8-5 戴冠式
いよいよ戴冠式の当日。
ライラヴィラは侍女たちに囲まれて漆黒の鎧を着付けられ、肩から紅いマントを取り付けられる。髪を念入りに手入れされ、普段しない化粧までされて、人形のように微動できずに座していた。
「はい、仕上がりましたよ」
侍女長ミリィの合図でライラヴィラは立ち上がった。
試着した時は重かった鎧が、今日は軽く感じる。
首にはスペランザ城主の証である銀色の髑髏のペンダントを下げた。
「この鎧、軽くしてくれたの?」
不思議に感じたライラヴィラはミリィに訊いた。
「いえ、仕上げの磨きはかかってますが、重さはほぼ変わっておりませんよ」
そして何かに気づいたようにミリィは話し続ける。
「闇の力は重力という、物を引っ張る重りの力がございます。姫様の闇魔力が上がったことで、その重力の調整が自然と為されているのかもしれませんね。重い剣を持ってみても分かるやもしれません」
「それは全く知らなかったわ」
ライラヴィラは魔界に来てから二剣を捌くのが軽くなったのも、深淵の鍵を心臓に宿したことによる闇の力なのかと思い当たった。
「お支度中のところ、失礼します」
鍛冶師マウニが布に包まれた長物を抱えて部屋に入ってきた。
「こちらは亡き魔王ランダステン様から、姫様の魔王戴冠の折にお祝いとして贈るようにと、二十年前に預かりし物です。銘がございまして、こちらは『魔剣レーヴァテイン』と呼ばれております」
マウニが長物から布を取り外す。これまでライラヴィラが手にしていた剣より刀身が長めで、細かい装飾が施された立派な剣を跪いて両手で差し出した。
「ありがとう」
ライラヴィラはその剣を両手で受け取り、じっくり眺めた。
魔眼を通すと、刀身には古代魔界文字が刻まれていた。
——『愛するもののために、その力を揮え』——
ライラヴィラはその言葉に胸がつまった。きっと父が『我が子を護るための剣』として用意してくれていたに違いないと、熱い気持ちがこみ上がる。
「姫様、お化粧が崩れてしまいますよ」
ミリィがそっとハンカチでライラヴィラの涙をおさえた。
鍛冶師マウニが魔導トランクから作業台を出して準備をする。
「急で申し訳ありませんが、深淵の紋章だけ入れさせてください」
促されてライラヴィラは刀身に紋章を映し、鍛治師がそれを固定した。
亡き父から贈られた真新しい剣を腰に携え、鎧の姫君は玉座の間へと向かった。
玉座の間には各国の魔王をはじめ有力者たちが招待され、勢揃いしていた。ライラヴィラの知らない顔が多く、緊張感が走る。
据えられた王冠の横に控えていたのは『深淵の魔女』ゲルナータだった。
ライラヴィラは玉座の前まで真っすぐ進むと、玉座の手前で跪いた。
深淵の魔女が若き魔王に王冠を被らせた。魔王の座を継いだ、その重みを感じつつ厳粛に受け止める。
「ライラヴィラ=アズ=レイ=スペランザ。この者はこれより、魔導城郭都市スペランザの当主の魔王となった。そして先日、闇の深淵により『鍵』の宿主として選ばれ、大魔王と為りしことも、この場で宣言する」
ゲルナータの宣言のあと、ライラヴィラはゆっくりと目の前の玉座に座した。
座ったまま、父から贈られた剣を両手で掲げると、首にかけられていた城主の証である髑髏のペンダントが銀色に輝き、スペランザ領全体へ向かって波動が放たれた。魔剣には大魔王の印である深淵の紋章が浮かび上がる。
それは魔導城郭都市スペランザが完全に目覚めた暁鐘であった。
◇ ◇ ◇
戴冠式が滞りなくお開きとなった。
ライラヴィラは鎧姿から黒地に紅いスパンコールが散りばめられたロングドレスに着替えて、城の大広間で魔王たちからの祝福を受けていた。
「これはあなたが以前深淵の浸食から守ってくれた、植物園で栽培してるプリズミックローズよ。受け取りなさいな」
アシュリトス魔導国の魔王、ロゼフィンがライラヴィラに大きな花束を差し出した。その花びらは角度によって色を変える不思議な輝きを映していた。
「ありがとう、ロゼフィン」
ライラヴィラは何十本も束ねられた花束を丁重に受け取った。
「まさかあなたが次の大魔王なんてね。初めて会ったときは世間知らずの田舎者って感じだったのに。ね、ジャム売りのお姉さん」
ライラヴィラはその時のことを思い出して苦笑した。魔界のことを何も知らず、無我夢中で旅してきたことを。
そこへ割って入ったのが、ゾンガルディ魔皇国の魔王ネウレディドだった。
「人界のお嬢さんが魔王で大魔王とは、前代未聞ですね。ふふふ」
そう言ってなにやら丁寧に包まれた重い箱を渡された。
「これはダークゼムベリーのジャムです。魔界にも美味しいジャムがあるのですよ。でも今度は大魔王様の紅いジャムを下さいませ」
「人界に行く機会があれば作るけど、もう誘拐はしないでね」
ライラヴィラは彼に拐われた騒動を思い出しつつ笑った。その紅いジャムを作ることは、もう出来ないだろうけども。
「そういえば彼は来てないわね」
ロゼフィンが広間を見回した。
「ああ『魔眼の幻王』ですか? 彼はこういう場には出てこられませんね」
ネウレディドが言う人物が誰なのか、ライラヴィラは気になった。
「それって誰のこと?」
「ライラヴィラは会ったことないのですか? ヘリオシュタ幻想国の魔王アルトバルンですよ」
「その方は知らないわ」
そうライラヴィラは答えたものの、記憶に引っかかるものがあった。
——魔眼、アルトバルン……アルト?
でもまさか魔界の魔王が人界の勇者村に、光の精霊と繋がりたいって来ないよね?
周囲を見回すと、少し離れた場所にソレイルヴァの魔王レグルスとウルカドン妃ソフィーの姿があった。
ライラヴィラは人界で会ったアルトのことはひとまず置いておこうと、貰った贈り物を侍女に預けて彼らの方へと向かった。
「二人とも忙しいのに来てくれてありがとう。やっと落ち着いたわ」
「おまえもとうとう魔王陛下か」
ライラヴィラの声かけに二人が振り向き、レグルスが応えた。
「三日前の常闇の嵐、収めてくれたのはおまえだと師匠から聞いた。助かった」
黒をベースに赤を組み合わせた生地に金の刺繍が入った正装姿のレグルスは、礼を言いつつもライラヴィラに金の瞳は合わさなかった。
ライラヴィラはレグルスのいつもとは違う態度が気になった。
「私からもありがとう。あの嵐を収めてしまうなんて、頼もしい大魔王様ね。お祝いのワインは重いからお城の方に預けさせてもらったわ」
水色のドレス姿のソフィーがライラヴィラに一本のワインを手渡しした。
「ありがとう、城の皆でいただきます」
「では、またあとで」
ソフィーはそう言って微笑みを見せると、ひとり離れて他の魔王たちの所へと行ってしまった。
残されたふたりはしばらく黙ったまま並んで立っていた。
正装姿のレグルスを見て、いつものワイルドな姿との違いに新米魔王は戸惑う。
「あなたがそういう格好するの、珍しいね。誰がいるのかと一瞬わからなかった」
「そう言うおまえこそ、らしくないぞ」
彼に指摘されて、ライラヴィラは彼の前でドレス姿になっているのが気恥ずかしく感じた。
「そ、そのっ、着慣れなくて『豚に真珠』ってところかな……」
「悪くないと思うが」
「え?」
「何でもない」
レグルスはプィと背を向けたが、片手に何やら薄い箱を持って示した。
「これ、お祝い。魔界の色鉛筆」
ライラヴィラが差し出されたそれを手に取ると、レグルスは背を向けたまま他の魔王たちの方へと早足で向かった。
——私が一番好きなものを、分かってくれてる。
慌てて黒髪の魔王を追いかけた。着慣れないドレスの裾をヒールで踏みそうになるが、裾を持ち上げて彼に追い付いた。
「ありがとう! せっかく貰ったから、これで最初にあなたを描こうかな」
「ああ? 俺を描いても、大したものにはならん」
レグルスの広い背中から聞こえる声に、いつもの自信満々な調子が無くて、照れているのかもしれないと感じる。きっと精いっぱい気持ちを込めて選んでくれたのだろうと。
「今の格好、似合うと思うから。忘れないうちに描きたい」
「勝手にしろ」
レグルスは背を向けたまま、ぶっきらぼうに返事してきた。
「そうする」
ライラヴィラは彼からのプレゼントの箱をそっと抱きしめた。




