11ー1 ディルク
深淵の大魔王ライラヴィラは珍しく城の会議室の上座に座っていた。
自ら人界で見てきたことを伝えるため各国の魔王へ親書を出し、大魔王城へ呼び出したのである。
「『光の欠片』を埋められた『勇者』ですか」
ヘリオシュタ幻想国の魔王アルトバルンも非常事態だと、大魔王の領地である魔導城郭都市スペランザにわざわざ足を運んでいた。
「先日スペランザ領のはずれに現れた。その攻撃は空から差し込む光の刃といったところ。一発ならあなたたち魔王の力で防げると思うけど、あれを複数同時に落とされると、民に被害が及ぶかもしれない」
ライラは勇者ディルクが魔界に現れたときの様子を魔王たちに説明した。
「俺も人界では勇者とやりあった。欠片の埋め込みが不完全な奴だったが、恐ろしい手応えだった」
ソレイルヴァ連合国の魔王レグルスも、集まった魔王たちに人界での出来事を詳しく語った。
「勇者が再び魔界に現れる可能性は高い。人界の知人を頼って居所を探してるけど、なにか得体の知れない力で隠蔽されてる」
ライラヴィラは自分の魔眼が通じないことがあったのも気にしていた。
先日の人界で遭遇した勇者ジェイド。彼はムートラカジ城周辺に居たはずなのに、彼が現れるまで魔眼では見つけられなかったのだ。
「皆、備えてほしい。私も防衛に全力を尽くす」
ライラヴィラは魔王たちに告げた。そして更なる情報交換の後、閉会となった。
大魔王は会議を終えると自分の執務室に『盟約の楔』を交わしている三人の魔王を呼んだ。レグルス、ロゼフィン、ネウレティドである。
「私の中にある『闇の深淵の鍵』が僅かだけど、この身体を浸食しつつある」
ライラヴィラは三人に心臓にある鍵の状態を分かりやすいよう、紋章として身体から浮き上がらせて見せた。紋様は赤紫色をしているが、ほんの少しだけ赤黒く変化している場所がある。三人がそれを確認すると彼女はそっと鍵を閉じた。
「出来るだけ深淵の、常闇の力は使わないで対応するつもりだけど……相手は光の欠片を埋められた勇者。魔界を守るために最低限だけ使うことになるかもしれない」
そして一呼吸おき、話を続けた。
「万が一の時は、楔の契約を切ってくれて構わないから。私はあなたたちを拘束する気は無いし、こちらから切る可能性があることも、伝えておく」
レグルスが真剣な眼差しで応える。
「俺は本当のギリギリまでは切らないぞ。ザインの二の舞は御免だ」
ゾンガルディ魔皇国の魔王ネウレティドも無言で頷いた。
「私は状況次第かしら。でもあなたに頑張ってもらいたいわね」
アシュリトス魔導国の魔王ロゼフィンも笑みを浮かべて応える。
ライラヴィラは三人の心意気に感謝の気持ちがこみ上がった。
「ありがとう。この事態を乗り越えられるよう、頑張りましょう」
ネウレティドとロゼフィンは自国を護るために『盟約の楔』から力を引き出すことを大魔王に伝えて、自国に帰った。
ライラヴィラはレグルスと共に、城の地下にあるミラリスゲートの前へと移動した。
「残念だけど、このゲートはもっと強固に封鎖するわ。もし誰か来たら私がすぐに探知できるようにする」
ライラヴィラはゲートのある部屋に魔法陣を敷いた。
光と闇が編み上げた鎖と、そこから滲む光でゲートを囲んだ。
両手をかざし魔眼で見つめると、深淵の紋章が刻まれる。
「これなら、あの勇者でも簡単には破れんだろう」
レグルスはライラヴィラの設置した結界を確認して頷く。
「魔界と人界の架け橋、ミラリスゲート。これをこんな風に……強固に閉じることになるなんて」
ライラヴィラは、自分が育った人界と生まれの魔界とを行き来できると喜んでいた時を振り返っていた。そんなに甘くはなかったのだ。
「気持ちは複雑だろうが、今は仕方ない」
そしてレグルスが彼女のほうへと向く。
「俺は大魔王を守るためなら、勇者を殺す。欠片を取り出すなど、悠長なことを言ってられんかもしれん」
ライラヴィラは彼の言葉に衝撃を受けた。
——つまりディルクを殺すということ。
少女時代に武芸の鍛錬の相手をしてくれた戦士。ダークエルフ故に人から避けられ、ひとりで過ごすことが多かった自分の良き話し相手になってくれた。逞しくて優しき勇者。
その彼を、今では魔界で強く信頼を置いている魔王レグルスが手にかける。
ダメだ、絶対、考えられない!
「そんなこと、あなたにさせずに済むように頑張るから!」
「じゃあ、大魔王であるおまえが、勇者をその手にかけるのか?」
レグルスが彼女を金の瞳で見据えて問うた。
「そ、それは……」
ライラヴィラは答えられなかった。彼女の唇が震える。
「お節介全開の天然お人好し混血に、そんなことさせるつもりはない」
そう言い残してレグルスは転移魔法で自国へと帰ってしまった。
ライラヴィラは城の私室にひとり戻った。
スケッチブックを広げ、過去に描いた人界の景色を見た。
「覚悟が足りなかった……」
そこに現れた景色が涙で滲む。
——自分が勇者を、この手にかけるのは。
あの村で共に育った人たちを。
しかし今の私は両親から継いだ魔界の一国、スペランザの魔王だ。
魔界の何千万、何億もの命を背負う深淵の鍵の宿主、大魔王。
でも私は魔界の民も、勇者のみんなも、等しく守りたい。
私の命をもってそれが出来るならば。
差し出そう——。
◇ ◇ ◇
二日後。
ついにその時が来た。
「各地のミラリスゲートから、人界の軍勢が一斉に押し寄せてます!」
一報を聞きライラヴィラは執務室から大魔王の玉座の間へと移った。胸当てなどがついた戦闘用装束に着替えて座る。駆け付けた防衛兵団や衛兵団へ対応を指示したあと、その場の侍従たちに告げた。
「まさかミラリスゲートの『意思』が歪められているのか? 通過者を選ぶはずのゲートが人界の軍勢を選別することなく、全部を通している」
玉座の間に集まった大魔王の臣下たちが騒めく。
「そんなことができる者が人界にいると?」
「分からない。ただ人界軍の目的は私でしょう。私が出ていけばいい」
「それは絶対なりませぬ」
侍従長ベルントが真っすぐな眼差しで主を止める。
「大魔王陛下が亡くなることは、魔界を支える『闇の深淵』が丸裸になるのと同意です。決して、陛下は死んではなりません」
ベルントは普段の侍従服から魔剣士の格好に変わっていた。
「我らが参ります!」
兵士長アレックスが大勢の軍勢を率いて城を出て行った。
侍女長ミリィも普段の黒い侍女服ではなく魔導師の姿を見せている。
「深淵の鍵の宿主である陛下の命は、魔界の民の命の全てよりも重いのです。どうかここで、堪えてくださいませ」
ライラヴィラは大魔王の玉座に坐したまま、拳を握りしめるしかなかった。
外が異様な光に晒されたかと思うと、大地を揺らす轟音が響いた。城の建屋が振動し、その威力の大きさを物語る。
「空から光の刃が突き刺さりました!」
城のあちこちで悲鳴が上がり、城に勤める従者たちが右往左往した。
「欠片の勇者が来た。私が出る」
ライラヴィラは魔剣レーヴァテインを手にして立ち上がる。
「陛下っ! 出てはなりません!」
臣下たちは止めようとライラヴィラに掴み掛かろうとした。
「あれは私にしか対応できない!」
ライラヴィラは紅き魔眼の力を解放し、大魔王の出陣を止めようとする臣下たちの身体を拘束した。
「しかし、陛下はっ!」
「私が出なければ、皆が無闇に傷つくだけ!」
大魔王は眷属である闇の幻獣ロイを自らの影から呼び出して、城を護るように命ずる。ロイが翼獣の姿で外へ飛び立つのを確認すると、たったひとりで転送魔法で光の刃が降り注いだ場所の近くまで移動した。
◇ ◇ ◇
光の球が弾けたかと思うと、荊棘の光の筋が取り囲む大柄の人影が現れた。全身が白い光に包まれてぼやけて見える。手には巨大な槍斧の影。
ライラヴィラには見慣れた人物だが、異様な殺気に溢れている。
空から光の刃が落ちるたびに轟音が鳴り、悲鳴が聞こえてきた。
ライラヴィラは彼の前に立ちふさがり、魔剣レーヴァテインを手にする。
「ディルク、と言っても私の声はきっと聞こえないよね」
ライラヴィラは彼を見据える。
——サンダリットで自分が描いた絵を褒めてくれた、心優しき勇者……。
その面影は完全に無くなっている。
そこへ魔王レグルス、ライラヴィラの第一の従者であるベルントとミリィが駆けつけた。
「引っ込んどけと言っても、おまえは出てくるだろうから止めん」
レグルスが烈火の大剣デュランダルを構えた。
ベルントも普段は見せない漆黒の大剣を構えている。
ミリィは後方で大きな宝珠の入った杖を手にした。
「あの天から落ちる光の刃をどうにかしないと、魔界中で被害が広がるだけ。私が防御魔法を上空に複数展開するから、それまでの間、どうにかして勇者の動きを止めてほしい」
ライラヴィラは三人に援護を頼んだ。




