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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第十二話 ライラヴィラの願い
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12ー1 限界

 ライラヴィラは倒れた魔王レグルスの傍によろめきつつ座り、治癒魔法を両手から放った。

 ——気を失うまで私の心臓を蝕む闇の浸食を肩代わりしてくれた。こんなことさせないつもりだったのに。


 魔界では出来るだけ使わないようにしていた、光の癒しの力を込めてレグルスの身体に触れる。漆黒の立派なツノが生えている頭から黒髪を()でおろす。頬を伝って『盟約の(くさび)』を施した首から肩、背中へと。彼女の手が彼の腰に触れたところで、金の瞳がそっと開かれる。


 そこへ再び天から光の刃が落ちてきたが、後方で控えていた魔王ネウレディドの結界術で中和されて消え去った。


「まったく、自分よりも先にその男の治療ですか? あなたは魔界を支える『鍵』の宿主ですから、倒れてはいけないのですよ」


 ネウレディドは大きなため息をつきつつ、魔王が気付いたのを確認する。


「……すまない、助かった」


 目覚めたレグルスは横たわったまま、ネウレディドが放った結界で大魔王が守られたのを見て、彼に礼を伝えた。ライラヴィラもレグルスから手を外して彼の方へ振りむくと、切れ長の瞳が何度かまばたきをして口角を上げる。


「大魔王を守らねば、魔界は再び深淵(しんえん)の浸食で滅びの危機に直面しますから」

「ありがとう、ネウレディド」

「お節介は自分の身が万全のときにするものですよ、お嬢さん」


 結界術で守られたライラヴィラからのお礼の言葉に、ネウレディドは顔をそむける。いつもの偏屈魔王とは違う、照れ隠しをする態度がライラヴィラの気持ちを少しほぐした。


「俺が……深淵の浸食を、楔で引き受ける。おまえは、アレを倒せ」


 レグルスは地面に仰向けで倒れたまま、上空を凝視する。

 そこには多重結界を張り巡らしたクロセルが浮かんでいた。


「レグルス、早く終わらせるから……待ってて」


 ライラヴィラは身体がふらつかないよう、足を踏みしめて立ち上がる。激しい戦闘で、魔王や勇者たちの魔力が地表の残雪をすっかり溶かしてしまっていた。

 勇者ジェイドたちの傍にいたゲルナータが治癒魔法(ヒーリング)の水霧を飛ばし、立つだけで精いっぱいだった大魔王の身体を包みこむ。彼女から極度の疲労と痛みを消した。


「わしも、もうこれが精一杯じゃ。頼む、行け!」


 ライラヴィラは動けるようになった身体を奮い立たせ、魔剣を構えて飛空魔法で空高く上がった。


「まだそんな力があるのですか」


 クロセルがライラヴィラ目掛けて光の鞭を何本も打ち付けてくる。

 ライラヴィラはそれを魔剣レーヴァテインで打ち返していき、光と風を合わせた雷の剣をクロセルに振り下ろす。

 しかし彼の多重結界を破ることはできない。


「なんという強固さ……」


 ライラヴィラは四重魔力(カルディフレア)を全身に(まと)い、それを魔剣へと移した。


「いつの間に、貴様は六属性を操るようになったのですか」


 クロセルが怪訝な顔を見せる。


「答える必要はない!」


 ライラヴィラは何度も手を止めずに、クロセルを囲む多重結界に四属性を宿した魔剣を打ち付けた。


「精霊の意思、ですか」


 クロセルが幾重もの光の鞭を触手のように操った。執拗に大魔王を狙う。


「私の(たまわ)りし天主の力は、そんなもの超えていますよ」


 繰り返し光の鞭で打ち付けられて、ライラヴィラは全ての打撃を防ぎきれなくなり、地表に吹き飛ばされた。

 彼女は風魔法を背中側に広げて、辛うじて地表には激突せず足で大地を踏む。受け止めた圧が強く、両足が足首まで地面にめり込んだ。足元から上へと痛みが走るが、ライラヴィラは身体に痛覚緩和術を流して誤魔化す。


四重魔力(カルディフレア)でも、あれには通用しないのか」


 ライラヴィラは更にどうすればいいか、再び宙へ飛び上がりつつ考えた。

 しかしこれに加えて、光や闇の魔力を同時にコントロールする魔力量は無い。


「援護、するぞ……」


 レグルスは手をついて起き上がり、地面に座ったままで大剣を構える。

 首の(くさび)がバチバチと音を立てて締め付け、立つことはもう出来なかった。


「私も、引き受けましょう」


 魔王ネウレディドも自らに施された『盟約の楔』を強める。

 首に巻く大魔王の術から、深淵の浸食がネウレディドにも襲いかかった。


「レグルス、これで少しは、あなたは立てるはずです……」


 ネウレディドはその場で気を失った。倒れる彼をアルトバルンとロゼフィンが支えに回った。そっと彼を地面に寝かせる。


「おいっ!」


 後方で気を失った魔王を見て、レグルスは大剣を支えにして立ち上がった。


「この借りはいつか返すからな、ネウレディド」


 魔王ロゼフィンがネウレディドの傍で座り、手を突き出した。


(わたくし)もこれが限界ね……レグルス、あいつに一発お見舞いしてやって!」


 ロゼフィンから闇の力による身体強化と痛覚緩和術がレグルスに注がれる。


「サンキュ、そこで待ってろ」


 レグルスは大地を踏みしめて立ち、烈火の大剣デュランダルを真っすぐ掲げる。


 「こんちくしょう————っ! ライラ、受け取れぇっ!」


 レグルスは自らの持つ力を全て乗せた、四重魔力(カルディフレア)の波動をライラヴィラに向けて撃った!


「これは!」


 ライラヴィラはレグルスから放たれたその波動を自らの魔剣で(つか)み、更に光と闇の魔力を乗せて融合させる。

 そこに虹色の光線が生まれる————。

 

「あれは、ランダステンが残した虹の光と同じものか⁉」


 魔女ゲルナータは、それをはっきり見た。


「まさか、六属性……? いや、もう一つの力は?」

 

 ふたりで編んだ七色の光線がクロセルの多重結界を打ち壊した!

 

「まさか……ふたりがかりでコレを作るとは」


 クロセルの顔が歪んだ。顔色が変わる。


「今度こそ最後にしてやる! 闇に()ちた『光の申し子』などっ!」


 クロセルはは空中のライラヴィラに向けて、何重もの光の塊を編んだ力を撃った。

 ライラヴィラは魔剣を構え、前方に自分の魔力を解放して受け止めたが、光の爆圧を受け止めきれない。

 彼の力に押されて猛スピードで地表に落下し、地表が迫る。

 



 ところが————。

 レグルスがライラヴィラを間一髪で受け止めていた。


「グフッ……」


 レグルスは満身創痍だった。

 内臓もやられ、骨も複数折れ、血を吐いた。


「レグルスッ!」


 ライラヴィラは振り返り、自分を支えた彼の体に腕を回した。そっと地面に彼の身体を寝かせて休ませる。


「良かった……おまえを失わずに、済んだ」


 彼は目を細めて微笑んだ。首の楔がますます音を立てて生命(いのち)を締め上げる。全身のあちこちから血が(にじ)んでいた。


「俺は、おまえがいないと、ダメなんだ……俺は、ただ、おまえには笑っていて欲しい……こんな、俺が引き受けるべきだった苦しいものを、おまえに背負わせておいて、俺は、勝手だよな……」


 ライラヴィラの瞳からは音なく涙が流れ出る。

 レグルスは涙で濡れた彼女の頬を血のついた手でそっと触れた。

 彼の手のツメは黒かったはずなのに紅く変色しており、漆黒のツノも紅みを帯びている。


「泣くなよ……笑え……」

「そんなの、無理……」


 ライラヴィラは頬に触れる彼の手に自分の手を重ねた。

 彼女も魔族特有の黒いツメが紅く色づいている。


「私は……あなたをこんな目に遭わせてしまって。私の前で一番、輝いていてほしい人を、こんなふうにしてしまって……」


 ライラヴィラの潤んだ魔眼の瞳が紅く輝く。小さなツノも黒から紅へと染まった。


「私は、あなたが、(まぶ)しいあなたが好き。だからもう、こんなことは……終わりにしましょう」


 ライラヴィラはレグルスにこれまで言えなかった、素直な想いを告げた。

 



「あの紅き光は……悪鬼アモンのものでは無いな?」


 魔女ゲルナータはライラヴィラとレグルスを凝視した。

 魔族特有の、黒いはずの二人のツメとツノが紅く輝いた。

 

 全く動けない彼をそっと寝かせ、彼女は立ち上がる。


「我の、大魔王の『盟約の楔』は、ここに()いて解除する」


 ライラヴィラは三人の魔王に施していた、楔の術式を全て切った。


「ライラ……ッ」


 動けないレグルスは、ただ彼女を見る事しか出来なかった。

 

 ライラヴィラの胸元にある深淵の紋章から、紫の部分が完全に消えた。

 

 紋章が真っ赤な光を放つ。

 深淵の鍵が彼女の心臓を乗っ取っていく。

 ライラヴィラの黒いツノも、ツメも、魔眼も、完全に真紅(しんく)に染まった。

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