11ー2 加勢
ライラヴィラは両手で魔剣を立て、全身から放つ魔力を引き上げた。
「光の刃を、彼方へ打ち返す!」
大魔王の周りに、楕円のプレートのような魔法陣が何枚も浮かび上がった。
橙の炎、黄の土、緑の風、そして青い水——四属性の色を帯びたそれらが幾つも生まれ、魔法陣が広がりながら空へと登っていく。
空には多数の魔法陣が浮かび、降り注ぐ光の刃を食い止めんと輝いた。
大気に衝撃音が響き、耳をつん裂く。
その音の隙間から、勇者ディルクが大魔王ライラヴィラを狙ってくる。
「させるか!」
魔王レグルスが勇者の槍斧を大剣で受け止めた。
しかし大剣ごとレグルスを勇者が吹き飛ばす。
飛ばされたレグルスを大魔王の従者ベルントが全身で受け止めた。
「恐ろしき力ですな」
初老の魔剣士の額に汗が流れた。紺と銀の髪が垂れる。
「いくぞ!」
今度はレグルスとベルントふたりで勇者の攻撃を受け止めた。
衝撃を和らげる防御魔法を大魔王の侍女長ミリィが二人に施す。
「ライラには触れさせん!」
「陛下の邪魔はさせませんぞっ」
二人で息を合わせてディルクを押し返し、吹っ飛ばした!
「まだまだ、本番はこれからですよ」
何重もの結界に囲まれた不気味な男が長い茶髪をなびかせ、空の上から悠然と語りかける。魔王と従者たちが声のする方へ顔を向けた。
「クロセル!」
ライラヴィラは彼の方を睨む。ローブ姿の僧侶は目を細めて見つめ返してきた。
「ほう、ライラヴィラ。常闇の力をセーブしているようですが、そうもしてられなくなりますよ」
クロセルが口角を上げて指をパチンと鳴らす。
勇者ディルクを取り巻いている荊棘の光の螺旋が太く広がった。
衝撃が圧となって地表を伝わり、残雪を舞い上げて走る!
ライラヴィラは自らの心臓に秘められし深淵の鍵を開いた。
レグルス達の前に深淵から取り出した常闇の壁を置き、三人を守った。
大魔王の胸元に浮かんだ赤紫色の紋章がジワリと揺れる。
「ライラ! その力は使うな!」
レグルスがライラヴィラの方へと怒鳴る。彼も黒い前髪が額に張り付いていた。
しかし彼女は複数属性魔力で上空に魔法陣を幾重にも展開しつつだったので、三人を守るためには常闇の力を使わざるを得なかった。
「光の欠片を、何とかしなければ。彼を元に戻すためにっ」
ライラヴィラは天から注がれる刃の光を受け返すと、紅い魔眼で勇者を見据える。彼の全身を眼力が抜けると煌めく石のようなものが現れた。
「ディルクの光の欠片は、みぞおち深くにある……」
皆にその場所を伝える。そこを狙うと勇者の命を奪いかねない場所だ。
「厄介な場所にあるな」
レグルスはその場所を狙い定めた。烈火の大剣デュランダルが橙に燃え上がる。
「魔王は邪魔ですね」
クロセルがニヤリと微笑んだ。
大地にそそり立つ勇者ディルクの表情が変わり、レグルスに突進してきた!
彼の槍斧が魔王に向けて狙いを定めてくる。
レグルスは勇者の力を受け止めるべく、大剣を立てて身構える。
ライラヴィラも意識を勇者へと集中した。
——あの光の欠片を取り除く。怪我をさせるだろうけど仕方ない。
「ハアァッ!」
ライラヴィラは瞬間的に深淵の鍵を開き、ディルクのみぞおちに向けて常闇の雷で作った細長い漆黒の針を刺した!
「グァァアァァッ!」
ディルクが叫び、飛び下がった。
「ライラヴィラッ! 貴様ァッ!」
上空のクロセルが手を振り落とした!
その手の筋から光の刃がライラヴィラに向けて突き落とされる——。
「弾けぇっ!」
大魔王の目の前に多重結界が現れ、光の刃を受け止めて跳ね返す!
「魔女さま!」
「師匠ッ!」
深淵の魔女ゲルナータが転移魔法で現れ、ライラヴィラを守った。
跳ね返った光の刃がディルク目掛けて進む。
クロセルが腕を振り、ディルクに向いてた光の筋を歪めて岩にぶつけた。
耳奥が震える音がこだまして岩が粉々に砕け飛ぶ。
勇者ディルクはみぞおちを手で押さえ、その場でふらつきつつも立ったまま。
「今日はここまでにしますか」
クロセルがそう告げると、ディルクと共にその場から転移魔法で消えた。
◇ ◇ ◇
ライラヴィラはレグルスと共に魔女ゲルナータの家に連れてこられた。ライラヴィラの従者ベルントとミリィはスペランザの防衛兵団と合流するため、主とは別れた。
「いつの間に、こんなにしてしまったのじゃ」
ゲルナータが杖をかざしてライラヴィラの胸元にある深淵の鍵を確認する。
「父さまの光は、人界で勇者のジェイドを助けた時に無くなってしまいました」
ライラヴィラはゲルナータに人界での出来事を打ち明けた。
「あまりにも酷い。闇の浸食の進みが早すぎる」
ライラヴィラの紋章の色は全体的には赤紫だが、所々が紅黒く変化している。
「魔界を支える『闇の深淵』そのものが、以前より広がり深まり、強くなっているのやもしれん」
ゲルナータが掲げていた杖を下ろすと、ライラヴィラの紋章は消えた。
「フォルゲルから連絡が来た。勇者に埋められてる欠片は紛い物とはいえ、あの人界を支える『光の原点』由来の力に接触していると思われるとな。『原点』と『深淵』は深い関係にあるから、それも影響しているかもしれぬ」
「悪鬼になるときは、紋章が赤黒くなるんですよね……」
ライラヴィラは夏の終わりに人界に現れた悪鬼の大魔王ザインフォートの姿を思い出す。彼の紋章は全体が赤黒く化していた。
「そうじゃ。だからおぬしの紋章の色が変化してきてるのは、悪い兆し」
彼女の問いに答えたゲルナータは眉を寄せた。
「もう常闇の力は使うでない。大魔王を守るために、わしも勇者に向かおうぞ」
「師匠が来てくれるのは有り難い」
レグルスがそう言うと、ゲルナータはいつものように木の杖でレグルスの背をポカポカとたたいた。
「おぬしがしっかりせんからじゃっ!」
「今回ばかりは言い返せねえ……」
レグルスは甘んじてゲルナータの愛の杖たたきを受けていた。
◇ ◇ ◇
スペランザ城に大魔王が戻ると、次の人界からの襲来に備えて魔王達や臣下達が待機していた。
「ミラリスゲートの人界軍はどうなの?」
ライラヴィラは勇者ディルクと僧正クロセルにかかりっきりで、そちらへの対応が出来てなかった。人界軍の魔界への進撃をくい止めるよう、防衛兵団へ指示しただけだ。
「睨み合いが続いております。こちらからは陛下の指示の通り、攻撃を最小限にし、人界へは踏み込んではおりません」
侍従長ベルントが応えた。
「せめて人界の騎士団とか一般兵だけでも、向こうへお帰り願いたいところなんだけど。人命が失われる争いは避けたい」
ライラヴィラは玉座で足を組み、宙を見つめながら考えあぐねた。
突然、彼女は胸元の鍵に何かの引っ掛かりを感じ取る。紋章を刻んだ結界に何者かの力が触れているのだ。
「地下のミラリスゲートに誰が来ている」
ライラヴィラは皆に告げ、ベルントとミリィを連れて確認のために城の真下へと降りた。
強固な結界の向こうには、見慣れた二人が立っている。
「まさか、ジェイド、リーン!」
ライラヴィラは即座に結界を解いて城内へ上がり、自らが坐する玉座の間へ招き入れた。城内に集まった者たちからは人界からの思わぬ来訪者にどよめきが広がる。
彼女のかつての仲間だと説明はしたが、魔族たちの視線は憎悪を帯びた。
大魔王を討伐せし人界の勇者に対して、怨嗟が湧き上がるのは当然だろうと分かっていた。ライラヴィラは冷静にその感情を受け止め、玉座に座り直した。
「人界の勇者のことは信用してもらえないと思うけど、僕たちは魔界側につくことにした」
勇者ジェイドが城に集まっていた皆に告げた。
「ライラにはたくさん助けてもらったもの。今度は私たちが助ける番よ」
治癒師アイリーンも続いた。
「まさかの、もう一人の勇者のお出ましとな」
レグルスは金の瞳で疑念を向ける。
勇者だという言葉に、その場にいた他の魔王たちも彼らを睨んだ。
「もう動けるの? 無理はしないで」
ライラヴィラはふたりのことが心配だった。人界での激しい戦いからそんなに間が空いてないからだ。ジェイドは重傷を負って、ようやく動けるようになったところだろうし、アイリーンは治癒魔法を彼に注いだために疲弊したはずだ。
「フォルゲルさまから承諾は貰ってきたわよ。あなたを助けてやってくれって!」
アイリーンは自分たちに注がれる魔族たちの恐ろしげな視線をものともせず、笑顔で返事した。
「あの頑固ジジイが許したのか? ライラの深淵の紋章がサンダリットで暴かれた時も助けなかったくせに」
レグルスはまだ信じられない様子だった。
「僕たちはディルクと共にサンダリットで修行していた。だから彼の動きには慣れている。彼を元に戻すために戦うよ」
真っ直ぐ碧眼で見返すジェイドにレグルスは苦笑いした。
「じゃあ、その修行の成果とやらを見せてもらおうか」
魔王レグルスは勇者の同行を認めたが、まだ他の者たちは懐疑的な顔を変えなかった。隙を狙って大魔王であるライラヴィラを害しないかと、魔族たちから勇者の支援は受け入れ難いと意見が出される。
ライラヴィラは玉座から立ち上がり、魔族たちの前に進む。そして強い声で宣言した。
「勇者たちの責任は私が持つ。それでいいでしょう」
「……大魔王がそこまで言うなら、仕方ありませんね」
魔王ネウレディドが口を開き、他の者たちも納得はせずとも魔王が納得しているならばと、大魔王に従うと承諾した。
ライラヴィラはこれからの人員振り分けについて打ち合わせた。
勇者ディルクには、大魔王ライラヴィラ、魔王レグルス、勇者ジェイド、治癒師アイリーン、そして補佐役で深淵の魔女ゲルナータ。
天からの光の刃への防衛は、魔王ネウレディド、魔王ロゼフィン、魔王アルトバルン、補佐役で魔女ゲルナータ。
ミラリスゲートの人界軍には、侍従長ベルント、侍女長ミリィ、兵士長アレックス、衛兵長ノーラ、魔界各国の防衛兵団が当たることになった。




