。

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