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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第九話 盟約の楔
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9-4 魔眼の幻王

 翌日、スペランザの一行は前大魔王の国、ウルカドン魔導国へ入った。

 ライラヴィラは転移魔法で従者たちを含め全員を転移魔法で移動させた。大魔王の魔力は、一般的には自分自身しか使えない転移魔法の範囲を他者へと広げることが可能だった。


「次の目的地は西方のヘリオシュタ幻想国だ。『魔眼の幻王』魔王アルトバルンと交渉できればと思う」


 レグルスが新米大魔王に説明を続ける。


「手前にウルカドン城があるから寄っていくぞ。ソフィーに魔王との仲介を頼んであるからな。俺はアルトバルンには数度しか会ったことないから、隣国のソフィーの方が話が通しやすいと思う」


 ライラヴィラはネウレディドから戴冠式の時に聞いた話を思い出した。


「魔王アルトバルンって魔眼なのね? 私、もしかしたら彼に人界で会ってるかもしれない」


 人界に一度戻った時の話を皆に伝えた。

 勇者村(サンダリット)への護衛を引き受けた時の出会い。

 あの彼が魔眼の幻王である可能性が高いかもしれないと。


「面識があれば少しは交渉しやすいが、果たしてどうかな」


 レグルスもその可能性はあると言いつつも、アルトバルンの人物像がよく分からないと言った。




 ウルカドン城にも直接、転移魔法で移動し、魔王妃ソフィーに出迎えられた。

 ライラヴィラは彼女のおなか周りがふっくらしているのに気づいた。


「あれ? ソフィー、もしかして?」

「ええ。ここにザインの忘れ形見がいるの。毎日お腹を蹴って元気な子よ」


 ソフィーはそっと自分のおなかをさすった。


「おめでとう! 戴冠式の時には気がつかなかったわ!」


 ライラヴィラはザインフォートが残した命を知り、彼の想いが妻に宿ったのだろうと、ある種の奇跡を感じた。亡き大魔王が最期の言葉で『妻に感謝』と、紡いだのを忘れたことはない。


「俺はおまえの戴冠式の時に聞いたんだが、びっくりだよな。めでたいことだ。ウルカドンもこれで世継ぎには困らん」


 レグルスも目を細めてソフィーのおなかを見ている。

 ソフィーがライラヴィラの肩に触れた。


「ねえライラ、あなたの魔眼でこの子の性別とか分からないかしら? そろそろこの子の身の回り品を用意したいから」


 ソフィーが『ライラ』と愛称で呼んでくれたことに気づく。

 彼女との心の距離が縮まったのが嬉しかった。


「見ても良いなら見るけど? 小さい頃は勝手に見てはいけないと、よく(じい)さまに叱られたのよ」

「どうか、お願い」


 ライラヴィラは魔眼でそっとソフィーのお腹を視た。魔力の強い子がその存在を伝えてくるのを捉えた。


「うん、男の子! それと、魔眼を継いでる」


 そう伝えるとソフィーはおなかに手を添えて涙ぐんだ。


「ああ、ザインと同じ。嬉しいわ……」

「お身体に障るといけませんから、どうぞお座りになって」


 ソフィーにスペランザの侍女長ミリィが付き添った。彼女はそっと魔王妃の腰に手を添えて、ソファーへ座るよう促す。


「ソフィー様は初めてのお子様ですよね。初めてで魔眼の子を育てるのは大変かと思いますので、いつでもご相談に乗りますよ。これでも(わたくし)、ここにおいでの大魔王陛下がお生まれになられた時に、お世話をしておりましたので。赤子に魔眼があると、それはもうハチャメチャになりますよ」

「ええ! そんなことないわよっ」


 ライラヴィラはミリィの話に恥ずかしくなった。

 そんな昔の覚えてないことを持ち出されても、居心地が悪い。


「ふふふ、魔眼の子を育てるのは、毎日が冒険です」


 ミリィはソフィーと顔を見合わせて笑い合った。


「お困りごとがございましたら、ご協力いたします」


 スペランザの兵士長アレックスもソフィーに(かしこ)まった。


「まあ、ありがとう。何かあればお願いしますね」

 

 ソフィーは身重のためヘリオシュタ幻想国とは手紙で交渉していたが、あまり色良い返事は来なかったと語った。


「ごめんなさいね、あまり力になれなかったわ」


 ソフィーが数度のやりとりをした手紙をレグルスに渡した。


「いや、気にしないでくれ。無理を承知で頼んだのはこっちだ。ありがとな」


 ソフィーが何かを思い出したように口を開く。


「ザインの書庫ならいつでも見にきてね。彼の遺言ですから」

「そういえば、開かない扉があったな」


 ライラヴィラは彼の言葉から深淵の紋章で封じられた扉を思い出した。


「今ならあの封印の扉を開けられるかもしれない。しかし先ずはヘリオシュタか」

「ヘリオシュタで魔王アルトバルンに会ったら、もう一度ここに来ましょう」


 ソフィーに再来訪を約束して、一行はウルカドンを後にした。



 ◇ ◇ ◇



 スペランザの一行は馬車で一晩かけてヘリオシュタへ向かった。

 ライラヴィラや侍従たちが()の国へは一度も行ったことがなかったため、転移魔法は使えなかったのだ。

 ヘリオシュタへと近づくと徐々に周囲の霧が深くなった。


「まるで不思議の国にいるみたい」


 ライラヴィラはその幻想的な景色を楽しんだ。白いヴェールの合間から木々の影が映り、獣の遠吠えや鳥のさえずりがかすかに聞こえる。風の湿り気が肌をなでる感触に異国情緒を味わう。


「霧の都と呼ばれるくらいだからな。ヘリオシュタは芸術文化が盛んな都市で、毎日どこかで歌会や舞踏会などがある。絵画や彫刻の展示即売会なんかもな」

「それなら次は私用でゆっくり来てみたいな」


 レグルスの説明にライラヴィラはときめきを感じる。人界でもなかなか芸術に触れる機会はなかったが、魔界のアートとはどんなものだろうかと好奇心が湧いた。


 一行は翌朝に霧の都ヘリオシュタに入った。

 霧が立ち込める中でも音楽家が路上で演奏していたり、スケッチをする者がいたりと、賑やかだった。

 魔王アルトバルンと大魔王ライラヴィラの対談を組むための交渉が上手く繋がらなかったため、レグルスは直接城へ出向く作戦に切り替えた。

 彼が城の門番に交渉すると、中には取り敢えず入れてもらえることになった。一行はかなり古い石造りの城内を進み、客間らしき部屋で待つことになった。


「さて、大魔王がいるとはいえ、約束無しの突撃訪問だからな。さあどう出るか」


 レグルスは眉を寄せて目を伏せた。彼は腕を組んで部屋の中を歩き回り、立ち止まると何か考えているかのように見上げ、黙り込む。

 ライラヴィラもヘリオシュタの魔王に使える従者たちが二人、こちらに視線を真っ直ぐ向けているのを認知する。彼らに促されてソファーに座ったまま、無言で待ち続けた。

 

 かなり時間が経っただろうか。

 ようやく魔王アルトバルンが応じてくれるとの事で、ライラヴィラとレグルスの二人で彼の部屋へと向かった。

 扉を開くと、あの人がいた。淡い緑の短髪で、深い紫の瞳に見覚えがある。

 ただ、目の前の彼には黒いツノとツメがあった。


「ライ、いや、今は大魔王か。久しぶりだね」

「やっぱり、アルトだったのね」


 人界(ライトガイア)で出会ってから数ヶ月ぶりの再会だった。

 



 アルトバルンに促され、ライラヴィラとレグルスは長ソファーに並んで座った。


「これ、人界で買ったお茶だよ。ライには懐かしい味かな」


 魔王自らの手で二人に緑茶を淹れた。


「色々聞きたそうな顔だね」


 アルトバルンはライラヴィラの向かいのソファに静かに座った。


「人界での騒動は見ていたよ。ライが魔族だと、大魔王だと勇者に暴かれて、君を抱えた魔王レグルスが幻獣に乗って飛び去るまでね」


 アルトの言葉にレグルスは眉をひそめた。


「そこまで見ていたなら、なぜ助けなかった?」

「君が空から近づいてるのが僕には見えていたからね、レグルス」

「フン、いけ好かない奴め」


 レグルスは緑茶のカップを音を立てて置いた。


「あれからアルトはどうしてたの? 光魔力が欲しいって言ってたから」


 ライラヴィラは気になったいたことを直接尋ねた。


「お(じい)さんに会えたよ。でも、一言、無理だと言われた」


 ライラヴィラはそれが賢者フォルゲルのことだと理解した。


「どうして光魔力が欲しいの? 魔族にとって忌むべき力だと言われてるのに」


 ライラヴィラは続けてアルトに問うた。


「光魔力が魔界(ダークガイア)で忌むべき力なんかじゃないことは、君が一番分かってるんじゃないか。逆に闇魔力が人界(ライトガイア)でそう言われてるのも無意味だと、ライなら分かってるはず」

「そうね、それはそうだけど」


 ライラヴィラは彼の言葉は腑に落ちなかった。


「人界にわざわざ出向いてまで欲しいの?」

「ああ、必要だよ」


 アルトは立ち上がり、部屋の窓辺に足を運んで外を眺める。


「僕はね、長く魔界を見てきてるから。その必要性が痛いほどわかるんだ」

「長くって? アルトは私とそんなに年は変わらないでしょう?」


 ライラヴィラが疑問を投げかけると、アルトはライラの方へ振り向いた。


「君、魔眼なのに、僕を()てないんだね?」

「え?」


 人界で出会った時から、彼が幻惑魔法の類を使っているのは分かっていたが、特に危険性は無さそうだと気にしてなかった。


「僕を『視る』といいよ。今の魔界では、おそらく君にしか暴けないから」


 ライラは促されて、彼を『視た』——。

 そこには、シワの深い年老いた小柄の紳士が立っていた。


「アルトって!」


 ライラヴィラは思わず立ち上がった。


「何を視たんだ?」


 レグルスが彼女の慌てぶりを見て問うた。


「え、あ、言っていいのか……」


 ソファに座り直し、戸惑うライラヴィラにアルトバルンが微笑んだ。


「僕はもう、五百年近く生きてるんだ」


 その言葉でレグルスはライラヴィラが何を視たのか察したようである。


「また、頑固ジジイかよ」


 彼は不満な様子で手足を組み、ソファの背に乱暴にもたれた。


「レグルス、気持ちはわかるけど言葉が悪いわ」


 ライラヴィラは慌てて彼をなだめる。


「僕の本当の姿が分かってても、ザインフォートはそんな言い方しなかったよ」


 アルトバルンは微笑むと再び二人の向かいのソファーに座った。

 

 三人はそれから何も言えず、ひと時が過ぎた。

 再び口を開いたのは魔王アルトバルンだった。


「二人がここまで来た用件は分かっているよ。でも僕は、今は受けられない。悪いけど断らせてもらう」

「今は、って?」


 ライラヴィラは気になった。

 ロゼフィンのように何か条件があるのだろうか。


「僕は亡きザインフォートと生前よく交流していたんだ。それである結論を出していてね」


 アルトバルンはライラヴィラに鋭く座った眼差しを向けてくる。


「『真の大魔王』となら『盟約の楔』を受けるよ」


 ライラヴィラとレグルスは顔を見合わせた。

 ザインフォートの書庫にあった手記のことを二人は思い出した。

 確かにそこには『真の大魔王』のことが書いてあった。


「もしかして人界にしかない力か? しかしここに居るライラヴィラは光魔力の使い手で、しかも相当な魔力量があるぞ。それでは条件は満たせないと?」


 レグルスがアルトバルンに反論した。

 幻王が魔眼を伏せて応える。


「アモンを越えし大魔王。そういう存在が太古の昔に一人はいたことが分かっている」


 ライラヴィラは人界に戻った時に聞いた話を思い出した。


「爺さまも……同じことを言ってた」


 アルトバルンの話が、賢者の言葉に繋がる。

 可能性はある、と聞いた。


「光魔力は、おそらく条件のうちの一つだと思う。まだ分からないことが多すぎるけどね」


 アルトバルンがため息をついた。

 レグルスは考え込んで、彼に再び訊いた。


「条件か。光の精霊と繋がろうとしたのは、そのためか?」

「そうだよ。自分に光魔力が無いと、そもそも研究もできないからね」


 アルトバルンはソファーから立ちあがった。


「そういうことだから、そろそろお引き取り願えるかな。僕は休ませてもらいたい」


 主の言葉を受けて、城の従者達が部屋へと入ってきた。

 帰れと言わんばかりの表情で彼らが並ぶ。


「ライ、いやライラヴィラ。君は光と闇の両方の魔力がある。しかも他の四属性もだ。その上、君の身体は魔界と人界の混血。一番可能性があるのは君だと思うけど、まだ分からない。ただ希望は捨てないほうがいい」


 そう告げて魔王アルトバルンはひとりで部屋を出て行ってしまった。

 ライラヴィラとレグルスは彼の従者に促されて、別室で過ごしていたミリィ達と合流し、城を後にした。



 ◇ ◇ ◇



 スペランザの一行は予定していた外交は全て終えたため一旦解散となり、ミリィ達は自国へ先に帰った。

 ライラヴィラとレグルスは再訪問を約束していたウルカドン城へ訪れた。

 身重の魔王妃ソフィーの負担を考え、前大魔王ザインフォートの書庫の鍵だけ開けてもらい、二人で資料を探しまわる。


「おい、これ前は読めなかったけど、今は読めそうだぞ」


 レグルスが積まれた本のひとまとめを指した。

 ライラヴィラはその一番上の本を手に取った。

 


 ——『天から覗きしもの』——

 遥か彼方、天の世界から

 覗きし存在が黒くうごめく

 何かを探さんとする瞳

 光を(むさぼ)る手と

 闇を踏み潰さんとする足

 おお我らの意思、精霊よ

 光と闇の守護者を

 どうか遣わしたまへ

 

 

「どこかから光も闇も狙ってる何かがあるの? おそらく人界と魔界の両方って意味よね」


 ライラヴィラにはそれ以上よく分からなかった。

 レグルスがメモの挟まれた本を見つけ、ライラヴィラに見せに来る。


「これって……」


 彼女は求めていた情報があったのに声が漏れた。

 そのメモには『見つけた』と書かれている。



 ——『アモンを越えし存在』——

 闇の深淵(しんえん)の浸食を乗り越えた太古の大魔王。

 その者は胸元に七色に輝く紋章があったという。

 普通は青紫色をしている紋章。

 その色が赤紫色に変化し、アモンの暗赤色を越える。

 やがて七色を帯びるという。

 それは『深淵の守護者リリス』と呼ばれる。

 いわばこれが魔界の救世主『真の大魔王』である。

 

 

「これは!」


 二人はお互いの顔を見合わせる。


「おまえの紋章、赤紫色だよな?」

「うん、そうなんだけど」


 ライラヴィラはレグルスに告げた。


「最期に深淵で会った父さまが……」


 その名を言っていたのを思い出した。


「母さまも父さまも、『リリスに賭けた』と言ってた!」


 二人はその場で立ち尽くした。

 ——これこそが、探していたもの。悪鬼アモンにならない大魔王。


「ライラ、こっちは開けられないか?」


 彼に呼ばれて扉をそっと触れてみたが、摩擦音が鳴ってライラヴィラには開けることが出来なかった。


「今のライラは正当たる深淵の鍵の宿主だぞ? まだ開かないのか?」


 レグルスはその場で腕を組んで扉を凝視する。


「まさかな、もっと先の未来に何かあるのか?」


 二人は先行きに不穏なものを感じつつ、ザインフォートの書庫を後にした。

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