9-2 魔皇樹
魔王レグルスと盟約の楔を結んでから三日後。
外は雪が降り積もり、静かな白い世界となっていた。
魔導城郭都市スペランザの魔王の執務室にて、大魔王ライラヴィラは侍従長ベルント、そしてレグルスと三人で打ち合わせをしていた。
「陛下の初の魔界外交ですので」
ベルントは相応の人員を割いてと考えていたが、ライラヴィラはまだ魔王としての暮らしに慣れてないこともあり、大掛かりにはしたくなかった。
「俺も師匠ゲルナータの代理としてついていくが、スペランザからも数人は欲しいところだ」
レグルスも最低限の形にはと、考えていた。
「そうか……そもそも外交なのね。私はただ『盟約の楔』の契約をすればいいだけと思ってた」
ライラヴィラは二人に言われて、事の次第をようやく自覚する。
「おまえ、そういうちょっと抜けてるとこあるからな。ベルントも苦労するよな」
レグルスが自分の苦手なことをストレートに言うので、ライラヴィラは居た堪れなくなって黙り込んでしまった。
——交渉事は苦手なのよ……。
「まあ、そこが逆に良いところでもあるか。おまえは火事場の馬鹿力が出るし」
「ひとこと多いわよっ」
流石にライラヴィラも黙ってられなくなり反発した。
レグルスとベルントは顔を見合わせて小声で笑いつつ、各国へ向けた外交文書を作成した。
「スペランザから出向くのは、大魔王陛下と侍女長ミリィ、兵士長アレックス、それと侍従を二人。陛下の意向に沿って相手国側の負担の少ないように致しましょう。レグルス様も含めて総勢六名です」
ライラヴィラは目を通して書類にサインをした。
「侍女長ミリィか。時々見かけるが、もしかして前当主の代からいる『烈風の魔導師』か? それは頼りになるな」
レグルスから予想外の二つ名を聞いてライラは驚いた。
「まさかミリィにも二つ名があったの! そんなイメージ無いわっ」
しかし言われてみれば転移魔法を教わったのはミリィからだ。彼女が相当な魔法や魔力の知識があることはライラも薄々感じていた。
「ということは、夫婦でスペランザの前魔王夫妻に仕えてたってことだな」
「左様で。本日、妻のミリィはお暇を頂いております」
レグルスにベルントが答えたことに、更にライラヴィラは呆気にとられる。
「それも知らなかった! もっと早く教えてよっ」
「陛下が何もお尋ねになりませんので、特に申し上げなかっただけ。プライベートは無闇に出すものではありません」
淡々と語るベルントに、してやられたと思ったライラヴィラだった。
◇ ◇ ◇
それから半月後——スペランザから外交団が出発した。
最初の目的地は魔界へ初めて来た時に訪れた、アシュリトス魔皇国である。
魔王ロゼフィンとは面識があるため、まだ魔界に不慣れな大魔王の最初の訪問国として良いだろうとのレグルスの判断であった。
一行はロゼフィンと彼女の臣下たちに出迎えられ対面した後、会議室で交渉に臨んだ。
「私は大魔王の常闇の力はもちろん欲しいわ。ただあなたがどのくらい『保つ』のか、見極めが難しいところね」
ロゼフィンが言う、保つとは、つまり悪鬼アモンにならずに長く存在できるか、ということである。
「今まで聞いたこともない、魔界と人界の混血が魔界のトップよ。どこまで深淵と精霊の選択を信頼して良いものやら」
ロゼフィンの溜息に、ライラヴィラはやはり自分への信用を得るのはなかなか難しいのだと痛感する。
——そう思われても当たり前。
滅んだとされた、魔導城郭都市スペランザの後継者がいきなり現れたのだから。魔王だった父の紅い魔眼と銀髪紫肌を継いでいるという血統の証明はあるが、なかなか難しいだろう。
「信頼に足る大魔王だと、証明すればいいのか」
レグルスが告げた。
彼の言うことは分かるが、そんな簡単に出来ることではないとライラヴィラは戸惑いを隠せない。
「あなたの後ろ盾もあるし、そうね、ひとつ頼みがあるわ」
ロゼフィンは薄笑いを浮かべると臣下たちに指示した。
◇ ◇ ◇
ライラヴィラたちスペランザの一行はアシュリトス国立植物園へと案内された。
そこは以前ライラが光の結界を張って守った場所である。
一番奥の区画に入ると、そこには天まで届くのではないかと思われるくらいの大木がそびえ立っていた。人界の緑の樹木とは違う青い葉を茂らせて、赤い幹をかすかに揺らしているように見える。
「我がアシュリトスの象徴、魔皇樹ユグリツカよ」
ライラヴィラはその大木が持つ気が大地を伝って流れているのを感じる。しかしその流れの勢いは弱々しく、何かが詰まっているような感覚を持った。
「ここ数年、この子の調子が悪いのよ。大魔王不在の間、更に流れし恵みが減ったわ。アシュリトスの命とも言えるこの子を元気にしてくれたら、盟約の楔を受けるわ」
ロゼフィンがその条件を示した。
「あなたにそれが出来るかしらね」
彼女の強い眼差しをライラヴィラは受けとめる。
——これは魔王からの挑戦状だ。
「わかった、やってみる」
新たなる大魔王は魔皇樹の前に進む。
レグルスとスペランザの一行は彼女の言葉を受けて後方へと下がった。
ライラヴィラは亡き父が残してくれていた杖を両手で持った。
魔眼の力を上げ、そびえ立つ大樹を見つめる。
所々で魔力の流れが切れており、わずかな樹脈でなんとか生命活動を繋ぎ止めているのが判った。
「アシュリトスの命、って言いましたよね」
「ええ、そうよ。アシュリトスは代々この魔皇樹からの恵みで、大地が豊かで農業が盛んなのよ」
ライラヴィラは魔王ロゼフィンに確認する。
もしかすると人界でいう伝説の世界樹のようなものなのかと、これまで人界の賢者から学んだ知識の中で考えた。
——魔界にこんな立派な素晴らしい大樹があったなんて。
大樹は命の循環の象徴。
芽が出て、葉を茂らせ、花が咲き実が熟し。
その実が大地に落ちて再び芽吹く。
ああ、そうか。
人界も魔界も変わらない。
勇者村の森にあった、紅い実のムルットの大木たち。
その恵み。
大樹の前で立つ大魔王の心に命の歓喜が満ちる。
「始まりから終わり、そして終わりから始まり」
自然に口が開かれ、言霊が溢れて紡がれていく。
ライラヴィラは精霊と繋がれし魔力を呼び起こして纏った。
長い杖を一振り、二振りして、バトンのように一度回す。
光の魔力と闇の魔力を交互に編み合わせた。
「安らかなる闇から、目覚めし光へと」
ライラヴィラの編んだふたつの魔力が、地表から天へ向かって大樹を伝わっていく。彼女の魔力が魔眼の紅き光を頼りにして、流れの滞りし場所を解きほぐす。
「今再び、いのちの循環、巡りしとき!」
両手で杖を掲げ、二つの魔力を解き放った!
光と闇に加え、土の魔力を更に纏い、杖を地面へと突く。
「いのちの循環は、大地を巡る!」
大樹が微かに震え、地表から大きな流れる何かが伝わっていく。
「何が起こったのよ!」
魔王ロゼフィンは驚いて大樹を見た。
その場に居た者たちが何事かとどよめいた。
複雑な何色もの光を青い葉に宿して、橙に輝く幹を揺らしている。
ライラヴィラの青銀髪も魔皇樹からの気力を受けてふわりとなびく。
周りに植っていた植物も大樹の力を浴びて艶々と輝いていた。
ライラヴィラは地面についていた杖を持ち上げ、魔力を下げた。
「さすがは選ばれし大魔王様ってところか」
レグルスが歩み寄った。
ライラヴィラは魔力と魔眼の力を収めると皆の方へと向いた。
「父さまが残してくれた、この杖がヒントになったの」
大きな宝珠の入った木製の杖をその場にいる者たちに差し示す。
「ここには『調和を守りしもの』と刻まれてるの。命が終わり、再び始まる循環とそれによる調和、この大樹を見ていて思い出した。闇の力で終わり、光の力で始まるのよ。勇者村の爺さまが最後に教えてくれた『終焉』と『創造』って、こういうことだったのね」
ライラヴィラは語り終えると、輝ける大樹を見上げた。
——翌日。
大魔王ライラヴィラと魔王ロゼフィンとの間に『盟約の楔』の儀式が為された。
「あなたの力。まさかの光と闇に、大地の力まで同時に扱うなんて。その実力は認めるしかないわ」
ロゼフィンは満足気に笑った。
「これでアシュリトスもしばらくは安泰よ」
「よかった、また何かあったら教えてね」
ライラヴィラもロゼフィンに笑みを返した。
——彼女は植物を愛する人なのだろう。
あれだけ弱っていた大樹を大切にして、きっと手を尽くしていたに違いない。だからもう枯れていてもおかしくなかった大樹は彼女のために応えて、ギリギリ踏ん張っていたのだろう。
素晴らしい生命の歓喜を見せてくれたのを私は忘れない——。
「こいつは六属性全ての魔力を扱える。それだけでも精霊に何らかの宿命を課せられてるんだろうと、想像に難くない。当代の大魔王に今後も力を貸してやってくれ」
レグルスがロゼフィンに彼女への支援を頼んだ。
「ええ、前代未聞なことばかりで、とっても面白いことになりそうだから、今後も関わらせてもらうわ」
ライラヴィラはロゼフィンの言葉の後、彼女と握手を交わした。
そしてスペランザの一行はアシュリトスを後にした。




