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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第十二話 ライラヴィラの願い
55/225

12ー2 決着

「私は、悪鬼(アモン)を超える」

 

 ライラヴィラの身体が空へ浮かび上がる。

 

 亡き父から魔王戴冠の折に贈られた、手にしていた魔剣を構えた。

 レーヴァテインに刻まれた古代魔界文字が真紅(しんく)の光をたたえて浮かぶ。

 

 ——愛するもののために、その力を奮え——

 

 ライラヴィラは紅き魔眼をそっと閉じた。自らを浸食せんとする闇の深淵(しんえん)へ、逆にその身を委ねる。心臓に施された深淵の鍵が彼女の鼓動と重なった。

 

 

 

 真紅の紋章が彼女の身体を超えて大きく輝く。

 紋章に刻まれている紋様と不思議な文字のようなものが回転を始めた。

 彼女の身体を取り巻く(あか)螺旋(らせん)が幾筋も浮かび、そこから虹色の光が(にじ)んで広がり始める。

 常闇(とこやみ)であったはずの中心から、七色の虹の光が渦を巻いて(あふ)れ出す!

 それがライラヴィラの身体を覆い尽くし、更に広がっていく……。

 


「なんという、忌むべきものが……!」

 


 上空のクロセルがライラヴィラに光の鞭で何度も攻撃した。

 しかし七色の光が全て弾き返した。

 ローブの僧正が恐怖でガタガタと震えだす。

 光の刃を何度も虹の光できた球体へと突き刺すが、全て折れた。

 

 七色の球体が帯状のものに巻かれ、そして解けていった。

 ライラヴィラの胸元に虹色に輝く深淵の紋章があった。

 小さかったツノが太くなり、大きく伸びて緩やかに湾曲している。

 背中には彼女の背丈ほどの大きな、コウモリのような漆黒の羽根が二枚、ゆっくり羽ばたいていた。

 そして、先が矢のようになった黒く細長い尻尾も垂れ下がる。

 ツメの色は黒く戻り、少し長くなっていた。

 彼女の魔眼の瞳が真紅に輝いて、青銀髪がたなびく。

 

 ライラヴィラは無言で、手にしていた魔剣をクロセルに向けて、片手で軽く振り下ろした。

 クロセルは多重結界を再び張ったが粉々に砕かれ、吹き飛んだ。

 

 漆黒の羽根を広げた『闇の女王(ライラヴィラ)』は地上に降り立った。彼女は片手をそっとかざすと、魔王たちを蝕んでいた深淵の浸食を全て吸い取り、自らの内へと流した。

 

 手にしていた魔剣を軽く振り回すと、虹の光が粒子となって勇者たちや魔王たちへ注がれた。皆の傷がみるみるうちに癒えていく。

 

 空のあちこちから、ある一点を目掛けて光が注がれた。

 そこには再びクロセルが何か圧のある力を(まと)い、浮いていた。

 ライラヴィラは背中の羽根で再び空に上がった。

 

 

 


「お、おまえは、闇の深淵の守護者、リリス!」

 

 

 


 クロセルが大声で震えつつも叫んだ。


「天主に仇なすものっ!」


 彼から幾重もの光の槍がライラヴィラに打ち込まれた。

 しかしライラは全てを手にした魔剣で斬り払った。

 

「もう、やめてください」

 

 ライラヴィラは両手で魔剣を構え直した。

 クロセルに向かって真っすぐ振り下ろす。

 しかしクロセルは天から降りてきた光の梯子(はしご)に吸われて消えた。

 

「逃げたか……」

 

 闇の女王(リリス)は空を見上げた。

 天から一斉に光の刃が注がれ、落ちてきた!

 虹色の深淵の紋章が大きく広がる。

 彼女はそれを空全体へと向けて覆い、虹の魔法陣を広げて吸収した。

 

 地上で、けたたましい轟音(ごうおん)が響いた。

 ライラヴィラは地上に降り立ち、魔眼で周囲を彼方まで見渡す。

 アシュリトス領のはずれにあるはずのミラリスゲートが、割れて粉々になっているのが視えた。

 

「ミラリスゲートが、壊れた」


 ライラヴィラはその場にいた全員に告げた。


「クロセルがそこを抜けて人界(ライトガイア)へ逃げた。私は彼を追います」


 姿がすっかり変わってしまったライラを見て、皆、最初は何も言えずにいた。


「魔界は我らが守ろう。追いかけられよ、深淵の守護者リリスよ」


 魔女ゲルナータが最初に口を開いた。ライラの姿を輝く目で見つめる。


「そなたは奇跡を起こしたのだな」


 魔王たちも立ち上がり、ライラヴィラの前に進んだ。


「全身ボロボロだったはずなのに、すっかり元通りだ」


 レグルスが立ち上がり、ライラヴィラにいつもの満足気な笑みを向ける。彼の傷もすっかり癒えて、鍛えられた褐色の身体が破れた戦闘用装束の隙間から覗く。


「俺たちが魔界を守る。もう一度『盟約の(くさび)』を施してくれないか。深淵の力を貸してくれ」


 その言葉に魔王アルトバルンが続いた。


「深淵の守護者、真の大魔王リリス。私もあなたの『盟約の楔』を受けたい。魔界のために尽くします」


 アルトバルンはライラヴィラの前で(ひざまず)いた。

 魔王ネウレディドとロゼフィンも彼の隣に並び、(かしこ)まる。


「わかりました」


 ライラヴィラは虹色の深淵の紋章から術式を呼び起こし、四人の魔王に同時に『盟約の楔』を施した。

 虹色の楔が描く紋様は首ではなく、それぞれの右手首に巻き付いた。


「これであなたたち魔王の命を蝕むことは無いかと。深淵の力を貸すための契約です。どうか魔界をお願いします」


 四人の魔王は大魔王へ(うなず)いた。

 あちらこちらのミラリスゲートから音が響く。


「そろそろ人界軍にはお帰り願おうか」


 レグルスの声掛けで、四人の魔王はそれぞれの領地近くにあるゲートへと分散して向かった。

 



 ジェイドとアイリーンはは未だ目を覚さない勇者ディルクの元にいた。

 ライラヴィラは彼らの側に寄り、声をかけた。


「ディルクは時間が少し必要だろうけど、記憶は戻るから。守っててあげて。身体の怪我は治しておいたわ」

「ライラ、ありがとう。やっぱり助けられちゃったね」


 アイリーンの瞳が潤んだ。勇者ジェイドも骨が折れてだらりと垂れていたはずの左腕がすっかり元通りになっている。


「ディルクには僕たちがついているよ。さあ行ってきて、ライラ」

 

 大魔王(リリス)は勇者ジェイドの言葉に頷くと、再び漆黒の羽根で空へ上がった。

 宙に虹色の光で転移魔法陣を大きく描く。

 そして逃げたクロセルを追って陣の中心へと身を通し、人界へと直接移動した。



 ◇ ◇ ◇



 転移魔法陣を抜けると、人界の勇者村サンダリット上空だった。

 よく見ると、賢者フォルゲルが村の広場からこちらを見上げている。


(じい)さま!」


 ライラヴィラは深淵の守護者リリスの姿でサンダリットに降り立った。

 突然空から現れた、見たこともない姿の魔族の出現に村の人々が驚いて逃げていった。


「これっ! 皆が驚いてしまうではないか」


 いつものお叱りを受けた。

 それが嬉しかった。


「クロセルが魔界からこちらへ来たはずです。私はあの者が、許せない」


 ライラヴィラは辺りを魔眼で探したが見つからない。


「天主が隠してしもうたな」


 フォルゲルが答えた。

 その時、人界の空の色が一面の灰色に変わった。

 魔界に降り注いだのと同じ、光の刃が空から数本、地表に突き刺さった!

 光と轟音の災厄に周りから悲鳴が上がる。


「むむっ、いかんの」


 賢者が(うな)った。


「ライラヴィラよ、今のそなたなら天主に一矢報いることが出来るやもしれん」


 長老は手にしていた杖を空に向けて語り続ける。


「遥か彼方にうごめくもの。それにあやつが落としてくる光の刃を返してやれ」

「どこにいるか分からないのに、出来るのですか?」


 ライラヴィラは問うた。

 そもそも『天主』というものが、まだよく分からない。


「出来る。やってみよ」


 ライラヴィラは(おきな)からそう言われたときは、するしかないのだと悟った。


「わかりました」


 賢者に告げると、漆黒の大きな二枚羽根を羽ばたかせて空高く飛び上がった。

 

 ライラヴィラは天から落ちてくる光の刃を受け止めるために、虹の魔法陣を数個生み出し、上空へ設置する。落ちてくるタイミングに合わせてそれを受け止め、魔法陣で(つか)んだままにした。

 真紅の魔眼の力を最大限にまで高めて狙いを定める。

 

「あれか!」

 

 空の彼方に漆黒の人影のようなものが視えた。

 ライラヴィラは魔法陣で掴んだ光の刃を、そのまま魔法陣を反転してそこへ向かって飛ばす。猛スピードで空の彼方へと光が消えていく。

 彼女の魔眼に映る、彼方の黒い影の肩と思わしき部分に突き刺さった!

 

 空が灰色から元の青空に戻った。

 漆黒の人影のようなものはライラヴィラの魔眼でも見えなくなった。

 辺りは一瞬静まりかえったが、地上で暮らす人界の民たちのどよめきが一斉に上がった。

 

「ライラ……(いな)。深淵の守護者リリスよ、今日はもう魔界へ帰るがいい。落ち着いたらまた、この(じい)に、会いにきてくれ」

「爺さま! また人界(ライトガイア)に来てもいいのですね?」

「もちろんじゃ、ここはそなたの育った土地じゃぞ」


 フォルゲルの言葉を聞いて、ライラヴィラは転移魔法陣を空間に再び描き、魔界(ダークガイア)へと帰った。

 



 魔界へと戻ると、ライラヴィラは自分の背中に生えた羽根で飛びまわり、攻めてきていた人界軍の様子を見て周った。

 魔王たちと防衛兵団が人界の軍勢を順にミラリスゲートへと送り出していた。どうやら大した戦闘にはならず、無血退避した模様である。


「良かった……最悪の事態にはならなかった」


 ただミラリスゲートはクロセルが壊してしまったものと、もう一箇所が使用不能になっていた。

 ゲートが壊れるという事態が異常であることをライラヴィラは理解していた。

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