11ー3 激戦
三日後、一旦撤退していた人界軍が再度、魔界へと襲来する。
各地のゲートから一斉に武装した集団が侵入し、無差別に攻撃してきた。
大魔王からの伝令が事前にあったことで、魔界各国それぞれの領地内外にあるゲート前には魔王が派遣した魔騎士や防衛兵団が待ち構えていた。それが効して魔族の民が暮らす領域への侵入はくい止められていた。
「ミラリスゲートって、普通はこんなに簡単に通れないのに」
大魔王ライラヴィラには当初から疑問があった。
そもそもゲートは通れたり通れなかったり、他へ弾かれたりするはず。
人界から統制のとれた軍勢が、一斉に漏れなく押し寄せるのはなぜか。
ただ時間稼ぎなのか、さほど強く攻めてはこないのが不幸中の幸いではあった。
「遥か彼方の『天主』が絡んでおるかもな」
スペランザ城の玉座の間に詰めている魔女ゲルナータが告げた。元は人界の小人族の老婆は、小さな身体には似合わない威圧感を見せる。
「二つの世界を結ぶゲートは我が師ハニンカムが管理しておるが、その権限を超える存在は、そこしか思い当たらぬ」
——『天主』とは何か。
精霊とは違う、得体の知れない彼方にあるという存在。
そもそも、この世界の構造はどうなっているのかは謎が多い。
今そんなこと考えても途方もないかと、ライラヴィラは疑問を心の底にしまっておくことにした。
「アシュリトス領のはずれに現れました! 欠片の勇者です!」
スペランザの兵士長アレックスが玉座の間に慌てて入り、一報をもたらすと大魔王の前で跪く。
ライラヴィラは玉座から立ち上がると、ディルクを元に戻すべく出陣を決めた。
◇ ◇ ◇
勇者ディルクは前より更に纏う光の量が増えていた。
眼の焦点は合わず、巨人族の大きな身の丈で肩を揺らして歩いてくる。大地を伝わる彼の力は、向かい合った魔王たちに痺れを感じさせた。
「多分どこかにクロセルが居る。勇者に注ぐ『原点』の力の量を調整してるんだ」
勇者ジェイドが皆に告げた。色白の右手に長剣、左手に握られた小型の盾は光魔力をたたえて白い色を纏う。彼の金髪が魔力を受けて艶を帯びる。
「僕はあれを一時的にとはいえ施術されだから分かる。無理に『光の原点』から力を注がれると、勇者といえども意識が保てず感情が拡散する。あの苦しみから早く彼を助けたい」
ライラヴィラ、レグルス、ジェイド、アイリーンの四人が勇者ディルクの前に構えた。後方では魔王たちと魔女ゲルナータが準備している。
上空に僧正クロセルが姿を現した。地上に並び立つ四人を見下ろして呟く。
「何かのパーティーですか、勢揃いですね」
腕を組んで宙に浮いているクロセルが不気味な笑みを浮かべた。
「では、参加させてもらいますか」
クロセルが右腕を上げた。
空から光の刃が幾本も落ちてくる。
後方の魔王たちが魔法陣や結界を作り、地上に落ちてくるのを防いでいく。
そして地上では、勇者ディルクが大地を蹴り上げて向かってきた!
「あいつの狙いは大魔王であるライラだけだ。おまえは下がれ、俺が前に出る」
レグルスは前に飛び出てディルクの槍斧を烈火の大剣で受け止めた。
ライラヴィラは闇と炎の魔力を纏い、ディルクの動きを見定めた。
「欠片を、今度こそ彼から取り出すっ」
ライラヴィラは魔剣レーヴァテインから放つ黒い炎の帯でディルクの欠片があるみぞおちを狙うが、勇者の動きはとても早くて避けられてばかりだ。
「僕も行くよ!」
ジェイドが剣と盾を持ち、光と風の魔力を全身に流した。
レグルスとジェイドが交互にディルクと打ち合うが、ディルクの動きは力強く素早くて止まらない。
アイリーンが水魔法で、味方の受けた痛手を瞬時に回復していく。
「危ない!」
天からの光の刃がレグルスとジェイドを狙う!
ライラヴィラは胸元に秘めた深淵の鍵を咄嗟に開いて、常闇の障壁で防いだ。
彼女の紋章の色が赤紫からまた少し赤みを強く帯びて変化する。
「それは使うなと言っただろう!」
レグルスが怒鳴った。
「ザインだけでなく、おまえまで悪鬼になったら、俺は……」
勇者ディルクは執拗にライラヴィラ目がけて突き進んでくる。
魔王レグルスは彼女の前に立ち、炎と大地の魔力を纏った大剣で槍斧を受けた。放つ烈火の覇気が彼の黒髪を巻き上げ、漆黒のツノが橙に照りかえした。
当たった部分が熱気を槍斧に伝え、その圧でディルクを押し返す。
「おまえを絶対、悪鬼にはしない!」
レグルスがディルクに大剣を振り下ろさんと、両腕を頭上に伸ばす。
「ダメですよ、それは」
上空のクロセルが、光の刃をレグルスへ向けて落とそうと狙いを定める。
「むむっ、いかんっ!」
後方の魔女ゲルナータが上空からの異様な魔力に気づいて、構える。
「レグルス、危ない!」
ライラヴィラも宙に浮いているクロセルの動きに気づいた。
彼を守るために常闇の壁を構えかけた、その時——。
振り向いたレグルスがライラに飛びつき、強く抱きしめた。
彼の唇が、彼女の唇に重なる————。
「んんっ! は、離してっ!」
ライラヴィラは手でレグルスを押し返したが彼は微動だにしない。
レグルスの彼女を抱きしめる力は強く、重なった唇を外せただけだった。
「こうでもしないとな。おまえ、常闇の力をまた使う気だろう?」
レグルスがライラヴィラに金の瞳を向けてニヤリと笑った。
ライラヴィラは視線が合い、彼の息が頬にかかり、その熱を感じて、心の鼓動が一気に上がる。
二人の前にゲルナータの防壁魔法が展開し、光の刃は弾かれた。
幾筋にも分かれた光線が飛び散って消えていく。
「流石、師匠だな」
「どさくさに紛れて、何をしとるっ」
ゲルナータはライラヴィラを抱きしめたレグルスを睨み苦笑した。
「こいつを止めるのに一番効果があるのは、これかなっと」
レグルスは悪びれもせず、ライラヴィラを抱きしめていた腕をそっと離した。
そして彼女の耳元に囁く。
「おまえの身に何かあったら、俺がきっと先に悪鬼になる」
「えっ?」
「だから、俺はおまえを蝕む、闇の浸食を引き受ける」
レグルスは自らに施されている『盟約の楔』の効力を上げた。
彼の首周りの紋様が紫の光を発して消えた。
ライラヴィラは深淵の鍵から感じていた、気持ち悪い何かが減ったのが気付いた。
「だめよ、そんなに浸食を吸ったら!」
ライラヴィラは、彼が限界を超えて自分を支えようとしてくれているのが分かった。彼にこれ以上負担をかけまいと『盟約の楔』を切ろうとした。
しかし魔王は、解除の術を発動させようとした彼女の手を握って制止する。
「頼むから、黙って守られてくれよ、大魔王様」
レグルスはライラヴィラの肩を軽くたたき、再び勇者に向かって駆けていく。
彼女は彼の言う通り、今は堪えるしかないのだと両手を握りしめた。
勇者ディルクとの戦いは拮抗状態が続いた。魔王レグルスと勇者ジェイドが同時に向かっても欠片を埋められた彼の力は甚大で、槍斧を手に仁王立ちになる彼を崩せなかった。ふたりを援護する治癒師アイリーンにも疲労の色が現れる。
「そろそろ、仕上げますか」
クロセルが両手を広げて勇者ディルクに向けた。
「ぅぁああがあぁアアッ!」
ディルクの全身が白い光の身体へと溶けていく。
そこにはもうヒトとしての面影はなく、ただの光の人形が立っている。
「ディルク! 今度こそっ」
ライラヴィラはふたりの後方から幾度も勇者の身体に埋められた光の欠片を狙ったが、弾かれたり避けられたりして未だ彼を元に戻せてなかった。
大魔王を護らんと、更に後方の魔王たちがライラヴィラの周りに防御結界を展開する。
「こちらも邪魔ですね」
クロセルは後方の魔王ロゼフィンと魔王ネウレディドを狙う。
光の弾が無数に魔王たちへと隕石が落ちるがごとく放たれた。
「変化せよ!」
魔王アルトバルンが紫の魔眼の力を最大にして解放した。
光の弾が水球になり、はじけて蒸発して消える。
「ふうっ、あれは化け物ですね……」
アルトは額の汗を腕で拭った。彼の見た目は若者だが、五百年近く生きている肉体はすぐに悲鳴を上げてしまう。
彼の様子を見て危機を察したロゼフィンが治癒魔法をアルトバルンに施す。
「アルトッ! そんなくらいで息を切らしてっ。しょうがないわね」
「助かりましたよロゼ。こんなに魔眼の力を使ったのは久しぶりです」
後方の魔王たちはなんとか事なきを得た。
しかしその隙を狙い、今度は勇者ディルクと対峙していたジェイドやレグルスたちに光の刃が向かう!
アイリーンが水魔法の水流でできた防壁を最大限に引き上げたが、幾筋もの光を全ては防ぎきれなかった。
ジェイドの盾が割れて飛んで彼は左腕を負傷し、アイリーンは遂に魔力が尽きてその場で倒れ込んだ。
「リーンっ!」
傷ついたジェイドが横たわるアイリーンの側に寄ってしゃがんだ。
「ごめん、もう魔力の限界……」
「リーンはここで休んでて」
ジェイドは傷ついた左腕をだらりと下げたまま、右手の光の剣を構えた。
「まずは裏切り者の勇者を片付けますか」
上空のクロセルがジェイドたちに光の刃を天から振り落としてくる。
「させるもんですか!」
ライラヴィラが彼らの前に出て常闇の障壁を展開し、光の刃を防ぎ切った。
胸元の紋章は半分を超えて赤黒くなり、紫の光の割合が減っている。
「うっ……くうっ」
ライラヴィラは胸を抑え、心臓を浸食する深淵の鍵の力に呻いた。
「ライラヴィラ! こやつらはわしが守るから、もう常闇の力は使うではない!」
ゲルナータがジェイドたちの前に立った。老婆は木製の杖を構えて上空を睨む。
「そなたの深淵の鍵、使えてあと二回だぞ。それを超えることは悪鬼の目覚めを意味する」
「……わかりました」
ライラヴィラは振り向いて魔女に返事をし、向かい立つ勇者ディルクに向けて魔剣を構え直した。
——常闇の力を使わずに、あのディルクの欠片を取り出すにはどうすればいいのか……。可能性のあることは何でもやるしかない。
「やったことないけど、三属性、いえ、四属性の魔力を……」
再び光の傀儡と化した勇者ディルクが大魔王に迫る。
「ライラ、おまえ何か考えてるな? 俺が勇者を食い止める。やってみろ」
レグルスが大剣を離し、ディルクの槍斧を両腕で抑えた。
大魔王ライラヴィラは順に纏う。
橙の炎魔力を。
緑の風魔力を。
青の水魔力を。
そして黄の土魔力。
四重の魔力のカルテットが紡がれる。
「ディルクを守りながら、彼の内にある光の欠片を破壊する!」
四属性の魔力が合わさった四色の竜巻が彼の光の身体を捕らえる。
「四重魔力よ、勇者を守って!」
ディルクを竜巻が包み込んで四色の霧を噴き出した。
闇と炎の魔力の、尖るように燃える黒い雷を魔剣に纏わせる。
その剣を勇者に向ける!
「欠片に届け! 闇炎迅雷撃!」
彼のみぞおち目掛けて、魔剣から伸びた黒い針が突き刺す!
ディルクの体内に埋められた欠片が音を立てる。
紅き魔眼の向こうに視えるカケラにヒビが複数入った!
勇者は片手でみぞおちを抑えて、膝をついた。
「なんだと!」
クロセルが焦りの色を顔に浮かべた。
「ライラヴィラッ! やはり貴様は世界に存在してはならん者! 『光の申し子』の力、何かに使えるかと思っていたが、息の根を止めてやる」
クロセルが両腕を空に上げ、掌を開いて何かに繋がる光の筋を放った。
「もう勇者は使えんな」
クロセルが冷たい瞳でディルクを睨んだ。
今までにない無数の光の刃が、誰構わず地表に向けて、降り注ぐ!
「まさか! 欠片の勇者をも殺す気か!」
レグルスは身構えた。
ゲルナータや、魔王たちも一斉に身構える。
しかし空から多数の幅広の白い刃が同時に迫り、辺り一面に落ちた!
「なっ! ライラっ!」
レグルスがライラヴィラを見ると、彼女は天に向かって両手で剣を掲げ、胸元の深淵の紋章を大きく開放していた。
巨大な常闇の障壁がライラヴィラの元から上がり、広がり、無数の光の刃を天へと押し上げている。
光が常闇の力で押し返され、天の彼方へ消えた!
ライラヴィラは胸元を抑えて膝をついた。
深淵の紋章はもう紫の部分は僅かとなり、殆ど赤黒くなっている。
「くぅっ、私は悪鬼には、ならないっ」
ライラヴィラは歯を食いしばり、魔剣を支えにして立ち上がった。
「あと、一回か……」
ライラヴィラは、みぞおちを抑えて膝をついたままのディルクの方へ、おぼつかない足取りで歩いていく。
「もうやめろっ、やめてくれっ!」
レグルスがライラヴィラに駆け寄り、背中側から抱きしめた。
「あとは俺がやる! おまえはここまでだっ」
レグルスがライラヴィラの身体を軽く突いた。
彼女は弾みで地面に座り込んだ。
「レグルスっ、私がっ」
彼は大剣デュランダルを動かないディルクへと向ける。
「俺はライラみたいな器用な真似は出来んからな。残念だが……」
レグルスが大剣を再び構えた。
「欠片ごと、死んでもらう」
魔王が烈火の大剣を、勇者に振り下ろす————。
その様子を目にした大魔王から、四重の魔力と常闇の障壁が同時に放たれる!
常闇の障壁がレグルスの大剣を受け止めた。
四重の魔力で出来た楔はディルクのみぞおちを掴んだ。
勇者の体内の光の欠片が取り出され、四重の楔が握り潰して粉々になる。
勇者ディルクは纏っていた白い光を失い、その場に倒れ込んだ。
ライラヴィラは欠片が壊れたのを見届けた後、ゆらりと倒れて気を失った。
彼女の心臓の鼓動が強く打ち、深淵の紋章が赤黒く輝く。
「俺がそれを、引き受けてやる!」
レグルスは自らに施された『盟約の楔』に自らの力を注いだ。
彼の首を深淵の浸食が激しく締め付ける。
「うううっ!」
限界まで浸食を受けたレグルスがその場に倒れた。
ライラヴィラの紋章は、僅かだが紫の部分が戻った。
彼女は意識を回復し、目の前に横たわる男に気づく。
輝きを失って閉じられた瞼から、大魔王は金の瞳の魔王が身を挺して実行したことを察した。
「レグルス————!」
彼の元へ疲労困憊の身体を引きずりながら歩み寄った。




