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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第九話 盟約の楔
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9-3 呪縛

 大魔王一行の次の訪問国はゾンガルディ魔皇国である。ライラヴィラは関所町テルトを訪れたことはあったが、この国の城下町へ入ったのは初めてだった。見渡す限りレンガ造りの建物が立ち並び、街灯も規則正しく設置されている。


 ゾンガルディは細長い領土を持つ。南部に位置する温暖なテルトと違って、北部に位置する城下町はこの季節、雪深くて普通に石畳の街道を歩くのも大変だった。油断すると、三角屋根の建物から積もった雪の塊が滑り落ちてくるのに当たりそうになる。


「まさか再び私を誘拐しようなんて、それは無いよね」


 ライラヴィラはテルトのバザールで魔王ネウレディドの従者に突然さらわれてしまった出来事を思い起こした。言葉が冷たい空気に当たり、白い息が漏れる。


「今の大魔王(おまえ)を拉致したら、それこそ魔界の大問題、紛争の種になるぞ」


 レグルスも白い息を吐きながら真顔で返事する。ライラヴィラは自分の心底にある不安を取り払うような彼の顔を見て安心した。ただあれは自分が至らなかったことだと反省もしていた。


「もう油断しないわ。あの時は気が緩んでいたから」


 ライラヴィラはあの偏屈魔王とどう向き合えばいいのか悩みつつ、立派な石積みの城壁に取り囲まれた魔王城の門をくぐった。

 

 ゾンガルディ城の内部は全体的に薄暗く、城全体に反転の魔法が漂っていた。寒さを避けるためだろうか、窓が少なくて灯りの魔導具が壁にたくさん掛けられていた。場内を歩く人は極まばらで、本当にここが魔王の居城なのかと思うくらいの寂しさである。


(とら)われたとき、魔王の部屋も同じ魔法がかかってたけど、どうしてここまで制御するのかな」


 ライラヴィラはネウレディドが強い魔力を持っているのは分かっていたが、魔王なら魔力が強いのは当たり前なので不思議だった。


「奴の考えていることは俺にはよく分からん。ただおまえの戴冠式には来たってことは、おまえを気に入ってそうではある」


 レグルスが彼女の疑問に答えた。

 一行が城内の奥まで進むと、天井が高く吹き抜けた大広間に出た。

 そしてたった一人で、魔王ネウレディドは(たたず)んでいた。

 

「ようこそ、人界のお嬢さん。いえ今は、大魔王ですか」


 ネウレディドがライラヴィラたちの前に進んだ。


「今日こそは、あの人界の紅いジャムを持ってきてくれたのかと思いきや、無さそうですね」


 ——またジャムか。

 そんなに欲しいのなら自分で人界に買いに行けばいいのに。あれは保存食だからきっとまだ今の季節なら売っているだろう。

 ただ、魔界の魔王が人界の食料品店に現れたとなると、きっと大騒動になる。彼がここまで人界の物が好きだなんて思ってもみなかった。


「それはまた別の話でしょう。今日は『盟約の楔』の件で来たのだから」


 ライラヴィラはネウレディドを見据えた。


「承知してますよ。しかし、大事なことです」


 魔王ネウレディドは莫大な闇魔力を放った。

 その衝撃から一行を守るため、侍女長ミリィが即座に防御魔法(シールド)を前方へと張る。


「陛下、守りはお任せくださいませ」

「ありがとう、私は大丈夫だから、皆を頼みます」


 ライラヴィラはネウレディドの前へと踏み出し、ミリィの防御魔法(シールド)の範囲から出た。


「いきなりの歓迎ね。私は喧嘩(けんか)しに来たのではないわ」


 大魔王は目前の魔王を真っ直ぐ見定める。


「私との契約を望むのか、そうでないのか、(あらかじ)め送っておいた文書の返事を聞きに来ただけ」


 そして自らの『覇者の魔眼』に乗せた魔力の覇気を放った。


「流石は魔眼持ちですね。大したものです。面白くなりました」


 ネウレディドは笑みを浮かべた。

 再び彼から強い闇の魔力が(あふ)れるように放たれた。


「おいライラ、お前らしくないぞ? あいつを(あお)ったら何するか分からん」


 レグルスが小声で忠告してくる。


「煽ってきたのは向こうよ」


 ライラヴィラも小声だがハッキリ返事した。

 

 ——今までいろんな目に遭ったが、ここでは絶対に引きたくない。

 自分を(さら)っておいて謝罪も未だ無いのだから。

 それに魔力をあえて抑える、この魔法の意味がわからない。

 『盟約の楔』をするには邪魔になるし……。

 偏屈には直球で応えるか。

 

「話をする気に、なってもらいます」


 ライラヴィラは杖を召喚して手に取った。

 大地の土魔力を身に(まと)う。


「交渉に邪魔はものは、取り除きます」


 土魔力に闇魔力を乗せ、城を地下から包み込む魔法陣を魔眼で見据えた。

 

「そこなる反転の呪縛、正しき流れへ戻れ!」

 

 ライラヴィラは両手で掲げていた杖を床についた。

 ゾンガルディ城が震えた。

 地下から異様な細い鎖の影が何千本も突き上がり、地表へ溢れる!

 ライラの紡いだ魔法が床から無数の細長いトングとなって出現し、鎖を捕まえて噛みちぎるように切っていく。

 闇の鎖は漆黒の鉱石でできたトングで細かく分解されて消えていった。

 

「何てことをした! 何より大事な魔法陣を壊したな!」


 ネウレディドが身体から溢れる膨大な魔力を一気に放った!

 城が震えてミシミシと音を立てる。


「あああっ! 城が、国が、全てが! おしまいになる!」


 闇魔力をコントロールできないネウレディドが身体を震わせた。


「無くなる、誰も居なくなる、無い、ない!」


 彼の身体が浮き上がり、その震えが黒い稲妻を生み出して激しい音を響かせた。

 

「これはマズイ! 一旦、退避だ!」


 レグルスが風魔力を纏い、周りの皆を(かば)いながら駆けだした。

 ミリィも防御魔法を展開しつつ、誰彼構わず手を引いて助け、走る。

 兵士長アレックスや侍従たちも逃げ遅れた人を探しつつ避難した。

 

 ライラヴィラは闇魔力を収めて、新たに水魔力と土魔力を乗せて魔法陣を地表に描いていく。青と黄の色の光線を編み合わせた魔法陣を彼方に広げ、大地の力でゾンガルディ城と周囲を支えた。


「大丈夫、壊れたりなんかしない。私が壊させない」


 ライラヴィラはネウレディドの魔力を魔眼で観察した。


「均衡に静かに委ねて、ネウレディド。あなたになら出来る」


 彼女が描いた魔法陣から花びら状の水が吹き上がり、ネウレディドを包み込む。


「あなたは闇の力の穏やかなる側面を忘れているだけ」


 ライラヴィラは更に風魔力を全身に乗せて宙に浮いた。


「その失われるという恐れを、手放せばいいだけ。闇の力はそれすら終わらせて助けてくれる」


 そして、彼に告げる。

 



「自らを、あなた自身が信頼しないで、どうするの」

 



 そう、ライラヴィラも思い当たることはあった。

 ——人界でおぞましき者と(ののし)られた日々。

 自分なんていない方がいいと常に思ってた。

 幼い時に光の力を意図せず何度も暴走させた。

 (ダーク)エルフなのに光魔力を扱うのはおかしいと、その度に非難された。

 でも、やっぱり自分は自分でしかなくて。

 自分以外の何者にもなれないのだ。

 

「あなたは私に似てる。だから出来ると信じる」

 

 ライラヴィラの瞳から、一粒の雫が落ちた。

 雫がネウレディドを包んでいた水魔法の花びらと混ざる。

 

「ライラヴィラ、あなたは——」

 

 ネウレディドの全身の震えが止まった。

 彼の全身から放たれていた闇の雷が消えていく。

 その場をライラヴィラの大地の魔力が支え続けた。

 魔王の闇の力が彼女の水と風の魔法で空気に溶けていった。

 

 ライラヴィラは飛空魔法を緩めて地上へと降り立つ。

 ネウレディドも魔力の放出が収まり、地表へ降りた。

 

「壊れて、ないです?」


 ネウレディドは周りを見回した。


「お城、壊れなかったでしょ」


 ライラヴィラは微笑んだ。


「でも実は、城の広間くらいは吹っ飛ぶかもって、覚悟したけど」


 ライラヴィラがそう言うと、後ろから大きな手で頭を軽く小突かれた。


「おまえなっ! やりすぎだぞっ! 城内から全員避難させられたから良かったもののっ」


 レグルスは苦言を放ちつつも目が笑っていた。


「陛下は私たちを信頼してくださったんですね」


 ミリィも笑顔で応えた。

 レグルスはネウレディドの方を見て尋ねた。


「話を聞く気になったか?」

「全く……これは。聞くしかないでしょう」


 ネウレディドは皆の方へと寄った。


「レグルス、あなたは早くこんなところから出ろと、何度も言ってくれましたね。そしてあなたが連れてきた、今回のお嬢さんのゴリ押し、ふふっ」


 ネウレディドは深く息をした。


「お願いしますよ。『盟約の楔』を、お嬢さん……いえ、大魔王ライラヴィラ」


 ライラヴィラは彼の方を見た。

 ところが足元がふらつき——


「ごめんなさい、魔力が切れちゃって、(くさび)の術式を発動させられない……」


 そしてライラヴィラはその場に座り込んだ。

 レグルスとミリィが慌てて彼女を支えた。


「無茶しすぎですよ、陛下」


 ミリィは治癒魔法をライラヴィラに当てた。


「おまえが本気で怒ると危険だということが判ったな」


 動くのもままならなくなったライラヴィラはレグルスの背におんぶされた。

 

 ——また、この大きな背に助けられた……。

 人界の勇者村(サンダリット)に迎えに来てくれた彼の背中を思い出す。

 ライラヴィラは力無くもたれかかった。

 彼の鼓動が聞こえて不思議と安らいだ。

 


 ◇ ◇ ◇



 一行はネウレディドに案内されて城の客間へと向かった。

 ライラヴィラはレグルスの手で大きなソファーに寝かされ、身体を休める。

 そして皆の会話をそのまま聞いていた。


 ——自分が大魔王なのに、情けない姿を(さら)すことになってしまったけど、魔力が切れてはどうしようもない。

 今は従者のミリィたちや彼を頼っても良いのかな。

 レグルスはなんだかんだ言いつつ、魔王としてはバランスの取れた、ものすごく優秀な人なのだ。武力、魔力、国政を動かす頭脳、交渉力。

 私は彼のようにはなれないな。どうしても何か抜けてしまう。


「城内に人が殆ど居ないのは、反転の魔法を嫌って人が出て行ったからか」


 レグルスがネウレディドに問うた。


「その通りです。魔力がある者ほど嫌がられまして。あまり魔力のない者を雇って、何とか城内組織を機能させてましたので」


 ネウレディドが(うなず)いて答えた。


「その反転魔法陣は彼女が壊しました。もう必要ないですし、また人を増やそうと思いますよ」


 ネウレディドがライラヴィラの方を向いた。彼女はソファーに横たわったまま、苦笑いして応えるしかなかった。


「人員が必要でしたら、スペランザから派遣できると思います。困ったときはお互い様ですから。こちらとしてはゾンガルディの手広い交易力を貸していただけたら、ありがたく存じます」


 ミリィがすぐ側で休むライラヴィラの様子を見つつ言ったので、大魔王も頷いて同意を伝える。

 ——私の考えをこんなにも短い期間で分かってくれるミリィも、父に仕えてた頃から優秀な人なんだろう。


「ソレイルヴァからも何人か寄こそうか。うちも交易目的だが。ネウレディドの商才を俺は買っている」


 レグルスも協力を申し出た。


「それは助かります。私も皆さんの力になれることを致しましょう。あとひと月ほどして春の前触れの息吹(いぶき)が来れば、交易が再び活発になりますよ」


 こうしてネウレディドと和気あいあいと交渉が進んだ。

 



 しばらく休ませてもらい、ライラヴィラの魔力がある程度戻った。

 魔王ネウレディドと大魔王の間で『盟約の楔』が()された。


「おや、この感じは。ザインフォートとは少し違いますね」


 ネウレディドは首に巻き付いた契約の証を確認しつつ、レグルスと同じことを指摘する。


「こいつは深淵の紋章の色も普通とは少し違うし、やはり人界と魔界の混血というのが影響してるのか?」


 レグルスも施術のためにライラの胸元に現れていた、赤紫色をした紋章を眺めつつ、口を開いた。

 ——彼らはザインフォートの力と私の力を比較して言ってるけど、私はザインフォートの力はよく知らない。

 ライラヴィラはどういうことなのかと疑問が浮かんだが、今はそれを心の中に収めておいた。ザインフォートのことに深く触れると、きっとレグルスが辛くなる。


「私には何が違うのか分からないけど、これがみんなの助けになればいいと思う。そうね、ネウレディドなら逆に余った魔力を私に流してもらってもいいのかも?」


 ライラヴィラはふと思いついたことを提案した。


「危険は無いか? 本来の楔の機能を超えてしまうと思うが?」


 レグルスは考え込んだ。


「一瞬、お試しでどう? 前例のないことも試していかないと、何が良くて何が危険が分からないから」


 ライラヴィラはネウレディドに促した。

 ネウレディドが慎重に少しだけライラヴィラへと魔力の流れを意識した。

 彼女は深淵へと帰る流れを感じた。


「これは大丈夫そう! ネウレディドの闇魔力が深淵の(うず)へと溶け込んだよ」

「まさか、こんな良い方法があったのですね」


 ネウレディドは感激していた。


「鍵の浸食は無いか?」


 レグルスはライラヴィラの胸元の紋章を再び注意深く見た。


「まぁ、大丈夫そうか。また師匠にも相談しよう」


 ライラは頷いて深淵の鍵を閉じ、現れていた紋章は消えた。

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