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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第十話 戦の足音
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10ー5 救出

 (おきな)の言葉を受けてライラヴィラは考えた。

 ヒトの力を超えたものとは——。

 胸元に手を添える。奥にに秘められたる闇の深淵(しんえん)と繋がる鍵。まさしく精霊から施された、ヒトを超えた力がここにある——これを使うしかない。


「爺さま。私、この鍵の力を使います。『光の原点』が支える人界(ライトガイア)でこれをやるのは、精霊の意思に反するかも知れません。でも私は、ジェイドを助けたい!」

 

 ライラヴィラは闇の深淵(しんえん)の鍵を起こした。胸元に手のひらほどの大きさがある赤紫色をした円環が現れる。その紋様がライラヴィラの身体から浮き上がって離れ、彼女の身の丈を超える大きさへと前方で広がる。

 

「我が内にありし深淵の門よ、今、開かん!」

 

 紋様が回転を始め、内側から常闇(とこやみ)の底が渦巻いて覗いた。

 ライラヴィラの(あか)き魔眼がジェイドを見つめる。魔力を受けて長い青銀髪がなびく。


 白い光に包まれていた勇者ジェイドは左腕に構えた盾で身を守りつつ、空中に現れた深淵の門へと右手に握られた剣で斬りかかろうとするが、常闇の圧倒的な力で押し返された。


 その様子を地上から賢者をはじめ魔王や治癒師(ヒーラー)たちが仰ぎ見る。光の溢れる世界である人界に、本来魔界にあるべき深淵の門が現れたことで空気が振動し、夜空に輝いていた星々を闇が覆い隠してしまった。


「あれが、闇の深淵とつながる『鍵』なのか。なんという人智を超えたもの」


 気を失ったアイリーンを抱えた治癒師ジョルジュから驚きの声が漏れる。魔王レグルスも闇の空を見上げたまま応えた。


「あれこそが魔界を統べる大魔王の本来の姿だ。あの世界の根源たる力で魔界は支えられ、俺たち魔族は魔界で生きていられる」

「そうか。人界に現れる厄災の大魔王とは全く違うな。ただ純粋な闇の力があるだけで、そこに邪悪な意思は感じられない」


 ふたりが見上げた先にいる大魔王は掲げていた魔剣を前へ振り、勇者へと常闇の力を向けた。


「我にその姿を見せよ、偽りの鍵よ」

 

 ライラヴィラが詠唱を続ける。深淵から放たれる常闇のヴェールがジェイドの身体を包み込むと、勇者の身体から欠片が浮かび上がる。

 漆黒の霧が消え去るのと同時に、彼は浮かび上がった欠片のある脇腹を手で押さえて苦しみ始めた。

 

「苦しみは手放され、偽りの鍵はここに終わる」

 

 ライラヴィラは再び両手で剣をまっすぐ立てて掲げると、闇の深淵に自らの魔力を流して重力を発動させた。

 宙に浮いたまま身動きの取れないジェイドの身体から、深淵の重力に引っ張られて光る欠片が飛び出す。その小さくも鋭い(きら)めきは空中に浮かんでいる紋様の中央、深淵の門へと吸い込まれる。

 欠片は常闇の底へ溶けていき、その姿を消した。

 

 深淵の紋章が逆回転し、その大きさを縮めつつ彼女の体の表面へと近づく。

 ライラヴィラは欠片を吸い込んだ圧を感じつつも、完全に深淵の門を閉じた。

 胸元の赤紫色の紋様は不安定に揺らめきながら静かに消えていった。

 大気は元の透明度を取り戻し、真夜中の空に星の輝きが戻る。


 魔界とは違い、人界で闇の深淵へ通じる鍵をコントロールするのには莫大な魔力が必要だった。

 ライラヴィラは自らの魔力をほとんど使い果たし、僅かに残った力で空中落下を始めたジェイドへと飛空魔法で近づく。


「ジェイド——ッ、ああ、受け止められないっ!」 


 光の欠片を抜き取られた衝撃で気を失ったジェイドは、速度を上げながら宙を落ちていく。しかし彼女は勇者に追い付くことができない。


「まずい! ライラッ!」


 様子を見ていたレグルスが慌てて上空へと飛び上がったが——風魔法の上昇気流が現れてジェイドを受け止めた。そのあとライラヴィラも気流に全身が包まれて(つか)まれている感触を受ける。

 ふたりを空中で支えたのは、地上で杖を手にした賢者フォルゲルだった。

 

「まさか深淵の鍵を人界で開けるとは」


 距離を置いて空中で(たたず)んでいたクロセルが(つぶや)く。


「そんな無茶をすると、フフッ、どうなることやら」


 不気味な笑みを浮かべながらクロセルはその場から消えた。

 


 ◇ ◇ ◇



 ライラヴィラたちは勇者村サンダリットに戻った。賢者フォルゲルが全員を転送魔法で送ったのだ。

 大魔王が物心つく前から育った賢者の家に全員が集まっていた。

 

 気を失ったままのジェイドはライラヴィラがこの家で暮らしていた時に使っていたベッドに寝かされ、アイリーンが治癒魔法(ヒーリング)を施術していた。

 脇腹の、光の欠片が埋められていたところの傷が塞がらない。


「傷が深い……」


 ジェイドの全身にくまなく水魔力で包み込む力を注ぐ。


「持てる力を全て注ぐから、どうか目覚めて、ジェイド……」


 アイリーンの全力の施術は続いた。彼女の額に汗が流れる。

 

 ライラヴィラは少し離れて二人の様子を見ていた。

 ——頑張って……リーン……。

 私は今はもう魔力が切れて手伝えない。ただ祈ることしかできない。

 

 

「う……ううっ……」

 


 ジェイドの意識が戻った。彼の瞳がうっすら開かれる。

 アイリーンの目から涙が流れ落ちる。

 泣きながらも、彼女は治癒魔法の手を止めなかった。

 

 ジェイドの手が動き、アイリーンの涙を彼の指が拭う。


「ジェイド……!」


 アイリーンは頬に当てられたジェイドの手にそっと自分の手を添えた。

 

 


 ライラヴィラは治療の邪魔をしないよう無言で部屋を出た。


「ジェイド、目が覚めたわ」


 居間にいたレグルス、フォルゲル、ジョルジュ、マナリカに伝えた。


「今は、ふたりだけにしてあげて」


 ライラヴィラは目についた、空いてる椅子に座った。

 力が抜けて、そのままライラヴィラは姿勢を保てなくなりテーブルに伏せった。

 

 ——少し眠ったのだろうか?

 ライラヴィラは身体をテーブルから起こした。

 魔力を感じて振り向くとライラヴィラに治癒魔法を施すジョルジュがいた。


「ライラヴィラ、無茶しましたね」


 ジョルジュが眉を下げて見つめる。


「久しぶりに山小屋で会った時には、あなたの胸元に暖かな光があったのですが……それが無くなっています」


 ライラヴィラは自分の鍵の魔力の流れを観察した。

 ——父が残してくれた、あの虹の光が無い。

 

「僅かにですが、あなたの心臓から……闇が染み出してます」


 ジョルジュの言葉を、ライラヴィラは直ぐに理解した。

 

 ——遂に来た。大魔王を蝕まむ、闇の深淵の浸食が。

 

「はい……ジョルジュ先生」


 ライラヴィラは治癒師に応えて、椅子にしっかり座り直した。


「おい、おまえ何も口にしてないだろ」


 レグルスがこちらへ歩いてくると紅茶とビスケットをライラヴィラの目の前に置いた。カップから紅茶を一口飲み、そっとビスケットを手に取って口に入れた。

 ——ほんのり甘い。蜂蜜の香りもする。


「ありがとう、レグルス」

「全く、おまえは。もっと自分を大事にしろ」

「やっと、落ち着いたわ。ジェイドと爺さまを……助けられて良かった」


 レグルスもライラヴィラの向かいに座って大きなため息をついた。ライラヴィラは彼から出されたビスケット全て食べて紅茶も飲み切った。彼女の微笑みに苦笑いを返したあと、彼は立ち上がって奥の部屋に視線を向ける。

 

 賢者フォルゲルはいつもの居場所で魔導書を広げていた。大量に積まれた書物とノートが翁の手に当たり崩れて落ちた。それを拾おうと体をずらした賢者に魔王が歩み寄り、仁王立ちになる。


「おい、ジジイ。ちゃんと説明しろ」


 レグルスは(おきな)(にら)みつける。彼の視線が賢者を見下げる。


「もう、ダンマリとはいかないぞ」


 賢者は魔王に顔を向けないまま、手で書物を整えつつ口を開いた。


「わしはサンユノアが『光の欠片(かけら)』を生み出すのを阻止できなんだ。あれは遥か彼方に存在する『天主』の力を借りておる」

「なんだ、その天主とは? ハッキリ言え!」


 レグルスは更に賢者を問い詰めたが、翁の口は続きを語らない。魔王はフンと息巻いてその場を離れた。

 マナリカが椅子に座ったまま、向こうから話しかけた。


「賢者さま、ジェイドはライラの力で欠片を抜いて助けられたけど、ディルクはどうなってしまう? あいつをずっと見ていない」


 フォルゲルはマナリカの言葉には答えた。


「ジェイドは欠片(カケラ)を入れられる時に抵抗したのであろう。だから不完全な埋め込みで済んだようじゃ。だが、ディルクは違う」


 賢者は深いため息をついてうなだれる。


「ディルクは自ら望んで『光の欠片』を受けた。その理由は、ライラヴィラから『深淵の鍵』を取り出すためだと」

「私の? でも私はこれを受け入れた。そして悪鬼アモンにならない方法を探してるところなのに」


 ライラヴィラには勇者ディルクの行動が不可解だった。魔界から村に戻ってきたときに槍斧(ハルバード)を向けてきた彼が思い出される。恐ろしいものを見たという彼の形相は大魔王を討伐せんとする強い意思だと感じたから。

 ——私を討伐するつもりなのか、助けるつもりなのか、本心はどちらだろう。


「ディルクは八年前の、あの人界を暴れまわった悪鬼、大魔王マスティロックの厄災の記憶が忘れられないのじゃろう」


 それはディルクが十八歳で大魔王を討伐し、勇者と()った厄災のことである。


「大魔王マスティロックか、あれは魔界でも大変な厄災だった。俺の親父(オヤジ)はあいつにやられて死んだ」


 レグルスが座ったまま腕を組み、眉を寄せて何かを思い出したようだった。


「リーンの家族もその厄災で亡くなったのよ」


 ライラヴィラも応えた。

 その場の皆がかつての厄災のことを思い出して静まり返ってしまった。


「ディルクの居場所は分からぬ」


 賢者フォルゲルが立ち上がり、居間の方へと身体を向ける。


「欠片を施された時に意識が改変され、一部は記憶を無くし、クロセルのそばに居る。わしも尽くすが、そなたたちも見つけ次第、連絡をしてくれ」

「わかりました」

 

 その場にいた者たちは頷いたが、レグルスだけは顔をそむけた。


 ライラヴィラとレグルスは意識を回復したジェイドに少しだけ面会し、魔界へ帰った。あまり長居しても今の人界で魔族のふたりは行動しづらいからだ。


「カケラの埋まった勇者に、『天主』かよ」


 レグルスがソファーで足を組んで深く座り、珍しく大きなため息をつく。

 彼とライラヴィラはスペランザ城の大魔王の執務室で話し合っていた。


「ザインの書庫にあった『天から覗きしナントカ』というのが『天主』ならば。もしかするとザインが深淵の鍵の力を使って護ってきた、その相手とは」


 レグルスはそれ以上何も言えなくなり、目を伏せる。

 ライラヴィラも今回の勇者救出で明らかになったことを思い返す。そして失ってしまったものを自覚した。


「父が最期に残してくれた、私の内にある深淵の鍵を包んでいた虹の光が消えてしまった。これからは深淵の浸食との戦い」


 ライラヴィラは天井を見上げる。


「私は、アモンには、絶対ならない」

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