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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第十話 戦の足音
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10ー1 勇者来訪

 前大魔王ザインフォートの書庫から戻って数日経った。

 ライラヴィラは城の私室でスケッチブックを広げ、戴冠式での魔王レグルスの正装姿を彼からプレゼントされた色鉛筆で描いていた。

 あの時、彼から感じた(まぶ)しさを表現したいと思ったが、なかなか上手くいかなかった。


「あら、レグルス様ですか」


 絵を描くのに集中していて、侍女長ミリィが部屋に入ってきていたのにライラヴィラは気づいてなかった。驚いて奇声を上げる。


「ひゃあぁっ! あ、ミリィ……来てたの?」

「お召し物をもって参ったのですが」


 (あるじ)の戸惑う様子に、ミリィの口からフフフと笑い声が漏れた。


「レグルスを描くのは難しいわ。思ってたより、その、実物は眩しい……」


 そう言いかけて、顔から火が出そうな熱を感じた。思わず首を振る。


「あ、いや、あんな偉そうな俺様魔王なのに、反則的な顔立ち」


 ライラヴィラは自分でも何を言ってるのか分からなくなった。

 ミリィはそっと横から描きかけの絵を覗き込んだ。


「とてもお上手に描けてると、(わたくし)は思いますよ。ご本人に贈られるのですか?」


 そう()かれて、ライラヴィラはもう気持ちの限界だった。


「べ、別に、貰った画材の試し描きだから……」


 慌ててスケッチブックを閉じ、広げていた色鉛筆を片付けた。


「今日は雪も止んでるから、外で身体を動かそうかな」

「陛下、もうすぐ春の行事予定についての会議がございますが?」

「あ、そうだったわ。春かぁ……」


 ライラヴィラは人界で暮らしていた時の春を思い出した。

 桜が一斉に咲き誇る中、新緑の芝生に大きなリネンの布を広げて、みんなでお弁当を広げた、あの束の間の楽しみ。


「陛下は魔界の春は初めてですよね。藤色の炎花(えんか)が咲き誇る、麗しき季節ですよ」

「そうなの! こちらでもお花見とかあるのかな」


 ライラヴィラは見たことのない炎花が想像できなかったが、期待は膨らんだ。

 大きな足音が駆けてくるのが聞こえて、現実に気持ちが戻される。


「申し上げます! 地下のミラリスゲートに不審者が一名、現れました」

 

 ライラヴィラが侍従長ベルントと共に大急ぎで地下に向かうと、魔法結界で封印された部屋の向こうに人影が見えた。

 普段はたまに人界人が来ても、結界に阻まれて直ぐに同じゲートから諦めて帰るのに、今日の者はなかなか帰らないと衛兵から聞いた。


「陛下、どういたしましょう」


 ゲート警備の衛兵が困った表情を浮かべる。

 ライラヴィラは結界ギリギリまで近づいて、魔眼でその人物を視た。

 それは勇者村(サンダリット)で見慣れた勇者だった。金髪碧眼で背が高く、優しい眼差しの。


「まさか、ジェイドなの?」


 ライラヴィラは慌てて結界を解いて、駆け寄った。


「ライラなのか⁉ ここはどこ?」

「ここは、私の住処(すみか)よ」


 ライラヴィラは衛兵たちに自分の友人であることを説明し、ジェイドを連れて魔王の私室に戻った。

 


 ◇ ◇ ◇



 ベルントに周囲の人払いを頼み、彼にも部屋から出てもらった。


「これでしばらく誰も来ないから、安心してね」


 ライラヴィラは応接セットのソファに軽く腰掛けた。

 勇者の彼がどうして魔界に来たのか気になったが、まずは落ち着こうとした。


 ——まさか一人で大魔王城に乗り込んで自分を討伐しに来るなんて、彼はそんなことを考える性分ではない。幼い頃からの長い付き合いだから分かる。たまたまゲートが城の地下につながっただけだろう。

 もしかすると……ただの偶然ではなく、精霊の意思なのかもしれないけど。


「なんだか今回も凄い立派な建物だけど、まさかここは?」


 ジェイドは部屋の中を歩き、ぐるりと見回す。


「前に会ったときは前大魔王の居城ウルカドンだったけど、ここは私が住んでるスペランザ城よ。地下にミラリスゲートがあるの」

「なるほど、今回も大魔王城ってことか」


 彼はライラヴィラが座っている場所とは少し離れた、壁際に置かれた椅子に座った。遠慮がちなジェイドの態度に、共に育った乳兄妹なのに距離を感じた。もう昔の兄と妹では居られないのだ。今は——勇者と大魔王。


「今日は……抜剣しないのね」


 ライラヴィラは勇者村(サンダリット)で彼に刃を向けられたことを、昨日の事のように覚えていた。いや、忘れようとしても忘れられない。


「あの時は、人界に戻ってきた君が、悪鬼アモンになるんじゃないかと焦ってた。悪かったよ」


 ジェイドは申し訳なさそうに目を伏せて、頭を下げる。


「私こそ、あんな騒動になって、ごめんなさい」


 ライラヴィラも迷惑をかけたと、頭を下げた。


「リーンから聞いたよ。サンダリットのみんなをを守るために、ライラが翼竜の大群を討伐してくれたって。その結果が……間が悪かった」


 どうやらアイリーンがジェイドに話をしてくれたようだと知った。


魔界(こちら)に引っ越すために、家に残してた物を取りに戻っただけだったの。でも、放っておけなかった」


 ライラヴィラは席を立った。


「ちょっと飲み物を取ってくるね」


 ——人払いをしたので誰も来ないのを忘れていた。

 転移魔法で侍女たちの詰所に直接寄ったので皆に驚かれたが、お茶と菓子のセットを準備してもらい、トレイごと受け取って転移で自室に戻った。

 ジェイドは部屋の壁際に立ち、壁にかけてある少年の絵を見ていた。


「おまたせ」


 ライラヴィラは応接セットのローテーブルに、お茶セットの乗ったトレイを置いた。彼女が戻ってきた気配を察して、勇者は振り向く。


「そうか君も、とうとう転移魔法を覚えたんだね。賢者さまが『光の申し子』と呼ばれていた君を村から出さないために、『ライラヴィラに転移の魔導書を決して渡してはいけない』って、サンダリットの村民全員に命じられてたんだよ。今だから言えるけど」

「やっぱりそうだったのね。最近、侍女長から魔導書を貰って教わって、すぐ使えるようになったわ」


 予想はしていたが、やはりおきなの意思はそれだったかと納得した。

 ——村からは出さない、『光の申し子』と呼ばれた理由。おぼろげに結びつく気がする。それはきっと魔王とライトエルフの混血であることとダークエルフであったこと、今まさに『深淵の鍵』の宿主、つまり大魔王であることに関係するのかもしれない。


「相変わらず、この絵はお気に入りなんだね」


 部屋の壁に掛けられた、少年の絵を見つめていたジェイドが訊いてきた。


「その絵、どうしても頭からこびりついて離れないの。いつ、誰を描いたかは覚えてないけど、まあまあ良い感じに描けてると思うし」


 ライラヴィラもジェイドの隣に立って絵を見つめる。ターバンから覗く黒髪と、黄色く塗られた瞳。


「君は『絵描きさんになりたい』って小さい頃はよく言ってたね」

「うん、今はもう無理だけども。でも絵は描いてるの。さっきも描いて……」


 そう言ったものの、ライラは余計なことを口走ったと、慌てて黙った。


「へぇー、見たいな、それ」


 ジェイドに言われて、やっぱり突っ込んでくるかと、顔をそらす。


「まだ途中だし、内緒」


 魔王レグルスを描いていたなんて、ジェイドには見せられない。


「じゃ、いつか見せて」

「どうしようかな」


 ライラははぐらしつつ、応接用ソファに再び座った。侍女に用意してもらって持ってきた紅茶はすっかり冷めている。

 ジェイドも今度は向かいに座ったので、ライラヴィラは聞きたかった本題を切り出した。


「それはそうと、どうしてゲートを通って来たの?」

「魔界の調査だよ」


 さっきまで穏やかだったジェイドの顔色が変わった。


「新たなる大魔王が現れたと、サンユノア教団のクロセル僧正が、小人族ドワーフの国、ムートラカジの騎士団に告発した」


 そうだった、あの騒動の時には面倒な人がいた。

 ダークエルフを忌み嫌い、魔族を排除せよと説いて廻ってる、あの光の信仰を推し進める教団の。


「他にも、サンダリットで君の魔族の姿を見た人は多かった。そこでムートラカジ騎士団からの依頼で、僕が魔界へ来たんだ。ディルクは別件でクロセル僧正と共に行動してる」


 ライラヴィラは人界で予想外の大騒動になってしまっていることに困惑した。勇者たちが国家の命令で動かされてるなんて。


「あのとき、私の深淵(しんえん)の鍵の紋章は……見た人は何人もいるかもしれないけど……もう人界には全く行ってないし。でもやっぱり、私は大魔王になった時点で、サンダリットへ戻ってはいけなかった」


 ライラヴィラは人界に混乱を招いた罪悪感を強く感じる。

 ——自分が行かなければ、次の大魔王が現れたとサンユノア教団や人界の国家、そして勇者たちが動くこともなかっただろう。

 まさかクロセル僧正が勇者村(サンダリット)にいるとは思わなかったけど。ただリーンも言ってた。サンユノアの者たちが村に出入りしているから、私は当分帰らない方がいいって忠告してくれたのに。


「ライラは自分の家に帰ってきただけなんだ。何も悪いことはしてない。間が悪かっただけだ」


 ジェイドはうなだれるライラヴィラを見つめつつ、話を続けた。


「それに君が人界に何かするなんて、僕は全く思ってない。騒動の後、賢者フォルゲル様から僕とディルクに話があったんだ」


 彼はひと呼吸置いて、告げた。


「君は、魔界(ダークガイア)から大魔王が度々人界(ライトガイア)に攻めてくる、悪鬼アモンの歴史を二つの世界が乗り越えるために、普通はあり得ない、光と闇の両方の力を持って生まれてきたのだろうと」


 ジェイドの語ることは、これまで知ったことと繋がるとライラは確信した。

 しかし。


「私にそんなこと、できるのか、わからない……」


 ライラヴィラは悪鬼(アモン)を乗り越えた存在、『真の大魔王たるリリス』のことが頭をよぎった。ただ自分はその条件を満たしてないのだと、魔王アルトバルンに突きつけられたことも同時に浮かんだ。


「大賢者ハニンカムさまのところでも聞いたのを覚えてる? 人界に攻めてくる大魔王とは、闇の深淵に呑まれて我を失った者で、そうでなければ人界に害を及ぼす事は無いんだと。ライラがそうならなければ、僕は君と戦わなくて済むんだ」


 ジェイドは語り終えると頭をうなだれた。

 彼の思いがライラヴィラに突き刺さる。

 ——互いに敵同士になんて、なりたくない。

 ジェイドと自分はそもそも乳兄妹なのだ。そして共に勇者としての修行をした『仲間』だから。


「私、悪鬼(アモン)を乗り越える手段を、探してるの」


 ライラヴィラはジェイドに打ち明けた。


「魔界を支える『闇の深淵』の暴走を抑えるため、精霊から『鍵』を授かり、それを食い止めてきたのが代々の大魔王。その影では沢山の涙が流れたわ。なぜ深淵が暴走するのかは分からないけど、悪鬼アモンの誕生を避けることが出来れば、二つの世界の間に起こる戦いは無くせるから」


 ジェイドはライラヴィラの話に応える。


「ライラ、僕は国の重鎮方に、今わかっている魔界と大魔王の真実を伝えるつもりだ。どう受け止められるかはわからないけどね」

 

 

 ◇ ◇ ◇



 ライラヴィラは一旦帰ると言うジェイドを、城の地下にある人界に繋がるミラリスゲートへと案内した。

 地下深くへと続く螺旋(らせん)階段を下りながら、二人は積もる話を続ける。


じいさまはどうしてる? それにリーンも。マナリカやジョルジュ先生には会えなかったし」


 ライラヴィラは気になっていたことを尋ねた。


「賢者フォルゲル様は複数の国の監視下にある。君を育てていたという理由でね。でも心配はいらないよ。賢者様はこれまで多くの勇者を育てた功績が大きいから、害されたりはしない。大魔王である君が接触してこないか、見張られてるだけだ」


 育ての親である(おきな)まで騒動に巻き込んでしまっていることを知り、ライラヴィラは頭をうなだれた。


「爺さまが……。私はもう二度と会わない約束をしたの。それは守るよ」

「そうか、賢者様には騒動の前に会えたんだね」

「うん。最後に助言も貰ったの」

「リーンは治療院で今も働いてるけど、時々みんなに歌を披露してくれるようになったよ。彼女があんなふうに歌うようになったのは何年ぶりだろう。ほんと心から震える歌声だ」


 ライラヴィラはアイリーンと少女時代に語った夢を思い出した。


「リーンは歌手になりたいって前に言ってた。でも水の精霊の力を役立てたいからって治癒師(ヒーラー)を目指した……」

「そうなのか。リーンの夢はまだ可能性はあると思う。彼女をこんな戦いの渦中に浸からせたくない」


 ジェイドの言葉に、ライラは彼がアイリーンに何かしらの気持ちを持っているのかもと気づいた。サンダリットの民はどうであれ、勇者と大魔王の戦いに関わることになるからだ。それを避けようとするのは、よほどの想いだろう。


「私もリーンのことは大切な友達よ。だからジェイドにリーンのことはお願いしようかな」

「頼まれなくても、村のみんなは大事だよ」


 はぐらかされたと、ライラヴィラはがっかりした。でもきっと彼は親友に想いを寄せている。

 ジェイドはライラヴィラの詮索には素知らぬ顔で語った。


「マナリカは少しショックを受けてたんだ。君の剣、一本折れたのを放置して帰っただろう? あれに大魔王の紋章があるって見つけて……」


 二剣のうち一本が勇者ディルクの槍斧(ハルバード)を受けて折れたのを思い起こす。あの時は魔王レグルスに助けられ、そのまま魔界へ戻ってきたから。


「すっかり忘れてた……。私、武器を壊してばかりだったから、魔力に耐えられる強化をするために、城の鍛冶師に深淵の紋章を入れてもらったのよ。普通の人には見えないんだけど、マナリカは優秀な鍛冶師だから見えたのね」

「紋章が刻まれてる意味はマナリカは気がついてたみたいだよ。魔界でもそんなに武器を壊してたのかなって笑って、そして少し、泣いていたな」


 ライラヴィラは申し訳なさで心が(うず)いて、(うつむ)く。


「いや、泣いてたってのは、ライラがどれだけ辛い思いをしたのかって、可哀想だって言ってたんだ」


 ジェイドは言い直し、そして続けた。


「治療院のジョルジュ先生は、運命なのかとおっしゃった。君が大魔王になってしまったのは残念だけど、仕方ないって」

「そう……」


 ライラは半年ほどの間で、サンダリットの仲間たちが遠い存在になってしまったのだと、寂しさを感じた。


「じゃ、今日はもう帰るね。元気で」

「ジェイドも。怪我には気をつけてね」


 ゲートを潜るジェイドをライラヴィラは見送った。

 彼が行ったあと、ライラは再びゲートを魔法結界で封印した。

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