1-5 仕事先で再会
マナリカの鍛冶工房を後にしたライラヴィラは仕事へと向かった。今日は素材の採集ではなく販売だ。新しく購入した短剣の代金分は稼ぎたいところ。
勇者村サンダリットでも治療院や職人の工房、武芸や魔法の訓練所に素材を納品している。しかしこの小さな集落では大量の取引はできない。昨日は収穫が多かったこともあり、あらかじめ依頼を受けていた分を含めて、隣町のトステルへ取引に向かうことにした。
昨日、魔力媒体無しで魔法を使えと、賢者フォルゲルに杖を取り上げられてしまった。まだ返してもらえてない。ライラヴィラはものは試しと、媒体となる武器や杖を持たずに飛空魔法を試みた。
風の魔力で全身に浮力が乗る。その力を纏った感覚が今までとは違った。これまでは竜巻の上に強引に乗っていたが、今はまるで風の服を着ているようだ。軽やかに風に乗って空を渡った。
森のほとりにあるサンダリットから高原をひと時飛ぶと、盆地の中心地トステルの町に到着した。ここは主に人間族が暮らす中規模の緑豊かな町だ。人間族最大の国トラヴィスタに属しており、獣人族など他種族も住んでいるが、人口のほとんどが人間族だ。
基幹産業は高原の自然を生かした農業だが、人口はそこそこ多い。職人の工房や商店、旅の冒険者や芸人の集まる酒場や飲食店も立ち並び、宿屋も数軒営業している。
子どもたちが通う学び舎もトステルにある。サンダリットの子どもは通学が不便なので、平日は学生寮で寝泊まりし、休日に実家に帰る生活をしている。
トステルには魔力を用いて制作された特殊な道具を扱う錬金術師の店もあった。今日はまずこの錬金術師の工房に立ち寄る。依頼を受けていた錬金素材をようやく精霊の森の湖岸で見つけられたので届けに来たのだ。
「こんにちは、頼まれてたメクト輝石、見つけてきました」
「おお、あったか! 見せてくれないか」
人間族の店主が奥から出てきて笑顔で応えた。ライラヴィラは早速採集した石を魔導カバンのリュックから四個取り出して見せた。どれも小さな子どもの握りこぶしほどの大きさだ。
「品質の良いものはこれだけしかありませんでした。石英や他の鉱石と混ざったもので良ければ、もう少し取ってきますけど?」
「いやぁ知ってるくせに。錬金術は素材の品質がものすごく影響するからねぇ、クズはいらないよ。いくらだ?」
ライラヴィラはメクト輝石を探すのに森へ通った日数を考えて値段を決めた。
「四個全部で金貨三枚、お願いします」
「それで良いのかい? 助かるね」
代金を受け取るとライラヴィラはポケットの小袋にしまう。ここの店主には昔から世話になっていたのでお得意様価格だ。本来ならメクト輝石は小石サイズひとつで金貨一枚の価値がある。しかしこれでマナリカから買った短剣の代金分は稼げた。
「うちで買ってくれた魔導カバン、調子はどうだい。もしかして魔力重加算したのか?」
ライラヴィラの魔導カバンはここで購入したものだ。店主の手で作られたリュックは無限とも思える荷物を詰め込めて、なおかつ重さを感じさせることのない魔導具。錬金術師の手で作られる物品の中では一般的なものである。
「出し入れがスムーズで使いやすいです。錬金術はまだ全然なんですけど、勉強のつもりで重加算の加工したら運良く出来たんです」
「さすがだねえ。サンダリットの賢者さまがあんたのことを『光の申し子』と呼ぶのも分かるよ。人は見かけによらないってな」
この錬金術師の店主は賢者フォルゲルとの付き合いもあり、ライラヴィラがダークエルフで翁が育てたことは知っている。だからこそ気安く素材の注文をしてくれるのだ。
「そういや、今朝早くに珍しい奴を見たよ。何でも人探ししてるって尋ねてきて。黒髪に金の瞳で褐色の肌。ありゃあ巨人族と獣人族の混血かなぁ。頭にターバン巻いてたから獣耳を隠してたのかもしれんな」
ライラヴィラにはその姿をよく覚えていた。きっと精霊の森で会った手練れの剣士レグルスだろう。
「多分その人、昨日森で会った人かもしれません。ちゃんと夜のうちに高原を越えてたんだ」
「へー、そいつに会ったんだ。もしかしてナンパされた?」
「違いますって! だって魔族と間違われたし……」
「知らんやつならライラを魔族と言うのも仕方ないよ。あんまり気にすんな。次の依頼はまた賢者さまに伝言するから。ありがとなぁ」
「こちらこそ、ありがとうございました。またのご依頼、お待ちしてます」
ライラヴィラは話もそこそこにして錬金術師の工房を出た。剣士レグルスが無事に旅を続けていることを知って安心した。早く彼の友人が見つかりますように。
今日の一番大きな取引先は、光の力を原点として万能の神のように信仰し、闇とそれに由来するものを人類の敵として排除している『サンユノア教団』の教会である。闇エルフであるライラヴィラの、言わば天敵。ダークエルフはその見た目から魔族同然だと迫害を広めたのはこの教団だ。それは酷い誤解である。
「こんにちは、サンダリットのライラヴィラです。依頼の品を持って参りました」
教会の建屋の裏にある勝手口を軽くノックした。しかし扉は鍵がかかっていて誰も返事しない。教会の建屋からは人の声が途切れなく聞こえており、留守というわけではなさそうだ。
ライラヴィラはいつもは避けている表玄関の方へ仕方なく向かった。サンユノアの信者とはあまり会いたくないが、依頼を受けての仕事である。教会の事務員を探さないといけない。
表玄関から中に入ると教団の集会所となっている広間があった。壁や天井にはめられたステンドグラスから光が幾重にも差し込み、いかにも光の教団という造りだ。奥にはひときわ光が天井から注ぎ込む場所があり、天を見上げて祈りを捧げる男女の白い石像が設置されている。そこへ向けて長椅子がたくさん並べられていて、多くの人々が祈りや予言を受ける為にここに集まっていた。
「あの、すみません、裏口に誰もいらっしゃらなくて」
ライラヴィラは人々の集まっている方へ向くと、おそるおそる声を出した。また驚かれるだろうな。
「ヒイィッ!」
「クロセル僧正! 悍ましき者が!」
紅き瞳と銀髪に淡紫の肌、希少種ダークエルフの姿を見た人々が予想通り驚きの声を上げた。皆が一斉にライラヴィラへ憎悪の視線を向け、逃げるように奥へと下がっていく。信者に疎まれるのはいつもだが、慣れることはない。たまたまこんな見た目で生まれてきただけなのに。
奥から濃緑のローブを着た、クロセルと呼ばれた男が出てきた。中肉中背の人間族で焦茶色の髪を腰まで伸ばしていた。切れ長の瞳が矢で射るかの如くこちらを睨む。
「ライラヴィラか、ここには来るなと前にも言っただろう」
「すみません、勝手口の方に誰もいらっしゃらないので」
毎度のことだが、教会に来ると不快な対応をされるのに苛立った。しかし商売相手としては支払いが良く、大きな取引もあり文句は言えない。
「おい、素材売りだ。精算してやってくれ」
クロセルが奥の方へ声をかけると、見習いの僧侶らしき者が二人現れた。
「ダークエルフの品を買うのですか、僧正様」
僧侶らはライラヴィラにトレイを差し出しつつ、クロセルに異を唱えた。
「こいつはサンダリットの、あの賢者のところにいるエルフだ。村の連中は『光の申し子』なんて二つ名で呼んで大事にしてるらしいが、ダークエルフに与えるような名ではないし、教会は関与してない。まあその名の通り、闇ではなく光魔力の修行者だ。害はない」
クロセルは平然と言ったが、ライラヴィラは言葉の端々に嫌味を感じた。
この男クロセルは何かにつけて難癖をつけてくる。おまえの存在は罪だ、魔界へ帰れ、髪と肌と目を魔法で染めてこい、などなど。
少女時代はそれらの言葉を真に受けて、何度も勇者村の翁や鍛冶師マナリカに相談したものだ。ある時はマナリカや親友アイリーンが教会に抗議すると飛び出して、急いてはダメだと賢者が慌てて止めに行ったこともある。
差し出されたトレイに依頼品の珍しい薬草や種実を乗せ、見習い僧がそれをしまうとトレーに金貨と銀貨を十枚ずつ乗せた。あくまでライラヴィラの手には触れたくないようだ。硬貨を受け取ると僧たちはそそくさと無言で立ち去った。
「用は済んだ、さっさと出ろ」
僧正クロセルは言い捨てて奥へと戻っていった。
ライラヴィラは早くこの場を去りたくて早足で教会を出た。仕事だから辛抱すべしと歯を食いしばった。蔑まれてもこれだけの大金を得られたのだ。割り切らなくては。
◇ ◇ ◇
教会の次は雑貨屋への納品だ。気持ちを切り替えて目的の建屋へと入った。ライラヴィラが店主に声をかけると店の奥へと案内された。
「ほう! エルフのムルットジャムはうちでも人気の品ですよ。あんたが『闇』エルフじゃなきゃ、もっといい値段で買ってあげられるんですがな」
店主も教会の僧正と同じく、ライラヴィラがダークエルフであることを指摘した。
「しかし賢者様への恩もありますし、あんたがダークエルフなのは別にあんたのせいではないからねぇ。今回は瓶を十本置かせてもらうよ」
「いつもご贔屓に、ありがとうございます」
自分への差別は引っかかるが、取引をしてくれるだけでも良い方だ。ダークエルフの姿を見ただけで品物を見ずに追い返されることも多い。
ただジャムは百本以上あるのに、たった十本しか買ってもらえなかったのにはガッカリした。旬の一番おいしい時期のムルットの果実と、貴重な白砂糖をたっぷり使ったのに。
素材採集は魔眼での探索能力を生かせる仕事で、常に最高品質のものを集めている。ダークエルフであることを咎めず、素材の品質を認めてくれる取引相手をいかに増やすかが今後の課題だ。
「今日は他にこのような品がありますが、いかがですか」
ライラヴィラは商売に励もうと、持ってきていた品々をテーブルに並べた。夏の終わりの今の季節は薬効成分の濃い薬草が多く採取できて、稼ぎ時なのだ。
「これとこれ、頂くよ。それとあんた……マーペン、持ってないか」
店主は急に声を潜めた。それは酒類よりもはるかに強い依存性のある麻薬である。正しく取り扱えば強力な鎮静剤となるが、治療技術の無いものが扱えば命を縮めるだけだ。
「申し訳ありませんが、賢者様が認めた上級治癒師以外にはお譲りできかねます」
ダークエルフと見ると、闇社会に蔓延る裏取引もしてもらえると思う輩が多くて困る。溜息が出そうになったが平静を装った。
「わたしが賢者様に勘当されてしまいますので。ではこれで、またお願いします」
ライラヴィラは取引を切り上げ、代金の精算をすると席を立った。
その時、店の中に見覚えのある金の瞳の男が入ってきた。
「人探しをしてるのだが、ザインフォートという男を知らないか」
昨日サンダリットで別れた剣士レグルスだった。野宿をしたのだろうか、彼の服装は全く変わってない。
人を探して店内を見回すレグルスとライラヴィラの視線が合った。
「おまえは、ライラヴィラ」
彼に名前を覚えられていた。迷子にならず無事だったのは良かったが、賢者フォルゲルと乳兄妹のジェイドからは彼と関わり合いになるなと戒められた。どうしたものか。
思案していると雑貨店の店主がライラヴィラに耳打ちしてきた。
「さっきのは内密に……」
「わかってます、ではまたお願いします」
ライラヴィラは荷物を手早くまとめて店を出た。レグルスが追いかけてくる。
「こんなところで何してたんだ?」
「商売よ、商売。昨日あなたと会った森での素材採取を仕事にしてるの」
次の商売先へと返事しつつも早足で離れようとしたが、彼の足が早くて追いつかれた。前に回り込まれてしまい、足を止めるしかなかった。
「ライラ、勇者に会う方法はないか? それだけが手がかりなんだ。友人のザインは勇者を探しに旅立った。だから先回りして勇者のところで待っていれば会えるだろう?」
レグルスの真剣な表情を見て気持ちが揺らいだ。この人はそんな悪い人のようには思えない。彼をもう一度サンダリットに連れて行けたら解決しそうだが、賢者フォルゲルと乳兄妹のジェイドから関わるなと、強く止められている。
目の前の彼から感じられる魔力はきっと隠蔽しているのだろうけど、炎と風、そしてもうひとつ──昨日翁から戻された力──闇魔力がある。人界では禁忌の力とされ、魔界由来の恐ろしき力だとされる。そんなものを持ち合わせているのは只者ではない。でも闇魔力を扱えるようになったライラヴィラ自身も同様だ。人のことは言えない。
「勇者は、難しいかな……」
ライラヴィラは考えあぐねた。ただ教えられる範囲で勇者の情報を伝えるくらいなら大丈夫だろう。彼がどこから来たのかも気になった。きっと遠くの国からに違いない。
「立ち話もなんだから、そこのカフェに入りましょう。今日は儲かったからご馳走するわ」
ライラはレグルスについてくるように促して喫茶店に向かった。