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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第八話 新米魔王の領地視察
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8-4 常闇の嵐

 ライラヴィラの魔王戴冠式まであと三日となった。

 侍従長ベルントが何やら報告書を手にして、魔王の執務室へ入ってきた。


「姫様、間の悪いことにスペランザ領に嵐が来そうです」

「嵐? 人界(ライトガイア)でもたまにあったけど、魔界(ダークガイア)のも同じような感じなのかな」


 彼女の脳裏には、雨風が暴れる人界の嵐が思い起こされる。


「魔界の嵐は、深淵(しんえん)から漏れた常闇(とこやみ)の力が起こす厄災でございます」

「え! それは!」


 ライラヴィラは机に手をついて席から立ち上がった。


「姫様が深淵の鍵の宿主、大魔王とお()りになるまで、大魔王不在の間がありました。その間に深淵から漏れていた常闇の力が魔界各地を襲うのです」


 ベルントは鋭い眼差しで(あるじ)を見つめてくる。


「アシュリトスやソレイルヴァで深淵の浸食があったときは、光魔法の結界でくい止められたけど、嵐となると更に酷いってこと?」


 人界育ちのライラヴィラには全く想像がつかない。

 侍従長がこれだけ懸念するということは、相当な厄災が起こる可能性が高いのだと危機感を持った。


「常闇の力が(うず)となって全てを飲み込んでいきますので」


 ベルントの答えにライラヴィラは言葉を失った。


「最初はソレイルヴァ領のはずれで嵐が発生し、次はウルカドン領が嵐に見舞われているとのことです。魔王レグルス様はじめ、ウルカドンの魔王妃ソフィー様や深淵の魔女ゲルナータ様、そして力のある猛者が協力し、全力でくい止めております」

「ええ! そんなの、早く教えてよ!」


 あの世話焼きなレグルスがずっとスペランザに顔を見せてなかったのは、そういう理由だったのか——。

 ライラヴィラは席から離れ、転移魔法でウルカドンへ向かおうとした。


「お待ちください、姫様」


 ベルントが静止した。


「レグルス様やソフィー様のお気持ちです。姫様には黙ってて欲しいと。ここスペランザは復興への道を歩み始めたばかり。姫様のご負担をこれ以上増やしたくないとのことでして」


 ライラヴィラはベルントが持っていた報告書を奪い取った。


「次はスペランザ領クレイアトに嵐が移って来そうなのね。行ったことないから詳しい地図を頂戴(ちょうだい)、そこへ向かう」

「はっ! 承知しました」



 ◇ ◇ ◇



 ライラヴィラは大型翼獣のロイの背に乗り、共にクレイアトに向かった。

 そこは織物の産地で周辺部は材料となる草花の畑が広がり、体毛が豊かで柔らかい家畜が放牧されている。

 集落が近づいてきたので、ライラヴィラは翼獣から降りて低空飛行で集落に入った。平屋の木造家屋が並んでいて、織物を生産しているらしき音がカタコトとあちこちから聞こえてくる。職人や農民が行き交うのどかな集落の姿だ。


「今のところ何もなさそうね」


 ライラヴィラは集落を散策しながら、肩に乗ってる黒猫なロイに(ささや)く。


「予測ではあと二日ほどのようだ。しかし早まる可能性がある」


 幻獣も周りに異変があるか観察していた。


「常闇の渦って聞いたから今回は杖を持ってきたけど、どうかな」

「魔力を素直に流すなら杖が良かろう」


 ライラヴィラは見たこともない嵐に対応するにはどうすればいいのか、ロイに相談しつつ考え続けていた。


 ふと、商店に並べられてるものが目に入った。織物の産地らしく、布地や既成の衣類やカバン、帽子などが所狭しと並べられている。

 ライラヴィラはそれらが精巧な職人技であるのを気に入って、城の臣下たちにお土産を買おうと品定めを始めた。


「おや、あなたがお召しになってるのは……」


 布製品の店主らしき者に声をかけられた。


「これ、仕立ててもらったんです」


 ライラヴィラは魔王の普段着として用意されていた、手触りの良い黒生地に紫の縁取りの入った上着を着ていた。


「その布地は……」


 店主はしばらくこちらを見ていたが、どこかへ行ってしまった。


「どうしたのかな」


 ライラヴィラはお土産として選んだ品物の代金を支払いたかったので、その場で店主が戻るのを待っていた。

 やがて現れた店主と共に、剣や棍棒で武装した警備兵のような者が幾人も歩いてきた。彼らの緊張に満ちた顔が向けられる。


「こいつです、この生地はスペランザ城へ次期魔王様のために納入した特注品です。このようなどこの馬の骨とも分からぬ女が手にしているとは、魔王城から盗んできたに違いありません」


 突然、ライラヴィラは警備兵たちに取り囲まれて拘束された!


「ちょっと待って! 私、盗んでなんかないわ!」


 盗賊と間違われたライラヴィラは集落の牢屋(ろうや)に連行されてしまった。



 ◇ ◇ ◇



 ライラヴィラはひとり、牢の中で座っていた。そこは灰色の岩石が積まれた部屋になっていて、両側に黒い格子がはまっている。

 取り調べがあったが、話をしようとしても全く聞く耳を持たれず、城の衛兵に引き渡すとの話を聞いた。


「ちゃんと名乗ったのに信じてもらえないなんて。スペランザ城主の証である髑髏(ドクロ)のペンダントも紛い物だなんて、父さまの形見なのにっ」


 ライラヴィラは首からかけていた銀色のペンダントを指で(いじ)りつつ、口を尖らせ、ふてくされていた。彼女の声を影の中で聞いていた幻獣ロイが音も無く黒猫の姿で現れる。その場で伏せて、(あるじ)(かたわ)らに控えた。


「ツノが小さすぎるって、それだけの理由で姫様を(かた)る賊だって決めつけるのは酷いわ。彼らは魔眼の人を見たことないのかな」


 腹の底から深い溜息(ためいき)をついた。

 ライラヴィラの愚痴を聞いていた黒猫なロイが、彼女を慰めようと口を開く。


「そなたのツノが成人にしては小さいのは、人界のエルフの血が混じっているからであろう。元は生えてもいなかったのだ」

「まあ、そうなんだけど。ツノの大きさが魔族の力の象徴だって、レグルスが言ってたような気がする。そのせいかな」

「気にするな。『能ある鷹はツメを隠す』とも言うではないか。そなたは『最強たる大魔王はツノを隠す』と言ったところか」

「なにそれ……」


 当の大魔王は褒められた気にはならなかった。


「転移魔法を封じる牢の封印結界は解いちゃったけど、下手に脱獄しても騒動になるだけだし、嵐が来るまで大人しく待つわ」

「どうせこの地で待たねばならぬ」


 ライラヴィラは炎魔法をこっそり発動させた。冷たい石床も暖房となって心地よく感じられる。時折ロイと雑談しつつ、そのまま牢の中で一晩を過ごした。

 



 翌朝、ライラヴィラは空気感の違いに目が覚めた。


「もしかして、嵐が近づいてる?」


 彼女は幻獣ロイに尋ねた。


「そのようだ、予測より一日早い」


 重い音がして、牢の入り口から数人、慌てて入ってきた。そして拘束されていた者たちを順に牢から出しているようで、扉を開閉する音が何度もした。

 ライラヴィラのところにも警備兵が来て、牢の扉を開けた。


「嵐が来る、ここは危険だから移動しろ」


 ようやく牢の外に出されると、隙を狙って駆け出した!


「おい、待て! 危険だぞ!」


 ライラヴィラは警備兵を無視して岩を積んだ建造物から外に飛び出た。

 空を見上げると、巨大な黒い竜巻のような渦が出現していて、バチバチと破裂音と大地に響く轟音が広がる。

 集落の人たちは避難のために店を畳んだり住宅を厳重に閉め、地下のシェルターへと入っていった。


「あれが常闇(とこやみ)の嵐か」


 幻獣ロイが巨大な漆黒の翼獣に変化すると、ライラヴィラは彼に飛び乗る。上空の(うず)の方へと向かいながら杖を召喚し、両手に持って構えた。


「とりあえずは、深淵(しんえん)の浸食を抑えられた光魔力かな」


 ライラヴィラは全身に光の力を(まと)った。白い光がヴェールのように彼女を包む。

 杖を掲げ、上空に巨大な光球(ライトフレア)を生み出した。


「これで、止まれ!」


 ライラヴィラは常闇の渦に勢いよく光球を飛ばした!

 しかり渦は難なく光球を飲み込み、音を立てて更に大きくなった。


「光の力を養分にしたの?」


 ライラヴィラは目の前の現象が理解し難く、何度か試してみたものの、逆に渦が大きくなるだけだった。


 彼女は考えた。

 レグルスやソフィーには光魔力は無いが、この渦への対応をしてる。

 ということは、魔族の持つ闇魔力で何とかなるということ。

 闇——。

 そう、これは元は深淵から生まれた常闇の力。


「深淵へと戻せばいいのか」


 ライラヴィラは一つの考えが浮かんだ。

 ただしそれは今まで試みたことが無い。


「ロイ、やったことないけど、闇の深淵の『鍵』の力というのを、使おうと思う」


 ライラヴィラは幻獣に告げた。


「私は自分で飛ぶから、しばらく離れてて」

「承知」


 ライラヴィラは自らの飛空魔法で飛び、幻獣ロイはかなり後方へと下がった。

 

 胸元にある、自らの心臓に埋められし『深淵の鍵』を意識した。

 そこには静かに渦を巻きながら(たたず)む、深き闇があった。

 さらに意識を集中していく。

 常闇の渦を見据えた(あか)い魔眼の力も高まる。

 

「開けし! 深淵よ!」

 

 ライラヴィラの胸元に大魔王の紋章が浮かび上がる。

 それは闇の深淵と繋がりし者の証。

 紋章は赤紫色に輝いて、ライラの身長を超える大きさにまで広がった。

 

 紋章が複雑な紋様を回転させていく。

 中央に深き闇の入口が開いた。

 底は無く、ただ何者をも終焉(しゅうえん)へと導く、終わりの門だ。

 

「常闇の渦よ、あるべき所へ戻れ!」

 

 暗黒の渦がライラヴィラの方へと引っぱられはじめた。

 スペランザの嵐、遠くのウルカドンの嵐、さらに遠くのソレイルヴァの嵐までが引き寄せられ、一ヶ所へ集まる。

 彼女の全身を呑み込み、渦の回転が早くなっていく。

 渦が紋章に現れし深淵の門の中へと、勢いよく吸われていく。

 

 ——常闇の渦が完全に焼失した!

 

 ライラヴィラは胸元の深淵な鍵を逆へと戻していく。

 開いていた深き深淵の門が閉じられる。

 大魔王の紋章がどんどん小さくなっていき、胸元に収まる大きさになると、消えていった。

 

 渦が消えると、空から魔界の(まぶ)しい月光が降り注いだ。

 鳥の鳴き声が聞こえて、向こうへ飛んでいく。

 いつもの魔界の空気がさらさらと流れて、ライラヴィラの青銀髪を揺らした。

 

 ライラヴィラはロイに乗り、地上へと降り立った。

 ロイは普段の短い立髪のある四本ツノの黒ヒョウに変化する。

 少しすると集落の人々がシェルターから出てきた。


「嵐がキレイさっぱり無くなっておる!」

「何が起こったんだ」


 困惑する人々の向こうから、衛兵長ノーラと衛兵たちが駆けてきた。


「姫様を騙る女がいると報告を受けたが、どこだ?」


 ライラヴィラはノーラに気づき、彼女に見えるよう手を振った。

 衛兵たちが当主の姿に気づき、ライラヴィラの元で(かしこ)まった。


「姫様、どういうことですか?」


 ノーラは訳が分からないようだった。

 そこにライラヴィラを通報した店主が現れた。


「こいつが姫様を騙る賊です! 衛兵殿!」


 ライラヴィラを指して怒鳴ってくる。


「ここにいらっしゃるのは、ライラヴィラ姫だが?」


 ノーラが集落の人々に説明してくれたことで、ようやく誤解が解けた。

 



 魔王の執務室に戻り、ライラヴィラは臣下たちに今回の顛末(てんまつ)を語った。


「深淵の鍵の力をお使いになったのですか」


 侍従長ベルントは感心した様子だった。


「上手くいったから良かったけど、正直、自信は無かったわ……ふわぁ」


 ライラは魔力を大量に使った影響からか、身体が怠くて臣下たちの前であくびをしてしまった。臣下たちの前だから、しっかりしなくてはと身体に力を入れるが、眠気が(こら)えられない。


「姫様、お疲れでしょうから、もうお休みくださいませ。戴冠式も間もなくです。体調第一ですぞ」


 ベルントが気を利かせて部屋から下がったので、他の者も全員出ていった。

 ライラは執務室から私室に戻り、着替えもせずにベッドに埋まって深く眠った。

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