10ー4 光の欠片
深夜——勇者村に隣接する森の奥にある山小屋から灯りが消える。
ライラヴィラとレグルスは顔をマスクで完全に覆い、ツノやツメも隠し、全身を覆うマントを羽織って、飛空魔法で上空から小人族が集う国ムートラカジの城へと向かった。ここに賢者が軟禁されているのだ。
人間族の国トラヴィスタまではライラヴィラの転移魔法でふたりとも移動できたが、ムートラカジは初訪問で転移座標が取得できない。相当な距離があったため、ライラヴィラは自らの心臓に秘めたる深淵の鍵から常闇の力を引き出して魔力の源とし、盟約の楔でレグルスへと魔力を与えた。
「城内の人は私が魔眼で拘束するから、気を失っててもらおう。余計な戦いはしたくないから」
「わかった、俺も極力、怪我はさせないようにする」
二人はアイリーンから貰った城内の構造図で下調べは済ませてあった。
城の屋根の上にそっと降りて、ライラは魔眼で賢者と勇者を探す。
「勇者の二人は今ここには居ないみたい。爺さまは地下にいる」
「魔眼は良いな。ザインもだし、俺も魔眼が欲しいと思ったことは何度もある」
ふとレグルスがライラヴィラのほうへマスクの顔を向けて呟く。彼女はその視線に気付いて応えた。
「あなたの金色の瞳も人界ではほぼ見ないし、魔界でも珍しいと思う。魔眼ではないのが逆に不思議な感じの、輝きと力強さを感じるわ」
ライラヴィラは彼と初めて会ったときの金色の瞳の強さは忘れられなかった。彼が真っ直ぐ自分の方を見るので、その時の彼を思い出して正直に言ってしまった。
「そうか? 俺は自分の目は、下等な獣みたいで下品だと思っていたが」
「ええ? 私は良いと思うけど……」
そう言った後、ライラヴィラは彼とずっと顔を合わせていたのが気恥ずかしくなって、首を横に向けて逸らしてしまった。
「しっかり案内してくれよ、『魔眼の剣姫』さんよ」
レグルスはライラヴィラの肩を軽く手で触れた。彼女の青銀髪が彼の手を通る。
「もちろん」
二人は屋根裏から侵入できそうな小窓を見つけて城内に入った。
王の住まう城ということもあり、結界術と探知魔法の類が張り巡らされている。ライラヴィラは全ての術を解除する時間が惜しいと判断し、身の安全のため結界だけ破って城内に侵入した。
すぐに警備の者たちに屋根からの侵入を探知され、大勢が駆けつけてくる。
ライラヴィラは魔眼で兵たちを拘束し、レグルスが大剣を振るう風圧を当てて失神させていった。
ふたりは風魔法で加速し、階段を飛ぶように辿って城の地下へと降りていく。
幾つか侵入者避けの罠があったが、それらは全てライラヴィラの魔眼の眼力によって解かれた。
二人はあっという間に賢者フォルゲルが囚われている地下の部屋に到達した。
ライラヴィラとレグルスは扉を開錠して中へと足を踏み入れる。
そこには賢者フォルゲルと、忌々しきサンユノアの僧正クロセルが居た。
「二度と会わぬと言ったではないか」
椅子に座った賢者がマスク姿のふたりの方へ顔を向ける。
「ほほう、マスク姿の男女とな。魔界からこんなところまで、わざわざお越しになるとは」
クロセルが顎を上げ、目を細めて薄笑いを浮かべた。
「深淵の大魔王、ライラヴィラ。そちらも魔族、いや魔王ですかな」
ライラヴィラは腰に下げていた魔剣レーヴァテインを抜剣した。剣身に光魔力を流して魔剣を強化する。
「サンダリットの賢者、フォルゲルの身柄を渡してもらう」
ライラヴィラはあえて名乗らず、マスクも外さなかった。
自分が大魔王であることを認めると、また面倒な事になると判断したからだ。
「そんな簡単には渡せませんね」
クロセルが手をかざし、光の網目のようなものを部屋全体に広げた。
ライラヴィラは手にしていた魔剣を振り光魔力で分解しようとしたが解けず、闇魔力を追加で乗せてクロセルの術を解いた。
部屋全体が二つの魔力で混ざり合い、網目は消えたが、しかし——。
ライラヴィラの胸元にある赤紫色の深淵の鍵の紋章が顕になった。
「フフッ、大魔王の証、暴きましたよ……」
クロセルは満足気に微笑み、腕を組んで微動だにしない。
ライラヴィラとレグルスはマスクとマントを外して床に捨て置いた。
「これがそんなに見たかったの」
ライラヴィラは闇魔力を纏い、魔剣を構え直した。
レグルスも烈火の大剣デュランダルを召喚して、両手で構える。
「あなたの企みに、爺さまは関係ないでしょう!」
ライラヴィラはクロセルを見据えた。魔剣を目の前のローブ姿の僧侶に向ける。
「ほぉ、もしかして知らない? この頑固爺は自らが育てた子にも何も言ってないのですか」
「何のこと? 私は爺さまから全て教わった!」
ライラヴィラは隙をうかがった。しかし目の前の僧侶から底知れぬ魔力を感じ、まだ何かの意図がある予感がして動けない。
隣に立つ魔王も同様のようで、緊張を保ったままクロセルを睨んだ。
「勇者を育てし長老フォルゲル、またの名を『原点の賢者』。すなわち『光の原点』を精霊より託され見守りし者」
ライラヴィラはクロセルの言葉に一瞬、迷いが生じた。
——爺さまが、光の原点と関わりがあるって……。
「隙あり!」
クロセルが巨大な光球をライラヴィラたちに向かってぶつけてきた!
レグルスが闇の炎を纏った大剣でライラヴィラやフォルゲルを囲み、その炎で二人を守る。光球が闇で燃やしつくされて消えた。
「流石に大魔王と魔王では、こちらの分が悪いですね」
クロセルは唇をかんで苦い顔を見せる。
「続きは外でしますか」
そう呟いて転移魔法でクロセルが消えた。
レグルスがフォルゲルをおぶって、ライラヴィラはそれを確認して三人同時に包み込む転移魔法を発動させ、地下から脱出した。
城の外に脱出し、レグルスがフォルゲルをそっと下ろす。白髪で白い肌の老人はそっと淡い緑の瞳を向けた。
「迷惑をかけたの、魔王よ」
翁はレグルスに詫びた。大きな球の入った木製の杖を召喚して地面についた賢者に特に怪我は無かった。
「人界の騒動に大魔王を巻き込んだことは、こいつに免じて今回は目をつむる」
レグルスはそう言いながら顔は全く怒ってなかった。
ライラヴィラの瞳が涙で潤む。まずは翁を助けられたことで彼女の気持ちが緩んだ。
「爺さま、無事で良かった」
「そなたの紋章、まだ消えておらぬな」
クロセルに暴かれたライラヴィラの胸元の紋章は赤紫色に光ったままだった。
「いつもは問題なく閉じられるんですが、まだ閉じないのです」
ライラヴィラの返事にフォルゲルは眉を潜めた。
「クロセルめ、何かする気じゃな」
ライラヴィラは深淵の紋章を閉じようと何度も試みていた。このままでは目立ちすぎるからだ。
そうしてると暗い街並みの向こうから、アイリーンとマナリカとジョルジュがこちらへ小走りで来た。どうやら城から脱出したと見込んで三人を迎えに来たらしい。
「フォルゲルさま!」
アイリーンが駆け寄った。
「そなた、無事じゃったか」
賢者はアイリーンを見て顔を緩め、頷く。
「ライラに魔界で助けてもらいました」
アイリーンと目が合ったライラヴィラは微笑みで応えた。
束の間の再会を喜んだもののフォルゲルの表情が変わり、翁は空を見上げた。
「爺さま?」
ライラヴィラは翁が見上げた方へ首を向けた。
そこには光輝く渦と、中に人影が見える。
——魔界で見た、光に包まれた人影と同じ。
強大な圧を感じ、ライラヴィラとレグルスは身構えた。
「続きをしましょう!」
転移魔法で空中にクロセルが現れた。竜巻のような風魔法で全身を取り囲まれて、その中心で腕を組んで浮いている。
「勇者とは大魔王を狙う生き物。ライラヴィラよ、さあどうしますか」
光の渦が幾本もの荊棘の光の筋に変化し、そこには勇者ジェイドがいた。空中に浮かび、光と風の魔力から生み出された雷が四方に弾ける。
「そうか、深淵の紋章が消えないのは、目印にするための術じゃったか」
フォルゲルがその場の皆に告げた。
「ジェイドッ!」
アイリーンが彼の方へ見上げて叫んだ。
「今度こそ、あなたを助ける!」
彼女は杖を持ち、水魔法を全身に纏った。
ライラヴィラも魔剣レーヴァテインを抜き、一本の剣から影の剣を作り出して左手で持ち、二剣の構えになる。
レグルスは烈火の大剣デュランダルに大地の力を乗せて、マグマの力を握った。
「詳しい話は後じゃ。ジェイドから『光の欠片』を引き剥がさないと、どうにもならぬ。身体のどこかにあるはずじゃ。ライラヴィラよ、そなたの力で見つけ出してくれ」
フォルゲルが上空のジェイドを凝視しながら説明した。
「わかりました」
ライラヴィラもジェイドを視界に収める。
彼の表情は恐怖の色を浮かべ、ブルブルと震えていて異様な圧を放っていた。
「ジェイドは今、正常な意識がない。そなたのことを倒すべき悪鬼と見ておる。気をつけよ」
賢者の言葉に頷くと大魔王は風魔力と光魔力を纏う。複合魔力から生まれた雷の剣を右手に、魔剣の影から生み出した闇の剣を左手に持って空を飛んだ。上空に浮かんでいる勇者のもとへと急ぐ。速度を上げると風圧で魔族の黒いツノを隠していた帽子が飛んだが、構っていられない。
「ライラ! 援護する!」
レグルスも大剣を手にしたまま、彼女に続いて空を飛び上がる。
「『覇者の魔眼』で、見破る!」
ライラヴィラは紅き魔眼に力を込めた。眼力が勇者の全身を突き抜ける。
彼女はすぐにジェイドの左脇腹に小さく光る欠片を見つけた。
「爺さま! 左脇腹にあります!」
「よし! アイリーンとジョルジュで引き剥がすのじゃ!」
賢者が指示し、アイリーンは水魔力の、ジョルジュは風魔力の治癒魔法を全開でジェイド目掛けて飛ばした!
治癒師ふたりの魔法が、勇者の脇腹から欠片を取り出すべく昇っていく。
しかしジェイドは二人の治癒魔法を避け、ライラヴィラ目掛けて剣を振り下ろす。
ライラヴィラは二剣でジェイドの剣を受け止め、魔力を上げて彼を押し返した。勇者と大魔王から放たれる稲妻が深夜の街を照らして地面に幾本も突き刺さる。
城や町への被害を抑えるため、ライラヴィラは左手に握られた闇の剣から漆黒の霧を放ち、地表へ流れる稲妻を分解した。
「あ、も、ん……」
ジェイドが呻きながら、ライラヴィラの胸元の紋章ばかりを狙ってくる。
勇者の力は異様に増幅され、大魔王を吹き飛ばした!
「ハァッ!」
ライラヴィラは吹き飛ばされたものの、空中で数度回転しつつ威圧を払い、二剣を構えなおして態勢を整えた。
「大人しく、なりやがれ!」
風魔法で飛んだレグルスがマグマの大剣をジェイドに振り下ろす!
しかしジェイドは易々と大剣を一本の剣で受け止め、レグルスを吹っ飛ばした。その圧力で巻いていたターバンが外れ、黒髪から生えている二本の立派な黒いツノがあらわになる。
「なんという圧だ! しかし傷つけるわけにもいかんっ」
レグルスは速度を調整して地表に降り立った。
「ジェイド——ッ!」
アイリーンが再び水魔法で立ち昇る渦を作り、治癒魔法を乗せて打った。
「掴んだ!」
アイリーンの魔法が欠片の場所に当たったが、威力が足りず消えた。
「もう一回! 遠くがダメなら、近くからなら……!」
アイリーンは足元に水の渦を作って、その上に乗った。獣人族特有の尻尾で全身のバランスを取って杖を構えている。
「リーン! それは危険よ!」
ライラヴィラは彼女がやろうとしている事に気づいて大声で制止した。
アイリーンは水流の上に乗り、ジェイド目掛けて空中を登っていく!
「ジェイド、助けるからっ!」
彼女はジェイドの目の前にまで迫り、彼の脇腹に触れた。
「さ、わ、る、なー!」
ジェイドは左腕の盾でアイリーンを殴った。
彼女は悲鳴を上げて地表に落ちていく。
「リーン!」
ライラヴィラは追いかけようとしたが、ジェイドが目の前に来て剣を振り下ろした!
辛うじて受け止めたが、そのままライラヴィラは彼方へ吹っ飛ばされてしまった。
地上に降りていたレグルスが大剣を大地に突き刺す。そこから大地の魔力が伝わり、地面が空へ向かって果てしなく盛り上がっていく。
その上をジョルジュが風魔法で駆けていき、間一髪、アイリーンを受け止めた!
「やるな!」
レグルスとジョルジュは目線で合図した。
ジョルジュが受け止めたアイリーンは気を失っていた。
上空にいたジェイドの動きが止まった。
「アイ、リーン……」
ジェイドが呆然とした表情で呟いた。
吹っ飛ばされたライラヴィラは転移魔法を使い地表に戻って、上空の動かないジェイドを見据える。
「こんな悲しい戦い、終わらせなければ」
ライラヴィラは再び上空へ飛空魔法で向かう。
そして地表に立つフォルゲルのほうを見下ろして問うた。
「爺さまっ、光の欠片は何で出来てるのですかっ!」
フォルゲルが彼女に聞こえるように魔力を乗せて答える。
「大魔王の『闇の深淵の鍵』を研究して作られた、『鍵の紛い物』じゃ」
「そ、そんなものが、人の手で……」
「ヒトの力のみにあらず。それは彼方の天の力によるものじゃ」
それはライラヴィラの想像を遥かに上回るものだった。




